第5章 俺を追放した女たち、もう苦戦してるのかよ
柚葉は新しい剣を抜き、照明を受けて光る刀身を眺めた。
以前の剣より軽い。マナを通せば、手元から刃先まで力がすっと伝わる。これなら、力をためる時間も短くて済む。
「柚葉、ちょっと止まって。そのまま剣を見せて」
夏帆は肩につけたカメラの角度を直した。
ダンジョンの入口脇には、彼女たち専用の撮影場所があった。柚葉は新しい上着の裾を直し、剣を斜めに構えた。
「今日から装備も一新! どこまで進めるか、楽しみにしててね」
夏帆が呼びかけると、入口に集まっていた人たちが手を振った。
柚葉は人垣の中に、以前から配信を見てくれている少女を見つけた。剣を教えてほしいと言っていた子だ。前髪を指で押さえ、こちらに何度も手を振っている。
今日は、ちゃんと見せられる。
律が先に敵を倒してしまい、剣を振るう暇もなく戦闘が終わる。もうそんなことはない。
「行くわよ」
「了解。今日は奥まで撮ろうね」
夏帆はカメラを前に向け、射撃具の吊り帯を肩に掛け直した。
小春も後に続いた。手首には、贈られたばかりの腕輪が光っている。
最初のアーマードッグは、柚葉が一撃で仕留めた。
ブレイクセイバーで金属質の外皮に覆われた頭を叩き割り、地面に崩れた敵の横を通った。背後から夏帆の歓声が上がる。
「いいね! その調子!」
新しい剣の振り心地は申し分ない。柚葉も思わず笑った。
剣を振り切っても、前より早く構え直せる。もう一体くらい来ても平気だ。
枝分かれした通路に入ると、曲がり角の向こうから爪の音がした。
柚葉は歩きながら角の先をのぞき、奥に群れを見つけた。
「千景、正面に撃って。残ったのは私が倒す」
「横の通路は?」
「夏帆が見て」
夏帆の返事を聞くなり、柚葉は群れに向かって走り出した。
千景のフレアランスが、柚葉の脇を抜けた。
先頭のアーマードッグは胸を貫かれ、後続が左右に散る。柚葉は右に跳んだ一体に追いつき、背中に剣を振り下ろした。
刃は深々と食い込んだ。
さらに剣を押し込もうとした瞬間、後ろから千景の叫びが飛んだ。
「横から来てる!」
振り返ると、脇道から走り込んだアーマードッグが千景の杖に噛みつこうとしていた。
千景が腕を引くが、爪が肘をかすめて袖に血がにじむ。フレアランスは途中で消え、代わりに彼女の正面にマナシールドが広がった。
「夏帆、見てって言ったでしょ!」
「見てたよ! でも、そっちが動くから――」
夏帆は銃床を肩に当てたまま、狙いをつけ直していた。
柚葉が右に散った敵を追いかけたせいで、夏帆の射線がふさがれていた。
「離れて! 撃てない!」
柚葉は倒れた敵から剣を引き抜き、千景の前に駆け戻った。
前脚を振り上げた敵を横から斬りつけた。そのとき、背後にいたはずの小春が短く悲鳴を上げた。
柚葉が空けたところを、もう一体がすり抜けていた。
小春は上着を引き裂かれ、壁に押しつけられていた。腕で首を守っているものの、敵の口がすぐそこまで迫っている。
「小春、しゃがんで!」
柚葉が斬りかかると、小春は慌てて身をかがめた。
柚葉の剣が小春の髪をかすめ、アーマードッグを斬り倒した。だが、その向こうから残りの群れが迫る。
「早く治して! 腕をやられた!」
夏帆が小春を呼んだ。
小春は自分の裂けた袖を押さえながら、夏帆に近づいた。そこに敵が飛びかかり、夏帆は射撃具で受け止めた。
これでは狙いも定められない。
柚葉は二人の前に飛び込み、迫ってきた敵の頭を蹴り飛ばした。
「千景!」
「防壁を外すわよ!」
千景は柚葉の返事を待たずにマナシールドを解いた。
柚葉は歯を食いしばり、足元から飛びかかる敵を受け止めた。腕がしびれる。押し返した瞬間、千景の炎魔法が敵の胴体を貫いた。
最後の一体が動かなくなっても、柚葉は剣を構えたままだった。
通路の奥にも敵がいないと分かって、ようやく剣を下ろした。
「……小春。私もお願い」
小春は地面に座っていた。
自分の袖を血に染めたまま、夏帆の腕にハイヒールを使っていた。
「待って。まだ終わらないから」
「少しでいいの。次が来る前に」
「私も、痛いの……」
柚葉は口をつぐんだ。
夏帆は視聴者に何か説明していたが、その声にいつもの明るさはなかった。
たかがアーマードッグの群れだ。
今までだって、これくらいの数なら何度も相手にしてきた。装備までよくなったのに、どうして全員が傷を負ったのだろう。
千景が杖を腰の留め具に戻した。
「律がいたときは、横から来た敵がここまで入ってこなかった」
「今、それを言ってどうするの」
「同じ動き方じゃ駄目だって言ってるの。私が攻撃している間、誰が後ろを見てくれるの?」
「あなたも防壁を張れるでしょ」
「張ってる間、誰が正面に撃つの?」
柚葉は答えず、剣についた血を払った。
律は頼まれなくても後ろを見ていた。だが、自分が進めと言ったときにも、後ろに戻っていたではないか。
それでは、どちらがリーダーなのか分からない。
「今日は入口に戻るわ。動き方を合わせ直せばいい」
「まだ、ほとんど進んでないよ」
夏帆が言った。
夏帆がカメラを向けてきたので、柚葉は顔を上げた。
「今日は新しい装備に慣れるために潜ったの。無理をする必要はないわ」
夏帆はうなずき、視聴者にも同じ説明を繰り返した。
柚葉は小春が立つのを待ち、帰りの通路に足を向けた。
◇
別のダンジョンで、律は頭上から振り下ろされる岩の拳を見据えていた。
「今!」
その声に合わせて、バルクゴーレムの左足が凍りついた。
体勢を崩したゴーレムは、地面に叩きつけようとした拳を横に振った。律はハイガードで受け、芙実のいないほうに押し流した。
氷が砕けた。
だが、その間に律はゴーレムの胸元まで跳び上がっていた。
開いた岩の継ぎ目に剣を突き入れ、奥に炎魔法を放った。
ゴーレムの胴が割れ、振り上げかけた腕も地面に落ちた。
律は着地すると、転がってくる岩を避けて芙実のところに戻った。
「今のでいい。体重をかけたほうの足を止めれば、倒れやすいだろ」
「でも、すぐ壊れてしまいました」
「十分間に合ったよ」
芙実は砕けた氷を見下ろしていた。
運動靴には土がついていた。練習を始めた頃と違い、芙実はもう気にしていない。
「あんな大きな敵を止められるなら、次は二人とも動きながらやってみるか」
「動きながら?」
「俺が避けると、敵がそこに踏み込んでくる。その足を止めるんだ」
「間違ってあなたまで凍らせてしまいそうです」
「だから練習するんだよ。今日はもうやらないけどな」
芙実はようやく笑った。
律は岩の間から拾い上げた魔石を、芙実の手に載せた。
「持ってみるか?」
「重いんですのね」
芙実は魔石を両手で支え、ゴーレムの残骸と見比べた。初めて氷魔法を当てたグラスマンティスとは、比べものにならない大きさだ。
「律なら、一人でも倒せますよね」
「まあな」
「私がいると、待たせてしまうでしょう」
「待つのが嫌なら、連れてきてない」
律は剣を鞘に納め、魔石を返してもらおうと両手を差し出した。
「お前が敵の足を止めてくれれば、いちいち避けずに済む。十分助かってるぞ」
「そうですか」
「それに、一人よりずっと楽しいしな」
芙実が顔を上げた。
返しかけた魔石を取り落としそうになり、律が慌てて受け止めた。芙実は頬を赤くして横を向いた。
「そういうことは、持っているときに言わないでください」
「何が?」
「何でもありません。帰りましょう」
芙実は先に歩き出した。
分岐まで来たところで違う通路に入りかけ、立ち止まって律を待った。律は追いつくと、彼女と肩を並べて正しい通路に入った。
◇
夕方、柚葉はギルドの休憩室でスマートフォンを握っていた。
画面には、鷹取慶介の名前が表示されている。
彼はダンジョン事業で知られる鷹取グループの後継者で、柚葉に新しい剣を贈った男だ。
「お疲れさま。配信を見たよ」
電話越しに聞こえる声は穏やかだった。
柚葉は椅子に腰を下ろし、腕の鈍い痛みを忘れようとした。
「今日は新しい装備の調子を確かめていたの。まだみんな、使い慣れていなくて」
「うん。でも、あれくらいの深さで引き返されると、少し困るな」
「次は大丈夫よ」
慶介は何も言わなかった。
柚葉は膝の上で拳を握った。慶介が怒鳴るところなど見たこともないのに、返事がないだけで落ち着かない。
「僕は柚葉ならできると思ってるんだ。新しいチームを紹介するとき、みんなに自慢できるといいな」
「できるわ。今日はたまたま、横から敵が来て……」
「そういう場面も任せられる人が、リーダーになるんじゃないかな」
柚葉は椅子に立てかけた剣に目をやった。
剣を受け取った日、慶介は柚葉の手に自分の手を重ね、君が前に出ていいんだと言ってくれた。嬉しくて、その言葉を何度も思い返した。
「分かってる。今度は、もっといいところを見せるから」
「楽しみにしてるよ」
電話が切れても、柚葉はしばらく画面を見つめていた。
やがて小春たちが待つ控室に戻り、次に入るダンジョンの案内を机に置いた。
「もう一度、合わせるわよ。今度は進めるところまで行く」
小春が腕の包帯に触れた。
その手に気づいた柚葉は、日を空けてからだと付け足した。
律に戻ってもらおうとは言わなかった。




