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「えっと……すみません」
街の門の前。
健太は門番らしき男たちに声をかけられていた。
しかし、何を言っているのかまったく分からない。
「……?」
門番の一人が健太の顔を覗き込む。
もう一人は、健太の服装を見て不思議そうな顔をしていた。
当然だろう。
この世界では見たこともない服装なのだから。
「日本から来たんですけど……」
「…………」
「ここって、どこですか?」
何度説明しても通じない。
身振り手振りで何とか伝えようとするが、相手は困ったような顔をするだけだった。
健太は諦めたように肩を落とす。
「……ダメだ。全然通じない」
すると、門番の一人が仲間と何やら話し始めた。
二人で健太を眺めている。
やがて、一人が小さくため息をついた。
そして、哀れむような目を向けながら、手で街の中を指差した。
「……?」
入っていいということだろうか。
健太は自分を指差す。
門番は面倒くさそうに頷いた。
「……いいの?」
もう一度頷く。
どうやら通してくれるらしい。
健太は何度も頭を下げた。
「ありがとうございます!」
門番は少し呆れた顔をしながら、健太に何かを差し出した。
手のひらに乗せられたのは、銀色の硬貨だった。
二枚。
「……え?」
健太は硬貨と門番を交互に見る。
門番はそれを健太の手に握らせると、再び街の中を指差した。
どうやら、お金らしい。
「いや、でも……」
返そうとしたが、門番は手を振って追い払うような仕草をした。
健太はしばらく硬貨を見つめた後、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
言葉は通じなくても、お礼くらいは伝えたかった。
こうして健太は、街の中へと入っていった。
街の中は、想像していた以上に賑やかだった。
石畳の道路。
木造や石造りの建物。
大勢の人々が行き交い、あちこちから活気のある声が聞こえてくる。
道端には屋台が並んでいた。
焼いた肉の匂い。
パンの香ばしい匂い。
鍋で煮込まれている料理の匂い。
「…………」
健太の腹が鳴った。
ぐぅぅぅ……。
「そういえば、何も食べてなかったな」
考えてみれば、昨日からまともな食事をしていない。
いや、正確には昨夜は暴飲暴食したのだが、こちらの世界に来てからは何も食べていなかった。
手元には銀貨が二枚。
価値は分からないが、食べ物くらいは買えるだろう。
健太は屋台の一つに近づいた。
そこでは、串に刺した肉のようなものが焼かれていた。
「すみません。これ、一つください」
店主は健太を見ると、何かを尋ねてきた。
当然、言葉は分からない。
健太は串を指差し、指を一本立てた。
「これ。一つ」
店主は何となく理解したらしい。
串を一本取り、健太に見せた。
健太は頷く。
店主が値段を口にする。
「…………?」
分からない。
健太は門番からもらった銀貨を一枚取り出した。
そして、硬貨を指差しながら何かを説明している。
小さな銅色の硬貨を何枚か返してきた。
どうやら、お釣りらしい。
健太は串を受け取った。
「ありがとうございます」
さっそく一口。
「……ん?」
肉の味が口いっぱいに広がる。
塩気はある。
香辛料のようなものも使われている。
ただ、健太の知っている料理と比べると、かなりあっさりしていた。
「味うす……」
思わず口から漏れた。
店主が何かを言ってくる。
「いや、まずいってわけじゃないですよ。普通に美味しいです」
もちろん、伝わらない。
健太は苦笑いしながら、もう一口食べた。
そして、あっという間に一本を食べ終えてしまった。
「……美味い」
空腹だったこともあるだろう。
それに、異世界で初めて口にした食べ物だ。
普段なら少し物足りなく感じる味付けでも、今は十分に美味しかった。
「もう一本食べたいな……」
しかし、残りのお金のことを考えると、無駄遣いはできない。
健太は串を捨てる場所を探し、屋台から離れた。
その後、健太は街の中を歩き回った。
しかし、すぐに問題に直面する。
文字が読めない。
看板に書かれている文字は、見たこともない形をしていた。
店の名前も分からない。
宿屋らしき建物を見つけても、料金が分からない。
そもそも、宿泊の手続きをどうすればいいのかも分からなかった。
「……詰んだか?」
門番からもらったお金は、少しずつ減っていく。
仕事を探そうにも、言葉が通じない。
人に尋ねても、返ってくるのは理解できない言葉ばかり。
自分がどこにいるのかも分からない。
どうやって帰ればいいのかも分からない。
「…………」
健太は街の片隅に座り込んだ。
何もできなかった。
それから数日が過ぎた。
健太は何とか食べ物を買いながら、街の中をうろついていた。
しかし、状況はほとんど変わらない。
会話はできない。
文字も読めない。
仕事も見つからない。
宿屋に泊まることも難しく、夜は人目につかない場所で過ごしていた。
門番にもらったお金も、ほとんどなくなってしまった。
「……どうしよう」
健太は路地裏の壁にもたれかかっていた。
人通りは少ない。
薄暗い路地には、ゴミのようなものが転がっている。
膝を抱え、ぼんやりと地面を見つめる。
「帰りたいな……」
日本に帰りたい。
自分の部屋に帰りたい。
コンビニに行きたい。
ラーメンが食べたい。
牛丼も食べたい。
何より、普通に会話がしたい。
「……はぁ」
健太は深いため息をついた。
そのときだった。
「おい」
頭上から声が聞こえた。
健太はゆっくりと顔を上げる。
そこには、小柄な少女が立っていた。
銀色の髪。
銀色の瞳。
長い耳。
一見すると、幼い女の子にしか見えない。
しかし、その耳は人間のものではなかった。
少女は健太をじっと見つめている。
「お前、何をしている?」
もちろん、健太には何を言っているのか分からない。
「…………?」
健太は首を傾げた。
少女も健太の反応を見て、眉をひそめる。
「……なんだ? 俺様の言葉が分からないのか?」
少女は健太の服装を眺めた。
そして、何かを察したように小さく息を吐く。
「まったく……面倒な奴だな」
健太は相変わらず、何を言っているのか理解できない。
ただ、目の前の少女が自分に話しかけていることだけは分かった。
少女はしゃがみ込み、健太の顔を覗き込む。
「お前、名前は?」
「……?」
「名前だ。名前」
少女は自分の胸を指差す。
「俺様はルーナだ」
そして、健太を指差した。
健太は少し考えた後、自分の胸を指差す。
「……田中。田中健太」
もちろん、通じない。
しかし、口の悪そうな少女は健太の口の動きを見て、何かを理解しようとしていた。
これが、田中健太とルーナの出会いだった。
そして、この出会いが健太の異世界生活を大きく変えることになる。
異世界での最初の師匠との出会いである。




