第2章 暗黒邪神ザドレア、危機一髪! 10-12
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「団長殿、あれをご覧ください!邪神がなにやら不気味な姿勢をとっております!」
リューノの浮揚魔法により、塔の中から砦前の地面へと移動した直後、リョウが最初に耳にしたのは、いち早く邪神の姿をその目で捕らえた団員の、悲鳴のような声だった。
「なに!?」
巨大な魔法のエネルギーにより擾乱されたせいか、周辺の空気が白く泡だち、見通しが悪い。目を細め、ぼんやりとした影の姿をなんとか捉えると……なんと、憎き邪神が胸の前で両手を握りあわせ、両脇を締めて、ぎゅっと体に引きつけている。
(あれは!)
リョウの脳裏に、ウォマイラ帝都ブサでのあの悪夢が、ありありとよみがえった。
(同盟軍の2万に及ぶ軍勢を一瞬で滅ぼした、あの惨劇の前にも、かの邪神めはあのような準備態勢をとっていた!)
そう思い当たった瞬間、リョウの口は自然と開き、恐怖と狼狽がところどころに混じった声が、知らぬ間にほとばしり出る。
「き、気をつけよ!あれは、邪神めが力を振るう前ぶれだ!」
同時に、邪神の鎧兜から無数に突き出したトゲが、ジャキン!という音と共に、突如その長さを数メートルにまで伸ばす。
「いかん!障壁が破られてしま……」
いや、いかんのは私だ、全く浮き足立ってしまっている、冷静になるのだ、冷静に、と必死で自分をなだめようとするが、ブサの惨劇によりよほど深い恐怖を心に刻み込まれたのか、リョウはパニックに襲われる自分を止められない。
団中央の叫びが悲鳴にまで高まったことで、団員も動揺し、障壁がぐらりと揺らいで消滅しかけた、その時。
リョウの声をさえぎり、凜とした声が響いた。
「皆、慌てるな!慌てて集中を途切れさせてしまえば、それまでだぞ!我らが創り出した障壁は無敵、さしもの邪神とはいえ、決して破ることはできぬ!よく見てみよ!」
声の主であるリューノが勝ち誇ったように邪神の鋭いトゲの先を指さす。
皆がそこに目を凝らすと、柔軟かつ強靱な思念のヴェールは、鋭い先端でずたずたにそれを切り裂くかに見えたトゲの切っ先をも優しく包み込み、その攻撃を無に帰している。
「おお……!」
団員たちの口から――そしてリョウ・ヘイズその人の口からも――感嘆のため息が漏れた。
そこへ。
「ぼんやりしている暇はないぞ!見ての通り、我らの障壁は邪神の力を完全に封じ込めている!このまま押し切り、邪神を討ち滅ぼすのだ!」
今度はジューンの叱責がとぶ。
その声に、それまで腑抜けた顔で邪神を眺めていた数人の団員たちが、慌てて目をつぶり、祈りの言葉を唱和しはじめ……やや揺らいでいたように見えていた障壁は、再び安定を取り戻し、透明で不可侵、優しく無慈悲な力で、再びしっかりと邪神を幽閉した。
と、ようやく平常心を取り戻したリョウが、かたわらにたたずむリューノの、ジューンの肩に、そっと手を置いた。
「見事だ。よくぞ邪神を封じ込めた。残るは、最後のとどめ。頼むぞ、二人とも」
と、片時も邪神から目を離さない二人の肩が嬉しげに震え、ぐっと力が入るのが、指先から確かに伝わってくる。
「はっ!」
「どうかお任せください!」
部下の頼もしい言葉に深々とうなずくと、リョウは、万感の思いを込めて、
「では、皆の者。とどめだ」
最後の命令を発したのである。
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今までの「イケメン飢餓状態」を一気に取り戻そうと、あたしはきゅんきゅんポーズのまま――無意識にでへでへだらしない笑いを浮かべ、だらだらよだれまで流しつつ――イケメン様たちをじいっとご鑑賞申し上げていた(あ、ちなみに、鎧には「自分日本語以外知らねえし、ポーズで命令とかしねえから、そこんとこヨロシク」とあらかじめ言い聞かせておいた。なので、安心してきゅんきゅんできるのだ)。
一体どれくらいの間そうして「魂の栄養補給」をしてたのか、はっきりとはわからない。というのも、イケメン様を鑑賞しはじめた途端、あたしはいつも、時間の流れから切り離された異空間へ入り込んでしまうからだ。そして、ひとたびその「あたしとイケメン様しかいない時空」に入り込んだら最後、「いい加減にしなさい!」と怒鳴られたり、いきなり目覚まし時計が大音量で鳴り始めたりといった、なんらかのきっかけがない限り、絶対に「リアル世界」に戻ってこれなくなるのである。
じゃあ、この時一体なにが「きっかけ」となり、あたしはふと我に返ったのかというと……身体がじっとり汗ばむぐらい、周囲がなんだかじんわり暑くなってきたような気がしたからだ。
あれ、おかしいな。鎧は冷暖房完備で、着込んでる限り、いつも快適な温度湿度でいられるのに。あ、ひょっとして、あんまり久しぶりにイケメン様を拝見したんで、鎧のエアコンが追いつかなくなるぐらい、あたしの体温が上がっちゃったとか?
んなワケないって、とあたしは組んでいた手をほどき、やあね、もう、という感じで、ニヤニヤ照れながらぶんぶん手を振ろうとした。
けど。
あれ?
ぶん、と振った指先が、なんかやらかいものに当たったように感じたとたん、その辺の空気が虹色に光り、あたしの手を優しく受け止め、「びよん」と押し返してきたのである。
「え、なにこれ!……ちょっとおもしろいじゃん!」
イケメン様だけでなく、カワイイものやタノシイものにも目がないあたしは、思わずうれしくなって、ぶんぶんと何回も手を振る。
ぶん、びよん、ぶん、びよん。
ぶんびよんぶんびよんぶんびよん。
やってるうちにますます楽しくなったあたしは、ちょっと頭がゆっくりの子みたいにけたけた笑いながら、何度も何度も手をびよんびよんさせてたのだけど……そのうち、ふとおかしなことに気がついて、ぴたっと手を止めた。
なんだか少しずつ、手の振り幅が狭まってきてるような気がしたのだ。
あれ~……さっきは30センチぐらい手を振ったところで「びよん」だったのに、今は10センチぐらいになってるよね?……ひょっとして、このやらかい壁みたいの、だんだん縮んできてない?
おそるおそる指先で顔の目前の空間をつついてみる。と、さっきよりもさらに近く、顔から5センチも離れていないところで、ゆっくり押し返してくる。
やっぱり!これ、どんどん縮んでんじゃん!
あわてて、百烈張り手でもするかのように、いろんな方向にぺたぺた手を伸ばそうとする。が、どの方向からもすぐに「びよん」と押し返される。
こうなって、ようやく気がついた。
あたし、丈夫なビニール袋みたいなもんの中に、閉じ込められてんじゃね?
道理でなんだか暑いはずだわ、なんて思いがふっと頭をよぎり、自分の感覚が間違ってなかったことに満足して、ふう、と落ち着きそうになる。そこで、いやいや、落ち着いてる場合じゃないって、ヤバいってと、自分の置かれてる状況を思い出し、大慌てであちこちに拳を突き出した。
けれど、結果は今までと同じ。いくらも腕を伸ばさないうち、壁に柔らかく受け止められ、「びよん」と優しく押し返されてしまう。
ちょっと、どうなってんだよ!この鎧、めちゃめちゃパワーあるんじゃないの!?なんで、突き破れないんだよ!
閉じ込められて、しかもそのビニール的ななにかが突き破れそうもないと分かると、その途端、なんだか息苦しくなってきた。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!このままじゃあたし、布団圧縮袋に閉じ込められたねずみか、セロテープにパウチされたGみたいになって、窒息死しちゃうって!ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバい!どうしよどうしよどうしよどうしよ……。
どうしようもなにもどうしようもなくて、ひたすらおたおたしてる間にも、ますますビニール袋は縮んでいき、ぴったりとあたしに吸いついて、まさに真空パック一歩手前という状態になってしまう。
息が荒くなり、薄れゆく意識の中で、ようやくあたしは砦の前にかたまってあたしを憎々しげに見つめ、一心に祈りをこらしてるイケメン集団の意図に気がついた。
ああ……そうか。あのイケメン様たちは、暗黒邪神のあたしを退治するためにこれを……。
でももちろん、あたしの心に「イケメン様たちに対する怒りや恨み」など、これっぽっちも湧いてこなかった。
ああ……あれほどのイケメン様たちが、これほど強い思念をあたしに向けてくださるなんて、なんというごほうび!これを喜ばずにいられようか、ぐふふ……。
再び気味の悪い笑顔をにたりにたりと浮かべ、イケメン様の手によって無残にその生涯を閉じる幸せに身を任せつつ、あたしは、思う存分状況に酔いまくっていた。
ああああ……そこらのモブキャラエキストラ、背景の木や建物より価値のないあたしが、まるでヒロインのように、悪役令嬢のように扱かってもらってる……!
そんなふうにひたすらシチュエーションに酔っている一方、変に覚めた目でこの状況を見つめているもう一人の自分もいて、
なんかバッドエンドみたいだけど、まいっか。これできっと、元いた世界――なんかよく思い出せないけど、今よりずっと平凡で、気楽なところだったような気がする――に戻れるし……。
なんて、すこしほっとしたような、諦めたようなような気持ちも、心の半分ほどを占めていた。
どっちにしろ、「もうすぐおしまいなのね」と思うと、自然とこちらの世界にきてからのことが思い出されてくる。あたしの性癖からして、こんな時思い出すのは、イケメン様たちのご尊顔のはずなのに、この時は、朝からなにも食べておらず、相当腹が減ってたせいか、浮かんでくるものといえば、舌がとろけるほどうまいプ・イーザの味ばかり。
ああ、こんなことなら、ズィーロやヤムザになにを言われようとも、朝もう1枚だけ、思う存分あのプ・イーザを喰らい、ク・オーラを喉に流し込んでから来るんだった……。
すっかり忘れていた空腹がよみがえり、やるせない気持ちに襲われると同時に、
「ぐうううううううう……!」
と、あたしの腹が盛大な音を立てて鳴った。
その時だ。
あたしの耳のすぐ横で、「ブサの惨劇」の時に聞いたのと同じ無機質な声が、再び鳴り響いた。
「音声による命令入力確認いたしました。それではこれより、現状において遂行可能な壊滅モードに移行いたします」
へ?なんのこと?
眉をひそめたその瞬間、背中の方から、体を突き上げるような衝撃が走り、
「はぐっ!」
と、あたしは危うく舌を噛みそうになった。
それと同時に、ものすごい力で地面から斜めにぐわっと持ち上げられ、目の前にある透明な壁にぎゅむっと思いきり押しつけられる。
「むぐぐぐぐ……」
うっかり人間に踏んづけられ、靴裏と地面にはさまれてしまったカエルのような、ハエ叩きで網戸に押さえつけられたGのような情けない格好で押さえつけられ、全く息ができなくなり、あたしは真っ赤な顔でぴくぴく手足をけいれんさせはじめたのである……!
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「なんだ、あれは!?」
団員のうろたえた声に、勝利の予感に酔いしれていたリョウ・ヘイズはふと我に返り、慌てて前方を注視した。
と、先ほどまで空気を求めてあえいでいたはずの邪神が、背中から地面へと突き立っているまがまがしい無数の棘によって空中に持ち上げられ、そこにある障壁にべっちょりと押しつけられている。
そこへ、今度は飾り羽を逆立てる南方の鳥のごとく、兜についた無数の漆黒の棘が、じゃきん、と音を立てて一斉に逆立ち、爆発的な速さで扇形に伸び始めたのである。
「あれは!まさか、あの棘で障壁を突き破るつもりか!」
思わずリョウはうろたえた声を出した。
が、そこへ。
「団長!心配無用です、我らが魂の結晶は、あれしきのことで破られたりしません!その証拠に、ほら、ご覧あれ!」
ジューンの幾分得意げな声に導かれるように棘の切っ先へ目をやると、障壁は激しく虹色の光を発しながらも、鋭い漆黒の刃先を柔らかく、しっかりと包み込み続けている。
「おお……!」
思わず感嘆の声をもらすリョウに、
「あのような苦し紛れの反撃など、全く恐るるに足りません!今や邪神の命は風前のともしび!我らの勝利は確定したも同然です!」
自信に満ちたリューノの声が、喜びを裏打ちする。
「そうであったな。私としたことがつい……」
気持ちを落ち着け、 今度こそ邪神の最期を見届けようとしたのだが……その間にも邪神の棘はどんどん切っ先を伸ばし、やがてある程度の長さに達すると枝分かれしてさらに伸び、また枝分かれしてさらに伸びて、とうとうハムンザの砦で最も高い尖塔をはるか下に見下ろすほどの高みにまで達した。
そこまで伸びたところで、細かく枝分かれした切っ先同士が互いに絡まり合い、かみ合い、結びつき合って、みるみるうちに精緻な編み細工のような構造を織りなしていく。
気がつけば、邪神の頭上に直径100メートルを優に超えるほどの威容を誇る「巨大な漆黒のスープ皿型の編み籠」が造り上げられていた。
それはまさにスープ皿よろしく、中心が平たく、縁がやや持ち上がった構造をしていた。ただ、スープ皿と違い、その中心の平面が少なく見積もっても直径60メートルほどもあり、そして、やや持ち上がった縁にも中心と同じような円形の構造物が都合8つ、中心を取り巻くように配置されていたのである。
できあがったその異様な構造物を目にして、リョウを眉をひそめた。
「あれはなんだ?ザドレアめは、一体なにを企んでいるというのだ?」
だが、それに答えるジューンとリューノの声は、あくまで落ち着き払っている。
「団長、心配無用です。何をしようと、今さら邪神になすすべはありませぬ」
「その通りです。よくご覧ください。あれほど引き延ばされているにもかかわらず、我らが障壁はびくともせず、ぴったりとあの不気味な物体にはりついております」
「どれだけ邪神が悪あがきをしようと、我らの勝利は動きませぬ。あの、ぴったりとはりついた障壁がある限り!」
勝利を確信した腹心の部下二人の声に、リョウ自身も不承不承うなずいた、その時。
突然、身体全体を激しく揺さぶるような衝撃が襲いかかり、三人を含むショターニキ魔法師団員は、全員が突風に吹き散らされる落ち葉のごとく、一瞬で後方に弾き飛ばされたのである。




