エピローグ 暗黒邪神ザドレアよ、永遠に!
後から部屋にしかけたカメラの映像を確認したところ――気の利いたJKは、留守中の「無断家捜し」に備え、部屋に隠しカメラの1台や2台や10台、しかけておくものだ――その時あたしは、机に突っ伏したままの格好で眠っていたようだった(世界の壁を無理矢理跳び越え、返品されたその影響か、妙に頭の中がどろどろと粘り着くような感じだったことだけは、ぼんやり覚えている)。
時刻は7時03分過ぎ。窓の外からは、のどかに雀がちゅんちゅんさえずる音が、時折聞こえてきている。
そこへ、遠慮がちなノックの音が響いた。
まだどろどろした眠りと目覚めの中間ぐらいをさまよっている状態だったあたしは、もちろん無反応のままだ。
しばらくして、もう一度、今度はもう少し強めにノックの音が響いたかと思うと、そおっとドアが開き、
「れいあちゃん?入りますよ?」
中年の男がすき間からひょいと顔を出した。
なにがうれしいのか、その中年男はにこにこ笑いながらきょろきょろとあたしの部屋を見回し、やがて机に突っ伏したままのあたしを発見すると、「おやおや、そんなところで座ったまま眠ってしまうなんて、困ったものですね」と言わんばかりの笑みを浮かべる。
それからおもむろに、足音をしのばせてあたしのすぐ後ろにやってくると、両肩に手を乗せ、そっと揺すりはじめた。
「れいあちゃん?勉強したまま、寝落ちしちゃったの?身体大丈夫?でも、そろそろ朝ですよ、起きて学校に行く準備しないと、ママに怒られちゃいますよ?れいあちゃん?姫?ほら、起きて起きて?」
その時のあたしは、どこか心の奥深くから、徐々に目覚めに向かって上昇しているところだった。けど、普段から寝起きが悪いのにも増して、その時は、周りにある記憶やら思いやら欲望やらが渾然一体となって身体にまとわりつき、なかなか覚醒にまで至らない。
「うー……」
地の底から響くようなうめき声を上げこそすれ、一向に目を開こうとしないあたしに業を煮やしたのか、男は耳元に顔を寄せると、そっとささやいた。
「ほら、起きてくださいな、佐藤れいあ様」
ザドレア様だと!?
その言葉がきっかけで直前の出来事をはっきりと思い出したあたしは、一気に目を覚まし、すぐそばの、満面の笑みを浮かべた顔面が目に映るやいなや、ぐわっと般若の表情になった。
「てめこら、ズィーロ!よくもやってくれたな!」
叫ぶやいなや、両肩の手を振り払いつつ腰をぐっと落とし、回転の勢いをそのまま右拳に乗せて、渾身の右ストレートを男の顔面に放った。
めしょ、と何かがひしゃげるいやな感覚と鈍い痛みがこぶしから伝わってくると同時に、「へぐう!」
と情けないうめき声が耳に届く。
次いで、どさりと相手の身体が床に崩れおち、
「ほごおおお……」
と、これまた情けない悲鳴を上げながら、男は両手で鼻を押さえたまま、床をジタバタと転げまわりはじめた。
ざまみろ、と思いながらその情けない姿を眺め下ろしたところで、あたしは周囲の光景がいつもと違っていることに、ようやく気がついた。
……あれ?ここ……聖トゥーハの草原でも、神殿でもない……え?まさかここ、元の世界のあたしの部屋!?。
伸ばしたままだった腕をだらりと落とし、首をかしげながら、立ち尽くす。
そこへ。
「どうして?朝だから起こしに来てあげただけなのに、なんで殴るの?パパそんなに悪いことした?ねえ、なんで!?」
床にへたり込んだ男が、両方の鼻の穴から盛大に鼻血を噴き出しながら、涙目であたしを見上げる。
そこで、あたしはようやく、壮大な勘違いをしてしまったことに気がついた。
あたしが鎧仕込みの拳闘術でぶちのめした相手は、ケメンの地の暗黒大神官ズィーロではなく、中堅家電メーカーに勤めるサラリーマンで、ついこの間45歳にしてようやく課長になったばかりの、気は優しくてお人好し、ママとあたしを心より愛し、大切にしてくれている、佐藤次郎その人――つまりは、あたしのパパだったのだ。
ああ……なるほどね。道理でイケメン原理主義のあたしが、なぜかズィーロの顔にはそれほど拒否感感じなかったはずだよ、パパそっくりなんだもの!ていうか、そうだよ、確かあの「黒歴死の書」をこのみと一緒に書いた時、大神官はパパをモデルにしたんだったよ……。
今さら思い出しても仕方ないことをぼんやり思うかべているうちにも、パパの泣き言は続く。
「ねえ、れいあちゃん、どうして?パパ、そんなに悪いパパだった?今までずっとパパ、れいあちゃんのことを本当に大切にしてきたつもりよ?それなのに、いきなりDVてひどくない?ねえ、ひどいよね?そう思わない、れいあちゃん!」
「え、あ、いや、その……」
説明のしようもなく口ごもったところで、騒ぎを聞きつけたのか、
「どうしたの、朝から大騒ぎして……」
といいながら、ママが部屋へと入ってくる。
そして、一目この惨状を見るなり、
「まあ、一体どうしたの、パパ!」
いきなり声を張り上げた。
「うん、あの、いやね、ひどいんだよ、パパが起こしにきたらね、れいあちゃんがいきなり顔面に思い切りパンチをね……」
「まあ、れいあ!あなた、一体どういうつもりなの!こんなに優しいパパを殴りつけるなんて!」
「え、あ、いや、だから……」
「それに、なに、そのパソコンの画面は!」
「……え?」
不意を突かれ思わず振り向くと、この騒ぎでマウスが動いたのか、無難な風景写真のスクリーンセーバーを映し出していた画面が切り替わり、このみに借りたゲームのお楽しみエンディング画像――イケメンとイケメンがすっぽんぽんで抱き合い口づけをかわしている、家族皆で観賞するにはとてつもなく不向きな画像がばーんと表示されていたのである。
「まあまあまあまあ、欲おそくまで勉強して感心と思ってたら、こんなそそる……いやらしい画像見てたなんて!」
「え?今ママ、「そそる」って言わなかった?」
不審げな表情で顔をのぞき込むと、ママはますますいきり立った。
「言ってません!それよりなんなのあなたは、高校生なのに勉強もしないで、こんないやらしい画像なんか見て!どうせこのみちゃんに借りた、くだらないゲームかなんかなんでしょ!しかも、パパに暴力までふるって!どういうつもりなの!」
「え、いや、それはその……」
言いたいことは山ほどあったけど、言ったところでどうせ信じちゃもらえないことは分かってる。なので、あたしは唇をとがらせ、もちょもちょと口ごもるばかり。
「なんですかその態度は!分かりました、もう今度という今度は許しません!あなたはこれから受験が終わるまで、ゲーム禁止です!」
「ええっ!?そんなあ……」
あたしが情けない声を出すと、いつの間に立ち上がっていたのか、パパが――相変わらずだらだらと鼻から血を流しながら――間に入ってくれる。
「ん、ママ、あのね、確かにれいあちゃんはいけないと思うよ、けどね、ゲーム禁止はさすがにかわいそうじゃないかと……」
「パパは黙ってて!」
「はい……」
「てか、もう、あなたはどうしてそうお人好しなの!娘に思い切り殴られたっていうのに、それでもかばうんだから!あーあー、もう、シャツが真っ赤よ、ほら、こっちいらっしゃい、とりあえず応急処置して、それから病院行きましょ……」
「うん、うん……」
パパの肩をママが支えつつ、部屋から出て行き……あたしは、一人取り残された。
ちきしょ……こうなったのも、全てはあの恥ずかしい「黒歴死の書」をいまだ後生大事に持ってた、このみのせいだ!絶対仕返ししてやんなきゃ!そうだな、まずはどーせ買うに決まってる新作ゲームを無理矢理強奪して、アイツより先にプレイして……。
さっきまで暗黒邪神だったにしてはずいぶんみみっちい仕返しだなと自分でも思いながら、そんなことを考えているところへ、はっと天啓が下りる。
「そうだ!アイツが持ってる『黒歴死の書』を借りてきて、ムチャクチャ書いてやればいいんじゃん!ズィーロは痔に悩んでいるとか、ヤムザは浮気がばれてオーユと離婚騒動になってるとか、イナーチャは整形失敗してますますアゴが長くなったとか!それと、後はあたしを散々苦しめたあげく、幸せになってるヤツら!あいつらにも全員天罰当ててやる!いっそ、ケメンの地全部に新たな災厄が降りかかるってどうよ!でもって、悩み苦しみまくるヤツらを、今度こそなにも手助けせず、天上からせせら笑ってやる!ブサイクども、覚悟しやがれ、暗黒邪神の真の怖ろしさ、思い知らせてやっからな!」
そう言い放つと同時に、あたしは両手を腰に当てて胸をはり、うははははは……と高笑いを響かせた。
「れいあ!なに一人でえらそうに笑ってるの!自分がなにしたか分かってるの!いい加減にしないと、ゲーム禁止の上、お小遣いなしにしますからね!」
と、そこへママの怒りに満ちた声が階下から響き……あたしははっと現実に返った。
え……ゲーム禁止だけでも痛いのに、お小遣いなしはマジヤバいって!
「あ、はい、ごめんなさい、ママ!あのね、ちょっと寝ぼけただけ、パパに暴力なんてふるうつもりなんて、これっぽっちもなかったんだって……」
と、しおらしい調子の大声で言い訳しながら、ばたばたと部屋を飛びだし、階段を駆け下りていく。
それから、いくばくもしないうち。
人気がなくなり、部屋の中が静まりかえるのを待っていたかのように、「……やれやれすね」という鎧のあきれた声が、かすかに響いたかと思うと……モニターに映し出されたあられのない格好のカップルまでが――絶世のイケメンカップルだったはずがなぜかもう一体増えて三人となり、しかも、揃って緑色のドブサイクな人外クリーチャーと化している――首をふりふり、苦笑を浮かべたのだった。




