第5章 さらば暗黒邪神ザドレア! 7
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針のように鋭く、電光のように速い棘は、漆黒の尾を引きながら、まずは手近にいるイケメン様たちの身体にずどんと突き刺さった。
同時に、鎧の内側に伸びた太いトゲがどすんとあたしのカラダにも突き刺さり、胸の激痛と合わさって、思わず絶命しそうになる。
が、それも一瞬のこと。
あたり一面から「ぐううおおおおおおお」「ぎああああああああ」「げぐうううううう」とこの上ない苦悶の声が上がり、突き刺さったトゲから何かが流れ込んでくると同時に痛みは止まり、代わりにうっとりするような快感に、体中が包まれる。
ああ……なにこれ、気持ちいい……。
ほっと甘美なため息をつきながら、あたしはうっとりと目を閉じた。
一方、触手の先のトゲが突き刺さったケメンの者たちはみるみるしなびてしわしわになり、健康的な肌は血の気を失って白く、青く変わっていく。
「な、なんだこれは!どうなっているんだ!」
「アベーロ師!これはいったいどういうことだ!」
演武で使った武具を手に王の前後に立ち、襲いくる無数のトゲから王と我が身を守っているリオ・シザーとショー・ヒルが同時に叫ぶ。
が、答えを求めて視線を送った先に、アベーロ師の姿はない。
瀕死の状態で――下手をすると既に事切れて打ち倒れていたはずなのに、と周囲に目を配ると、あろうことか、既に元の場所から数百メートルは離れたところまで移動し、なおも襲い来る触手をひょいひょいかわしつつ、すたこら逃げているところだった。
「アベーロ!貴様、自分一人だけ助かろうという魂胆か!」
「おのれ、責任を取らぬか!」
二人の声が耳に届いているのかいないのか、アベーロ師は一瞬たりとも後ろを振り向かず、ひたすら前だけを見つめ、走り続ける。
が、その悪運も、とうとう尽きる時がやってきた。
地面の下からいきなり突き出した触手が、股の間から凄まじい速度で襲いかかり、身体ごと持ち上げる勢いで串刺しにしたのである。
「ぐぎゃああああああっ!」
聖職者にあるまじき情けない悲鳴を上げてばたばたもがくが、完全に身体が地面から離れているため、もはやなんの抵抗にもならない。そこへ、手間をかけさせてくれたお礼だ、といわんばかり、口から飛び出した先端がさらに無数の細かい針へと変化し、それら全てがブスブスと、再び体中に突き刺さる。
「はぎゃぐおうええ……!」
漆黒の鳥かごに文字通り捕らえられたアベーロ師は、全身をぴくぴくとけいれんさせながら、みるみるその老いてなおりりしいかんばせをしなびさせていった。
竜脈をたどってケメンの地全てに広がった漆黒の蔓は、やがてその鋭い先端を一斉に地面から突き出し、獲物めがけて襲いかかりはじめた。
たちまち悲鳴と怒号に包まれるニンマイムの街。
だが、どれほど逃げても執拗に追いかけ、どれほど分厚い壁で守られた中に避難してもやすやすとその防御を打ち破って蔓は中へと侵入し、その鋭い切っ先を情け容赦なく住民たちに突き立てていく。
「頼む、この子だけは助けてくれ!」
そう懇願する父親がいた。
「頼む!やめてくれ!あれほどうまくやってきたじゃないか!」
そう叫ぶ、 ウォマイラと密かに穀物の取引を続けてきた情け深い商人もいた。
だが、そうした声を一切無視し、蔓は機械のような正確さで、犠牲者たちの胸を、腹を、顔を貫いていく。
ニンマイムの阿鼻叫喚の声が充満し……そして唐突に、静まりかえった。
触手は大きな街だけではなく、小さな町や村、そして、群れから離れ、孤立して暮らす者にまで、一つの例外もなく、情け容赦なく襲いかかった。
山奥で薪を取り、炭を焼き、小さな畑を耕して暮らす木こりの一家は、一仕事終わらせた後、遅めの朝食を家族揃って食べていたところだった。
「ほら、こぼすな」
「だって、パンが固いから、ちぎるとどうしても落ちちゃうんだよ」
「テーブルに落とさず、スープの上でちぎるようにするんだ」
「やってるよ、けど……」
「兄ちゃんて、本当にぶきっちょだよね」
「なんだよう、そういうお前だって!」
「これこれ、けんかはやめるんだ」
いつもと変わらぬ、貧しいが小さな幸福の満ちた食事風景。
そこに、突如床をブチ割って現れた触手が、家族一人一人の胸に、頬に、下腹部に突き刺さっていく。
「いたいよう……」
「しっかりするんだ、こんなもの……ぐおおおお……」
「助けて、助けて……」
ひとしきり絶叫が山奥にこだまし……それから、再び静寂が戻る。
漆黒の触手が襲うのは、ケメンの民のみだった。
町や村で農奴や召使いとして働かされていたウォマイラたちは、はじめ触手が地面を突き破って現れた時、てっきり自分たちも襲われるものと思い込み、恐怖に駆られて我先に逃げだそうとした。が、ケメンの民はそれを許さず、引き絞った弓と槍先とで彼らを追い立て、無数の触手がうねる方向へと向かわせた。
奴隷どもが襲われている間に、自分たちは安全なところまで逃げようと目論んだのである。
触手とケメンに挟まれ、にっちもさっちもいかなくなったウォマイラたちは、もはやこれまでかと、互いに互いをかばい合うように腕を回して、ひとかたまりにうずくまった。
そこへ触手が奔流となり、うねうねと殺到する……かに見えたのだが、どうしたことか、無数の鋭い切っ先を持った奔流は彼らの前ですぱっと二つに分かれると、その存在を完全に無視して流れ去り、そのはるか向こうで逃げだそうとしているケメンたちの背中に襲いかかったのである。
震えながらじっと目を閉じていたウォマイラたちは、いつまで経っても苦痛が訪れず、むしろ遙か彼方から絶叫が聞こえてきたことに驚き、そっと目を開いた。
そこで彼らは、ケメンの民が――自分たちを搾取し「ご主人様」と呼ぶことを強要していた誘拐犯たちが黒い奔流に飲み込まれ、鋭い切っ先で次々と血祭りに上げられていくのを、呆然と見守ることになったのである。
標的がケメンの民だけだったため、ウォマイラばかりが居住している場所では、ほとんど触手は姿を現さなかった。
血塗られた襲撃が行われている中、それらの地域では、いつもと変わらぬ平和な生活が営まれていたのである。
だが、ほんのわずか、例外もあった。
聖トゥーハ王国首都ニンマイムにほど近い、田園地帯の真ん中にしつらえられた、広壮な天幕都市。中でもひときわ巨大な天幕神殿に寄り添うように設置された、神官らとその家族が暮らす天幕の一つに、その娘は暮らしていた。
暗黒大邪神の側近くに仕えているため、日々忙しく飛び回らねばらなぬ夫を支え、日々献身的に仕えているその娘は、午前の家事を終え、ソファに腰を下ろし、日増しに大きくなる腹と、その中ですくすくと成長しているまだ見ぬ我が子を、愛おしげになでていたところだった。
そこに、床下からいきなり出現した二本の触手が、我が身とその腹に息づく子どもに深々と突き刺さったのである。
「はうっ!」
いきなりのことに、娘は気が動転し、あわてて触手を引き抜こうと――特に、まだ見ぬ我が子に突き刺さったそれは、なんとしてでも除去しなければと、両手に思い切り力を込めたのだが……次の瞬間、ふとその手がゆるんだ。
いくら抵抗しようと無駄である、と悟ったこともある。が、それよりなにより、触手を通じて「ある思念」が、娘の脳内に優しく伝わってきたのである。
「ああ……そうなのですね。これで、これでようやく、私も周囲の皆様方と同じになれるのですね……罪の子、いてはならぬ子ども、忌まわしきフィンキ・ケメンなどと心ない陰口をたたかれることもなく、大手を振って生きていくことができるのですね……!」
鋼鉄の針のように鋭利で細い触手の切っ先は、突き刺さった時もほとんど苦痛を与えなかった。
それが、世界を統べる者から不運な生い立ちを持つこの心優しい娘への、せめてもの情けであったのかもしれない。
体内に満ちていた余計なエネルギーがどんどん吸い取られ、整った顔だちがしなびていくのを感じながら、その娘――かつて「ハシカ」という名を名乗っていた心優しい娘は、喜びに光る涙を目に浮かべ、触手にゆったりと身を任せたのだった。
触手は、ケメンの民以外なにものの――ウォマイラはもちろん、シャチークをはじめとしたありとあらゆる生物についても――決して傷つけることはなかった。
が、その代わり、ターゲットである者たちについては、一切の妥協も寛容もなかった。たとえどのような場所に隠れようとも必ず見つけ出し、どのような状況であろうとも一切の慈悲をかけることなく、徹底的にケメンの民を狩り尽くしていったのである。
ウォマイラ帝国の最北にそびえる険しい山脈。
その中腹にたたずむ壮大なザドレア神殿。
その地下深くには、かつてショターニキ魔法師団を名乗っていた者たちが、今も幽閉されていた。
以前逃げ出した時には、粗末な食事による栄養不足と不潔な寝具により虫刺されと腫れ物で無残な顔貌を呈していたが、暗黒大邪神ザドレア御自らの手で成敗されたことにより体質が変わったのか、殴られた傷が癒えていくと共に腫れ物もなくなり、虫にもそれほど刺されぬようになって、今は往時のりりしい姿を取り戻しつつある。
その彼らは、伝え聞く戦況に憤り、なんとしてでも再びこの地を脱せねばならぬと、計画を練っている最中であった。
「このままでは、ケメンの地は遠からずウォマイラの支配するところとなろう」
「そのようなこと、断じて許すわけにはいかぬ!」
「なんとしてでも再びここから脱して、われらが故地に戻るのだ!」
「そうだ!あの地にさえ戻れば、容易に反抗軍が組織できよう!」
「今度こそ、下劣なウォマイラどもを皆殺しにしてくれる!」
「アベーロなどというペテン師の策に頼ったのが、そもそもの間違いであったのだ。次は我らだけで、必ずザドレアの息の止めてくれる!」
「まずはここからの脱出だ。なあに、詰めの甘いヤツらのことだ、きっと壁か床か、あるいは鉄格子のどこかにゆるみが……」
「うむ。まずはすき間を探すとしよう!」
そう言って、石と石の継ぎ目を子細に調べていた、その時。
その継ぎ目のすき間から一直線にとびだした触手が、彼らの額に深々と突き刺さったのである。
「ぐぶうがあああああっ!」
のけぞりもだえて苦しむ、若手有望株の二人。
が、その彼らを救おうとする者は誰もいなかった。
時を同じくしてありとあらゆるすき間、継ぎ目を通って現れた触手が、その切っ先を次々と師団の皆に突き刺していたのである。
「ほごおおおおっ!」
「ぎゃえええええええっ!」
「むぐがごおおおおおっ!」
悲鳴と共にもだえ苦しみながら、魔法師団は取り戻したはずの美貌が再び、そして永遠に失われていくのを感知していたのだった……。
その同時刻。
元スタットン共和国の首都であった城塞都市イン・ナセにも、触手が襲いかかった。
ザドレアの「毒」により壊滅させられた後、街には新たにケメンの民の通行のみを妨げる防護障壁が張られ、市民はみな、その中に幽閉されていた。そこへ、突如地下より現れた触手の大群が、おとなしく暮らしている市民たちを片端から襲撃しはじめたのである。
「ちくしょう、このままじゃ全滅だ!なんとか皆を安全なところに!」
新将軍が叫ぶ。
その声に呼応し、
「市庁舎に誘導するのだ!あそこは、床が分厚い石でできておる!さしものザドレアとて、よもやあの床を打ち破ることなど……」
と、元帥が叫んだところで、遙か高みにそびえている市庁舎の窓という窓、扉という扉を内側から打ち破り、無数の触手が出現した。
頼みにしていたものの崩壊を目の当たりにし、二人は、逃げ惑う市民の悲鳴と足音が響く街路の真ん中でただただ立ち尽くしていたのだった。
さらにまた、同時刻。
ウォマイラ帝国首都、ブサに住む者たちは、地面が震え、無気味な音が響いてくるのを感じていた。
否応なく不安をあおる鳴動がしばらく続き、住民たちは矢も楯もたまらず、その音の発信源を探し、街の外へとさまよい出ていた。
その時、いきなり大音声とともに地面が大きくひび割れた。
これは、かのザドレア様が降臨された時と同じ!
多くの者が息を呑む中、地割れの中から無数の触手がなにか大きなカタマリを巻き込んだまま、一斉に出現する。
触手の群れは、手にしたいくつものカタマリを頭上高く持ち上げたかと思うと、そのまま地面にたたきつけた。
がしゃ、ばぎんと激しい音が耳を打ち、中からバラバラと蒼白の顔色をし、意識不明となったケメンの兵士、騎士たちが次々と現れる。
それは、数ヶ月前のブサ総攻撃の際、ザドレアの喪術により捕らえられ、地下深くに引きずり込まれた者たちであった。
そのまま彼らは仮死状態とされ、凍結された状態で地下深くに幽閉されていたのだが、今回の最優先指令により、再び地上へと引っ張り出され、氷漬けを解かれたのである。
なぜわざわざそのような行為に及んだのかは、言うまでもない。
かつて栄光あるウォマイラ帝国制圧軍として侵攻した歴戦の騎士たち、歩兵たちは、ウォマイラたちが恐怖に目を見開いて見守る中、悲鳴を上げる暇さえ与えられず、触手により次々と串刺しにされていったのだった。
そしてもちろん、オジ教団領本部神殿地下深くの一室にも、触手は出現していた。
狭く逃げ場のない部屋で、なすすべなく触手の餌食となったゴヤーノは、自らのエネルギーが急速に吸い取られていくのを感じつつ、それでも笑顔を浮かべていた。
「見ろよ……オレも、触手に襲われてるぜ……誰がフィンキ・ケメンだよ……」
もちろん、名実ともにフィンキ・ケメンであったハシカでさえ、触手に襲われることをまぬがれ得なかったことからも分かるように、襲撃の事実は混血の疑念を晴らすものではない。が……幸いなことに、ただ一人隔絶された小部屋に身を潜めていたゴヤーノに、その事実を教える者などなく……自らの純血が証明された喜びと満足の中、彼は意識を薄れさせていったのであった。
こうして、一人の例外もなく、ケメンの民は触手により襲撃、凌辱され、無慈悲に体内のエネルギーを吸い出された。
それらは全て、触手伝いに鎧へ――そして、その鎧の使用者へと送られたのである。




