8
翌朝。
いつものようにルーナの家の庭で修行をしていた俺は、魔力を全身に巡らせながら走っていた。
「はぁ、はぁ……!」
昨日よりは少しだけ長く走れるようになった気がする。
とはいえ、まだまだルーナの要求する水準には届いていない。
「おーい、ケン! そろそろ終わりだ!」
「は、はい……!」
俺はその場で立ち止まり、膝に手をついた。
「少しは体力がついてきたじゃねぇか」
「本当ですか?」
「まあ、ほんの少しだけどな」
ほんの少しか……。
それでも、昨日より進歩しているなら悪くない。
ルーナは俺の様子を見てから、ふと思い出したように声をかけてきた。
「そういや健太。街に行くぞ」
「街ですか?」
「そうだ。文字も言葉もだいぶ分かってきただろ?」
「はい。簡単な会話なら、なんとか」
最初は何を言われているのかさっぱり分からなかった。
それが今では、ルーナと普通に会話できるようになっている。文字も少しずつ読めるようになり、本を使って勉強することもできる。
まだ難しい言葉は分からないが、生活するには随分と楽になった。
「そろそろ買い物が必要だからな。食材とか買うぞ」
「食材ですか。楽しみですね」
「あと服だ」
ルーナは俺の服を指差した。
「もうボロボロだろ、それ」
「あ……」
自分の服を見下ろす。
確かに、あちこち擦り切れている。草原を歩き回ったり、魔物から逃げたり、修行で転んだりしたせいだ。
「洗っているとはいえ、そろそろ臭うしな」
「うっ……」
「なんだ、その顔は。事実だろ」
「ちゃんと洗ってますよ!」
「洗ってても臭うもんは臭うんだよ」
ひどい言いようだ。
だが、言い返せない。
異世界に来てから、まともな服を買う機会もなかった。最初に着ていた服をずっと着続けているのだから、そろそろ限界だろう。
「それから武器も必要だな」
「武器ですか?」
「お前、魔物と戦うことになるんだぞ。素手でどうにかなると思ってんのか?」
「いえ……」
「魔法を覚えるのも大事だが、いざというときに使える武器くらい持っておけ」
確かにその通りだ。
この世界では、街の外に出れば魔物がいる。いつまでもルーナの家で守ってもらえるわけではない。
「それと、もう一つだ」
ルーナが指を一本立てた。
「稼ぐ方法も覚えなきゃならねぇ」
「お金ですか?」
「そうだ。いつまでも俺様に面倒を見てもらうつもりか?」
「いえ、そんなつもりは……」
「なら、自分で稼げるようになれ」
ルーナは街の方を指差した。
「冒険者組合ってのがある。そこで依頼を受けて稼ぐんだ」
「冒険者組合……!」
その言葉を聞いて、少し胸が高鳴った。
冒険者。
異世界といえば、やっぱりそれだ。
「依頼って、どんなものがあるんですか?」
「魔物の討伐や薬草の採取だな。他にも色々ある。魔物の素材だって売れるぞ」
「素材も売れるんですか?」
「当たり前だろ。魔物の牙や皮、角なんかは使い道がある。状態が良ければ高く売れる」
「なるほど……」
「ただし、適当に採ってくりゃいいってもんじゃねぇ。薬草にも種類があるし、素材の扱い方もある。傷つけずに採取すれば、それだけ高く売れることもある」
昨日貸してもらった本にも、魔物や薬草について書かれていた。
こういう知識も、実際に使ってみなければ身につかないのだろう。
「最初は俺様が手伝ってやるよ」
「いいんですか?」
「最初だけだ。いつまでも付き合ってやるわけじゃねぇぞ」
「ありがとうございます!」
「勘違いするなよ。これも修行だからな」
ルーナはニヤリと笑った。
「本を読んで知識をつけるだけじゃ意味がねぇ。実際にやらないとな。魔物を見て、素材を採って、薬草を見分ける。自分の手で経験しろ」
「はい!」
「それに、魔物と戦うなら逃げる判断も必要だ。勝てない相手に突っ込む馬鹿にはなるなよ」
「分かりました」
「本当に分かってんのかねぇ……」
ルーナは疑わしそうに俺を見た。
どうやら、まだまだ信用されていないらしい。
それでも、俺にとってはありがたい話だった。
この世界で生きていくために必要なことを、少しずつ教えてもらえる。
魔法の修行だけではなく、生活するための知識や技術も身につけなければならない。
「よし、準備しろ。街に行くぞ!」
「はい!」
俺は借りていた本を部屋に置き、外出の準備を始めた。
街に行くのは久しぶりだ。
新しい服に食材、武器。そして冒険者組合。
これから先、自分で生きていくための第一歩になる。
そう思うと、自然と胸が弾んだ。
「おい、ケン! 早くしろ!」
「今行きます!」
ルーナに急かされながら、俺は家を出た。




