はじめての魔術10
『ああっやめてっめくらないでっ』
「へー、魔女ってこんなんあるんだー。魔女の使う魔術って結構個人差あると思ってたけど、やっぱ魔力がアレだし応用のあたりで独自化してくのかなー」
『裏表紙見ないでえ〜』
食事の片付けを終えたあと。ごく普通にページをめくられている魔術ノートが、まるでひどいことをされているような声を上げていた。ネタなのか本気なのか判断しかねる声だ。
何も書かれていないページを一通りめくったサフィさんは本を閉じ、表紙に金色の字で描かれている陣のようなものに手をかざす。しばらくすると光り始めたので、流石に取り返した。
「何してんですか」
「何もしてないよーただどういう仕組みなのかなーって見てただけー」
『うう……怖かったよう……丸裸にされるよう……この恐怖は名前を書いてもらえないと収まらないよう……』
ちゃっかり記名を促してきている。
一応、もう一回見せて〜とニコニコしているサフィさんの手からは遠ざけつつ、私は魔術ノートの裏表紙をめくった。
「サフィさん、なんか名前書いて呪いするらしいんですけど、ここに書いても大丈夫ですか?」
『表紙に書いてよ〜』
「大丈夫だよー。大きく強く刻んだらそりゃ効力は強くなるけど、本人の魔力が強くなればモノなら指でなぞっただけでも支配下に置けたりするよ」
「シノちゃんがフルネームじゃなくても大丈夫って言ってたけどほんとですか?」
「もちろん。その言葉が自分を指す言葉だって自分でちゃんとわかるなら効力あるよ。かけ離れた言葉だと支配力落ちるけどね〜」
『フルネームで書いてよお〜』
強い魔道士だけあって、サフィさんは詳しく説明してくれた。
例えばサフィさんなら、長いらしい本名を全部刻むとかなり強く支配できて、本名の一部でも確実に支配できるらしい。でも「吸血鬼」とかだけだと、ものすごく力の強い呪具なんかだと支配が弱くなったりするそうだ。
「もちろんユイミーちゃんはまだ新人魔女だから、本名使った方が確実ではあるよー」
「魔女ではないです」
『魔女になろうよお〜』
「でも本名を使うのはデメリットもあってねー。例えば日本の魔術では名前を握ることで相手を縛るやつとかあるでしょ」
当然のように「あるでしょ」といわれてもよくわからないけれど、なんか昔は本名を使うのを避けて別の名前で呼んだりしたということも聞いたことがあるからそういうことだろうか。
「力が弱いうちはモノに刻んだ名前から逆に支配されたりもするから難しいんだよね〜」
「じゃあ本名書かないほうが安全ですね」
「ちょっと学んだら、刻んだ名前を隠す方法とかも出てくると思うよー。隠蔽は身を守る術の基本でもあるしね。名前の隠し方も色々あってねー。複雑になればなるほど効果があるんだけど、あんまり難しいの使うと自分でも刻んだ名前が認識できなくなったりして面白いよー」
アハハとサフィさんは明るく言っているけれど、どの辺が面白い点なのかちょっとわからない話だった。
『ま、魔術ノートはちゃんと名前を握られないように基礎的な隠蔽機能がありますからっ』
「うん、でもこの程度の隠蔽だと、この辺で破れないヤツはいないと思うよー」
『主さま……どうしてこんな恐ろしげな場所にいらっしゃるんですかぁ……』
「バイト先だから」
『私の主さまは無限の可能性を秘めた魔女見習いで嬉しいです……でも早く名前書いてくださいよう……』
名前を書かれていない状態で迷宮の最奥エリアにいるのは心細いことらしかった。
怯えたままにするのもかわいそうになってきたので、裏表紙をめくってペンを持つ。
「えっと、ここに持ってくるなら本名じゃない方がいいんですよね」
「そうだねー。普通に『ユイミーちゃん』って書いておいたらいいと思うよ」
「……ちゃん、はいらないですか?」
「あった方がいいんじゃない? 『ユイミー』だけだと結構本名に近いでしょ? 多少違う音が入ってて、かつ知らない奴から呼ばれて問題ないのがいいと思うなー」
サフィさんがキラキラ顔で首を傾げながら言う。
「ユイミーちゃん、私生活と魔女であることを切り離したい感じだよね? なら魔術を使うときはあだ名というか、違う名前で通した方がいいよー。その方が魔力的にもちょっと壁できるし」
わかるようなわからないような感じだった。
普通に生活するときと、魔術を使うときで名前を変えて生活すると、少なくとも気持ちは切り替わりそうだ。アカウントを使い分けるみたいなイメージだろうか。
「へえ。じゃあ、今から他に新しく名前考えてもいいんですか?」
「理屈的には大丈夫なんだけど、浸透するまで時間かかるから魔術不安定になると思うよー。あと今更他のあだ名で呼ぶのもめんどくさいし、ユイミーちゃんがいいと思うなー」
「ユイミーちゃんって、普通の友達から呼ばれることもあるんですけど」
「力のないヒトに呼ばれる分にはあんまり問題ないよー」
今日からいきなり呼び名変えてとかいわれても対応しにくい気持ちはちょっとわかる。
他に思いつくあだ名もないので、とりあえず「ユイミーちゃん」と書いておくことにした。……自分でちゃん付けをして、しかもそれを文字にするのはなんか違和感があるけども。
さっきまでの悲しそうな雰囲気は消え、はやくはやくとワクワクしている魔術ノートの裏表紙の内側に、ボールペンで「ユイミーちゃん」と書く。
するとその瞬間、パーッと魔術ノートが光り出した。
「えっ何眩しい」
「おー」
思わず手で光を遮って、目が慣れてからそっと光っている方を向く。強い大きな光が次第にキラキラと細かく砕けるように形を変え、本から煙のように立ち上って、それからふわふわと輪郭を作り始めた。
半透明に光る、キラキラと揺れるウェーブした長い髪。赤くてフワフワしたドレス、そしてビスクドールのような西洋風の幼い顔立ち。
ふわっとカウンターの上に座り込んだ女の子の、キラキラと虹色に色を変える瞳が私を見つめて笑った。
「ユイミーちゃんさま! 私はあなたの力の具現。あなたの写鏡となり、成長を助けます! この魔術ノートとこれから強い魔女を目指して頑張りましょう!」
ニコニコ笑った女の子の向こう側に、笑いを堪えながら私を見ているサフィさんの視線を感じる。
いや、もうなんというか、どこから突っ込めばいいのかわからない。
「……あのさ、とりあえず私の部屋6畳だから」
こういう体積増加あるなら、最初に説明すべき。
「あと何度も言うけど魔女は目指してないから」
私がそう念を押すと、半透明の女の子は「魔女を目指……したいから、ですか??」と首を傾げてすっとぼけた顔をした。




