はじめての魔術15
その後、すべての講義が終わるまでに、あの灰色の綿毛を何度か見つけ、そしてパチッと潰した。指で摘むようにすると、音がした後に消えているのがよくわかる。特に攻撃してくるでもなく、害があるのかどうかもわからないけれど、だからといってそのまま漂わせているのもどうかと思うので見つけ次第消していたのだけれども。
「あ」
「あ」
最後の講義後に手を洗って校舎を出ると、校舎の横に備え付けられている水やり用っぽい水道で配達のお兄さんこと山田さんが手を洗っていた。奇遇だ。
目が合うと、会釈したお兄さんが私の方を向いて話かけてきそうな雰囲気になった。
山田さんについては、シノちゃんが「怪シイ」と言っていたのであんまり話さないようにしようとも思ったけれど、この状況で避けるのも不審すぎる。どうしようか、と思いつつ、とりあえず立ち止まる。ちなみにシノちゃんはお昼の後に「チョット処シテクル〜」と出掛けてしまった。今頃どこかで元気に何かを処しているのだろう。
「こんにちは」
「どうも。今日は大丈夫だった? えーとほら、なんか危ない場所とか」
「あ、全然行ってないです」
「そっか。なんか今日点検で校門早めに閉まるらしいから、5限あるなら帰り急いだほうがいいらしいよ」
「今日は帰ってバイト行くだけなので」
「バイト……」
お兄さんが何やら考え込んでしまう。
なんだろう。今日届きそうな荷物とか通販してただろうか。
「あの、哲学科って、旧館で授業多いんですか」
「え、あー、新館に移ってるから今年はもうほとんどないけど、荷物置き場にさせてもらってる教室があって」
「へぇー」
「史学科の教授とたまたま仲良くなったから、融通きかせてもらってる。4年にもなるとどうでもいい荷物多くて」
山田さんは哲学科だけど、飲み屋さんで史学科の教授と鉢合わせるうちに仲良くなって教室を使わせてもらっているそうだ。なんか大学生活っぽいエピソードだ。
「あそこ空き教室多いし、取り壊しは予算の関係であと3年くらいかかるらしい」
「取り壊されちゃうんですか……」
「老朽化してるし。でもなんかあの校舎、いわく付きというか縁起付きというか、なんかそういうのあるらしくて保存するか揉めてるらしい」
「あぁ……」
神様の関係者がいるもんなあ、と頷くのは心の中だけに留めておいた。
蝋梅さんと旧館の雰囲気がとても合っているので、できるなら取り壊さずに残しておいてほしい。というか、取り壊されたら蝋梅さんはどうするのだろうか。新館に移るんだろうか。……綺麗な教室にいる蝋梅さんも、それはそれで似合いそうだ。
「ってごめん、バイトなのに引き止めた」
「大丈夫です、バイトの時間までもうちょっとあるので」
「そうなんだ。あの……夜間バイトとか?」
「夜9時くらいまでなので夜間ってほどじゃないです」
「そっか、じゃあ心配ないな」
ちょっとほっとしたような笑顔なのは、大学生活を心配してくれたのだろうか。私は山田さんのように体力を使う仕事でもないし、文字通りドアtoドアのバイト先なのであんまり心配することもないのだけれど、バイトのしすぎで留年する人もいると教授が言ってたのでそういうことを気にしたのかもしれない。
面倒見のいい人だし、怪しいって感じでもないよなあ、と山田さんを眺めていると、視界の端にチラッと赤いものが移った。
驚きすぎて喉がつっかかった。
「ウッ」
「えっいきなりむせたけど大丈夫?!」
「ハイ……」
急にゲホゲホし始めた私を山田さんは驚きの目で見る。そりゃそうだろう。
私だって驚いている。
だって山田さんの背後、校舎の影にどうみてもスジャークさんがいるのである。




