はじめての魔術25
ギトギトの黒っぽい何かを流したお風呂場を洗い、ついでにシャワーを浴び、部屋に戻ると、シノちゃんがまだ羽根を湿らせたままタオルの上に仰向けになっていた。
私がドライヤーのスイッチを入れると、仰向けのまま「乾カシテー」とねだってくる。
「鳥って自分で身嗜み整えるんじゃないの? なんか水に濡れないために分泌液塗ったりするんでしょ?」
「シノちゃんハ雨ニ濡レテモカワイイダカラネ〜」
されるがままに転がされながらプェッと鳴く。コンディショナーも付けたシノちゃんは、外側を覆うしっかりした羽根はすべすべ、内側の柔らかい羽根はふわふわで鳥らしからぬいい匂いに仕上がっている。
「はい、できたよ」
「サンキュー。ツイデニナンカゴハンチョーダイッ!」
「何のついででもないけど。これから食べるの? 太るよ?」
「シノチャンハ太ッテナイッ!! 鳥ハ代謝ガイイカラ数時間ノ空腹ガ命ニ関ワルノッ!!」
「こんなときだけ普通の鳥を持ち出すし」
フワフワになったシノちゃんがメシィと騒ぐので、明日食べる予定だった照り焼きを一切れ作ってあげることにした。調味料に漬け込んでいる鶏肉を取り出して、冷凍の小松菜の上に載せてレンジに入れるだけだ。
ケージの中でぺたんと座ったヒナが私に「ピッ」と鳴いたので、ゆっくり寝られるように布を掛けておく。私とシノちゃんを見守っていたテピちゃんたちは私にきゅっと抱きついてからヒナたちのそばへと戻っていった。ニンニクもカフェオレボウルに戻っているけれど、出番があるかとヒゲ根にマイ布巾を握っている。
火が通った照り焼きを箸でほぐして冷ましてからシノちゃんに出すと、シノちゃんはようやく大人しくなった。
ボーッと眺めていると、黙って様子を見ていた半透明生首が私のほうにニコッと笑いかけてくる。
「お休みになる前に、今日勉強した魔術をおさらいしますか?」
「えー、今日はもういいんじゃない? なんかバチバチしてたし」
「残念ながら破られてしまいましたが、ユイミーちゃんさまなら今の呪文でももっと強い浄化作用を付加することができるはずです!」
「部屋に掛けたらまたシノちゃんが入ってこられなくなるかもしれないし」
「シノチャンハアンナ激弱魔術ハ尾羽デモ壊セルカラッ!!」
鶏肉をモグモグしながらシノちゃんが胸を張る。ソースが飛び散ると、ニンニクが素早く空気を泳いできて掃除していた。
「デモユイミーちゃんハ初心者ニシテハ筋ガイイダヨネ〜魔女ノ才能アルヨネ〜」
「もっと言ってやってくださいっユイミーちゃんさまは偉大な魔女になりますっ!」
「無機物ガシノチャンニ話シカケテンジャネーヨッ」
「ああっやめてっ照り焼きソースが付いたクチバシを近付けないでえっ」
賑やかなふたりである。片付けて早く寝たい。
「ユイミーちゃんハシノチャンノコトガ大好キナンダヨッ!!」
「うう……ユイミーちゃんさまは私の主さまですう……金の魔術ペンを買ってばりばり魔術上達していくんですう……」
どっちも勝手な想像を付け足さないでほしい。
「ショーモナイペンヨリシノチャンノ方ガ強イッ!!」
「金のペンは魔女として最高ランクの装備ですう……」
キエーと生首をかじりたそうなトロピカルオウムにティッシュを差し出すと、クチバシを拭いてもらうために大人しくなった。黒くて曲がったクチバシがピカピカになると、体をくねらせてそのクチバシで長い尾羽を1本取って私に押し付けてくる。
「ユイミーちゃんハシノチャンノ羽根ペンヲ使ウベキッ!!」
「いやぁ……癖が強すぎてユイミーちゃんさまの魔力が曲がっちゃうぅ……」
「ンダコラァ」
「はいはい静かにして。ていうか羽根ペンって。この羽根からできるの?」
「デキルッ! シノチャンノ魔力モリモリダカラ、魔術陣メッチャ強クナルッ!! ハヤク作ッテッ!!」
「え、今? もう11時なんだけど」
金貨レベルの超高級品である上級魔術ペン(金)も躊躇するけれど、シノちゃんの羽根で羽根ペン作るのも十分戸惑う選択肢である。シノちゃんは強いので、普通のペンよりはなんか魔術的な効果がありそうだけれど、むしろありすぎて良くなさそうな感じもするのだ。
キュッと縮んだ瞳孔で凝視してくるので、仕方なく羽根ペンの作り方を調べる。
「うわ削ったり切ったりするんだ……めんどくさ……」
「シノチャン……羽根ペン作ッテクレナイト……ココデカラオケスル……」
「やめて」
羽ペンは、羽の軸を削って切り込みを入れ、そこにインクを吸わせて書くものらしい。
今から工作するのも面倒だし、瓶に入ったインクとか当然持っていない。
シノちゃんが私の腕に乗って間近で凝視してくる。
「シノチャン歌ウカラネェ……」
「わかった、わかったから歌わないで。降りて静かにしてて」
溜息を吐いて、文房具が入ったケースを取り出す。
まず、ハサミでトルコブルーの尾羽の軸先をパチンと切り取る。次に使ってないボールペンを分解して中のペン軸を取り出し、後ろの方に尾羽をぶっ刺した。マスキングテープで補強しておく。
ボールペンの芯に尾羽を合体させた羽根ペンがかんせいした。
「はい。これでいい?」
「……ユイミーちゃん……雑ダヨネ……」
「ひえぇ……ユイミーちゃんさまが魔術ペンを魔錬成しちゃってますう……」
なぜか対立していたふたりが同じ顔で私を見た。
今可能な範囲で工作した結果こうなっただけなのに。
「どうせまだしばらく使う予定ないし。使ってみてあれだったら上級魔術ペン買うってことで。もう片付けて寝よ」
「ユイミーちゃん……オネムナセイデイツモヨリ雑ダヨ〜」
「ええと、ええと、とりあえずゆっくり寝てから再考してくださいぃ……」
今日は色々あったし、もう早く寝たい。
お皿を洗ってベッドに入ると、いつもは私の隣にズカズカ入ってくるシノちゃんが、今日はソロソロと潜り込んできた。
翌朝、冷静になってから謎のドッキングを遂げているペンを発見し、ちょっと捨てたくなったのはシノちゃんには秘密である。




