7
おっ、やっと形にはなってきたじゃねーか」
ルーナは腕を組みながら、俺の様子を眺めていた。
俺は両手を前に突き出し、手のひらに魔力を集めている。まだ小さな魔力の塊を作るのが精一杯だが、以前に比べれば随分と上達したと思う。
魔力を感じ取るところから始まり、魔力を体の中で動かし、そして一箇所に集める。
ここまで来るのに、かなりの時間がかかった。
「ありがとうございます! 師匠のおかげです!」
「調子に乗るんじゃねぇぞ。修行に終わりはねぇからな」
「そ、そうですよね……」
褒められたと思ったら、すぐに釘を刺された。
まあ、ルーナらしいと言えばルーナらしい。
「さて、次は体力作りだな」
「体力作り?」
「そうだ。お前、貧弱すぎる」
「うっ……」
自分でも分かっている。
日本にいた頃は、特別運動をしていたわけでもない。会社と家を往復するだけの生活だったし、休日は家でゴロゴロしていることが多かった。
そんな俺が、いきなり異世界で魔法の修行をしているのだから、体力があるわけもない。
「とりあえず、そのまま全身に魔力を流しながら全力で走り続けろ」
「えっ?」
「聞こえなかったか?」
「いや、聞こえましたけど……全力で走り続けるんですか?」
「そうだ。魔力を全身に巡らせながらな」
ルーナは当たり前のように言った。
「魔力を体に流すと、身体能力を強化できる。最初はうまくいかねぇだろうが、何度も繰り返せ」
「なるほど……」
「それに、魔物に襲われたとき逃げられなきゃ死ぬぞ」
「そ、それは確かに……」
「お前、死にたくねぇだろ?」
「もちろんです!」
「だったら走れ!」
こうして俺の体力作りが始まった。
最初は魔力を全身に流すことを意識しながら走っていたのだが、これが思った以上に難しい。
足に意識を向ければ上半身への魔力が途切れ、全身に意識を向けようとすれば走ることがおろそかになる。
しかも、全力で走れと言われている。
「はぁ……はぁ……もう無理……」
「まだ始めたばかりだろうが!」
「いや、もう足が……!」
「うるせぇ! 動け!」
ルーナの容赦ない声が飛んでくる。
結局、俺は何度も転びそうになりながら、走り続けることになった。
ようやく休憩を許された頃には、地面に倒れ込んでいた。
「はぁ……はぁ……死ぬ……」
「大げさな奴だな」
「師匠……少しは休ませてください……」
「休憩はしていいぞ。ただし、いつまでも寝転がってるんじゃねぇ」
ルーナは呆れたようにため息をついた。
しばらくして息が落ち着いてくると、今度は魔法の練習が始まった。
「よし、次は魔法だ」
「まだやるんですか……」
「当たり前だろ。お前は何をしにここに来たんだ?」
「魔法を覚えるためです……」
「分かってんなら文句を言うな」
ルーナは俺の前に立つと、指先に小さな炎を灯した。
「まずは詠唱を覚えろ」
「詠唱ですか?」
「そうだ。魔法を使うための言葉だ。魔法によって違うが、まずは基本的なものから覚えろ」
ルーナが詠唱を口にすると、指先の炎が大きくなった。
「こんな感じだ」
「へぇ……すごいですね」
「お前もやってみろ」
「はい」
俺は教えられた言葉を口にする。
しかし、いざ声に出してみると、なんだか妙に恥ずかしい。
「……何か恥ずかしいですね」
「はぁ? 何言ってやがる」
ルーナは心底呆れたような顔をした。
「魔法を使うのに恥ずかしいも何もあるか。死にたくねぇだろ?」
「そ、それはそうですけど……」
「まあ、鍛えれば詠唱なしでも感覚でいずれはできるさ」
「本当ですか?」
「ただし、お前には無理だろうがな。何せ覚えが悪いし」
「えぇぇ……」
ひどい言われようだ。
確かに俺は覚えが悪い。魔力を感じ取るだけでも何日もかかったし、魔力操作も数週間かかっている。
それでも、せっかく異世界に来たのだ。
魔法くらいは使えるようになりたい。
「頑張ってみます!」
「おう、その意気だ」
ルーナはニヤリと笑った。
どうやら俺の反応を見て楽しんでいるらしい。
それから俺は、何度も詠唱を繰り返した。
最初は何も起こらなかったが、何度も練習しているうちに、手のひらに小さな光が生まれた。
まだ魔法と呼べるほどのものではない。
それでも、少しずつ前に進んでいる気がした。
「よし、今日はここまでにするか」
「えっ、もう終わりですか?」
「なんだ? もっとやりてぇのか?」
「い、いえ……そういうわけでは……」
正直、体は限界だった。
ルーナはそんな俺を見て、少し笑う。
「ああ、そうだ。これを貸してやる」
そう言って、ルーナは何冊かの本を持ってきた。
「これは?」
「魔物や薬草について書かれた本だ。街の外に出るなら、知っておいて損はねぇ」
本を開くと、見たこともない生き物の絵や植物の絵が描かれていた。
それぞれの名前や特徴、危険性、採取方法などが細かく記されている。
「魔物の弱点や、薬草の使い方なんかも載ってる。分からなければ聞け」
「ありがとうございます。こんな本まで貸してもらっていいんですか?」
「別に構わねぇよ。どうせ俺様の家にある本だ」
ルーナは何でもないように言った。
俺は本を大切に抱えた。
魔法だけ覚えればいいというわけではない。
この世界で生きていくには、知らなければならないことが山ほどある。
「いいか、ケン」
ルーナがいつになく真剣な表情で俺を見た。
「生きたければ知識と力をつけろ。魔法が使えるだけじゃ生き残れねぇ。魔物のことも、この世界のことも知らなきゃならねぇ」
「はい」
「俺様が教えられることは教えてやる。だが、最後にどうするかはお前次第だ」
その言葉を聞いて、俺は背筋を伸ばした。
この世界には、俺の知らないことがたくさんある。
危険もあるし、まだまだ不安なことばかりだ。
それでも、ここで生きていくためには前に進むしかない。
「頑張ります。師匠に教えてもらったこと、無駄にしません」
「ふん。口だけにならねぇようにな」
ルーナはそう言って、いつものように笑った。
俺は借りた本を抱えながら、改めて決意する。
まずは体力作り。
それから魔法の習得。
そして、この世界についてもっと知ること。




