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イケメンパラダイスへ召喚されたけど、あたしは暗黒邪神でした  作者: 柴野独楽


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第5章 さらば暗黒邪神ザドレア! 8

     8

 うっとりとした気分の中、あたしは体になにかあたたかいものが注がれていくのを感じていた。

 そして、心臓を刺し貫いていたはずの漆黒の直剣もいつの間にか消え去り、その代わり、羽毛のように柔らかく優しい何かがそっと傷口をなでてくれているかのような、そんな感触がしっかりと伝わってくる。

 やあん。イケメン様の指に大事なところをくすぐられてるみたい……。

 にへにへと鼻の下を伸ばしてうっとり笑っていると、くすぐったさの中心は少しずつ移動し、それと共に、どんどん気持ちも身体も楽になっていく。

 やがて、唐突にくすぐったさが消えると共に、あたしの「大事なところ」――心臓は、再び力強く鼓動しはじめた。

 同時に、意識がすっきりしゃっきりと澄んでいき、気がつけば、あたしは生まれ変わったような晴れ晴れとした気持ちで、真っ白な霧の中に立っていた。

「気分はどうっすか?」

 そこへ、タイミングよく鎧の精霊がにこにこ笑いながら問いかけてくる。

「うん、すごくすっきりしてる」

「どこか痛いとか、しんどいとか、つらいとかないすか?」

「どこもないよ。逆に、なんか今までより調子いい感じ。今すぐうおーとか叫びながら全力疾走しても大丈夫!」

「それはよかったっす!」

鎧の精はそう言うと、再びにっこりと笑い、それからその笑顔をかき消すと、無機的な声へと戻る。

「使用者様の生命活動復旧に成功いたしました。最優先指令『タシサエタ・スカリャ・ホカド・デモイーワ』実行終了。当防御装甲の優先使用権及び命令権、並びに当世界の管理権を、使用者様に返還いたします」

声がそう告げると同時に、目の前にいた女子中学生はふっと消失し、周囲を包み込んでいた白い霧のようなものも一斉に晴れて、あたりの様子が目に見えるようになる。

 そうだ、ケント様は?リオ様やショー様たちは?

 生き返った途端、あたしは自分の命の次に大事な存在の安否を確認しようと、先ほどまで周囲にはべっていたイケメン様たちのお姿を、きょろきょろと探す(生まれ変わっても、性癖までは代わらないようだ)。

 が……どこを見ても、あのすべすべの肌としなやかな筋肉、ぷりっとしたお尻、そしてこの上なく美しいご尊顔をお持ちになった至高の存在は見当たらない。

 その代わり、周囲の草むらには、カエルの眷属かよと思ってしまうぐらい緑色の肌をした、短足胴長、ぶよぶよして気持ち悪い体つきのなにかが、きったねえケツをむき出しにした情けない姿で累々と転がっている。

 なんだか、ものすごく悪い予感がした。

 そこへ、

「終わったようですな」

と、背後からもったいぶった声。

 振り向くと、そこにはズィーロ、ヤムザ、イナーチャを先頭に、ウォマイラの主だった神官、女官たちが整然と立ち並んでいた。

「……アンタたち、またどっかに隠れて、一部始終見てただろ」

あたしが剣呑な声を出すと、途端に三人の顔に動揺が走った。

「な、なんのことでしょうか」

「なにをおっしゃっているのか、さっぱり」

「な、なにか思い違いをなさっているのでは……」

 思い切りあせった調子で口々に話す三人に向かって、あたしはきりきりと目をつり上げた。

「ふっざけんなよ!なんで助けねえんだよ!あやうく死ぬところだったんだぞ!」

「いや、しかし、そう言われましても……」

「剣が刺さる直前まで、ものすご喜んでましたやん」

「そうですよ、あの時邪魔してたら、絶対私たち、殺されてましたって」

「うん、それはその通り。殺してたと思う」

「でしょ?だから……」

「それでもなんとかしてあたしを助けるのが、しもべってもんじゃろがい!」

「そんな!殺される邪魔をせずに殺されないよう助けろっていうんですか!?」

「そうだよ!」

「いつもながら、ムチャクチャですがな」

「あっ、あっ、なんだよ、神に向かってその言い草は!てめえ、やっぱり天罰当ててやる!そこに直れ!」

「ちょっと、やめてくださいって!」

「きゃー、チカン!」

などといつものようにじゃれ合い、鬼ごっこを繰り広げているところへ、

「ヤムザざま゛あ゛~!ザドレアざま゛~!」

 草原の彼方から、鼻にかかった薄汚いダミ声が響いてきた。

 見ると、誰かが太陽を背に、こちらに向かって必死に走ってくる。

 近づいたところで目を凝らすと、それは、やはり緑色の肌をして短足胴長小太り――大太りの、ウォマイラ娘だった。

「ヤムザざま゛!ザドレアざま゛!」

 見たことない顔なのにやけになれなれしいその態度に首をかしげていると、娘は満面の笑みを浮かべる。

「あ゛だじでず!ハジカ――オーユでず!」

「え!?」

 あたしとヤムザは、二人揃って素っ頓狂な声を上げた。

「ど、どうしたの、その……いかにもウォマイラ娘っぽい姿は?」

「地゛面゛がら現゛れ゛だ黒゛い触゛手゛に刺゛ざれ゛だらごう゛な゛っだんでず!」

 あたしの問いかけに答えると、オーユはうれしそうに胸の前で両手を組んだ。

「あ゛だじは、お互゛い゛に゛惹がれあ゛っで結゛婚゛じだ両゛親゛を素゛敵゛だど思゛っでまず!尊゛敬゛もじでい゛ま゛ず!でも゛、ぞれ゛でも、がげびなだにい゛ろい゛ろ言゛わ゛れ゛る゛の゛は、や゛っばり゛づらがっだ。でも゛、ぞんな゛日゛々゛はも゛う゛ごれで終゛わ゛り゛でず!ごれ゛がら゛はな゛んの゛引゛げ目゛も゛感゛じるごどなぐ生゛ぎでい゛げま゛ず!ごの゛子゛に゛も、辛゛い゛思゛い゛をざぜずに済゛み゛ま゛ず……」

 この上なく幸福そうに微笑みながらお腹を優しくなでるオーユ。その彼女に向かって、ヤムザがあからさまにテンションの低い、こわばった笑顔を向けた。

「そっか、うん、よかったね、本当に」

 その反応に、あたしは眉をひそめた。

「ヤムザ。アンタ、なんかがっかりしてない?」

「そ、そんなことありませんよ!」

「本当は、元のハシカの方が好きだったとか?」

「ば、バカ言わないでくださいよ!オーユが、私の妻がようやく人並みの幸せをつかもうとしてるんです!夫として、それを喜ばないはずがないでしょう!」

「それにしちゃ、浮かない顔してない?」

「してませんよ!あんまり突然だったんで、びっくりしてるだけです!それだけですよ……」

「いや、ほら、がっくりしてるじゃん!アンタやっぱり、あたしと同じメンクイなんだ!奥さんがこうなって、ものすごへこんでるでしょ!」

「いや、そうじゃありませんって!そりゃ、幼いころから見てたハシカじゃなくなったのはちょっとアレですけど……」

「ぞう゛な゛んでずが?」

 切羽詰まった声に振り向くと、オーユが今にも消え入りそうな顔で、じっとこちらを見つめている。

「そんなことないって!あなたのコンプレックスがなくなったこと、私が喜ばないはずないじゃないですか!もう、あなたがその心根と同じく紛う方なきウォマイラの女性の姿となったこと、これを喜ばずして、なにを喜ぶって言うんです!」

「でも゛、ザドレ゛ア゛様゛が……」

「アレはザドレア様の勘違い!あなたの生まれ変わった姿に感動し、思わず見とれてしまっていたのを、変に深読みしやがったんですって!ほら、あの方はアレだから、考えなしにそういうことしちゃうんですよ!」

「ぞう゛な゛んでずが?」

「そう!あの方の言うことなんか信じちゃダメ!私の愛は間違いなく、今までよりもより強く、まっすぐあなたに向かってます!」

「よ゛がっだ……」

 オーユがほっとした表情になったところで、ヤムザもほっとしたのか、力強く何度もうなずく。

 そこを見計らって、

「どうだかね。オトコの愛情なんて、なにがきっかけで薄れるか分かったもんじゃ……むがもがんが」

 「アレ」扱いされた腹立たしさもあって、嫌みったらしい口調でそこまで言ってやったところで、血相変えて走り寄ったヤムザに、思い切り口を塞がれた。

「お願いですから、私の家庭をぶち壊すようなこと言うのはやめてください、ザドレア様!せっかくこれから人生で一番幸せな時期を迎えるってのに、我が子の顔を見ることもできずに離婚なんてなったら、どう責任取ってくれるんですか!」

 泣きそうな声でささやくヤムザがさすがにちょっと気の毒になり、私は口をへの字に曲げ、不承不承うなずく。

「分かったよ。もう言わないって」

「お願いしますよ!これで私の幸福な家庭にヒビが入ったりしたら、一生涯恨みますからね!」

「はい、はい。でもお、おもしろかったしい、アンタってナマイキだからあ、その態度のままだと、ひょっとするとまた口がすべっちゃうかもお……」

「だから、やめてくださいって!しかもなんで、こんな時だけバカなギャル風言葉使いになるんですか!」

なんて、再びバカなやりとりをしているうちに、累々と地面に横たわっていた緑色の「なにか」が、ぴく、と体を動かしたかと思うと、もぞり、もぞりと身じろぎし、ゆっくりと身体を起こしていく。

「ああ、頭がくらくらする……一体なにがどうなったというのだ……」

「皆、無事か?一体なにが起こったか、分かるものはいるか?」

「ザドレアの触手に襲いかかられたところまでは覚えているのですが……」

 ようやく皆立ち上がり、頭をふりふり、うっすら目を開ける。

 たちまち、驚愕の声が湧き上がった。

「リオ!ショー!そなたたち、その姿はどうした!」

「ケント様こそ、どうなさったのです!」

「おいたわしや、変わり果てた姿となり果てられて……」

「なんだと!?」

「一体我らは……」

 そこでようやく彼らは自らの身体を見下ろし、なにが起こったのかを理解したらしい。

「こ……これは!」

「ウォマイラではないか……汚らわしいウォマイラではないか!」

「我らは……我らはウォマイラに変化してしまったというのか……!」

「そんな!」

 その間あたしは、せっかく手に入れた宝物があっという間にウ○コに変わってしまった人の顔で、じっとヤツらを見つめていた。

 イケメン様が……おふんどし姿もりりしいイケメン様の群れが、きったねえ布きれをケツに巻いた腹の突き出た緑のデブサイクになっちゃった……うわああ、もったいねええ、でもって、きったねええ、目が腐る、おええええ……。

 見つめているうち、本当にだんだん気分が悪くなって、思わずあたしは腹を押さえ、「うえええ……」とえずいてしまう。その声を聞きつけたのか、なりたてブサイクたちが一斉にこちらを見た。

「ザドレア!我らに何をした!」

「今すぐ我らを元の姿に戻せ!」

 言うが早いか、足もとに落ちていた得物をそれぞれ拾い上げ、皆一斉に襲いかかってくる。

 と、あたしの目の前にズィーロをはじめとした神官たちが素早く立ち並んだかと思うと、いつの間にか手にしていた木製の武器を無造作に構えた。

 お、おい、やべえって!ついさっきまでイケメン騎士としてブイブイいわせていたヤツらだぞ!アンタたちは逃げるか隠れるかしか能のない、弱っちいヤツらじゃん!

 あたしが前に出て護ってやんなきゃいけないのかな、ブサイク同士のケンカの加勢なんて、ものすごく気がすすまないけど……なんて思ったその時、あり得ないことが起こった。

 あたしとおんなじに思ったのか、ナメた顔で斬りかかってきたなりたてブサイク――新ブサの一人を、対峙していた神官が顔色一つ変えず、あざやかな剣技でいなしたばかりか、相手の手にした剣まで打ち落としたのである。

 新ブサたちの顔色が変わった。

「皆、油断するな!ヤツら、ウォマイラのくせに剣技を心得ているぞ!」

 表情を引き締め、手にした得物をしっかりと握り直して、皆一斉に打ちかかる。

 が、神官たちは顔色一つ変えず、それらの攻撃をやすやすと受け止め、かわし、打ち返すと、長年の修練だけが可能にする、流れるような動きでもってあっという間に新人――いや、あり得ないほどのブサイクだから「新人」じゃなくて「新人外」か――を無力化していったのである。

「ど、どうしたことだ!?相手はウォマイラだというのに!」

 いや、今はお前らもお仲間だけどな。

「修練を重ねた我らが、赤子扱いだと!?バカな!」

「何かの間違いだ、こんなこと、あるはずが……」

 と、そこで両手で構えていた棒きれを無造作に振り下ろすと、ズィーロがむっつりとした表情で口を開いた。

「無駄だ。我らは皆、この世界で古来より続く古武術の流派「神道残念無念流」を極めておる。たかが10年ほどの修練しか積んでおらぬそなたたちなど、敵ではない」

 いきなり剣豪風の雰囲気を漂わせはじめた神官たち――旧ブサに対し、新ブサどもはなおも険しい表情ながら、完全に気圧されはじめている。

「こ、これは、何かの間違いだ!我らがウォマイラになど負けるはずがない!負けるはずがないのだぁっ!」

 明らかに格下のやられ役そのものといったセリフを吐いた後で、新ブサたちはこぶしを振りかざし、雄叫びを上げて襲いかかる。が、得物をもっていてすらかなわない相手を、素手でどうにかできるわけもない。皆、旧ブサたちに散々打ち据えられ、次々に倒れていく。

 やがて、新ブサたちは皆打ち伏せられ、動くこともできずにうめき声を上げるだけとなった(ああ、見苦しい争いだった)。

 そこでようやく神官たちは、緊張を解く。

「骨身にしみて分かったであろう。これが、そなたたちと我らとの――ケメンとウォマイラの実力の違いだ」

「ウソだ!貴様らは、我らが攻勢に算を乱して逃げ出していたではないか!貴様らは我らをこの姿にすることで力を奪い、弱体化させたのだ!」

「ほう。では尋ねよう。そなたたち、先ほどの立ち合いで、普段よりも得物が軽いと感じてはおらぬか?身体の切れがよく、素早く動けるとは思わなんだか?」

「それは……」

「確かに……」

 聖トゥーハ王国でも随一の槍と剣の使い手であるリオとショー――であったクリーチャーたち――が不承不承認めたところで、一同は居心地悪く静まりかえる。

 そこへ、元ケント王であったブサイクが叫んだ。

「ならば、なぜ貴様たちは、我らが攻勢に対し、一切抵抗しようとせず、算を乱してただ逃げ回るだけであったのだ?それだけの実力を備えているのであれば、我らをたたきのめし、撃退すればよかったではないか!」

 この言葉を耳にして、ズィーロは深くうなずいた。

「もっともな疑問だ。なぜ我らはそなたたちに対し一切抵抗を試みなかったのか。それは、抵抗が根本的解決にはならぬと分かっていたからなのだ」

「根本的解決?」

「さよう。今のように、そなたたちをたたきのめし、打ち倒して撃退することは、我らにとって赤子の手をひねるより簡単なこと。だが、それでどうなる?そなたたちケメンは、我らウォマイラを侮り、毛嫌いし、下等であると決めつけておった。その我らに敗北を喫したところで、決して実力差を認めず、かえって激昂し、再び攻勢に及ぶことは、火を見るよりも明らか。これを防ごうと思えば、そなたたちの命を奪うよりほかない。だが……我らウォマイラは本質的に平和主義者でな。たとえ我らを仇敵と見なし、憎み恨む者であっても、その命を奪うのは忍びなかったのだ」

「なにを言うか!武運つたなく敗北の憂き目を見たならば、おめおめ生き延び恥をさらすより、その場での死を選ぶのが武人の誉れではないか!」

「そして、その死した戦士の家族は敵を深く恨み、仇を取らんと、いつか必ずまた戦を起こす。誉れを重んじ、自らの武力を恃み、誇示することこそ生きがいと考えるそなたたちは、それ故我らを打ちのめそうするばかりでなく、国同士、仲間同士で相争い、そのたび命を散らしていく。民は疲弊し、それでもなお相手を憎み、憎しみはさらなる憎しみを生んで、いつか最後の一人になるまで、未来永劫諍いが続く。楽しみのない、修羅の道をひたすら歩まんとするそなたたちを見るたび、我らは心を痛めておった。互いに許し合い、肩を並べ、ともに土を耕し作物を育てる喜びを、そなたたちにも味わってもらいたかった。しかし、いくら言葉を尽くし、心底からわき出る真情を説いたところで、そなたたちが耳を貸すとは思えぬ。そこで、我らは憎しみの種を育てることをやめ、峻厳にして苛烈、横暴で壮絶な力をもちながら、内に無限の慈愛を秘めた神、暗黒邪神ザドレア様におすがりすることにしたのだ」

「では……貴様たちは、我らを救うためにザドレアを呼び出したと?」

「まさにその通り。偉大なるザドレア様は、何人たりとも抗し得ぬ絶大なる力をふるう、暴虐なるお方。しかしながら、その力による死を賜る者はおらぬ。そればかりか、打ちのめされ、たたきのめされた者たちに、改悛の機会すらお与えくださる。よいか、聞くのだ。そなたたちの今のその姿は、ザドレア様の慈愛の現れ。これは、天罰ではない。そなたたちへの祝福なのだ!」

 え、そうなの?そんなこと、全く考えてなかったし、むしろブサメンになるくらいならお美しいまま死んでほしかったんだけど、とあたしは思わず眉をひそめた。

 同じ困惑を感じたのは、あたしだけではなかったようで、新ブサたちも皆、半信半疑――というより九割方疑念に凝り固まった目で、うさんくさそうにズィーロをはじめとした神官たちをにらみつけている。

 そこへ。

「詭弁を申すな!ザドレアに愛などない!あるのはどこまでも残忍で冷徹な破壊の衝動だけだ!」

 新人たちの群れの奥から、轟くような叫び声が響いた。

 皆が一斉にそちらへと目を向ける中、立ち並ぶ者たちを押しのけるようにして、一人の年かさらしき新ブサが、ずい、と皆の前に現れる。

 怒りと憎しみで黄色く光る目でもってズィーロをぎっとにらみつけつつ、その男は右手の人差し指を思い切りつきつけた。

「死を賜ることがない、だと?ふざけるな!私は確かに見た!500年前のあの日、突如来襲したザドレアめの手により、我が師と兄弟子があえなく散ったことを!あの日以来、私は誓ったのだ!師と兄弟子の仇は、私が必ず晴らすと!そのために500年もの間ずっと、策を練り、人を操り、戦を起こしてきたのだ!今回はあえなく散ったが、見ておれ!たとえどのような姿に変わろうとも、どれほど時間がかかろうとも、必ずや我が一念でもって、打倒ウォマイラ、打倒ザドレアを果たしてみせる!」

鬼気迫る勢いでそう叫んだ後、旧アベーロ師は大きく肩を前後させながら、なおも剣呑な目つきで立ち並ぶ神官を、そしてその横に立つ鎧を着たあたしをにらみつけた。

 いやアンタ、打倒ザドレアはともかく、打倒ウォマイラって。そんじゃまず、自分自身を打ち倒さなけりゃならないじゃん。いや、それにしても、ブサメンがイケメンぶってタンカ切るのって、なんで見ててこんなに恥ずかしいんだろう……。

 困惑気味の顔で相手を見返していると、あたしがビビってないことに気づいたのか、アベーロ師はむっとしたように目をそらし、今度はズィーロの方へ視線を飛ばす。

 その当の本人ズィーロは、しばらくの間なにも言わず、哀れみと慈愛の入り混じった複雑な目つきでじっとアベーロ師を見つめた後、ふっと身体の力を抜き、ささやいた。

「アベーロよ。久しいの」

 途端に、アベーロ師の表情が、愕然としたものになった。

「その口調、その慈愛あふれる声音……まさか、まさかあなた様は……」

その言葉に、ズィーロはゆっくりうなずくと、不意に遠い目になった。

「そなたと別れた――というか、我らを後に残し、そなたがすたこらと教団本部から逃げ出した――あの日。我らは他の神官たちとともに、長年培ってきた秘術でもって対抗しようと、迫り来るザドレア様に対峙した。が……そのお姿を目にしたと思った刹那、たちまち我らの意識は奪われ、その場に倒れ伏し……気がつけばこの姿となって、人気のない山中に放り出されていたのだ」

「なんと!」

「我らも今のそなたたちと同じく、しばらくの間惑乱し、泣き叫び、このような姿で生き恥をさらすことになったことを深く恨んだ。だが……しばらく経った後、ふと気づいたのだ。ケメンの姿であった時には、どれほど希求しても得られなかった平安が、我が心に根づいていることにな」

「……そんな……いやでも、確かに……」

「今ならそなたも分かるであろう。平安と慈愛とほのかな喜びが、心に兆しはじめていることを。アベーロよ、これは祝福なのだ」

「祝……福……おお……」

「ケメンの姿でおるうちは、さまざまな欲望と雑念に、目が曇らされておるでな、気づくべきことにも気がつくことができぬ。この姿になってはじめて、多くのことに気がつくようになるのじゃよ」

「確かに……これは祝福!そして、やはりあなたは、我が偉大なる師、ケイン・ワート様!姿形が変わられているとはいえ、なぜ今まで気がつかなかったのでしょう……」

 信じられない、といわんばかりにかぶりを振りながら、おずおずと両手を差し出す。

「生きていらっしゃるなら、なぜ、なぜそうとお教えくださらなかったのですか!」

と心の底から湧き上がったかのようなアベーロ師の叫び声に答えたのは、ずい、とズィーロの右脇に進み出たヤムザだった。

「それを伝えたとて、生真面目であるが一本気で、一度こうと信じたことは容易に改めようとせぬそなたが、果たして信じたであろうか?何らかの目的のために我らウォマイラが虚言を弄していると決めつけ、ますますその怒りと憎しみをつのらせたのではないかな?」

「あ、あなたは、我が敬愛する兄弟子、マーシア・フクーヤ様!」

 さらに、ズィーロの左脇に、ずい、と足を進めたイナーチャが、沈痛な表情を浮かべる。

「我らがあえなく命を落としたと思い込めば、一本気で頑固なそなたのこと、必ずや打倒ウォマイラ、打倒ザドレアを目標に動き出すと思っていた。そのための役に立ちそうな説得術や人心掌握術、空間転移、そして、ザドレア様を誘惑したり打倒したりに役立ちそうな方法は、そなたに預けた我が魔法書を、つどつど得意の空間転移魔法で手元に引き寄せ、書き込んだ後に、またそなたの元へと返し送ったのだ。思惑通り、そなたはそれらを十全に利用し、500年前以上に強力な連合軍を編んでくれた」

「ユート・タクノー様!道理で、我が手にあるかの魔術書、どんどん分厚く、内容豊かになっていったわけです!あれはてっきり、我が成長に合わせて新たな術が習得できるようになっているとばかり……」

 自ら信じて行っていた「義挙」の全てが、三人の手のひらで踊らされていただけに過ぎなかったと悟り、げんなりとした顔になるアベーロ師。その彼に、三人は優しく笑いかけた。

「そう情けない顔をするでない。そなたが本気で打倒ザドレア様を目指し、奮闘したからこそ、今日のこの喜ばしい結果があったのじゃ」

「どれほどの苦労をしてきたことか、それは我らがこの目でしかと見届けた」

「アベーロよ。長い間、本当に苦労をかけた。よくぞ今まで心折れることなく、一人で走ってきた。なかなかできることではないぞ」

「ケイン師!マーシャ様!ユート様!」

 敬愛してやまぬ三人から真情にあふれた言葉をかけられ、アベーロ師は感極まったのか、目にうっすらと涙を浮かべる。

 その姿を目にして、ズィーロは再び、いかめしい顔だちとなった。

「アベーロよ。そなたの長きに及ぶ功績をたたえ、新たな名を授けん。これより先、そなたは「逃げ足速く、長きにわたり空回りし続けた男」――ツヨポ・デネーホノ・サナーギと名乗るがよい」

 それを聞いて、アベーロ師は再びスンとした表情となった。

「師よ。なんだかあんまりうれしくないのですが」

「なんと、不満か?ならば「思い込み激しきがゆえ、空回りし続けた男」――モトスマ・デネーホノ・サナーギではどうかな?」

「あ、いや、それならもういいです、あの、最初の方で、はい」

 抵抗したところで無駄だと悟ったのか、アベーロ師改めサナーギがやや投げやりにそうつぶやくと、ズィーロは満面の笑みとなった。

「うむ。納得してくれたようでなにより。ケメンの地各地の同胞たちからの意識同調通信によれば、ザドレア様の慈愛は既にケメンの地全てを覆いつくし、敵であった者たちは一人残らず我らの同胞と化した。この先我らには、自らに降りかかった未曾有の出来事に取り乱し、自暴自棄となって騒動を巻き起こすであろう群衆を静め、来たるべき平穏な時代へ導く大仕事が待っている。どうかそなたも、我らに力を貸してはくねぬか」

「骨惜しみせずに働くそなたのようなものが、我らには必要なのだ」

「ともに、新しき時代の扉を開こうぞ」

 ズィーロに続き、ヤムザとイナーチャもクソ真面目な顔で神妙に言葉を発すると、アベーロ師の涙腺は、とうとう崩壊した。

「師よ……兄よ……ええ、もちろん、喜んで!」

そう叫ぶと、アベーロは師の前に跪き、深く頭を垂れたのである。


 自分たちの心の支柱ともいうべき偉大な存在が、敵であったはずの者たちに従容と屈した姿を目にしてもなお、新ブサどもは今だケメンであったころの矜持を捨てきれぬのか、ざわめき、惑っていた。

 そこへ。

「新たなる同胞たちよ、今またここに告げよう。そなたたちが旧来の殻を脱ぎ捨て、新たなる姿に生まれ変わったこと、これは、ザドレア様の祝福である!」

 皆に向き直ったズィーロが、両手を振り上げ、再び厳かに宣言する。

 だが、以前とは似ても似つかぬ姿に変化させられた聴衆たちが、そうそう納得するはずもない。

「いや……しかし……」

 居心地悪そうに互いの顔を見交わしながら、もじもじするばかりだ。

 ズィーロは、さらに声を張り上げた。

「同胞よ。なにゆえ今のおのれの姿が祝福なのか、未だ理解できぬか。ならば教えよう。そなたたちは今、ケメンであった時のさまざまなくびきから解き放たれ、大いなる自由を手に入れたのだ!」

「自由……ですか?」

「なにゆえ、この姿が自由につながるのです?」

 聴衆からあがるなおも疑わしげな問いかけに、ズィーロはしかつめらしくうなずく。

「そう……例えば。そなたらはこの先二度と、椅子に腰かける時、いちいち高々と足を振り上げてから足を組まなくてもよいのだ」

「なんですと!?」

「そのような無礼が許されると!?」

「無礼、とな。そもそもあの『片足振り上げ足組み』は、古来より伝わる礼儀に則(のっと)ったものではない。あれはごく一部の不心得者がはじめた、足の長さを誇示するための行為に過ぎぬのだ。今この姿であのような真似をしたところで、失笑を買うばかり。ゆえに、これより先、あのような面倒な真似をする必要など、なにもないのだ!」

「そもそも我らの足の長さでは、足を組んで座ること自体に、かなり無理がありますしね」

と、いつの間にかズィーロの横に立っていたヤムザが、苦笑と共につけ加える。

 あちこちから、ああ、とか、おお、とかの嘆息がもれた。

「それだけではないぞ。同胞よ、そなたたちはこの先二度と、あらゆる動作を無理してしなやかに行わずともよい。椅子に座る時、えーどっこいしょと声を出してもよいし、立ち上がる時に、よいせのどっこいせ、などと声を出し、じわじわ立ち上がってもよいのだ!」

「なんと!」

「そのような、心の声を表に出してもよいと!」

「その通り。今までのように本心を押し隠し、なにをするにも軽々とやってのけているふりをする必要などない。その時その時の気持ちにぴたりと添う言葉を、そのまま口に出してよいのだ!」

 ざわめきがさらに高まった。

「で、では、皆で酒をたしなむ際、『豊かなボディにふくよかなアロマ、そして馥郁たる甘味にほのかな渋み、これはシャトーウンチャラーの2005年ものですな。さすが、ご趣味がよろしい』などといちいちあーだこーだとウンチクを傾けつつ、ゆっくりゆっくりすすらなくてもよいのでしょうか?」

 おそるおそる――しかし、大いなる胸のときめきを秘めた瞳で見つめながら――そう質問する聴衆の一人に、ズィーロはゆっくりとうなずいた。

「もちろんである!我らの間では、宴会でそのようなまどろっこしい真似をするものなど誰一人おらぬ!それだけではないぞ、宴会では、チーズを食し、ワインをたしなむものさえ稀なのだ!」

「で。では一体、なにを飲むと……」

「ビールに決まっておる!かの金色の液体をジョッキに満たし、一気にのどに流し込み、くああ、しみるわ~!などといった奇声を上げた後で、タルタルソースがたっぷりかかった熱々のアジフライにかじりつくのだ!」

「おお、おおおお!」

「なんと不謹慎な!」

「そんなことまで許されるのか!」

 皆が驚嘆する中、ズィーロはさらに加速する。

「まだまだある。そなたたちは、これより先、外出する時、いちいち着飾る必要はない。暑い時期であればオヤジシャツにステテコ、寒い時期であればジャージのうえにどてらを羽織っただらしない格好で、そこらをほっつき歩くことが許される。そればかりか、そのほっつき歩く際に、テキトーに作った歌をニヤニヤしながら口ずさみつつ、スキップしたりしてもよいのだ!」

「ま、まさか!」

「そのようなことをしても、捕まらないのか!」

「大人としてあるまじきことなのでは!」

「さらに、さらにだ。鼻がむずむずして気持ち悪い時には、手で口を押さえることなく、ぶえっくしょい、と大声でくしゃみをし、しかる後、えーい、チクショウ!などとつぶやいてもよい。それでもなお鼻が気持ち悪ければ、別室に移動せず、その場でそのまま、でかい音を立てて鼻をかんでもよい。さらに、それでも満足がゆかねば、」

と、ズィーロはここで、固唾を呑みつつ彼の姿をじっと見つめる聴衆を、隅から隅まで眺め渡し、それからおもむろに、厳かに告げた。

「右手の小指を立てて鼻の穴に突っ込み、もぞもぞ動かして鼻クソを掘り出し、しげしげと観察した後、ふっと息を吹きかけ、それをどこかへ吹き飛ばしてしまってもよいのだ!」

 一瞬、皆が息を呑み、しんとした静寂が訪れ……次の瞬間、怒号のような歓声が沸き上がった。

「し、信じられない!」

「そんな無作法が許されるなんて!」

「なんて、なんて自由なんだ!」

「思うままに生きられる、生きられるんだ!」

 感極まったのか、涙さえ浮かべ、思い思いに喜びの声を上げる聴衆を、ズィーロは、そしてヤムザやイナーチャ、他の神官たちも、満足げに見守る(女性神官たちの顔は、やや引きつっているようだったけど)。

 そこへ、聴衆の一人から、問いかけの声が上がった。

「しかし、我らがケメンであった頃は皆男ばかりで、女性はただ一人として存在しませんでした。その我らが皆ウォマイラになったところで、あぶれて辛い思いをする者ばかりが増えるのでは……」

 いかにも残念、といわんばかりのその声を聞いて、ズィーロはにんまりと笑うと、ゆっくりと首を振った。

「心配は無用じゃ。そなたたちの中で、いわゆる「受け」であった者たちは、身体も女性に変化しておるはず」

 その言葉に、身に覚えがあるのか、新ブサの半数近いヤツらがいきなりズボンに中に手を突っ込み、まさぐった後で、目を見開き……直後、両手を頬に当てると――ということは、そのうちの片手は、どこかをいじりたくった手、ってことになるのだけど――「やだ、もう!」と言わんばかりに頬を染め、身体をくねらせた(おええええ、きたねえ!でもって、きもちわりいい!)

 だが、喜びに夢中の新ブサどもは、喜びに身を任せるあまり、自分たちの下品さにまるで注意を払わず、むしろ、かえって加速していく。

「あの、先ほどビールの話が出ましたが、その……ビールをあおった後、思い切りゲップをするのは……」

 不安と期待に満ちたその声に、ズィーロは笑顔をうなずきで応える。

「もちろん、構わぬ。ただ、ゲップの後は「失礼」と一言つけ加えるようにな」

 驚愕と歓喜に満ちた顔で、その男は「はい!うおおおおおっ!」と叫ぶ。

「その、道行くうら若き女性を見て、お、今の子、いいケツしてんな、などとつぶやくのは」

「構わぬ。ただ、相手には聞こえぬようにな」

「ほしくてほしくてたまらなかったものが手に入った時、うっひょおお、などと叫び声を上げ、意味もなく走り回るのは」

「もちろん、そなたの自由じゃ。ただし、人にぶつからんようにな」

「鼻をかんだ後にちり紙をちらっと開いて、どんなモノが出たのか確認するのは」

「よいともよいとも。ただ、人に見せるではないぞ」

「我慢のぎりぎり限界でトイレに入り、思い切りものすごいモノをひり出した後、ほわあふうえ、などとわけの分からぬ奇声を発し、どんなモノが出たのかしげしげ観察するのは」

「それは、しないでいる方が難しいの。わしもいいモノが出た時は、しばらくの間眺め、愛でておる!」

 ズィーロのその言葉に、どよめきは最高潮に達した。見ると、新たにウォマイラと化した者たちの誰も彼もが、自分たちをがんじがらめに縛り上げていた「イケメンルール」から開放され、人として、生物として本来持っている自由を再び手にした喜びにむせび泣いている。

 その彼らの前で、ズィーロは再び両手を振り上げた。

「これで分かったであろう、新たなる同胞よ!今そなたらは、よほど他人に迷惑をかけることでなければ、たいがいのことをしてもよいという、大いなる自由を手に入れたのだ。これより先は、誰に遠慮することなく、自らの心情のおもむくまま、大いに働き、食べ、飲み、眠り、出し、遊び、祈り、感謝し、思い切り生を楽しむがよい!」

「は!ありがとうございます!」

 一同は一斉に跪き、頭を垂れた。

「うむ。皆、ゆめゆめザドレア様への感謝を忘れぬようにな。では、後のことは、サナーギに任せるとして、我らはそろそろ……」

 ズィーロが満足げにうなずき、きびすを返そうとする。

 そこを見計らって、あたしはゆっくりと口を開いた。

「あ、終わった?じゃあ、ちょっとつきあってほしいんだけど」

ねっとりとした、優しさの中にトゲが大量に含まれている声の調子に気づいたのか、ぴたりとズィーロたちの足が止まり、こわばった顔で、おそるおそるこちらへと振り向く。

 そこに、にまにまとした作り笑いの下、今にも噴火しそうな怒りが透けて見える暗黒邪神ザドレア様を――つまりあたしを見出して、三人はひゅっと息を呑んだのだった。


 「こ、これはザドレア様、ご機嫌麗しゅう。な、なんだかいつもと違う雰囲気でいらっしゃいますが、一体どうなさったのでしょう?」

 いつものように揉み手をしながら腰を低くするズィーロたちにとびきりの笑顔を投げかけた後で、あたしはふっとその笑顔を拭き消した。

「どうなさったもこうなさったもないだろ?え、なんだって?全ては計画通り?自分たちでもなんとかできたのに、わざわざあたしを呼び出して戦わせた?」

「い、いえ、ですからそれはその、先ほども申し上げましたとおり……」

「ふっざけんな!道理でおかしいと思ってたんだよ!あたしばっかりイケメン様と無理矢理戦わされて、生きるか死ぬかの目にまで遭って!でもって、コトが全部終わったころにみんなしてノコノコ出てきやがって!」

「いえ、ですからそれは……」

「神様神様って散々おだてて、なんのこたない、結局あたしをおいしく利用してたんじゃねえか!」

「いえ、その、それは誤解というか……」

と、三人組の中でもズィーロは、今までと変わらぬ腰の低さでなんとかあたしをなだめようとしていたのだが……残り二人は違った。

 いい加減あたしをおだてるのにも飽きたのか、それともそろそろ本性を現しても大丈夫だと判断したのか、媚びへつらった作り笑いをふっと消し……ぼそっとつぶやいたのである。

「でも、そもそも神様ってそういうもんだし」

「ああ!?聞こえたぞヤムザ!なんか言ったか!」

「え、だって、そうじゃないですか!神様って、崇拝する民のためにいろいろ骨折ってくれるもんでしょ?そのためにお祈りだって捧げてますし!」

「そりゃ、いい神様の話だろ?残念、あたしはほら、暗黒邪神だから。イケメンでもないアンタたちにいくらあがめられたって、ただ働きはしねえ!貢ぎ物を出せ、貢ぎ物を!」

「ええ~!神様ともあろうお方が、なんてケチくさい!」

「うるせえよ!ケチでもなんでもいい!目の栄養になるイケメン様は一人もいなくなっちゃったし、今さっき死にかけたところだしで、やけ食いでもしなきゃ、やってられるか!ピザとコーラ持ってこい!腹がはち切れそうになるまで食ってやる!」

「ちょ、ザドレア様!……」

 イナーチャが困り果てた声を出したところで、不意にその動きがゆっくりとなり、ぴたっと止まる。あれ、と眉根に皺を寄せると、そこにいつもの声が響く。

「警告。先ほどケメンたちから吸い上げた生体エネルギーにより、使用者の体調は万全です。現在食糧補給の必要はありません」

「いいんだよ!身体のエネルギー補給のためじゃなくて、むしゃくしゃする気分を紛らわせるために食うんだから!」

そう答えると、ハァ、とため息をつく声が聞こえ、鎧の声がいきなりなれなれしい調子になる。

「お腹すいてないのにピザみたいな脂っこいもんバカ食いしたら、せっかく吸い上げた生体エネルギーの残りで治してあげたケツニキビが、また再発するすよ?」

 え、と思って尻のあたりをそっとさすってみる(鎧越しにさすったはずなんだけど、どういうわけか、尻にはちゃんと手が触れた感覚があった。こういうときだけ、鎧はものすごく気の利いた設定変更を自動的にしてくれる)。

 と、お尻の両ほっぺにいくつもできてたブツブツがきれいさっぱりなくなり、元の健康的なツルツルの尻に戻っている。

「あ、ほんとだ!うれしい、どうもありがとう!ここんとこ、座ると痛くて困ってたんだよね!」

「いえいえ……って、喜ぶのはそこすか?じゃなくて、これで水着になったりしても大丈夫とか、男の子とそういう関係になっても恥ずかしがらずに済むとか、そういう……」

「そんな機会があたしにやってくるはずないだろ!」

「そんな力強く断言されても……あ、いや、ごめんなさい、余計なこと言ったっす」

「だからこそ、やけ食いでもしなけりゃあたしの気が済まないんだよ!アンタだってズィーロたちの共犯だろ?だったら止めんじゃねえよ!好きなだけ食わせろ!そして、またケツニキビできたら……」

「わかったっす。直すっすよ……」

 鎧がほとほと困り果てたような声を出したところで停止していたヤムザが再びゆっくりと動き出す。

「……プ・イーザとク・オーラを作るのにどんだけの食糧が必要か、以前説明したじゃないですか!おいそれと用意できるものじゃないんですよ!しかもそれを、腹がはち切れるまでって、全ウォマイラを飢え死にさせるつもりですか!」

「うるせえ!アンタたちみたいなブサイクが何万人、何十万人死んだって知るかよ!ていうか、全員死んだ方がすっきり、せいせいするだろ!」

「ちょ、ひでえ!」

 ヤムザとイナーチャがうんざりした顔になったところで、一番腹黒いズィーロのヤツが、へらへら笑いながら割って入る。

「二人とも、よさぬか。神の御前であるぞ。……というか、我ら神に仕える者が神そのものと口げんかしているところを新人たちに見せるな、みっともない」

「でも、ズィーロ様」

「この人の言うことがあんまりムチャクチャで」

「ザドレア様、どうか我々の立場も少しは考えていただき、気を静めて……」

「なに言ってやがる!あたしの立場もなにも完無視してこんなところに呼び出しやがったのは、お前らだろ!」

「え?いやまあ、確かにそれは……」

「だったら、逆にあたしがワガママ言って、なにが悪いんだよ!」

「あー、いや、確かにそう言われると……」

「分かったら、さっさとピザとコーラもってこい!さもないと……」

「なるほど。言いたいことはよく分かりました。確かに、モラルや倫理の立場から考えると、我々はあなた様の求められる供物を差し出すべきなのかもしれません」

「だろ?ならさっさと……」

「ですが、残念なことに、モラルや倫理というものは、往々にして現実世界では無力なお題目にしかなりません。自らの主張を通すためには、その主張を通すだけの背景が必要なのです」

 いきなり煙に巻くような言い方をはじめる目の前の小太りブサイクに向かって、あたしは思い切り顔をしかめた。

「……なんのことだ?わかりやすく言えよ」

「あー、つまりですな」

と、もったいぶった態度で咳払いをし、おもむろに居住まいを正したかと思うと、ズィーロはいきなりぐいと上体を傾け、いやらしい笑みを浮かべた顔をあたしに近づけてきた。

「前にも言いましたよね、私たちに向かってあなたの力をふるうことができないように設定してあると。なのに、一体どうやって命令を聞かせるつもりなんです?」

 勝ち誇った笑みを浮かべるズィーロに向かって、あたしは二三度うなずくと、おもむろにキツネの形にした右手をヤツの額のすぐ前に突き出し、「ふん!」と気合い一閃、思い切りデコピンした。

 とたんに、べち、と小気味よい音が響き、中指の爪がズィーロの額のど真ん中にぶち当たる。

「ほぐあ!」

 汚い悲鳴と共に後方へひっくり返り、「ぐああああああ……」とおでこを両手で押さえたまま、瀕死のGのようにしばらく手足をばたばたさせた後で、ズィーロはゆっくりと半身を起こした。

「なぜ!?どして!?なんで攻撃が私に当たっちゃうの!?」

と、涙目で訴えかけるその顔には、先ほどまでの余裕と傲慢さはかき消え、驚愕と恐怖とがありありと宿っている。

「ふっふーん。うまくいったわ。アンタらがさっき長々くっちゃべってる時、あたしがなにしてたと思ってたんだよ?」

「え?そういえば、地の文の文体がちょっとだけ、いつもと違ってたような……」

「そうだよ!ちょっとだけ語り手を鎧の声に任して、あたしはずっと設定を確認してたんだ。どっかにきっとあるはずの、アンタたちへの暴力行為を禁じた項目を探してね。で、ようやく見つけたよ。『操作性及び各種禁則事項』。ちくしょ、あんな見つけにくいところにこっそり並べやがって、○イクロソフトのユーザーサポートかよ」

 あたしのこの言葉に、神官たちは、一斉に「やべえ」って顔になった。

「さあて、なにしてもらおうかな。今まで散々こき使われたことだし、その分たっぷりと……」

「分かりました。よーく分かりました」

 地面に尻餅をついたままジタバタしていたズィーロがゆっくり立ち上がると、両手を胸の前で組み、深々とお辞儀した。

 彼に倣い、他の神官も、宮女も、新たにウォマイラとなった元イケメンも、その場にいた者全てが、あたしに向かって深々と頭を垂れる。

「こうなった以上は、仕方がありません」

「うん、分かればいいんだ。とりあえずは……」

 すっかり勝ったつもりで、あたしは余裕シャクシャクの笑顔を浮かべた。

 そこへ。

「イ・ケメン・オラン・ゾー」

 顔を伏せたままのズィーロが、おごそかな調子でそうつぶやく。

 同時に、目の前の全員がばっと頭を持ち上げたかと思うと、胸のあたりで両手の指を組み合わせ、奇妙な形の印を結んだまま、同じ呪文を唱和した。

「イ・ケメン・オラン・ゾー」

「イ・ケメン・ドカイタ・ゾー」

「イ・ケメン・ドカイタ・ゾー」

 気がつくと、あたしの体はふわりと宙に浮かび上がり、わずかに光を発している。

「え!?なにこれ!」

 だが、あたしのぎょっとした声に構わず、呪文は続く。

「イ・ケメン・オラン・ゾー」

「イ・ケメン・オラン・ゾー」

「イ・ケメン・ドカイタ・ゾー」

「イ・ケメン・ドカイタ・ゾー」

 呪文がつぶやかれるたび、徐々にあたしの身体を包む光が強く、まばゆくなる中、ようやくあたしははっと気づいた。

「これ、あたしを呼んだ時の逆呪文!?ズィーロ、てめ、さてはあたしを追い返す気だな!」

 怒りに満ちた目でにらみつけてやると、ズィーロはそれまでのしかつめらしい顔から一転、にっこり満面の笑みとなった。

「用事が済みましたら、速やかにお帰りいただきませんとな。いやあ、今まで本当にありがとうございました。また何かありましたら、よろしくお願いいたします」

「こら、てめ、ズィーロ!なんだその、共同プロジェクトが終わった後に協力してくれた部外者送り出す責任者みたいな態度!」

「いやあ、ザドレア様には本当にお世話になりまして。他の皆様にもよろしくお伝えください」

「誰だよ、他の皆様って!」

 そんな言いあいをしている中にも、唱導をヤムザとイナーチャが引き受ける形で呪文の唱和は続き、あたしの身体はどんどん光に飲み込まれていく。

「イ・ケメン・オラン・ゾー」

「イ・ケメン・オラン・ゾー」

「イ・ケメン・ドカイタ・ゾー」

「イ・ケメン・ドカイタ・ゾー」

「いや、そりゃ、イケメンいねえし、こんなところにもう用はないけど!せめてお礼のとか感謝の気持ちのタベホぐらい用意しろって……」

「ザドレア様の今回のご偉業につきましては、この教典と附属のデブ・イデーにより子々孫々、末永く語り継がせていただきますので、どうかご心配なく……」

言いながらズィーロが懐から取り出した品物に、あたしは目をむいた。

「あ、それ、こないだ全部焼き捨てろって言ったやつ!てめ、こら、ズィーロ!内緒で隠し持ってやがったな!絶対人に見せんなって言ったのに、このやろ……」

 周りがぼやけ、薄れていく中、手足をジタバタ動かすあたしに向かって、ズィーロはこの上なくいい笑顔で、ゆっくりと手を振ったのだった。


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