はじめての魔術16
長くて大きな脚を曲げ伸ばししながら、のし、のし、と歩みを進める。
燃えるような赤色の体に、細く伸びる首と小さい頭、その上に伸びる短い飾りの羽根。尻尾の羽根は地面に着きそうなほど長い。
小さく真っ直ぐなクチバシがこちらを向いていた気がしたけれど、そのまま校舎の影に見えなくなる。
涙目で苦しみつつ、水筒を取り出してなんとか呼吸を整える。
「だ、大丈夫か」
と思ったら、にゅっと首を覗かせた。
山田さんの言葉に頷こうと顔を上げていた私は、視界の端でそれを捉えてまた咽せる。
「いや、なんか水……飲み物……」
スジャークさんが校舎の影に引っ込んだりにゅっと顔を出したりを繰り返すせいで咽せた喉が痛い。シュシュシュシュと段々速度が速くなっていくせいで笑いまでこみ上げてきて私の気管支は地獄だった。
「な、なんか買って来ようか? あ、水持ってるのか」
気遣いの言葉に、私は無言でペットボトルを取り出しつつ頷いた。
山田さんが心配そうに私を見ていたけれど、私が心配なのはその山田さんが振り返ってあのド派手で大きい鳥に気付いてしまわないかということだ。今は咽せている私を気にしているので背後には気付いていないようすだ。この苦しみが少しでも意味があるものになって良かったけれど、そもそも咽せた原因がなければ意味もないのであんまり嬉しくはない。
遠くでチラチラする赤色をなるべく見ないようにしつつ呼吸を整える。
なんとか立ち直ると、山田さんも「大丈夫か? とりあえずえーと、手を洗った方が……」と混乱した様子を見せていた。そりゃ話していた相手がいきなり激しく咳き込み始めたら焦るだろう。ただ咽せているだけという対処もない状況なのでただ困らせたようだ。
「すいません、大丈夫です」
「そうか、よかった。大分激しかったから、ちょっと休んだ方がいいかもな、どっか近くのベンチで……」
「あーっと!!」
「えっ」
山田さんが周囲を見回しはじめたので、私は思わず大声を出して山田さんの腕を掴んだ。その瞬間にバチッと大きな静電気が起きて一瞬手放す。手のひらに、デコピンされたような衝撃が走った。
「あ、ごめんなさい!」
「いやこっちこそすまん! その、今日セーター着てるから」
「いえ、私が触ったから」
オタオタと謝る。私が掴んだのが悪いのに、山田さんも申し訳なさそうにしている。ちょっと肌寒いので薄手のニットを着ることは別に悪くないというのに。
「ほんとにすみません、えーっと、あの、ほら、手! 水道で洗うだけだとバイ菌が落ちませんから、石鹸使って洗った方がいいと思います!」
「えっ? 手?」
「ほら、外の水道だし、なんか捻るとこにも菌とか付いてるかもしれないし。ちゃんと手を洗えてないと、えーと、なんか食中毒の原因とかにもなるっていいますし!」
「食中毒……?」
「あの、新館のお手洗い、石鹸自動で出ますから!! あそこで洗うといいと思います!!」
「おう……」
山田さんは明らかに私の勢いに引いていたけれど、私が押し切ると頷いてじゃあ、と歩き出してくれた。私が色んな意味で心配なのか、山田さんがちょっと振り返ったりして肝を冷やしたけれど、早く急いでと私が急かすとちょっと早歩きで行ってしまった。
しっかり人影が見えなくなったのを確認してから、校舎の影に走り寄る。
シュシュッと首を動かしていたスジャークさんの体をグワッと両腕で挟んで持ち上げ、雑草の生えた校舎裏を通りながら全速力で旧館へと向かう。そのまま5階まで駆け上がって、蝋梅さんの部屋に着いたときには私の肺も地獄になっていた。
ドアを閉めるなり膝から崩れ落ちた私に、蝋梅さんが心配そうに近寄ってくる。床に降ろしたスジャークさんは一旦床にお腹を付けたままブルッと体を震わせたあと、長い脚で立ち上がった。
そしてまだ顔を上げられずにいる私を、首を曲げて覗き込んでくる。
「ヨキ…………カナ?」
「え……」
「ヨキ…………………………カナァ?」
小さくて丸い瞳孔が、5センチくらいの超近距離からじっ……と私を見つめる。
「ヨキカナアァ?」
「あの……すいません……ヨキじゃないです……」
スジャークさんの小さな目から発せられる眼力が強い。
「ヨキ………………カナァ?」
「あの……乱暴に運んですいませんでした……ちょっと焦ったので、あとこう、とにかく人に見られないようにって……揺らしすぎたかもしれませんごめんなさい……」
強い圧を感じながら謝ると、さらにじーっと見つめた後にスジャークさんが「ヨキ」と頷いた。許してくれたようだ。
私から視線を外したスジャークさんは、丁寧に頭を下げる蝋梅さんにヨキ、と頷いてから、のしのしと机の方へ歩いてからヒナたちに「ヨキカナァ?」と鳴いていた。ピー! と無邪気に返事しているヒナたちが羨ましい。
スジャークさんの視線、強い。
逃げていたシノちゃんの気持ちがちょっとわかってしまった。




