はじめての魔術9
「ユイミーちゃんひどいよー!!」
いつもより早めの時間にやってきたサフィさんは、開口一番にそう言った。
「昨日ニンニクを楽しみにここまで来たのに!!」
「あ、忘れてた。すみません、日曜日だったってあとで気付いて」
「ドア開かないかと思って2時間も待ったんだよー!!」
「えっ」
ニンニクのために2時間も粘ったらしい。
相変わらず吸血鬼なのにニンニクに情熱を傾けすぎである。ここまでくると、地球産のニンニクに吸血鬼にとっての依存性があるのではと心配になるくらいだ。
魔術のスターターキットが届いたことで、素揚げニンニクの約束をすっかり忘れていた。サフィさんは見たところ先日の大怪我の痕跡はほとんど消えて普段通りの様子だけれど、怪我が回復したばかりの状態でそこまで待たせてしまったのはちょっと申し訳ない。
「連絡し忘れててごめんなさい。すぐ作りますね」
私は置いてあった段ボールをカウンターに載せると、ムスッとしていたサフィさんがいきなりキラキラした笑顔になった。
箱の中身は魔術セットと一緒に注文したニンニクである。
魔道士でもあるサフィさんはこの迷宮の中でも強い方らしいけれど、もし戦うことになっても、大きめのニンニクがゴロゴロしている箱を献上すれば助かるんじゃないかな、と思うようなイイ笑顔だ。
「時間かかるんで、とりあえず味噌漬け食べますか?」
「うん。ニンニク醤油に入ってるやつも出してほしいなー」
揚げニンニクー、揚げニンニクー、と上機嫌に歌っているサフィさんに、とりあえずニンニクの味噌漬けと醤油漬けを出して夕食の準備に取り掛かる。
ニンニクを揚げつつ、ガーリックステーキを作り、それからガーリックライスを作る。
ステーキは、サフィさんが病み上がりなのでスタミナがつきそうなものがいいかなと思ったのと、いつも払っている食事代から材料費を引いた分が貯まってきていたので贅沢に国産黒毛和牛にしてみた。薄切りニンニクを揚げて香り付けした油で焼き、出来上がったら上にさらにすり下ろしニンニクを乗せる。フライパンで残った油でご飯を炒め、もちろんそこにもニンニクをどっさり投入した。
キッチンが地獄のような臭いに包まれているけれど、カウンターの方からは「いい匂いしてきたー」と嬉しそうなサフィさんの声が聞こえてきている。うちのニンニクは次々と揚げられていくニンニクにおののきながらも、飛び跳ねた油などを拭いてくれていた。
山盛りの揚げニンニクとステーキ、ガーリックライスを持っていくと、サフィさんのキラキラ笑顔は発光しそうなくらいに輝いていた。食べる前からこんなに喜んでもらえると、胸焼けしそうな中で作った甲斐がある。
自分の分も運んで、一緒にいただきますをする。もちろん私の分はガーリックなしだ。シンプルな私のお皿を見たサフィさんが社交辞令程度にニンニクを勧めてきてももちろん断る。サフィさんは魔術で匂いを消せるらしいけれど、私は人間だ。月曜からニンニクまみれになるなど言語道断だった。
「うまー! ユイミーちゃんの揚げニンニクは世界一うまい!」
「材料がいいからですよ。なんかニンニクの有名な産地の高いやつですし」
「お金ならいくらでも出すからこれからもじゃんじゃん買ってきてね」
ニンニクで財産を食い潰しそうな発言である。
「怪我はもう治ったんですか?」
「うん、でかいのは大体なくなったよー。ずっと寝てたから骨とか内臓もほぼ回復したっぽい。全快できそうだったんだけど、ユイミーちゃんがバンソコ貼ってくれたとこはもったいないから残しといたー」
「残しとく必要性がわからないんで、擦り傷も治してください」
「で、ユイミーちゃんは俺が寝てる間に魔女になったの?」
「なってはないです」
「えーあんなの持ってるのにー?」
あんなの、と指されたのは、商品棚の端に置いてある魔術ノートである。
バイト開始からうちの警備員である手さんの大きな指に挟まれたり、魔王さんの目ビームでスキャンっぽいことをされたり、ポヌポヌ犬さんにポヌッと踏まれたり、巨大なお客様にフガフガ嗅がれたりと色々された魔術ノートは、最初は叫んだりしていたものの早々にグッタリして静かになっていた。ちょっと可哀想なので、お客様に見つかりにくい棚の上の方に置いてたのだけれど、サフィさんは気付いたらしい。
見せて見せて、といわれたので、席を立って棚の前に立つ。
魔術ノートを手に取ると『もうおうち帰りたい……』と小さく呟く声が聞こえた。
おうちって出荷前だろうか、それとも徒歩3秒のうちだろうか。ちょっと気になった。




