はじめての魔術23
無事常温に戻った魔術ノートを取り出すと、すぐに生えてきた生首が頬を膨らませた。
「ユイミーちゃんさまっ!」
「だからちゃんさま付けやめてってば」
「どうして魔術ペンを買わないのですかっ!! あれだけオススメされたのにっ!」
「テピー!」
テピちゃんたちが「そうだそうだー」と言わんばかりに、ローテーブルでわいわい、いやテピテピ騒いでいる。ついでにゲヒゲヒも「ゲヒー!」とノートの表紙で直線を揺らしていた。ニンニクもキーとひげ根を1本上げていたけれど、それほど情熱はないようでゆっくり泳いでカフェオレボウルへと向かっていた。ヒナたちは完全に興味がないようで、タオルの上やお菓子箱の中など寝床に帰ってフクフクに膨らんでいる。
「いや、別に今買わなくてもいいかなって。テキストも魔術陣とかまだ出てきてないし」
「今買ってもいいじゃないですかっ! 道具は長く所持した方がいいんですよっ!」
「だってあれ高いし……よく考えたらほんとに高いよね」
「大きな買い物を前に冷静にならないでくださいっ!」
サフィさんが食事中に言っていたけれど、「魔道士としての出世は生まれた家による」らしい。それは血筋とかそういう意味ではなく、財力があるかどうかという意味だ。お金持ちの家に生まれたら、魔術を習い始めてすぐにあの特上魔術ペン(金)のような良い道具を買ってもらえ、魔術を学ぶ環境も習得する環境も整うので魔導士としての立身出世が早くなる。そういう道具がない場合も魔力が多ければ魔道士になれるけれど、やはり時間がかかったりライバルに術を盗まれたりするので大変なんだそうだ。格差社会である。
ちなみにサフィさんは貧乏ではなかったけれど、特にご実家に出資してもらったわけでもないそうだ。あのペンは自分の髪や爪を切り売りして儲けたお金で買ったらしい。
吸血鬼の髪や爪が高値で売れるという特に知りたくない知識を得た。
「これから伝説となっていくユイミーちゃんさまにピッタリのペンなのに……」
「ならないから」
「あれを使えば魔女への階段も三段飛ばしになるのにぃ……」
「買うのやめよっかな」
「なんでえええ」
魔術ノートが騒ぎ出したので「静かにしないと魔術の勉強しない」と言うと、ぴたりと口を閉じてニコニコし始めた。目線でわざとらしくテキストをチラ見しつつ見上げてくる。仕方ないので「かんたん魔術はじめの一歩」を進めることにした。
「えーっと、次は空間の簡単な浄化について、だって」
「手の浄化の応用編ですねっ! 今の段階では手の届く範囲ほどの空間ですし、持続時間も数分でしょうが、練習を重ねたり、魔術陣を描けるようになると範囲も持続時間も向上できます! ユイミーちゃんさまが習得したがっている敵の探知や撃退にも繋がるものですから、しっかりお勉強しましょうねっ!」
勉強することになっても騒がしいことに変わりはない気がする。ニコニコと解説をする魔術ノートを眺めながらそう思った。補足をしてくれるのはありがたいので、音量を落とすようにお願いするとコクコクと生首が頷く。
「えーと、まず手を洗って、浄化したい空間に手をかざし、同じ呪文を心の中で唱える。そのとき、可能であれば浄化のイメージを思い浮かべる……?」
「ユイミーちゃんさま、さっきあの汚らわしい魔力を消すときに体得していましたよねっ! あの感じですよっ!」
「あ、あれでいいんだ。浄化のイメージ」
「はい、この浄化は初歩的な呪文ですから、あのイメージで代替できますっ! 手を洗うときもそのイメージをすれば、呪文なしでできますよっ!」
「そうなの?」
さっきのスッキリした感じを思い出しながら、石鹸で手を洗う。タオルで水を拭いて手を翳すけれど、相変わらず変化は感じられなかった。
「これでできてる?」
「ちょっと私の表紙に触れてみてください……はい、大丈夫ですっ」
「ほんとにできてるんだ。呪文長かったから覚えなくていいならラクだね」
「はい。さすがユイミーちゃんさまですっ! 基礎レベルの呪文とはいえ、上級レベルで習い始める無言魔術をこんなに早く習得するとはっ!」
「おい」
なんかさらっと上級レベルのことに誘導されていたようだ。半透明生首は得意げな顔をしている。
なんかちょっとイラっときたので今日は冷蔵庫に入れて寝よう。
「ゆ、ユイミーちゃんさま、なんだか空気が怖いですよ……? そ、そうですっ、今日の課題である空間の浄化を試してみましょうっ!」
急にビクビクしつつも勉強のサポートをしているあたりはさすがノートというべきだろうか。生首の処遇についてはおいといて、テキストをもう一度読む。
空間に手をかざして浄化の呪文、またはイメージ。空気を浄化するイメージが難しければ、何か小さな対象物を置いてもよい、らしい。
「物があった方が意識を集中させやすいので初心者向け、だって。何かあるかな」
「ユイミーちゃんさま、最終的にこの住居を結界で守るのですから、住居を対象として練習されては?」
「いやデカすぎるでしょ。また変な誘導してるよね」
「ち、ちがいますよぉ〜。ほらっ、例えば窓やドアノブなど、一部を対象にすることから始めたらいいんですっ! それなら初歩的ですっ!」
「本当かなぁ」
「さ、最終目標を定めて段階的にやっていくのは学習計画として妥当ですよっ!」
魔術ノートの思惑は置いておいて、変なものに家宅侵入されないようにするというのは習得したい魔術のひとつではある。なので最終的には、この空間全体に魔術をかけることが目標なのは確かだ。
立ち上がって、ぐるっと見回す。私は窓へと近付きカーテンを少しだけ開けた。
「このカギのとこ、小さくて対象物としてちょうどいいんじゃないかな」
「そうですねえ。ユイミーちゃんさまならもうちょっと大きくてもいいと思いますけど。壁一面とか」
「はいはい」
難易度を上げようとする半透明生首はスルーして、私は窓についているレバーに手をかざした。さっきイメージした感覚を思い出しつつ、じっとレバーを見る。
1分ほど。
「……これいつまでやればいいの?」
「きちんと魔術を行使できていれば、もう掛かっていると思います〜。ここからだとよく見えませんけど」
振り返って話しかけると、魔術ノートがローテーブルの上で生首を揺らしていた。
直接触れさせれば浄化できたかわかるというので、魔術ノートの方へと戻ろうとした瞬間。
窓の方からバチッと音がした。
「えっ」
さっきまで眺めていたレバーのところから、バチバチと音がしている。
何これやばいのでは。
明らかに異様な音がするレバーから視線を上げると、すりガラスの窓の向こうに黒い影が写っていることに気付いた。




