はじめての魔術26
「シノちゃん、ご飯できてるけどまだ起きないの?」
声をかけた先は私のベッドだ。整えたベッドの中に逆戻りしたシノちゃんは、ちゃっかり私の枕の上で仰向けになって掛け布団を掴んでいる。
「シノチャンオネムナノッ! 今日ノゴハンナニッ!」
「お弁当の残りの照り焼きと厚焼き卵だよ」
「ン〜〜〜モット塩辛トカビールトカ欲シイナ〜〜」
「朝からダメなやつじゃん」
そぼろにした卵をテピちゃんたちに分けつつ、シノチャンの様子を見る。
メニューは気になったもののいまいち乗り気にならないらしく、仰向けのまま唸っている。ピーちゃんたちが近付くとカァーと威嚇しているので元気がないわけではなさそうだけれど、いつもは野菜オンリーとかでない限りは食べるシノちゃんだけに珍しかった。
「大丈夫? 気分悪いの?」
「眠インダヨネ〜シノチャン昨日ハ超頑張ッタダカラ〜寝ルッ!!」
「疲れただけかな。じゃあ起きたとき用に置いとくね」
シノちゃんが怒るとわかっていてもベッドに登ろうとするヒナたちを回収し、ジュンキンアワホを食べさせる。魔術ノートの生首は昨日作ったシノちゃん尾羽付きペンを眺めながら微妙な顔をしていて、大学ノートに住むゲヒゲヒとその子分たちは、卵焼きを掲げるテピちゃんに対抗してマークを掲げて自慢していた。
「じゃあ行ってくるけど、今日は早めに帰るようにするね」
「ウーン……」
「シノちゃん本当に大丈夫?」
「コンターインチネンタルノラウンジデ出シテル季節限定スイーツ買ッテキテクレタラ元気ニナル……」
「よくわからないけど大丈夫そうだね」
仰向けでボソボソ喋ってる割にはしっかりした要望を出すシノちゃんには、コンビニの季節限定スイーツでも買ってきてあげることにした。
「行ってきまーす」
「はやく、はやく帰ってきてくださいねぇ……」
シノちゃんにビビりながら縋るように私を見上げてくる魔術ノートにも手を振りつつ、そっとドアを閉める。
「シノちゃんがいない分、変なのがいたらすぐに教えてね」
「ゲヒッ」
「テピ!」
バッグに向かってそっと呟くと、小さな声が返ってきた。
大学ノートの表紙をグルグル動き回っているゲヒゲヒだけでなく、テピちゃんも心なしかキリッとした顔をして手を挙げている。いつもよりも付いてくる組が多かったのは、シノちゃんの代わりをしようと思っているのかもしれない。
攻撃力は置いといて、気合が入っている様子が頼もしかった。カバンに手を入れてムニムニしたり、ポワポワな羽毛を押し付けてくるヒナたちに癒されたりしつつ大学に着く。
「おはようございます蝋梅さん、今日もよろしくお願いします」
いつも通りにドアを開け、ピーちゃんたちを出した私を蝋梅さんが首を傾げつつ眺める。
スズメたちがヒナに挨拶しているのを眺めていると、蝋梅さんは花の匂いを振りまきつつそっと近付いてきて、私の手を優しく握った。
何故か赤い羽根を握らせてくる。
「……これスジャークさんの羽根じゃ……」
光に当たると微妙に虹色の光沢が出る立派な羽根。これだけで圧がある気がする。
私がやんわり手を引こうとすると、蝋梅さんがその羽根を持って空中に何かを書くジェスチャーをした。
「え、羽根ペン用に……的な?」
微笑んで頷かれた。
「いや、いらないです……あの、うちに羽根結構あるんで……前に押し付けられたやつがいっぱいあるんでほんと」
ヒナたちの托卵先として選定される際に、3種の鳥からやたらと羽根を押し付けられた思い出が蘇る。ひとつだけでもかなりの価値があるそれらは、処分することも突き返すこともできずタッパーに入れられて部屋にある。
頑張って断ると、蝋梅さんが心なしかしょんぼりしたので心が痛んだ。
何故タイミングよく羽根ペンについて提案してきたのかはわからないけれど、蝋梅さんとしては、スジャークさんの羽根で作ったペンがおすすめなようだ。確かになんか強そうである。
でもこれ以上羽根も羽根ペンもいらないです。
「あの……もし必要になったら頂きますね」
こっくり頷いた蝋梅さんと鳥たちとテピちゃんに手を振ってから講義に向かうことにした。
蝋梅さんは神様側の人だし、なんらかの理由で昨日私が羽根ペンを作ったことを知ったのだろうか。それとも、スジャークさんが渡すようにと預けたのだろうか。圧の強い顔でグイグイ羽根を渡しているスジャークさんも想像できることはできる。
羽根ペンなんて家でしか使えないタイプのペンは1本あれば充分だし、スジャークさんの羽根でペンを作ったらまたシノちゃんが怒りそうだ。
魔術ノートは喜ぶかもしれないな、と思いながら旧館を出ると、近くのベンチで誰かが横になっていた。
寝不足の学生が睡魔に負けたのかな、と思いつつ通り過ぎようとすると、知っている人物だとわかる。
「山田さん?」
いつもより随分と顔色の悪い山田さんが、私の声に反応して目を開けた。




