はじめての魔術11
カウンターの上に座り込んだ半透明の女の子は、自分のスカートのフリルをつまみ、広げた手の平をまじまじと見つめ、そしてペタペタと自分の顔を触った。
「なんと! お名前をいただいてすぐに人型幼年期に変身できました! さすがユイミーちゃんさまです!」
「あー、これ魔力によって出てきてんのかー。ユイミーちゃんすごいねぇーさすが魔女の血」
「いや、さすがとか言われても……これ私のせい? ていうかとりあえず下りて。そこカウンターだから」
「はい、ユイミーちゃんさま!」
「いや呼び方おかしいし様いらないし」
幼い子がするようにぴょんと飛び降りた半透明の女の子は、ニコニコ笑いながら私の近くに立って見上げてくる。色の白い手で私の手を掴もうとしているのか、すかすかとすり抜けていた。
「……一応訊くけど、魔術ノート?」
「はいそうです! あなたさまという主を得たことで魔力の繋がりができて、こうして自由に動かせる思念体を作り出すことができました!」
「いや、戻って」
「えっ?」
「戻って。ノートに」
「えっ?」
はい、とカウンターに載っていた魔術ノートを差し出す。女の子はキョトーンとした顔のまま、首を傾げてえっえっと混乱していた。
「あの、人型になれたんですよ? あなたの魔術ノートですよ??」
「わかったから。はい」
「あの、あの、最初からこの姿をとるのはすごいことですよ? もっとこう、喜んだり、手を取り合ったり、こう、今後の魔女見習いとしての生活について語ったり」
「魔術ノートのままでも喋れるんだから、ノートのままでよくない?」
「えっ……」
「ていうか私の部屋、単身用だから。動物はよくても同居者はダメだから」
「えぇ……」
「6畳だしベッドもひとつしかないから」
「ふえぇ……」
眉尻を下げた女の子が、七色に光る大きな目をウルウルさせた。
すかすかと私の手を握ろうとしていた手を握って口元を隠しながら見上げてくる。
「もしかしてユイミーちゃんさま、この姿キライですか? かわいくないですか??」
「かわいいとかそういう問題じゃないし、ちゃんさま付けはおかしいし」
そういう見た目で絆されるのはマニアックな男性ではないだろうか。魔女に対してなんで女の子のビジュアルで勝負を仕掛けてくるのか。確かに可愛いことは可愛いかもしれないけれど、だからといって身近に知らない女の子がいる状況は普通に落ち着かない。
そもそも、魔術ノートの時点でハードカバーがゴシックというか厨二病というか怪しい感じで持ち歩きにくいのに、その上人間の姿になるともう連れ回す以前に部屋に置いておくのも危険だ。しかも透けているので、誰かに見られたときの言い訳の難易度がシノちゃんやヒナたちの比じゃない。最新のホログラム技術によって作られた姿だ、というにはまだ時代が追いついていないと思う。
この状態よりは魔術ノートの方が随分と地味だ。だから戻ってほしいと説得している間、カウンターを挟んでニンニクジャンキーな吸血鬼がゲラゲラと笑っていた。
「いやユイミーちゃんウケるんだけど、冷静すぎるでしょ、初めての使い魔だしもうちょっと驚いたりしても……戻ってって……ダメだ面白過ぎ」
「わ、笑われちゃってるじゃないですか……!! 普通は、すごーいってなって、私が才能ありますよーって言って、仲良くしましょうねーってなるとこじゃないですかあ」
「よくわからないけど、なんか理想があったんだね」
「そうです!! 私は偉大な魔女のノートとなり、魔術が軽視されがちな現代社会において新しい魔女時代を築くその歴史の礎となるのです!」
ほぼ紙製なのに野望があるらしい。
そんな野望を胸に抱いた状態だったら、出荷された先が私でガッカリしただろうな、とちょっと思った。別に魔女になりたいわけではない私とはそもそも目指す場所が違う。
「あのさ、返品交換ってできるの?」
「ひええええなんてことなんてことー!! 絶対に許可しません!! 例え繊維の一筋になってもユイミーちゃんさまにしがみついていきます!!」
「なんか怖い。お互い理想的な相手を見つけた方がいいんじゃないかと思っただけなんだけど」
女の子はゆるく波打つ髪を振り乱しながら私にしがみつき、すかすかと腕を貫通させてきた。特に感触があるわけではないけれど、自分のお腹に半透明の子供の腕が出入りしているのは見た目がちょっと気持ち悪い。一歩下がっても女の子が距離を詰めてきてすかすかとしがみ付いてくる。
そしてサフィさんは相変わらずゲラゲラ笑っていた。普段はキラキラしてる顔が真っ赤になって涙まで浮かべるほど笑っている。私たちのやりとりはそんなにおかしいのだろうか。
「ユイミーちゃん、し、支配下においたモノ、モノをね、解放するのは、普通、す、捨てるときだからっ……」
「捨てられませんー!!」
「魔女の手帳はね、だ、大体、死ぬまでもっとくヤツだから……相性……」
私と人型魔術ノートを見比べてププッと吹き出したサフィさんが、説明の途中でまた
ゲラゲラ笑い始めた。女の子が涙目でサフィさんを睨み、「相性ばつぐんですからー!!」と地団駄を踏みながらすかすかと私に抱きついてきた。勢いがつき過ぎて、頭の半分が私の脇腹に埋まっている。
「あのさ、とりあえず元の姿に戻って」
「絶対に私がユイミーちゃんさまと世界一の魔女になってみせますからぁー!」
「だから目指してないって」
「大丈夫ですユイミーちゃんさま!! 2人で創世の魔術を描き出しましょう!」
「ちゃんさまやめて」
半透明女の子はすかすかとしがみつきながら叫び、サフィさんはゲラゲラ笑い、ヒナたちはピーピー鳴いてテピちゃんたちがテピテピ心配そうにしている。騒がし過ぎたからか、床からそっと手さんが出てきていたくらいだった。
なんだろう。急に魔術を勉強したくなってきた。具体的には、魔術ノートをミュートさせる方法を知りたくなってきた。
でもまだ初心者なので、とりあえず本体のノートをジッパーバッグに入れ、水に沈めることで静かにさせた。それを見たサフィさんが床を転げ回って笑っていた。




