第2章 追放されたが、俺の最強スキルは健在だった
翌朝、律は駅前の店で朝食を済ませ、そのまま湾岸の商業施設に向かった。
休日の開店を待つ客の列を横目に、地下に下りる。途中の案内板には、左に映画館、右にダンジョンとあった。迷わず右に進むのは、剣や防具を持った連中ばかりだ。
昨日までの律は、夏帆が配信準備を終え、柚葉が行き先を決めるまで座って待ち、ようやく立ち上がっていた。
今日は誰を待つこともなく、更衣室に入れる。
携行袋から剣を取り出し、鞘を下げた帯を締める。胸当ての留め具を確かめ、空になった袋はロッカーに押し込んだ。
鏡を見ると、黒髪の後ろ側だけがはねている。手で押さえても直らないので、律は諦めた。
「さて。どこまでやれるか」
律は目の前にステータスウインドウを開いた。
アンリミテッドの文字は、昨日と同じ位置にある。覚えたスキルもそのまま使える。仲間に捨てられたからといって、鍛えてきた体まで変わるわけではない。
普通の冒険者は、得意な系統に絞って戦う。
アンリミテッドを持つ律にはその制限がない。剣で攻めながら防御を張り、相手が離れれば魔法を撃てる。主人公しか持たない能力で、某ゲームでいうところの勇者ポジションだ。
もちろん、まだ覚えていない技まで使えるわけではない。律は原作で有効だった育成方法を知っていたので、早くから習得する技を決め、実戦で磨いてきた。
ウインドウを閉じて入口に向かう。
係員に一人で潜ると告げると、帰りが遅くなる場合は連絡するよう念を押された。律はうなずき、明るい地下街から岩の通路に足を踏み入れた。
◇
この迷宮には、広い道ばかり選んでいると遠回りになる区間がある。
地図ではほとんど直線に見える通路も、実際に進むと外周を大きく迂回するのだ。原作で素材を集めていたとき、律は何度もそこを通っていた。
今回は途中で、天井の低い脇道に入る。
脇道の出口から風が吹いてきた。壁の色も足元の砂も見覚えがある。目指す広間は、この先だ。
広間の中央では、バルクゴーレムが動いていた。
人間の倍以上の背丈があり、腕も通路をふさげそうなほど太い。胴の石片がこすれ合い、重い音を立てている。
律が姿を現すと、バルクゴーレムがこちらを向いた。
律は剣を抜き、広間に進んだ。
バルクゴーレムが右腕を振り上げる。
律は逃げず、腕が最も高くなるのを待った。ゴーレムは肘の接合部を開き、肩から腰まで大きくひねって、重い腕を振り下ろそうとする。
振り下ろし始めれば、もう途中では止められない。
ブリンクステップ。
律は砂を蹴り、振り下ろされた拳の横をすり抜けた。背後で床が砕ける。
クロスブレードで肘の内側を十字に斬り裂き、右腕を切り落とした。
巨体が傾く。
律はそのままゴーレムの胸の下に潜り込んだ。左腕が迫るが、体勢を立て直すための苦し紛れの一撃だ。ハイガードを重ねがけした剣で受け流し、左腕の内側に踏み込む。
ゴーレムの胸に、小さな赤い光が見えた。
コアは石の奥にある。
だが、胸の石を全部はがす必要はない。
律はゴーレムの胸に左手を向けた。
周囲に人はいない。今なら、仲間を巻き込む心配もない。
「フレアバースト」
炎魔法を細く絞り、胸の隙間に撃ち込んだ。
石の内側が赤く染まる。バルクゴーレムが後退する間もなく、胸部が内側から破裂した。
砕けた石が降り注ぐ中、律は剣を下ろした。膝をついた巨体は、そのまま起き上がることなく崩れた。
広間に響いていた物音が途絶えた。
律はまだ熱の残る左手を握ったり開いたりした。
「……こんなに早く済むのか」
技の威力は知っていた。それでも、倒すことだけに集中すればここまで早いとは思わなかった。
柚葉がゴーレムの正面にいれば、胸に炎魔法を撃つ前に退かせなければならない。夏帆が後方から狙っていれば、射線をふさがないように動く必要がある。
仲間を守るのが嫌だったわけではない。ただ、そのために力を抑える場面は確かにあった。
崩れた石の間に魔石が残っていた。律は熱が冷めるのを待って拾い上げる。
手にした魔石はずっしりと重い。細かな石片を払っても傷一つない。これなら、しばらく家賃と食費の心配をせずに済みそうだ。
律は声を上げて笑った。
昨夜は寝床に入っても柚葉の最後の言葉が頭から離れなかった。それなのに今は、次の広間にも行ってみたくなっている。
とはいえ、今日はここで引き返そう。
律が刃を確かめると、ゴーレムの接合部を斬った辺りに白い粉が付いていた。粉を拭ってから剣を鞘に納める。
マナはまだ残っている。戦おうと思えば戦えるが、疲れるまで潜る必要はない。
出口に戻ったら、昼食は何にしようか。
律は昼食のことを考えながら、来た道を戻り始めた。
◇
浅い階層に戻る途中、男の叫び声が聞こえた。
「こっちに来るな! そっちは駄目だ!」
律が分岐まで駆けつけると、二人の冒険者が逃げてくるところだった。先を走る女は腕に小さな盾をつけている。後ろの男は片脚を引きずり、女が立ち止まるたびに先に行けと怒鳴っていた。
二人を追っているのは、アーマードッグの群れだった。
群れの先頭が男に迫る一方、別の一匹は脇の通路に消えた。回り込むつもりだ。
女は男に気を取られ、脇道に消えた一匹に気づいていない。
「壁際に寄れ!」
律は鞘から剣を抜いた。
男が律に顔を向けた。その背後で、アーマードッグが跳びかかってきた。
律は正面から二人と敵の間に割って入った。
ハイガードにぶつかった一匹が、金属の外皮を鳴らしてはね返る。律はそいつが床に落ちる前に首の付け根を斬り、進路を開いた。
「二人とも、そこの壁から離れるな!」
女が男の腕をつかんで壁に引き寄せる。律は二人の前に立った。
脇の通路から回り込んだ一匹が飛び出してくる。しかし、二人が壁を背にしているため、背後には回れない。
回り込めなくなったアーマードッグが立ち止まり、向きを変えようとする。
律はすかさず踏み込み、硬い背を避けて曲がった前脚の内側に刃を通した。そいつを横に押しのけると、続く一匹をクロスブレードで斬った。
ばらけた群れに、炎魔法を低く走らせる。
逃げ道を失った一匹が飛びかかってきたが、律は待ち構えていた。着地に合わせて剣を振り、最後の一匹を倒した。
律は剣を構えたまま、通路の奥を見やった。
追ってくる音はしない。脇の通路にも、もう動くものはいなかった。
「歩けるか?」
振り返ると、女は盾を下ろせずに固まっていた。
男のほうが先にうなずいた。
「ああ。脚をひねっただけだ。助かった」
「ひどい怪我じゃないなら、出口まで肩を貸すよ」
「ちょっと、待って」
女は続けて尋ねた。
「あんたの仲間は?」
「いない。今日は一人」
「一人で、こっちから?」
女は律が来た道に目を向けた。
その先はバルクゴーレムの出る広間に続いている。男は律の足元の袋からのぞく大きな魔石に気づいたらしい。
「まさか、それを倒してきたのか」
「うん。広間のほうは片づけた」
「俺ら、あれを避けて帰ろうとしてたんだぞ」
男は笑みを見せたが、脚に体重をかけると顔をしかめた。律は男の左側から腕を支える。
女も悔しそうに手伝いを申し出たので、律は男の反対側を支えてもらった。
「次からは、追ってくる敵の動きもよく見たほうがいい。こいつら、群れの端にいるやつが回り込んでくるから」
「分かってたつもりなんだけどね」
「俺だって道をふさがれたら厄介だ。狭い通路じゃ、無理に追い越さず、相手が動くまで待つこともある」
女は倒れたアーマードッグに目を向け、うなずいた。
最初は責められると思っていたのか、男も途中から口数が増え、出口のそばにうまい親子丼を出す店があると教えてくれた。
律は歩調を緩め、男の話を聞いた。
仲間と協力すれば、戦闘はもっと楽になるはずだ。だが律は、一人でも敵を倒せるし、ほかの冒険者を助ける余裕さえある。
柚葉たちに戻らなければ生きていけない、なんてことはない。
出口に近づくにつれ、人工照明の光が岩壁に届くようになった。
男を救護の係員に引き渡すと、女は律に何度も頭を下げた。名前を尋ねられ、律は笠松だと答える。今度会ったら食事をおごるというので、先ほど聞いた親子丼の店がいいと返した。
律は更衣室に戻る前に、飲み物を買った。
冷えた缶を首筋に当て、入口脇のベンチに腰を下ろそうとした。
そのとき、通路の向こうから誰かが走ってきた。
長い黒髪の女だ。冒険者の格好ではなく、白い上着の裾を押さえている。
その後ろから男が二人追いかけてくる。
「止まれって言ってるだろ!」
女が振り返って何か言い返す。
その隙に男の一人が女を追い越し、行く手をふさいだ。女はとっさに向きを変える。
係員のいない脇の通路に駆け込んだ。
律は缶をベンチに置いた。
女が駆け込んだ通路には、赤い注意灯が点いていた。




