第2章 暗黒邪神ザドレア、危機一髪! 6-7
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「副長殿、そして団長殿。単なる一騎士の身分で僭越なことを申し上げ、まことに恐縮だが、どうかいつもの冷静さを取り戻していただきたい」
あくまで静かに、諭すように言葉を紡ぐジューンに対し、まず反応したのは、リューノであった。
「なにを言う、ジューン!私はいつもの通り、冷静だ!冷静に、ひたすら神に祈りを捧げていたとも!」
むきになって抗弁するその姿自体が、もはや冷静さを欠いているなによりの証拠なのだが、リューノにはもはや、その単純な事実さえも理解することができなくなっている。さりとて、今この場で「それだけいきり立っていることこそ、冷静でないなによりの証拠」と指摘したところで、ますます火に油を注ぐことになる。
そこで……ジューンはふと表情を和らげると、その頬に弱々しい笑顔を浮かべた。
「なあ……リューノ。お前は、怖くないか?」
「怖い……だと?なにを弱気な……」
「俺は、怖い。間もなく、試しの刻が訪れるのかと思うと、たまらなく怖いのだ」
「バカな!我らが偉大なる『シキタカーイ』の神々の威光にかかれば、汚らわしいザドレアなど、恐るるに……」
「そうではない。俺とて、『シキタカーイ』の神々、中でも『ワイカコイ』神のご威光と、その限りない慈悲の前では、ザドレアなど塵芥に等しいと重々分かっているさ」
「なんだ、それならば……」
「俺が怖いのは、その偉大なる『ワイカコイ』の御心にかなうよう、この俺自身がお仕えできているかどうか、ということだ」
「それは……」
「光り輝く月光を映すムンザ湖の水面のように澄み切った、この上なく滑らかな心で、『ワイカコイ』の慈悲を心底より実感し、あふれ出る喜びに突き動かされて賛美の心情一色に染まった心の全てを捧げ尽くす……それができてはじめて、『ワイカコイ』は、我らに大いなる福音を示され、偉大なるそのお力をお貸しくださる」
「心にただ一点でも曇りのある者に 神は決して福音をもたらすことなく、偽りの信仰心もて神をたたえる者は、その怒りにて討ち滅ぼされる……そうだったな。どうやら我らは、目下の敵の強大さにのみ目を奪われ、肝心なことを忘れていたようだ」
額を突きつけんばかりにして言い争っていたジューンとリューノにそっと近づくと、リョウ・ヘイズは、両腕を二人の肩にかけた。
「リョウ様」
「団長」
「ジューン。礼を言うぞ。敵を打ち破るより前に、『ワイカコイ』のご威光を体現し、大いなる喜びをもって、その神威をあまねく知らしめることこそ、我らの第一の務め。よくぞ、そのことを我らに思い出させてくれた」
「いえ、そんな、ただ私は……」
「分かっている。そなたのその師団への忠誠心、心より嬉しく思う。さ、リューノ。そしてジューンよ。今一度心を静め、改めて、『シキタカーイ』の神々へ祈りを捧げようではないか」
「は」
「ははっ!」
新たに生まれ変わったかのように落ち着いた心で、三人は深く頭を垂れた。
窓から美しい陽光が差し込む中、聖堂の中央にたたずみ祈る三人の姿は、まるで宗教画のように神々しく、美しく……この世のあらゆる美を体現しているかのようにさえ見える。それはまさに、神に愛でられ、祝福された光景であった。
が……その奇跡のような情景は、闖入した叫び声により、もろくも崩れ去った。
「団長!副長!た、た、大変です!邪神が!邪神が砦に!」
「慌てるな。我らが神々のご威光により、この砦は聖別されておる!邪神ごときの侵入を許すことなどない!」
「は!し、しかし!あ、あれをご覧ください!」
顔面蒼白の団員が指さした方――光がさんさんと差し込む窓へと目を向けると……。
なんの支えのない空中にべったりとはりついたカエルのような醜い格好で――砦を覆い尽くすように張り巡らされた結界にのしかかるようにして、その身を支えているのだ――窓の中央、陽光を黒々とさえぎり、かのまがまがしい鎧に身を包んだ邪神が、じっとこちらを見つめていたのである。
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「ほら、見えた!見えましたよ!あれが、『シューカイの砦』です!」
ヤムザがはしゃいだ声で指さしたその先を見ると、前方やや左手、山肌に沿って森が徐々に高まっていくその中腹に、無骨な茶褐色の建物が垣間見えた。
「あれ?へええ、すごいね、山の中の砦っていうから、もっとちっちゃいのかと思ったら、結構立派じゃん」
「それはそうでございますよ。我がウォマイラ帝国から聖トゥーハへ抜けるには、この峠道を越えるより他に道がありません。その街道の守りの要として、我らが総力を結集し建設しましたのが、あの砦なのですから!」
「へええええ。そんなにすごいものなんだ」
「ええ、そうなんでございます。両側の切り立った崖を利用し、街道全てを塞ぐように作られた巨大な門。分厚い樫の板を鉄板で束ねて作った頑丈な落とし扉は、火矢を射かけられようと、どれほど強力な破城槌でもって攻撃されようとも、びくともいたしません。万が一扉を突破されたとしても、その後に続く細道は曲がりくねり、騎士であっても、容易に駆け抜けることはできぬようになっております。高い壁に阻まれ、曲がり角で速度を落としたそこを狙って、建物の上方にしつらえた張り出しや狭間窓、要所要所に立てられたいくつもの塔から、一斉に攻撃を仕掛ければ、侵入者などひとたまりもありません。しかもその上、分厚い壁の奥にしつらえました倉庫には、砦を守る数百人が数年もの間暮らせるほどの物資を蓄えることができます。まさに、難攻不落の砦なんでございます!」
嬉しそうにぺらぺらとまくし立てるヤムザの話を、あたしはぶすっとした表情で聞いていた(朝から口にしたものといえば、水筒に入れてもってきた生ぬるい水だけで、いい加減お腹が空き、ちょと不機嫌になっていたのだ)。
「そうなんだ、すごい砦だね。にしても、なんだってあんた、そんなにあの砦に詳しいの?」
と、ヤムザは「よくぞ聞いてくれました」とばかり、ぐっと胸をはった。
「それはですね、あの砦を設計し、建設の指揮をとったのが、他ならぬこの私、暗黒司祭長ヤムザだからです!」
「え、なに、あれあんたが作ったの?」
「ええ、そうなんでございます!我らがウォマイラ帝国建国間もないころ、ザドレア様のご威光により手に入った広大な領土を守るため、国境に防壁や数多くの砦を築いたのでございますが、その総責任者として指揮をとったのが、この私なのでございます!」
どうです、たいしたものだと思いませんか、さあ、存分に褒めてくれて構わないんですよ、といわんばかりの顔をするヤムザのブサイク顔が、なんだかものすごくムカついて、あたしは思わず、口をへの字に曲げ、思い切り意地悪な顔になっていた。
「へええ、そうなんだ。すごいじゃん」
「いや、そんなすごいだなんて、それもこれも全てはザドレア様の……」
「んで、そんだけ頑張って作った砦を奪われて、今ひどい目にあってるんだ」
そう言った途端、それまで万年の笑顔だったヤムザが、いかにもやるせない、げんなりした表情になった。
「仕方ないんですよ。ショターニキ魔法師団の連中、信じられないぐらい汚い手を使って、ある日突然侵攻してきたんですから」
「汚いって?」
「連中とはきちんと不戦条約を結び、数百年間平和に暮らしてたんです。連中の信じる宗教の経典に、『たとえどれほど愚かで劣った存在であっても、きちんと教え導き、正当に扱うのが神の道である』って一節がありまして、連中はすっごい信心深いんで、まんまとそれにだまされ……あ、いえ、教典の指し示すとおり、いやいやながらも我らと対等につきあってたんです。交易も盛んだったし、互いの文化を学ぶために、毎年数十人の子供たちを交換留学のかたちで互いの学校に招待し、半年から一年間をともに過ごす、なんていうことまで行っていて」
「え、なんだ、結構仲良かったんじゃん」
「そうなんですよ!それが数十年前から、オジ教団の原理主義者が入り込みまして。『ウォマイラは害虫同然である以上、奴らへの正当な扱いとは、一匹残らず抹殺することである』とか、でかい声で叫ぶようになりまして。ショターニキの気のいい国民たちが、そのせいですっかり洗脳されちゃったんです」
「へえ。そのオジ教団の方々、アンタたちのこと、正確に理解してんじゃん」
「ちょっ、ザドレア様!」
「あ、いやいや、まあそれはおいといてさ。それで?」
ヤムザはしれっとごまかしたあたしの顔を、しばらく不満げに見つめていたが、やがて諦めたように先を続けた。
「奴ら、ある年、自分たちが送り込んだ交換留学生を「急な用事」とかで呼び戻すやいなや、まだ連中の国にいたウォマイラの子供をいきなり監禁し、子供たちの命が惜しければ砦の跳ね橋を下げろと」
「え、マジで!」
「そうなんですよ!」
「なんて超クールで冷酷無比な戦略!その冷たさにゾクゾクきちゃう!」
「……同じことを私たちがやったとしたら?」
「ドきたねえ真似しやがって!ふざけんじゃねえぞ、このヒトモドキどもが!」
「それ絶対差別じゃないですか!」
「仕方ないでしょ!イケメン様はなにしても許されるの!あたしの心のルールブックにそう書いてあるの!」
「ひでえ……なんなんです、そのクソルール……」
「それにさ、アンタたちもアンタたちだよ。いくら子供の命を助けるためっていったって、守りの要の砦の跳ね橋下ろしちゃまずいでしょ。そこは、子供がどんな目にあわされようと、じっと我慢しないと」
「奴らに捕らえられた子供たちの半数は、砦を守る者たちの子息だったんです。それを知ってて奴ら、砦からよく見える場所で、子供たちを一人ずつ磔にし、拷問をはじめたんです」
「えっ!」
「手足の爪を1枚ずつはぎ取り、赤く焼けた焼き印を胸に押し当て、太ももに釘を打ち込んで……そのたび、痛みに耐えかねた子供の泣き叫ぶ声が砦に反響して……とうとう絶えきれなくなった衛兵の一人、今まさに拷問を加えられている子供の親であった者が、跳ね橋を下げ、子供を救いに走り出てしまったんです」
「鬼畜!イケメンだけに許される鬼畜で冷血な所業!ああ、あのイケメン様たちが冷たい目つきでこちらを見ながら、優美なその指で拷問を!あああああ、目つきだけでいっちゃう!子宮に響く!」
「……同じことをもし私たちがやったら?」
「ゴブリンオーガの分際でクソ汚え計略なんか使いやがって!見てろ、お前らのような害虫は絶対根絶やしにしてやるからな!」
「このクソ暗黒邪神!」
「そもそも暗黒邪神なんだから、クソで当然なんじゃないの?それを今さら言われたって」
「え?いやあの、え?まあ確かに暗黒の邪神ですから、邪悪で凶悪、その考えはよこしまでえげつなくて当然なのかもしれないですけど、え?あれ、じゃあ、一体なんでそんなクソな神様を、私たちはあがめ奉っているんでしょう?」
「知らないよ、そんなことあたしに言われたって」
「あれ、おかしいな……」
しきりに首をひねりつつ、ヤムザは困った顔でゆっくり歩き続ける。あたしはというと、珍しくヤムザを言い負かした喜びで――なんだかその分、自分の価値を暴落させてしまったような気もするけど――足取りも軽く、くねくねと曲がりくねった道を上っていく。
やがて、樹間にちらちらと尖塔の屋根だけが見えていた『シューカイの砦』――今はショターニキ連合国に占領され、『ハムンザの砦』と呼ばれているらしい。こっちの呼び名の方が、断然あたし好みなんだけど、そっちで呼ぶと、ウォマイラの奴らがみんな揃ってヒイヒイ泣くんだよね――が、『バアアアア~~~ン!』とかいう感じの効果音付きでそそり立っているのが見て取れるところまでたどり着いた。
何の気なしに、その砦を見上げたその時。頭のてっぺんからつま先まで、雷に打たれたかのような衝撃が走り、あたしは、思わず背筋をぴいんと伸ばして、はっと立ちすくんだ。
見上げるように高い尖塔の頂上近くに小さく開いた窓の向こうで、無駄な肉など一片もないほどに鍛え上げた身体にきらびやかな法衣を身につけ、豊かな漆黒の髪を額に垂らし、いかにも「武人」という厳しい雰囲気をたたえた、遠目にもものっそいイケメンと分かるお姿がちらりとお動きになったのが、目に映ったのである(その小窓まで優に数百メートルはあったと思うけど、あたしの目は相手がイケメンの時だけ視力が爆上がりし、その程度の距離なら問題なく、ご造作の隅々まで見て取ることができるのだ)。
「今!いた!あそこ!ほら!イケメン!イケメンだ!イケメンいた!」
目を見開き、腕をぶんぶん振り回しながら、かなり言語崩壊気味に叫び回るあたしを、ヤムザはあきれた目で見ながら、いかにもしぶしぶ、といった感じで、あたしの指さす方に目線を向ける。
「ああ、はい。いましたか。そりゃいるでしょうね。今、あの砦はショターニキ魔法師団の根城になっているはずですから。我らが帝都ブサの攻略戦の時にも、先陣を切って乗り込んできた奴らの一人、ショターニキ魔法師団団長にしてこの国の指導者を務める、傲慢で冷酷無比なリョウ・ヘイズとその一味がいるはずです」
その言葉に、あたしの大脳の記憶中枢が即座に反応し、ブサ攻防戦の時にあたしの目の前に顕現なされた四人の尊いお姿を、正確に再現した(眼球同様あたしの脳細胞も、ことイケメン関連に限り、常人を遙かに超えた能力を発揮するのだ)。
深く穏やかな瞳の奥に深い叡智をたたえ、高い頬骨にしたたるような色気を漂わせておられた、やや年かさのイケメン様。
やや幼さを残しながらも強い意志を宿した大きなひとみと、完璧な色艶形を誇る唇をなさった、素直で真面目で明朗な爽やかさをこれでもかと発散させておられたイケメン様。
やや浅黒い肌に栗色の長髪がよく似合っておられた、切れ長の目と皮肉な笑みがキュンキュンするイケメン様。
そして、生真面目そうな険しい目と峻険な巌にも似た厳しさを感じさせるあごの線が特徴の、非の打ちようがないご尊顔をなさっているイケメン様……。
そうだ、確かにあの、一番厳しい雰囲気を放っていらっしゃったイケメン様だ!そうか、あの方、リョウ・ヘイズ様っていうんだ……!
興奮が頂点へと達したあたしは、鼻の穴からふんがふんがと荒い息を吐き出しながら、思わずヤムザの胸ぐらをつかみ、
「ね、どうしよ!あのイケメンだよ!ね、イケメンだって!」
そう言いながら、一秒間に5往復するほどの猛スピードで、がくがくとメガネ不細工を揺すりたてていた。
「ふおおおおおおおっ!ザドレア様!お、おやめください!ひいいいいいいいっ!」
あたしの突然の乱心に驚いたのか、後ろを歩いていたイナーチャとズィーロも、慌てて駆け寄ってくる。
「ど、どうなさいましたザドレア様!」
「いけません、ヤムザが死んでしまいます!」
「ザドレア様!お気を確かに!」
気を確かにっていわれても、今の今まで10日以上も人間離れしたブサイクばかり見てなきゃいけない羽目になり、いい加減いらついていたところにご出現なさったイケメン様なのだ。絶食が続いた後、久々のエサを見つけた犬猫と同じく、大騒ぎしない方がどうかしてる。
ひとしきりヤムザを揺すり立てた後にポイ捨てすると、あたしは、落ち着かない気持ちのままに旋風を巻き起こしながらきょろきょろ首を振り、地響きを立てながらそわそわあちこち歩き回った。
「あ、危ない!衝撃波が!ザドレア様、おやめください!」
「あ、足下が崩れる!ザドレア様、どうかお慈悲を!」
ウォマイラどもの悲鳴など全く耳に入らないまま、ひとしきりどかどかと歩き回った末、そうだ、ひょっとしたら、また窓越しに尊いお姿を垣間見られるかも、とはるか遠くの窓に目をこらしたのだが……クソ残念なことに、イケメン様は、ちらりともそのご尊容をお見せになりやがらない。
なんだよ、ケチケチしてんじゃねえよ!減るもんじゃなし、とっくりとそのツラ拝ませろよ!
ついつい乱暴なことを考えてしまうぐらいにまでイライラが募っていたあたしは、我慢できず、とうとうこう叫んでいた。
「ああ、もう!こっからじゃちっとも見えないじゃん!あたし、ちょっと行ってくるから!」
すると、ブサイクトリオは三人揃って、皿のように目を丸くし、揃って両手を突き出した。
「行くとは、ど、どちらへ!?」
「ま、まさか、お一人で砦においでになるとか!?」
「お、おやめください!危険でございます!」
けれど、言うまでもなく、極限まで高まったイケメン欲の前では、多少の危険なんかものの数にも入らない。
あたしは、ズィーロたちが口口に叫び、ひざまずいて懇願するのを完無視し、
鎧、行くよ!
心の中でそう念じ、砦の尖塔のてっぺんにある窓のみをぐっとにらみ据えると、思い切り跳躍した。
途端に周囲の空気が突風となり、眼下の森がめまぐるしい速度で背後に流れ去ったかと思うと、針穴のようだった尖塔の窓がみるみるうちにその大きさを増して……あたしは、なにか透明な、柔らかいものの上にべちゃっとはりつくように着地――着空?――したのだった。




