はじめての魔術13
翌朝。
「おはようございます、ユイミーちゃんさま! 今日は薄曇り、魔術の練習にぴったりです! 今日もお出かけですか? お出掛けの前に復習はいかがですか?」
「朝カラウルッセーンダヨーッ!!」
私が突っ込む前に、いつの間にか一緒に寝ていたらしいシノちゃんが先に切れた。ンダコラァと起き上がったシノちゃんは、のしのしと寝転がる私を横断してローテーブルに飛び移っていく。
「あっ、やめてえっ表紙めくらないでっ」
「静カニシネートマタ水ニ沈メルッ!! 醤油モ入レルッ!!!」
「お水いやぁ〜」
「新入リハ黙ッテオ茶汲ミトコピーダケシテロッ!」
「時代錯誤いやぁ〜」
どっちかというとシノちゃんの方が騒がしい。
同じように目が覚めてしまったのか、ヒナたちもピーピー騒ぎ出した。
「もーどっちも静かにし……」
「ユイミーちゃんさまぁ〜助けて〜」
起き上がってローテーブルを見ると、生首が乗っていた。
「無機物ガ擬態シテンジャネーゾッ!! ココデ1番カワイイノハシノチャンダカラッ!!!」
「ああ〜やめてください〜私が可愛いからって髪を引っ張らないでください〜」
開かれた魔術ノートの上に、女の子の生首が生えていた。半透明の髪が緩くウェーブしながら広がり、ローテーブルの下まで垂れている。シノちゃんが足でその髪束をワシッと掴んでケェーと威嚇しており、女の子は涙目で喋っていた。
「……気持ちわるっ」
「ひどいっ! ユイミーちゃんさまが邪魔って言うから、お邪魔にならないように小さく出てきたのにっ!」
「いや、そういう問題じゃなくない?」
人形のように整った見た目だけに、生首姿が余計に不気味だった。朝起きてすぐに見せられると心臓に悪い。半透明とはいえ髪の毛が広がっているので、ローテーブルで食事をする気を失せさせるような光景だ。
邪魔だけど説得するのも面倒なので、とりあえず魔術ノートを床の上に移動させてから朝の支度をすることにした。顔を洗って戻ってくると、シノちゃんだけでなくヒナたちからもつつかれている。ノート本体に傷が付いているわけではないようだけれど、女の子は「やめてよぉ〜」と声を上げていた。嫌だったら姿を消せばいいのではないだろうか。
「とりあえずノートのままでいてほしいんだけど。そもそも女の子の形になる意味あるの?」
「あります! ユイミーちゃんさまの力が増えれば増えるほど、私の姿もはっきりとしてできることが増えます! 物に干渉できたり、ノートから離れられることもできるようになります! 私の状態を見ることで、常に魔女としての成長を実感することができます!」
じゃああんまりメリットないんだな、と思った私に気付いたのか、それにそれに、とさらに言い募った。
「力が増えると、魔術の補佐もできるようになりますっ! 例えばユイミーちゃんさまが敵と対峙して身動きできない場合、私が代行して魔術を発動することもできますっ! あと、あと、離れられる距離が長くなったら、敵に追われた場合などに私が囮となって追っ手を撒くこともできますっ!」
「へえ、それはなんか便利そう」
「シノチャンミタイナ強クテカッコイイ相手ニハ効カナイケドネ〜」
ぺいっと掴んでいた髪を放したシノちゃんが、朝食の用意を察知してウィンナータコサンニシテ〜と近寄ってきた。プェーと見上げながら鳴くので腕に乗せてあげると、肩までよじ登ってぐいぐいと羽毛を押し付けてくる。
「シノチャンナラ敵トカ一瞬ダカラ〜シノチャンハカワイイシフワフワダシ〜ユイミーちゃんモシノチャン大好キダシ〜」
「う、うらやましいっ……私もユイミーちゃんさまに肩に乗せてすりすりさせてほしいっせめて本体だけでもっ……」
「いや、本肩に乗せて頬擦りするとか奇行すぎるでしょ。シノちゃんもちょっと離れて。前見えないから」
張り合ってても言い争っててもいいから、とりあえず静かに大人しくしててほしい。
言い聞かせてからご飯を作り、みんなで食べる。食事をしないニンニクは合わせるように水の入ったカフェオレボウルに戻り、魔術ノートは羨ましそうな顔で「実体化が進めば私も食べられるようになります……」と呟いていた。食費かかりそう。
片付けをしたあと、少し時間が余っていたので勉強した魔術の復習をすることにする。
魔術ノートが「復習するなら今のところは姿を引っ込める」と言ったからである。魔術の勉強をサボらせないために、わざと図々しさを秘めた作りになっているのかもしれないとちょっと思った。
「っていっても、手洗う方法だけなんだけど」
「実践し、身に付けることが大事なのです! 特に基礎の課程は何度も繰り返し、無意識に行えるようにすることが偉大な魔女に」
「ならない」
「……求める魔術を身に付ける第一歩となります!」
言い換えてきた。
確かに基礎は頭に入れておいた方がのちのち役に立つのは普通の勉強も魔術の勉強も同じっぽいので、テキストを開きながら手を洗うことにする。
「えーっと、なるべく綺麗な水を用意する。水道水でいいかな」
「大丈夫です! 本当は汚れなき土地に流れる夜明けの清水が1番ですけど!」
「で、流しながら、清浄の呪文を心の中で唱える。これって石鹸使うの?」
「魔力が強くなればお力だけで全ての汚れが取れますが、今は物理的な汚れの除去に他の物を併用しても問題ありません!」
ワクワクした顔の生首が「さあやってみましょう!」と部屋の方から期待を込めた顔を向けてくる。
テキスト通りに蛇口から水を流し始め、石鹸を付けてから流れの中に手を入れる。水が両手にかかるように気を付けつつ、要約すると「手が清められますように」で完結しそうな古めかしく長ったらしい言葉を心の中で唱えながら洗った。
水を止め、タオルで拭く。両手の裏表を眺めてみるけれど、特に変化は見られなかった。
「これでちゃんとできてるの? シノちゃんわかる?」
「ミセテ〜」
のしのしと肩から腕に移動したシノちゃんに手を広げて見せる。
ジーッと固まって凝視し始めたので、ちょっと緊張しながら待つ。テキストには、かなり簡単なことだけれどいつでも必要となる魔術で、身近に魔力を体感できるのがこの手を清めることだと書いてあった。違いがわからないのは失敗したからなのか、それとも私がわからないだけなのか。シノちゃんであれば判別してくれるはずだ。
しばらく経ってから、やがてシノちゃんがくりっと私の方に顔を向けて口を開いた。
「ユイミーちゃん、生命線メッチャ長イネ〜!! アト芸術ノ才能アルッテヨ〜!」
「……」
とりあえず、シノちゃんには手相の知識もあることがわかった。




