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「よし、ケン。今日から魔法の修行を始めるぞ」
翌朝。
ルーナは腕を組みながら、健太の前に立っていた。
「よろしくお願いします!」
健太は期待に胸を膨らませていた。
ついに魔法を使えるようになる。
日本にいた頃、何度夢見たことだろう。
火の玉を飛ばしたり、水を操ったり、空を飛んだり。
そんなことが自分にもできるかもしれない。
「まずは魔力を感じることからだな」
「魔力?」
「そうだ。この世界に生きる生物には、大なり小なり魔力が存在する。魔法を使うには、その魔力を認識できなければ話にならん」
「なるほど」
「目を閉じろ」
健太は言われた通り目を閉じた。
「身体の内側に意識を向けろ。何か温かいものや、流れるような感覚がないか探してみろ」
「…………」
しばらく集中する。
しかし、何も感じない。
「どうですか?」
「俺様に聞くな。お前が感じるんだよ」
「あ、はい」
再び集中する。
五分。
十分。
二十分。
「……分かりません」
「…………」
ルーナは無言で健太を見つめた。
「もう一度だ」
「はい」
それから何度も繰り返した。
それから数日が経過した。
健太は毎日、魔力を感じ取る練習を続けていた。
しかし、なかなか上手くいかない。
「師匠、やっぱり何も感じません」
「…………」
ルーナは額に手を当てた。
「お前、本当に魔力があるのか?」
「えっ!?」
「いや、冗談だ」
「冗談に聞こえませんよ!」
ルーナは呆れた顔をしていた。
「覚えが悪いな、ほんと」
「すみません……」
「まあいい。焦っても仕方ない」
そして、もう一度健太の前に座った。
「目を閉じろ」
「はい」
「今度は俺様が少し手伝ってやる」
ルーナは健太の手首に指を添えた。
「俺様の魔力を少し流す。何か感じたら言え」
「分かりました」
ルーナの指先から、何かが流れ込んでくる。
最初は何も感じなかった。
しかし、しばらくすると身体の奥に妙な感覚が生まれた。
温かい。
いや、熱いというほどではない。
身体の中に、何かが存在しているような感覚だった。
「……あ」
「どうした?」
「何か感じます」
「そうだ。それが魔力だ」
健太は目を開けた。
「これが魔力……」
「ようやく分かったか」
ルーナは少し満足そうに頷いた。
「まったく、何日かかったと思っているんだ」
「すみません」
「次に進むぞ」
「魔法の基本は魔力操作だ」
ルーナは机の上に置いてあった小さな石を手に取った。
「魔力を感じられるようになっただけでは意味がない。自分の魔力を自由に動かせるようにならなければな」
「どうすればいいんですか?」
「まずは身体の一箇所に集めてみろ」
「一箇所?」
「そうだ。手でも腹でもいい。自分の意思で魔力を移動させるんだ」
健太は目を閉じた。
身体の内側に意識を向ける。
先ほど感じた魔力を探す。
そして、右手に集めるイメージを浮かべた。
「…………」
しかし、なかなか動かない。
「違う。無理やり押し込むんじゃない。流れを感じながら動かせ」
「難しいですね……」
「慣れだ」
ルーナは健太の手に触れた。
「ほら、俺様の魔力を流すから感じろ」
再び魔力が流れ込んでくる。
今度は、その流れを追いかけるように意識した。
少しずつ。
ゆっくりと。
「あっ……」
「どうだ?」
「右手に集まっている感じがします」
「そうだ。それを維持しろ」
健太は集中を続けた。
数秒。
十秒。
そして、魔力が散ってしまった。
「ああ……」
「最初はそんなものだ」
ルーナは頷いた。
「これができるようになったら、次は維持する練習だ」
「維持ですか?」
「ああ。寝ているときでも魔力を身体に巡らせ、維持できるようになれ」
「寝ているときも?」
「そうだ。魔力を常に身体に巡らせておけば、不意を突かれても致命傷にはなりにくい。もちろん、絶対に安全というわけではないがな」
「なるほど……」
「戦闘中にいちいち魔力を集めていたら遅い。普段から身体に魔力を巡らせておくことが重要なんだ」
健太は真剣に頷いた。
それから数週間。
健太は毎日、魔力操作の練習を続けた。
最初は右手に集めることすら難しかった。
しかし、何度も繰り返すうちに、少しずつ感覚を掴んでいった。
身体の中を流れる魔力。
それを手足に移動させる。
そして、一定の状態を保つ。
ようやく、それができるようになった。
「師匠! できました!」
健太は右手を見せた。
「…………」
ルーナはしばらく眺めていた。
「ふむ。ようやくできたか」
「やりました!」
「まったく、どれだけ時間をかけるんだ」
「すみません……」
「まあいい。できるようになったなら上出来だ」
ルーナは小さく笑った。
「次は魔法の発動だな」
「おお!」
健太の顔が明るくなる。
ようやく魔法を使える。
そう思ったのだが、ルーナは首を横に振った。
「その前に、魔力操作を身体に馴染ませろ。焦るな」
「はい!」
まだまだ先は長そうだった。
修行の合間。
健太とルーナは食事をしながら雑談をしていた。
「そういえば、師匠」
「なんだ?」
「この世界には、いろんな種族がいますよね」
「そうだな」
「街でエルフや獣人を見たときは驚きましたよ」
健太は思い出す。
街の中で見かけた獣の耳を持つ女性。
長い耳を持つエルフらしき人たち。
日本では見たことのない姿だった。
「俺がいた世界には、人間しかいなかったんです」
「ほう?」
「エルフも獣人もいませんでした」
ルーナは少し興味深そうに健太を見た。
「それなのに、獣人という存在をよく知っていたな」
「ああ、それは本で読んだりしていたからです」
「本?」
「はい。俺の世界では、実際には存在しない生き物や人物を想像して物語を作るんですよ」
「ほう。想像で作るのか」
「そうです。絵を描いたり、文章を書いたりして、本にするんです」
「面白いな」
「漫画とか小説っていうんですけどね」
健太は簡単に説明した。
漫画は絵と文字で物語を描くもの。
小説は文章で物語を描くもの。
異世界や魔法、エルフや獣人、ドラゴンなども、創作の登場人物や生き物として登場する。
ルーナは楽しそうに聞いていた。
「つまり、お前の世界では実在しないものを想像して楽しむわけか」
「そうですね。物語を作って、それを本にして売ることもできます」
「本を売る?」
「はい。出版社という会社があって、作家が書いた物語を本にして、それをお店で売るんです」
「ほう……」
ルーナは顎に手を当てた。
「実在しない世界を想像して、それを商売にするのか」
「そうです。人気が出れば、たくさん売れますよ」
「ふむ。なかなか面白い商売だな」
「俺も詳しいわけじゃないですけどね」
健太は苦笑した。
「ただ、異世界ものっていうジャンルもありますよ。魔法や剣、冒険者が出てくるような話です」
「…………」
ルーナは健太を見つめた。
「お前の世界の人間は、こちらの世界のような物語を想像していたのか」
「そういうことになりますね」
「ふははっ! 面白い!」
ルーナは声を上げて笑った。
「まさか、異世界から来た人間が、異世界の物語を知っているとはな!」
「いや、俺もまさか本当に来るとは思っていませんでしたよ」
健太も苦笑する。
食事を終えた健太は、椅子から立ち上がった。
「さて、今日はそろそろ休みます」
「もう休むのか?」
「はい。魔力操作の練習で疲れました」
「そうか。まあ、無理はするな」
ルーナは机の上に置いてあった本を手に取った。
「明日からは、魔力を使った身体強化も教えてやる」
「身体強化?」
「魔力を身体に巡らせて、筋力や反応速度を高める技術だ」
「おお! それも魔法なんですか?」
「魔法というより、魔力操作の応用だな」
健太は目を輝かせた。
「楽しみです!」
「ふん。まずは基礎を完璧にしろ。話はそれからだ」
「はい!」
健太は自分の部屋へ向かった。
まだまだ覚えることは多い。
言葉も文字も、魔法も、この世界の常識も。
帰る方法だって見つけなければならない。
それでも、最初に路地裏でうずくまっていた頃と比べれば、ずいぶん状況は良くなっていた。
頼れる師匠もできた。
この世界で生きていくための知識も、少しずつ身についている。
「……頑張るか」
健太はベッドに横になり、目を閉じた。




