はじめての魔術18
「ウーワキモノ〜シノチャンハ〜絶対絶対ユールサナイー!! 地ノ果テマデモ〜追イ詰メテ焼キ土下座ヨオォォッ!!」
キエェー! と奇声を入れつつ、シノちゃんが私の膝の上でかしましく歌っている。ブンブンと頭を上下に振ったり、翼を広げてバタバタ当ててきたりと踊りなのか攻撃なのかわからない動作も繰り出してきていた。
鳥の翼、当たると痛いってほどではないけど結構1発が重い。
「シノチャンガ世界デ1番愛シテルッテ言ッタノニ!! アンナ鳥膝ニ乗セテッ!!!」
「いや言ってないけど」
「シノチャンダケヲ愛スルッテ言ッタノニイイイ!!!」
「だから言ってないってば」
普段はシノちゃんに生意気な態度のヒナたちも、シノちゃんの荒ぶる態度に引いたように大人しく寄り添ってスズメたちとヒソヒソ話している。テピちゃんたちは私を心配そうにしていたけれど、近付くとシノちゃんがカーッと威嚇するのでこれまた遠巻きにしていた。ノートに住む謎生物は、子分と一緒に並んでじっとしている。ちなみに蝋梅さんはお茶を飲みながらのんびり微笑んでいた。
「浮気者ハ死ノ森ニ3日放置ガ鉄則ッ!!」
「実質死刑じゃん」
「シノチャントイウモノガアリナガラー!! ユルサナイッ!!!」
キエエエと荒ぶるシノちゃんの声が響いたのか、開いた窓の向こうから「何この叫び声……」と通行人の声が聞こえてきたので、私はそっと窓を閉めた。
「いやシノちゃん、浮気も何もスジャークさんが乗ってきただけだから。文句があるならスジャークさんに言って」
片足を上げては下ろしてを繰り返していたシノちゃんがピタリと止まる。
カラフルなオウムは丸い瞳孔がキュッと小さくなったまま、剥製のようにしばし静止した。
「…………浮気ダメ絶対ッ!!」
「スルーしないでよ。スジャークさんに言ってってば」
「生ビールト豪華オツマミセットデシノチャン許シタゲルッ!!」
「聞こえないフリとかいいから」
スジャークさんの視線の圧を感じまくった身としては、聞かなかったことにしたい気持ちはわかるけども。
シノちゃんはまだ暴れたそうだったので、焼肉てっちり江戸前寿司と要求を叫ぶシノちゃんをワシャワシャと撫で回したのち、めんどくさいのでそのままバッグに入れた。そろそろバイトの時間が迫っている。
「蝋梅さん、お騒がせしました。もう帰りますね」
ちゃっかり蝋梅さんにナデナデしてもらったヒナたちとほっとした様子のテピちゃんは、自らバッグに入ってくれる。にこにこと手を振る蝋梅さんに挨拶してから、私は時々シノちゃんのクチバシを塞いだりしつつ家に帰った。
「ユイミーちゃんさまひどいっ! 今日は昨日より早く帰るって言ってたのに! すぐに帰ってきて、私をお膝に乗せてテキストの実践魔術レベル1を全部試してみるって言ったのにー!!」
「言ってないっつーの」
「ユイミーちゃんノ膝ニ乗ッテイイノハシノチャンダケッ!!」
「シノちゃんも静かにして」
ここにも騒がしいのがいた。
ドアを開けるなり、廊下から生えている(ように見える)生首がプクッと頬を膨らませながら文句を言い、バッグから飛び出したシノちゃんがキエェとそれに飛びかかる。それを跨いで避けてから、ヒナテピたちを出してニンニクの水を替える。
手を洗ってバイトに行く準備をする間も騒がしかったので、シノちゃんの口にナッツを押し込み、魔術ノートにはジッパーバッグを乗せた。ゲヒゲヒはテーブルの上でそれを眺め、ゲヒィ……と身を震わせている。
「あの……ユイミーちゃんさま……調子乗ってすみませんでした……」
「あんまりうるさいと使うとき以外は水に入れとくから」
「あ……使ってくれるつもりなんですね……エヘヘ」
「オヤツオカワリィッ!!」
どこまでもポジティブな半透明少女は、ジッパーバッグを避けるように首を傾けながら笑顔になっていた。シノちゃんにまたナッツをあげつつ、紙だけどメンタル強いな、と魔術ノートを眺める。
「なんだか強い魔力の気配を感じますが、ユイミーちゃんさま、早速強敵と戦って勝利し、その生き血を啜って魔力を集めてきたのですか?」
「魔女ってそういうことするの? 怖いんだけど。スジャークさんっていう強めの鳥と会っただけだよ」
「そうですか……。そういえば、今日は私も何者かの気配を感知しましたよ! あちらの方向、少し離れた場所に何かあったようです!」
調子に乗りやすくポジティブでうるさい魔術ノートは、それでも頼んでいた通りに家の周囲の様子を見ていてくれたらしかった。
あちら、といいながら、半透明少女が部屋の奥の方を向く。
「あっち? 窓? カーテンしてたけど、なんか見えた?」
「いいえ、正体がハッキリしないほどに離れていました! 私の力では測定できませんでしたので、魔力値としては下級レベル以上であると予想されます。戦いに行きますか?」
「行かないし戦わないよバイトだし。そもそも、手を洗うくらいしかできない初心者に戦わせようとするのはどうなの?」
仮に勝てるほどの魔術を習得したとしても、生き血を啜らせようとしそうなのでなんか
嫌だ。そもそも迷宮にいたりする感じの存在、血が通っているタイプの方が少ない気がする。
「生命の危機に瀕したとき、魔女の血が覚醒する場合があります! 私を支配したユイミーちゃんさまなら、きっと膨大な魔力を擁する偉大な魔女に目覚めることでしょう! とはいえまだその時でないとお思いでしたら、十分に自信が付くまで共に魔術の勉強を進めましょう! 早速新しい魔術を」
「ヒナたちー、テピちゃん、ニンニクー。バイト行くよー」
「無視しないでぇ……」
ふえぇと悲しそうな顔をする魔術ノートに、ピーピーテピテピと移動準備をするヒナテピたち。マイ布巾を持って大学ノートの上に着地するニンニクと、ゲヒゲヒと動き回る2次元謎生物。おやつを食べ終わったシノちゃんは「ジャーチョット見テクルダワネ〜」と勝手に窓を開けて飛んでいく。
「……」
なんだろう。
大学に入って一人暮らしを始めた頃は、家族もいない静かな空間にちょっと心細さを感じたりもしたけれど。
あの心細いほどの静けさが、今はちょっと恋しくなってきた気がする。




