はじめての魔術8
『えへ……えへへ……お名前、どこに書きますか?』
魔術ノートがものすごく浮かれている。
とりあえずテキストを読んでいったら、手の洗い方の次のページに「まずは無機物に名前を書いてみましょう」という項目があった。なるべく魔術ノートを用意してそれを使いましょう、とも書いてあったので、仕方なく名前を書くことにしたのだけれど。
『スタンダードなのはやはり表紙、大きく中央に書くと支配力も大きく高まりますよ……えへ……金の魔力入りインクだと装丁とも合いますが、もしお持ちでなければ軽く下書きだけをして、後からしっかりと彩られても』
「なんかキャラブレてない?」
『魔術ノートは使うごとに所有者の魔力に慣れ、その人に合ったものへと少しずつ変化していくのです!』
「いや、まだ使ってないんだけど」
『それはもちろん、私の主であるあなたさまが強いお力を示したので……』
シノちゃんが羽繕いをしながら「ユイミーちゃんノ拷問効イタッテヨ〜ウケピ」と口を挟んできた。その隣に置いてある大学ノートからは「ゲヒィ」と同意っぽい相槌が聞こえてくる。故意に拷問したわけじゃないのに失礼な。
トロピカル鳥を睨みつつ、名前を書くためにペンを取る。
『ちょっと待って! そのペン、パトリオット社から発売中のこすると消えるペンではないですか?』
「妙に詳しいね」
『ダメです〜! せっかく呪いを掛けて書くのですから、消えないもので! ペン、万年筆、フェルトペンインクなどが望ましいです!』
失敗すると困るのでとりあえず修正しやすいペンで書こうと思ったら止められた。
「でもこれ温度が高いと見えなくなるだけで、インク自体は残ってるんじゃない?」
「冷ヤスト復活スルヨネ〜」
「シノちゃんも詳しいね。日本の文房具事情ってそんなに情報出回ってるの?」
「シノチャンハネ〜ハイテクコレト派〜」
『実は消えてないとかそういう問題じゃないんです! 呪いとして名前を使うことで、魔術の使用者、つまり魔女としての自覚にも繋がる重要な』
「いやだから魔女になりたいわけじゃないから。なりたくないから」
『??? 魔女になり……たい?』
「なりたくない」
『なり……? すみません、よくわかりません』
「わざとらしいほどすっとぼけだなー」
すっとぼけ方がちょっとイラっときたのでジッパーバッグを持ち上げると、魔術ノートは『やめてぇいじめないでぇ』と同情を誘いそうな声音を出していた。
遊んでいる時間ももったいないので、とりあえずペンを持ちながらテキストをめくる。
「これってフルネーム書かなきゃいけないの?」
『もちろんです! あなたの魔力をより解放するためにもフルネームを書いてください! さあ私にあなたを刻み付けてっ!』
「アノネ〜別ニソンナコトナイヨ〜」
「そうなの?」
『そんなことありませんっ! その魔力性動物の信憑性が低い話に耳を貸さないでっ!』
「ンダトコノ雑魚紙ィ〜シノチャンガビリビリニシテ資源回収ノ日ニ出シテヤロウカッ!!」
『ああっやめてっ新品の表紙を咥えてクチバシの痕を付けるのはやめてっ』
なんか楽しそうだなあ。
カーと怒りながらシノちゃんが魔術ノートをめくり始めたので、壊さないでねとだけお願いして、私はピーピー鳴き始めたヒナたちにジュンキンアワホをあげる。テピちゃんたちにも金平糖をあげると、テピテピーとバンザイしながら喜んでいた。頃合いを見て、シノちゃんにもピーナッツを一粒上げる。
『ああ、死ぬかと思いました……私、お名前も書いていただけないまま寿命を迎えるのかと』
「あ、そろそろバイトだ」
『えっあの、あの、お名前は? お名前は書いてからですよね?』
「いやもう時間だから。あとでヒマなときに書くね」
『いやあぁ……記念すべき魔女への第一歩を、ヒマな時間に片手間で始めないでぇ……』
なんか感情表現が激しくなっていっている気がするけれど、私の影響というか初期設定のせいじゃないだろうか。
また悲壮な声を出している魔術ノートと、ゲヒヒ……と鳴いている大学ノートを重ねて脇に抱え、ヒナたちを集めてバイトに出る準備をする。
「そろそろ行くけどシノちゃんはどうする?」
「シノチャンハネ〜コレカラ街デ色々情報収集シテソノママ帰ル〜」
「じゃあ窓の鍵も閉めてこうかな」
ヨッコラショと私の手に乗ってきたシノちゃんを持って、玄関ドア横の小窓を開ける。ジャーネーと飛び立っていったシノちゃんを見てちょっと思った。
……情報収集、飲み屋街でやってそう。
お酒はほどほどにして有力そうな情報が探せるように祈りつつ、私は今日もバイトに出勤することにした。




