第2章 暗黒邪神ザドレア、危機一髪! 13-14
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地面に突き刺さった支柱と、兜のやや上に作られてる、とんでもない大きさのなんかの間に挟まれて、しばらくの間、あたしはただただひくひくとけいれんするばかりだった。
その間にも虹色のビニール的な何かは容赦なくあたしを挟みつけ、締め上げていく。
あかんて、これもうすぐ死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ……と思ったところで、それまでざわざわ騒がしかった頭上の音がぴたりととまり、
「準備完了。音響兵器、発射」
あの無機質な声が、再び響いた。
その直後、
「ほ!?ほえええええ……」
あたしの体は、特大のマッサージ器にかかったみたく、細かく激しく振動したのである。
その時、ズィーロたちエリートブサメン三人組をはじめとする「ショターニキ攻略部隊」のブサイクどもは、街道からかなり離れた森の中に這いつくばって身を潜め、ずっと「対決」の様子をうかがっていたらしい(つまりあいつら、あたしが絶体絶命のピンチだったっていうのに、自分らは安全なとこでのうのうと高みの見物してやがったのだ!)。
そのムカつくブサイクどもの報告によると。
あたしが「ほえええ」ってなったその瞬間、あたしの上のお皿みたいなものが、全体がぼやけるほどの速さで、細かく振動したらしい。
その振動は当然、ぴったりはりついた虹色のビニール的なものにも余さず伝わり、ビニール的なそれの振動は、目の前の空気を震わせて――要は、超巨大なスピーカーとなって――莫大な音量に増幅された「ぐうううううううう……」という腹の音を前方に放出した。
と、皿の前の空気がいきなり沸き立ったかのように激しく揺らぎ、次の瞬間、ものすごい質量のハンマーで頭をぶん殴られたかのような衝撃が――音の進行方向とはまるでずれた方向にいたにもかかわらず――ヤムザたちにも襲いかかり、皆苦痛のあまり悲鳴を上げながら耳を押さえ、地面に崩れ落ちた。
ウォマイラたちでさえそうだったのだから、まして、皿の正面に整列しており、その「音響爆弾」をまともに食らったショターニキ魔法師団はひとたまりもなく、揃って後方へと吹っ飛ばされる。
ウォマイラたちは、そのあまりの威力に自らの痛みを忘れ、呆然と騎士団員が彼方へ弾き飛ばされるのを見守っていたのだけど……本当の恐怖に背筋が凍ったのは、実はその後だった。
魔法団員を吹っ飛ばした直後、中心の巨大スピーカーと、それを取り巻く8つのやや小ぶりな――といっても、それぞれが直径20メートル以上はある――スピーカーから発せられたそれぞれの「爆音」が中央で融合、「超爆音」と化して、周囲の空気を白熱させたまま、目の前にそびえる巨大な砦へとぶち当たったのだ。
レンガでこの上なく堅牢に造り上げられていたはずなのに、ハムンザの砦はその時、まるでゴムでできているかのように「ぐにょっ」と伸び上がり、次いで、「べしょっ」とつぶれたかのように見え……次の瞬間、どごああああああああん!というものすごい轟音と共に砕け散り、派手な土煙を上げて崩れ落ちたのである……。
「ほえええええ……」の後、ややふらふらする頭をふりふりしているうち、いつの間にか、あたしを包んでいたビニール的な何かはなくなっていた。
大慌てで新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、涙でぼやけた目をこすりながら、道の前方をすかし見る。
「……え!?騎士団のイケメン様たちは?砦は?どこに行ったの?」
バッドエンド目前で、意識もかすみかかってたところだったのに、突然目の前の砦はがれきの山と化し、イケメン様たちは消失。あまりにチート過ぎる状況に頭がついていかず、あたしはひたすら呆然と立ち尽くしていた。
その横をすり抜けるようにして、
「やったぞ!砦がなくなった!」
「魔法師団も壊滅だ!これで助かる!」
ウォマイラたちが、歓声をあげながら前へと走って行く。
そこへ。
「いやあ、ザドレア様!今回も見事な手際でございましたな!」
「魔法師団の得意技、あの厄介な防御障壁を、音を用いて打ち破り、同時に砦まで破壊してしまうとは!!まさに邪神様ならではの奇策!」
「でも……あの、砦を粉々にするのはちょっとやり過ぎじゃなかったかと思うんですが。せっかく私が手塩にかけて作り上げたのに……」
ズィーロ、イナーチャ、ヤムザの三人が小走りであたしの側にやってきて、口々に賞賛の言葉を口にする(ズィーロとイナーチャは満面の笑みだが、ヤムザは、自慢の砦を跡形もなくぶっ壊されたのが不満だったのか、唇をとがらせている。前々から思ってたけど、コイツ、神への敬意がちょっと――いや、かなり――足りないようだ)。
「いやいや、ちょっと待ってよ!あたし、なにがなんだか分からないうちにこうなっただけだって!それに、なんだよ防御障壁って!そんなヤバいもんを使うって知ってたら、さっさと教えろよ!あたし、危うく死にかけたんだぞ!」
「いえ、ですからお教えしようとしたのですが、それより前にザドレア様が飛んでいってしまわれたので……」
「それに、前々から申しておりますが、私たちは戦闘はからきしです。ザドレア様をお助けしようにも、非力な私たちではいかんともしがたく、遠く離れた隠れ場所で震えているのがせいぜいで……」。
「じゃ、あたしがやられちゃったらどうするつもりだったの?」
「そりゃあ、まあ、その……」
「そうなったら仕方ないっていうか……」
「こっそり逃げ出して、どこか安全な隠れ家でも探そうかと……」
もじもじと身を縮めながら、上目遣いにこちらをうかがう三人を、あたしはぎっとにらみつけた。
「へえ~。じゃ、なに?あんた方、あたしを見殺しにしようって思ってたわけね?」
「いえ、あの……この上なく強大で邪悪なザドレア様ならば、魔法師団などきっと、たやすく蹴散らしておしまいになると思いまして……」
「そもそも、あたしはイケメン様と戦うつもりなんかなかったの!ただ、柱の陰からこっそりあの方たちの姿を拝見したいだけだったのに……」
「いや、そりゃ、われらウォマイラの守護神たるザドレア様がこの地に赴けば、当然あいつらとて黙ってないでしょう。戦闘になるのは至極当然と、てっきりザドレア様も分かっておいでなのかと……」
「そんなの知るわけないじゃん!」
「ですから、あれほど危険だと何度も!あんた、バカなんじゃないの?一体オレ達に何度同じこと言わせりゃ……」
「バカってなんだよ!てめ、前々から思ってたけど、あたしに対する敬意が足りないんじゃない?あたしは邪神だよ?えらいんだよ?」
「確かにザドレア様はすごいけど!でも、極端なんですよ!全能に近いとてつもない能力を持つかたわら、おつむの方はまるっきり残念だから」
「……あんた、やっぱりちょっと、お仕置きしてやんなきゃだね。ちょっとこっち来なよ、さっきの倍の速度で首根っこもって、振り回してやるから」
「え、いやいや、遠慮しますって!」
「いいからちょっとこっち来いよ!」
「いやいやいやいや!」
両腕を構えたあたしが「いいから来いよ」と叫びつつじりっと近づくたび、今にも泣き出しそうな表情のヤムザが「いやいやいやいや!遠慮しますうっ!」と悲鳴に近い声を上げながら、ざざっと後じさりする。
しばらくの間、それを何回か繰り返し、とうとうヤムザが道ばたの立木に背中がぶつかり、絶体絶命となった――そして、どーれ、あたしの怖さをたっぷり思い知らせてやると、ゆっくりやつの首にあたしが手を伸ばした――ちょうどその時。
「暗黒大神官様~!暗黒大神官様はいらっしゃいますか!」
緊迫した雰囲気のはずなのに、どこか間の抜けた、なんだか楽しそうな声が、彼方から響いてきた。
それまであたしとヤムザのやりとりを固唾を飲んで見守っていたズィーロが、これ幸い、とばかり、
「どうした!なにがあった!」
大声を張り上げる。
大きな腹をぶよんぶよんと揺らしながら走ってきたのは――どうやらそれが全速力らしく、ぜいはあと大きく息をしながら手足を動かしているけど、その速度ときたら、カタツムリの散歩とどっこいどっこいという、なんとも情けないものだった――案の定、暗黒邪神付き料理人のウチャーマだった。
「暗黒大神官様!……大変です!……あの……あちらに……」
息を切らし、激しく肩を上下させながら、それでもなんとか報告をしようとするウチャーマ。正直言って聞き苦しい上、体中汗びっしょりになったデブが近くに来たものだから、暑苦しくて仕方がない。
「ウチャーマよ、大丈夫か?よほど急いだのだな、大儀なことだ……」
だが、ズィーロはそんなウチャーマをうっとうしがるでもなく、袖をびしょびしょにしながら、汗まみれの背中をさすってやっている(ブサイク同士のいたわり合いなんて見るもおぞましく、あたしは思わず、鼻の頭にシワを寄せていた)。
「大神官様……手ずからありがとうございます……ちょっと……息が切れてしまって……」
「気にするな。ゆっくりでよいぞ、我らが暗黒邪神ザドレア様のおかげで、とりあえず当面の危機は去り、つかの間の平安を得ることができたようだからな」
「はい!あの……そのことでご報告が!……あちらにその……にっくきショターニキ魔法師団の奴らが……倒れてまして!」
ウチャーマのこの報告に、ズィーロはさっと顔を引き締めると、指し示された方向――今はがれきの山と化している砦を越えた、さらに向こう側――をぎっとにらみ据えた。
「なんと!それはいかん!奴らがいつ息を吹き返すやもしれぬ、行って、ふん縛ってくれなければ!」
「ええ、急ぎましょう!」
「わ、わたくしもお供いたします!」
ズィーロの言葉にイナーチャ、そして立木に背中を押しつけていたヤムザまでがちゃっかりと乗っかり、今にも走り出しそうな慌てた顔になる。
と、ブサイク三人が揃って生真面目な顔をあたしの方へと向けた(破壊力抜群の三重顔面攻撃を至近距離から受け、あたしは思わず、その場でえずきそうになった)。
「というわけで、ザドレア様、我らは急用ができてしまいました」
「イ・ケメン・ガイル・ゾー。急ぎあちらにまいり、にっくき敵を捕らえねばなりませぬ」
「イ・ケメン・ガイル・ゾー。さもないと、にっくき敵が息を吹き返すやもしれませぬ」
「それでは、失礼いたします」
吐き気をこらえるのに必死で、あたしがなにも言えないのをいいことに、三人は好き勝手なことを並べ立て、深々と一礼。起き上がると同時に、全速力で走り出す。
奴らが目の前からいなくなったことで、ようやく吐き気が治まったあたしは「まてこら!あたしの話、まだ終わってないんだけど!」とその背中に声をかけたけど、もちろん三人は、そんな声など聞こえなかったかのように、スタコラサッサと小さくなっていく(ブサイクのくせにやたら身軽なのだ、あの三人は)。
「クソ、うまいこと逃げやがって……!」
ひょいひょいとがれきの山をよじ登って消えていく三人の背中をしかめっ面でにらみつけていたところへ、
「あのう……ザドレア様……」
背後から、おそるおそる、といった口調の声が落ちてきた。
しかめっ面のまま振り向くと、ウチャーマが、でかい体を精一杯縮めるようにして立っている。
「あのう……もしよろしければ、ザドレア様もあちらにいらっしゃいませんか?砦がなくなり、材料が手に入るようになりましたので、何かお作りして差し上げられるかと思うのですが……」
その言葉で、忘れていた空腹が再びよみがえり、あたしのお腹が盛大に「ぐううう……」と音を立てた。
……ま、あの三人のことは見逃してやってもいいか。全ては自分たちに従う領民たちのためを思ってのことなんだろうし……。
そんなふうに自分に言い聞かせながら――本当は、そんなことどうでもよくて、ただただ死ぬほど腹がへってたからなんだけど――あたしは、ゆっくりとうなずく。
「わかった。んじゃ、食べてあげるから、案内しなさいよ」
「はい!あの、がれきを越え、魔法師団の奴らが倒れてたところを越えてもう少しのところに、おいしい木の実のなる森がありまして!その木の実をつぶしてですね……」
嬉しげに料理の説明をしながら、ウチャーマが先に立っていそいそ歩き出す。あたしも、表情はまだぶすっとしたままだったけど、胸の中では、
木の実か!てことは甘いんだろうな……ホットケーキみたいな?ここんとこ、ピザばっかりで、全然甘いもの食べてなかったし、すっごい楽しみ!
なんてことを考えつつ、早くも口の中にたまりはじめたよだれを(ひそかに)じゅるじゅるとすすり上げながら、後に続いたのだった。
14
ウォマイラの軍勢が立ち去り、砦のあった辺りが静まりかえった時。
それまで誰もいなかった街道のど真ん中に、虚空からふっと湧き出したかのように、一つの人影が、突如出現した。
地面にできたこぶのようにうずくまっていた姿からゆっくり立ち上がると、それはどうやら、灰色の分厚いマントに身を包んだ、若い男であるらしい。
男は、かぶっていたフードを首の後ろに倒すと、その細い、切れ長の目でじっと、元は堅牢な砦だったがれきの山を見つめた。
「やれやれ、派手にやられたものだ。自分たちの祈りと法術を過信した結果がこれか……」
ぼそぼそと独り言をつぶやきながら、ゆっくりとがれきの山に近づき、無造作に手をかざすと、目をつぶり、何やらブツブツと唱える。
と。
ゴゴゴゴゴ……という地響きとともに、がれきの山は位置を変え、そこに人一人がようやく入れるほどの通路が出現した。
がれきが危うい均衡を保ってアーチを作ってはいるものの、どうやらそれは本当にか細いバランスのもと成り立っているようで、石の山からは、ミシミシ、ギシギシと今にも崩れ落ちそうな不気味な音が、あちこちから聞こえてくる。
が、男はそんな予兆などまるで気にもかけず、かりそめの通路の中をすたすたと歩いてその姿を消し……やがて、その両腕に分厚く大きな一冊の本を抱えた姿で、再び姿を現した。
「やれやれ……」
ふう、と男が疲れ果てたようなため息をつくとほぼ同時に、石材の山は轟音を立てて崩れ落ち、元のがれきの山と化す。
「『原初の三冊』のうちの一冊『黒の書』。確かに手に入れたぞ。魔法師団の連中も、変な意地をはらず、この本から力を引き出していたら、少しは長く、かの邪神を抑えていられたものを……」
若干説明っぽい台詞に聞こえなくもない独り言を口にしながら、男はがれきの山を見つめる。言葉の内容同様、その顔に浮かぶ表情は冷徹そのもので、自らの思想信条に殉じ、甘んじて運命の前に敗北を喫した魔法師団員たちへの共感と同情など、欠片も見当たらない。
「さて、いつまでもこうしてもいられぬ。首尾よく『黒の書』を手に入れたこと、アベーロ師に報告しなければ……」
またしても説明っぽい独り言を口にしながら、男はフードを深くかぶると、その場にうずくまった。
と……次の瞬間、なんの前ぶれもなく、男は跡形もなく消失する。
後には、不意の突風に木々がざわめく音だけが、いつまでも続いていた。




