第12章 元幼馴染の剣を、真っ二つにしてやった
律は入口の壁に携行袋を立て掛け、鞘に入った剣だけを取り出した。
係員が律に目を向けた。
「審判の指示があるまで、介入しないでください」
「危ない攻撃をしたら、止めてくれるんだよな」
「もちろんです」
律はフィールドに目を戻した。
柚葉は足を前後に開き、肩を引いて構えていた。いつでも踏み込める体勢だ。芙実が同じように足元を狙えば、凍らせる前に間合いを詰められる。
芙実もそれは分かっているらしい。
右手は伸ばさず、柚葉の動きを見ていた。
「始め」
開始の合図と同時に、柚葉が踏み込んだ。
芙実が床を凍らせると、柚葉は横にかわして低い位置から剣を振った。芙実は跳び退いたが、保護具の先が上着の裾をかすめた。
かすっただけだ。
それでも、次の攻撃が届くほど近づかれていた。
芙実は腕を胸の前に寄せ、柚葉の足元を凍らせた。今度は靴を捉えたが、柚葉は動きを止める前に剣を振り下ろした。
「ブレイクセイバー!」
氷が砕けた。
踏み出した柚葉の肩が芙実にぶつかる。よろめきながらも、芙実は白線の内側でどうにか踏みとどまった。
「まだ続ける?」
柚葉は剣を構えたままだ。
芙実は打たれた腕をかばいながら、体勢を立て直そうとした。律も入口から一歩踏み出しかけたが、思いとどまった。
芙実はまだ降参していない。
律には目もくれず、柚葉の靴に手を向けている。
氷は厚くなる間もなく砕かれた。
柚葉は氷から足を抜き、芙実の肩を剣で打った。上着の下の防具が鈍い音を立て、芙実は横倒しになった。体を支えようとした腕にも力が入らない。
「停止! 澤渡さんの勝ちです」
律はフィールドに駆け込んだ。
芙実は倒れたまま、苦しそうに息を吸おうとしていた。律が肩に触れると、痛みに顔をしかめた。
「どこが痛い」
「肩……右の、ここです」
「動かさなくていい」
律はリカバリーを使った。
赤くなっていた皮膚の色が落ち着き、芙実はようやく息を吐いた。ただ、腫れを完全に消せたわけではない。律は腕を上げないように言い、座るのを手伝った。
審判が救護係を呼んでいた。
そのそばで、柚葉が律たちを見ていた。
「律。勝ったのは私よ」
律は顔を上げた。
「聞こえてた」
「なら、何か言うことはないの?」
「試合はお前の勝ちだ。今は芙実の手当てをしてる」
柚葉は何か言いかけたが、結局口をつぐんだ。
剣の保護具にひびが入っているのに気づくと、留め具を外して床に落とした。むき出しになった刀身には傷一つなかった。
「その女には、負けたってそんなに優しくするんだ」
「怪我をしてるんだから、当たり前だろ」
「私だって、この前は怪我してたわよ」
「あのときも助けただろ。小春に手当てしてもらったじゃないか」
芙実が律の袖を引いた。
「立てます。もう、ここから出たいです」
律は芙実の左側に回り、体を支えた。
柚葉が二人の行く手を塞いだ。
「待ちなさいよ。私の話はまだ終わってない」
「そこを空けろ」
「そんな女のために、私たちを捨てたの? ずっと一緒に戦ってきたのに」
律は芙実を支えたまま、柚葉を見た。
追放を告げたときとは違い、柚葉は怒りを隠そうともしない。
「お前たちが抜けろって言ったんだろ」
「それは、律が勝手なことばかりするから」
「ここでも俺に従えって? もうお前は俺のリーダーじゃないんだよ」
柚葉が息を詰めた。
芙実は柚葉の横に出たが、先に進むのをためらった。
「どいてください。勝ったのでしょう。それ以上、何が欲しいんですの」
「あなたに話してない」
「私を立たせたまま、律を困らせているのはあなたでしょう」
柚葉が剣を握り直した。
律は左腕で芙実を背後にかばい、右手を剣の柄に伸ばした。
「柚葉。剣を下げろ」
「黙って。人の陰に隠れて偉そうにする女なんて、もう一度――」
柚葉が剣を振り上げた。
保護具は床に落ちている。審判が制止の声を上げるより先に、律は剣を抜いた。
律は柚葉の振り下ろした剣を外側に受け流した。
続けざまに、柚葉の刀身の中ほどを斬りつける。
金属の割れる音が客席まで響いた。
柚葉の剣先が宙に飛ぶ。律はハイガードで弾き、誰もいない床に落とした。
柚葉は半分になった剣を見つめていた。
「私の……」
「試合が終わった相手に、何をするつもりだった」
「何って、ちょっと脅かしただけでしょ! こんなことする必要なかった!」
「刃を向けておいて、脅かしただけで済むと思うなよ」
律は柚葉の手首をつかんだ。
律が残った刃を下に向けさせると、柚葉は痛いと叫んだ。律は折れた剣を審判に渡すよう言い、柚葉が柄を放したところで手を離した。
客席は静まり返っていた。
誰かが、試合はもう終わっていたよな、と言った。柚葉がその声に顔を向けた。
「この剣がいくらするか分かってるの? 慶介が私にくれたのよ」
「芙実に向けるなら、何本でも折る」
律は剣を鞘に納め、芙実のもとに戻った。
芙実は救護係に左腕を支えられて立っていた。右手を胸の前に寄せ、律を見つめている。
「行こう」
「……はい」
芙実は差し出された腕につかまった。
芙実がさっきより強く腕をつかんだので、律は肩の痛みが増したのか尋ねた。彼女は首を横に振るだけだった。
救護室で診てもらうと、右肩の打撲だった。
救護係のヒーラーに腫れを抑えてもらっても、肩を動かすと痛んだ。今日は荷物を持たないようにと注意された。
「治していただけば、すぐに動けるものと思っていました」
「腫れが引いたからといって、すぐ元どおりに力を出せるわけではありません。軽い怪我でも、無理をすれば長引きますよ」
芙実は湿布を受け取り、律に向き直った。
「負けてしまいました」
「今はあいつのほうが経験を積んでる。仕方ない」
「律は、何でもはっきり言ってくださるのね」
「何でもは言わないぞ。腕が痛いのに続けたのは、無茶だった」
芙実は右肩をかばい、うつむいた。
「そうですね。でも……私が倒れたとき、すぐに来てくださった」
「試合が終わったからな」
「試合が終わらなければ、来てくださらなかったんですか?」
「止めたかったよ」
律は正直に答えた。
芙実は笑いかけたが、目元はまだ赤かった。
「では、今日は我慢してくださったんですね」
「お前が戦うって言ったんだ。俺が途中で試合を止めたら、怒るだろ」
「怒ります」
芙実はそう言い切ると、左手で律の服をつかんだ。
「でも、さっきのは……嬉しかったです」
律は返す言葉が見つからず、芙実の手を握った。彼女は顔を伏せる。痛む肩に触れないよう気をつけながら、二人で救護室を出た。
◇
柚葉は控室のソファに座り、折れた剣を膝に置いていた。
審判から返された刃先は、厚い布に包まれている。自分の剣が折られたなんて、まだ信じられなかった。
慶介が控室に入ってきた。
柚葉は折れた剣を抱えたまま立ち上がった。
「見てたでしょう? 律が、私の剣を」
「見ていたよ。君が試合の終わった相手に斬りかかるところもね」
「斬ってない!」
「笠松君に止められたからだろう」
柚葉は腕からずり落ちかけた布を押さえた。
慶介は折れた剣に触れようともしない。贈ってくれたときには、君にしか似合わないと言っていたのに。
「弁償させてよ」
「何を?」
「律に謝らせて。私のこと、大事なら」
「柚葉。今日は芙実に身の程を知らせるはずだったんだ。君が騒いだせいで、また笠松君が活躍した」
柚葉は慶介に聞き返しかけた。
自分は勝った。観客の前で芙実を倒したのだから。
「私は負けてない」
「そうだね。試合には勝った。それで、この騒ぎだ」
慶介は扉の外に目を向けた。
「しばらく目立つことはやめてくれ。剣なら、予備を借りればいい」
「これは、あなたがくれたものでしょ」
「なら、もっと大事にしてほしかったよ」
扉が閉まった。
柚葉は慶介を呼び止められなかった。腕に抱えた折れた刃が重く、布ごとテーブルに置いた。
廊下で足音がした。
慶介が戻ってきたのかと顔を上げたが、入口にいたのは小春だった。
「肩、痛くないですか」
「私じゃない。怪我したのは、あの女よ」
小春は困ったようにうなずいた。
柚葉は青い石のはまった柄を握った。短くなった刃は妙に軽かった。
「律、帰った?」
「御園生さんと、一緒に」
柚葉はそれ以上聞かなかった。
布を広げ、折れた部分を合わせてみた。しかし、刃はつながらない。手を離すと、すぐにずれてしまった。
完結保証! 11月21日に完結するよう全編アップロード済みです。




