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6

「よし、ケン。今日から魔法の修行を始めるぞ」


翌朝。


ルーナは腕を組みながら、健太の前に立っていた。


「よろしくお願いします!」


健太は期待に胸を膨らませていた。


ついに魔法を使えるようになる。


日本にいた頃、何度夢見たことだろう。


火の玉を飛ばしたり、水を操ったり、空を飛んだり。


そんなことが自分にもできるかもしれない。


「まずは魔力を感じることからだな」


「魔力?」


「そうだ。この世界に生きる生物には、大なり小なり魔力が存在する。魔法を使うには、その魔力を認識できなければ話にならん」


「なるほど」


「目を閉じろ」


健太は言われた通り目を閉じた。


「身体の内側に意識を向けろ。何か温かいものや、流れるような感覚がないか探してみろ」


「…………」


しばらく集中する。


しかし、何も感じない。


「どうですか?」


「俺様に聞くな。お前が感じるんだよ」


「あ、はい」


再び集中する。


五分。


十分。


二十分。


「……分かりません」


「…………」


ルーナは無言で健太を見つめた。


「もう一度だ」


「はい」


それから何度も繰り返した。


それから数日が経過した。


健太は毎日、魔力を感じ取る練習を続けていた。


しかし、なかなか上手くいかない。


「師匠、やっぱり何も感じません」


「…………」


ルーナは額に手を当てた。


「お前、本当に魔力があるのか?」


「えっ!?」


「いや、冗談だ」


「冗談に聞こえませんよ!」


ルーナは呆れた顔をしていた。


「覚えが悪いな、ほんと」


「すみません……」


「まあいい。焦っても仕方ない」


そして、もう一度健太の前に座った。


「目を閉じろ」


「はい」


「今度は俺様が少し手伝ってやる」


ルーナは健太の手首に指を添えた。


「俺様の魔力を少し流す。何か感じたら言え」


「分かりました」


ルーナの指先から、何かが流れ込んでくる。


最初は何も感じなかった。


しかし、しばらくすると身体の奥に妙な感覚が生まれた。


温かい。


いや、熱いというほどではない。


身体の中に、何かが存在しているような感覚だった。


「……あ」


「どうした?」


「何か感じます」


「そうだ。それが魔力だ」


健太は目を開けた。


「これが魔力……」


「ようやく分かったか」


ルーナは少し満足そうに頷いた。


「まったく、何日かかったと思っているんだ」


「すみません」


「次に進むぞ」


「魔法の基本は魔力操作だ」


ルーナは机の上に置いてあった小さな石を手に取った。


「魔力を感じられるようになっただけでは意味がない。自分の魔力を自由に動かせるようにならなければな」


「どうすればいいんですか?」


「まずは身体の一箇所に集めてみろ」


「一箇所?」


「そうだ。手でも腹でもいい。自分の意思で魔力を移動させるんだ」


健太は目を閉じた。


身体の内側に意識を向ける。


先ほど感じた魔力を探す。


そして、右手に集めるイメージを浮かべた。


「…………」


しかし、なかなか動かない。


「違う。無理やり押し込むんじゃない。流れを感じながら動かせ」


「難しいですね……」


「慣れだ」


ルーナは健太の手に触れた。


「ほら、俺様の魔力を流すから感じろ」


再び魔力が流れ込んでくる。


今度は、その流れを追いかけるように意識した。


少しずつ。


ゆっくりと。


「あっ……」


「どうだ?」


「右手に集まっている感じがします」


「そうだ。それを維持しろ」


健太は集中を続けた。


数秒。


十秒。


そして、魔力が散ってしまった。


「ああ……」


「最初はそんなものだ」


ルーナは頷いた。


「これができるようになったら、次は維持する練習だ」


「維持ですか?」


「ああ。寝ているときでも魔力を身体に巡らせ、維持できるようになれ」


「寝ているときも?」


「そうだ。魔力を常に身体に巡らせておけば、不意を突かれても致命傷にはなりにくい。もちろん、絶対に安全というわけではないがな」


「なるほど……」


「戦闘中にいちいち魔力を集めていたら遅い。普段から身体に魔力を巡らせておくことが重要なんだ」


健太は真剣に頷いた。


それから数週間。


健太は毎日、魔力操作の練習を続けた。


最初は右手に集めることすら難しかった。


しかし、何度も繰り返すうちに、少しずつ感覚を掴んでいった。


身体の中を流れる魔力。


それを手足に移動させる。


そして、一定の状態を保つ。


ようやく、それができるようになった。


「師匠! できました!」


健太は右手を見せた。


「…………」


ルーナはしばらく眺めていた。


「ふむ。ようやくできたか」


「やりました!」


「まったく、どれだけ時間をかけるんだ」


「すみません……」


「まあいい。できるようになったなら上出来だ」


ルーナは小さく笑った。


「次は魔法の発動だな」


「おお!」


健太の顔が明るくなる。


ようやく魔法を使える。


そう思ったのだが、ルーナは首を横に振った。


「その前に、魔力操作を身体に馴染ませろ。焦るな」


「はい!」


まだまだ先は長そうだった。


修行の合間。


健太とルーナは食事をしながら雑談をしていた。


「そういえば、師匠」


「なんだ?」


「この世界には、いろんな種族がいますよね」


「そうだな」


「街でエルフや獣人を見たときは驚きましたよ」


健太は思い出す。


街の中で見かけた獣の耳を持つ女性。


長い耳を持つエルフらしき人たち。


日本では見たことのない姿だった。


「俺がいた世界には、人間しかいなかったんです」


「ほう?」


「エルフも獣人もいませんでした」


ルーナは少し興味深そうに健太を見た。


「それなのに、獣人という存在をよく知っていたな」


「ああ、それは本で読んだりしていたからです」


「本?」


「はい。俺の世界では、実際には存在しない生き物や人物を想像して物語を作るんですよ」


「ほう。想像で作るのか」


「そうです。絵を描いたり、文章を書いたりして、本にするんです」


「面白いな」


「漫画とか小説っていうんですけどね」


健太は簡単に説明した。


漫画は絵と文字で物語を描くもの。


小説は文章で物語を描くもの。


異世界や魔法、エルフや獣人、ドラゴンなども、創作の登場人物や生き物として登場する。


ルーナは楽しそうに聞いていた。


「つまり、お前の世界では実在しないものを想像して楽しむわけか」


「そうですね。物語を作って、それを本にして売ることもできます」


「本を売る?」


「はい。出版社という会社があって、作家が書いた物語を本にして、それをお店で売るんです」


「ほう……」


ルーナは顎に手を当てた。


「実在しない世界を想像して、それを商売にするのか」


「そうです。人気が出れば、たくさん売れますよ」


「ふむ。なかなか面白い商売だな」


「俺も詳しいわけじゃないですけどね」


健太は苦笑した。


「ただ、異世界ものっていうジャンルもありますよ。魔法や剣、冒険者が出てくるような話です」


「…………」


ルーナは健太を見つめた。


「お前の世界の人間は、こちらの世界のような物語を想像していたのか」


「そういうことになりますね」


「ふははっ! 面白い!」


ルーナは声を上げて笑った。


「まさか、異世界から来た人間が、異世界の物語を知っているとはな!」


「いや、俺もまさか本当に来るとは思っていませんでしたよ」


健太も苦笑する。


食事を終えた健太は、椅子から立ち上がった。


「さて、今日はそろそろ休みます」


「もう休むのか?」


「はい。魔力操作の練習で疲れました」


「そうか。まあ、無理はするな」


ルーナは机の上に置いてあった本を手に取った。


「明日からは、魔力を使った身体強化も教えてやる」


「身体強化?」


「魔力を身体に巡らせて、筋力や反応速度を高める技術だ」


「おお! それも魔法なんですか?」


「魔法というより、魔力操作の応用だな」


健太は目を輝かせた。


「楽しみです!」


「ふん。まずは基礎を完璧にしろ。話はそれからだ」


「はい!」


健太は自分の部屋へ向かった。


まだまだ覚えることは多い。


言葉も文字も、魔法も、この世界の常識も。


帰る方法だって見つけなければならない。


それでも、最初に路地裏でうずくまっていた頃と比べれば、ずいぶん状況は良くなっていた。


頼れる師匠もできた。


この世界で生きていくための知識も、少しずつ身についている。


「……頑張るか」


健太はベッドに横になり、目を閉じた。



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