はじめての魔術17
のしのしと部屋を歩き回ったスジャークさんが、私の袖をクチバシで咥え、グイグイと引っ張る。机のところまで連れてくると、椅子に座れと言わんばかりにさらに引っ張った。
「いやここ蝋梅さんの机」
「ヨキッ」
ヨキかどうか決めるのはスジャークさんではないのでは、と思って蝋梅さんを見ると、穏やかな微笑みとともにどうぞというように手で勧められた。
キャスター付きの椅子に座ると、意外と座り心地がいい。高いやつかもしれないなと思っていると、スジャークさんが私の膝の上に乗ってきた。
「えっ」
ぴょんと身軽にジャンプして私の右太腿に着地すると、ちょっと足場を確かめるようにその場で何度か足踏みしてから、足の関節を曲げて左ももの方へ重心移動しつつ座る。
「いやいや」
ちょっと焦って身動きすると、同じ目線の高さでじっと見られた。圧に負けて動くのをやめると、ヨキ、と鳴いてから私の膝の上で寛ぎ出す。そこそこずっしりした重みが膝にかかった。
……スジャークさん、マイペースにも程があるんじゃないだろうか。
机の上からそれを眺めていたヒナたちは、落ち着いたスジャークさんの背中にピーピーと鳴きながらジャンプしてくる。濃い赤色の背中に着地をすると、細長い首で後ろを向いたスジャークさんがヨキカナと鳴きながら羽繕いしてあげていた。ヒナたちの不遜な態度におののいたのか、お世話係になっているテピちゃんたちがハラハラした様子で机の上をてぴてぴ動いている。スズメたちは気にしていないのかのんびりとエサを食べ始めていた。
いや、ほのぼの風景はいいけど、人の膝の上でやられても。
微妙な気持ちになりながら眺めていると、ふとスジャークさんが私を見る。そしてまた袖口を引っ張って手を動かしたかと思うと、自分の翼を浮かせてその中にしまい込んだ。私の両手ともを赤い背中に乗せたスジャークさんが、ヨキ、と頷く。
いや、ヨキじゃなくて。
別に私は背中触りたいから見てたわけでもなくて。ふわふわで気持ちいいし、翼と背中の間の部分はなんかあったかくてふわふわしてるけども。
そっと手を抜こうとすると、じっと見られた。
視線が合ったままスジャークさんの動向を窺っていると、クチバシがパカッと開く。
「ヨキッカナアァ——ッ!!」
すこーんと響く大きな音が、耳だけでなく全身を通っていったような気がした。
音量の大きさに、一瞬音が遠くなったように感じる。
ある種の爽快感さえ感じるほどの大きすぎる鳴き声だった。窓が開いているので、大学中に響き渡っていそうだ。
私なんかの器ではどうにもできないスジャークさんはとりあえず膝の上に乗せたままにしておいて、机を挟んだ向かいに立っている蝋梅さんを見上げる。
「あの、スジャークさんって結構ここに来るんですか?」
蝋梅さんはちょっと眉尻を下げた笑みで、わずかに首を傾げた。そうでもないらしい。
「さっき構内歩いてたんでとっさに連れてきちゃったんですけど……学生に見られてたり、なんか問題になったりしませんかね……?」
蝋梅さんは微笑んで首を横に振った。なんか大丈夫らしい。
蝋梅さんは言葉で返事をすることがないので、だいたい首をタテヨコに振るか手振りで返事をすることになる。メッセージアプリではちゃんと答えてくれるので、具体的な返事が欲しいときはスマホを使った方がわかりやすいのだ。
どういう感じで大丈夫なのかは後で聞くことにした。
「えーっと、今日もヒナたちを見ててくれてありがとうございました。大丈夫でしたか? そういえば、なんか黒いやつがいて、灰色のを出してたんですけど……」
スジャークさんが私の膝で寛いでいるためか、蝋梅さんがお茶を入れてくれた。それを飲みつつ世間話をすると、折り畳み椅子を出して向かいに座った蝋梅さんが微笑みながら聞いてくれる。
灰色綿毛いっぱい潰したけど大丈夫ですかねと尋ねたら、スジャークさんがヨキッ!! と力強く返事をしてくれた。その一言だけ言うと、スジャークさんはまた床を走り回るヒナたちを眺める作業に戻る。
「なんかあの、シノちゃんが言うには私を狙って来てる感じの存在がいるんじゃないかって……なのでその、そのせいで色々来てたらすみません」
あのボロボロ神社の神様は、この一帯を守っているらしい。その関係者である蝋梅さんは、この大学の周囲を守っているのかもしれない。それなら、迷宮あたりにいそうなひとたちがうろうろするのはあまり望ましい状況ではないだろう。そう思って謝ると、蝋梅さんはしっかりと首を横に振ってから立ち上がり、ぎゅっと手を握ってくれた。
なんだか励まされているような感じがしてちょっと気持ちが上向きになる。
「ゲヒィッ……」
麗しい蝋梅さんの顔から視線を下げると、スジャークさんがバッグまで首を伸ばして中のノートを咥えて持ち上げていた。表紙にいたゲヒゲヒが、クチバシから逃げるようにシュッと端に移動して姿を消す。
「あ、あの、それはなんていうか、身を守るのを助けてくれるやつで、そのノートから出たりしないし、誤字とか探してくれて結構便利というか」
机にノートを落とし、じーっと眺めているスジャークさんに慌てて説明すると、視線がこっちを向いた。
怒られるかな、と心配していると、ヨキ、と頷かれる。
「あの、なるべく自分でどうにかできるように頑張りますので」
「ヨキカナ」
「……ついでに質問なんですけど、魔術とかって勉強しても……ヨキカナですか?」
「ヨキカナッ!!」
ヨキカナなようだ。
キッパリハッキリ鳴いてくれたスジャークさんは、私の頬にすり寄るように頭を擦り付け、ヨキ……と呟いていた。
身を守れるように魔術の勉強をすることは、スジャークさん的には推奨していることなのかもしれない。蝋梅さんも微笑ましそうに私たちを見ている。テピちゃんたちはお互いに抱き合いながらプルプルしていた。
「えーと、頑張りますね」
「ヨキッ」
スリスリしてくるスジャークさんの羽根がすべすべで気持ち良かったので、畏れ多い感じもするけれど撫でさせてもらった。
10分ほど撫でていると、スジャークさんがすっくと立ち上がり、そのまま窓枠に飛び移ってバサッと飛び出していく。長い尾羽とヨキッカナーの鳴き声をたなびかせながら去っていく姿は、かなり美しかった。
スジャークさんは、様子を見にきてくれていたようだ。
飛ぶ姿がものすごく派手だけど大丈夫かな……と見つめていると、ギョリ……ギョリ……と変な音がするのに気が付く。音がする背後を振り返ると、ドアの隙間からシノちゃんが歯軋りならぬクチバシ軋りしながらこちらを凝視していた。
「シノチャン……浮気……ユルサナイ……」
「うわ怖っ」
思わず呟くと、キエーと鳴きながら飛んだシノちゃんが私の膝に突っ込んできた。




