第5章 さらば暗黒邪神ザドレア! 6
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その数分前。
リオ様とショー様の演武が、濃厚な汗の香りだけを残してつつがなく終了した後、いよいよ舞台はその時……フィナーレを迎えた。
乱れ打ちの太鼓の音に合わせ、「そいや!」のかけ声も勇ましく、イケメン様たちはラスト・フォーメーションへと隊形をお変えになっていく。
片膝立ちになられた主役のお三方が前にお座りになった!そうよね、それから、残りの方々がそのお三方を囲むような、あの尊すぎる形に……あれ?あの形におなりにならない?
胸の前で両手を固く握りしめ、目をうるうるさせながら、あたしはイケメン様がたの隊形変換をじっと見守っていたのだけど、そこで、ふと眉をひそめた。
なんか、昨日までとまた、ちょっと隊形が違っていらっしゃるのでは?
今までは、ケント様ら三人が最前列で片膝立ちとなられ、思い思いに手を前にお差し伸べられて、手招きなさっていた。が、今日はやや形が変わり、向かって右側のショー様は左膝を立てて、左側のリオ様は右膝を立てて片膝立ちになり、背筋をすっと伸ばしてぴたりとお寄り添いになっている。そして、他の方々も半円形に広がるのではなく、むしろ密集してお二方の背後や両脇にお群がりになり、腰の下に折りたたんだ足を差し入れたり、脇の下から頭を突き出したりと、なんとも不自由な形になっていらっしゃる。
なに、この隊形?なんか、真ん中にごしゃごしゃ人が集まって、えらく不格好じゃね?
あたしが軽く頭をかしげたところで、おもむろにケント様がその「肉体のカタマリ」の前に現れ、執事のようにうやうやしく跪いたかと思うと、「どうぞこちらへ」と言わんばかりに両手をすうっと差し上げたのである。
それでようやく、あたしは全てを悟り……特大の雷に打たれたような衝撃と共に、その場に立ち尽くした。
ににににに、人間椅子!こここここ、これは、ああああああ、あたしのために用意された、とととととととと特製イケメン椅子だ!
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
大勢のイケメン様たちが――それも、ほぼすっぽんぽんの格好をしたイケメン様たちがうやうやしく作る人間椅子。そこに座れる「女王」といえば、国内――いや、全世界でも指折りの美女か、そうでなければ世界中の富の半分を有するような超絶大富豪か、どちらかだ。
それを、ただのJKに過ぎないあたしが座れる!しかも、全身にじっとりと汗をかき、男くさい汗の臭いをムンムンと漂わせたイケメン様たち全員が、じっとあたしを見つめ、あたしがそこに腰かけることを熱望してる!
この機会を逃せば、一生出会うことがないと言いきれる、千載一遇の機会が与えられた幸運に、あたしは目、耳、鼻、口、体中の穴という穴からどばどばと液体を垂れ流しながら、ゆっくりと一歩、黄金でできているかのように光り輝いて見える玉座へ向かって近づいた。
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
もはや知性は崩壊寸前、いけないおクスリでもキメたのか、っていうぐらいの多幸感に包まれ、どろどろにとけた笑顔をいろんな液体でぐしゃぐしゃにしながら、また一歩近づく。
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
磁石に引き寄せられる鉄くずのように、電撃殺虫器に引き寄せられる蛾のように、ゴ○ブリホイホイに引き寄せられる黒い悪魔のように、あたしの足は、一歩、また一歩と勝手に前へと進み、ついに勇壮なかけ声を叫ぶイケメン様たちのお口からほとばしる聖なる唾液が降りかかるところ――神聖なる御座の真ん前にまでたどり着く。
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
くらくらするほどの熱気と迫力。立ちのぼる蒸気と精気。むせかえるほどの汗の臭いを存分に浴びて、そのまま気絶しそうになった、その時。
「ザドレア様、お願いでございます!どうか、どうか我らの膝の上に!」
リオ様とショー様が、捨てられた子犬のような目であたしを見つめ、必死で手をのばして懇願した。
そこまで言われて、どうして拒否できるだろうか。
「はい!」
腹の底から絞り出すようなかすれ声で叫ぶと、あたしは、差し出された手を支えに、熱い汗でしとどに濡れた尊いお膝の上へ、そっと腰を下ろしたのである……。
「バアアアアイイイギャアアアア……!」
縛鎖陣の呪力についに屈したのか、ザドレアは、地の底から響く断末魔のような声と共に、力を失った汚らわしい肉体をリオとショーの膝の上に預けた。
「くっ!」
「ぐっ!」
とてつもない重さと触れるだに病魔に冒されそうな忌まわしさに、リオもショーも、思わず顔をゆがめ、反射的に身を退きそうになるところを、もてる意志の力を全て傾注して耐え……そして、その太い腕で、懐に入った「透明な邪悪」をかき抱いた。
「今だ!総員、手を!」
「そいや!」
リオの必死の叫びに呼応し、二人の周囲に群がった騎士たち、近衛兵たちが、背後から頭越しに、肩越しに、脇の下から、腰の横から、両脚のすき間から――ありとあらゆる場所から手をのばし、べたべたと悪魔の身体へはりつけていく。
「やったぞ!ザドレアは、我らが手の中に!」
40余名全ての手が添えられ終わったところで、ショーが叫んだ。
そこへ、
「王よ!今こそその時ですぞ!」
と、悲壮な声が響く。
目を向ければ、全精力を魔剣精製に使い尽くし、もはやその命も風前の灯火かと思われたアベーロ師が、一体どういう魔法を使ったのか――それとも、やっぱりいけないおクスリでもキメたのか――シャキッと起き上がり、仁王立ちに縛鎖陣をにらみつけている。
と、次の瞬間、アベーロ師は一体その痩せ衰えた体のどこにそんな力を宿していたのか、祭壇に刺さった剣をむんずと引き抜くと、「ふん!」と気合い一閃、ケント王に向け、力強く投げつけてきたのである。
漆黒の魔剣はぶんぶん回転しながらものすごい勢いですっ飛び、戸惑い困惑しているケント王の手にすっぽりと収まった。
それを見届けたところで、アベーロ師はクスリが切れたかのようによぼよぼした老人へと再び戻り、
「王よ、どうかその剣で、我が教団500年の宿願を、全てのケメンの民の悲願を成就してくだされ……」
それだけを叫ぶと、再びばったりと地へと倒れ伏した。
手にした漆黒の剣と、倒れ伏したままぴくとも動かぬアベーロ師の姿をかわるがわる困惑の目で眺め、ケント王はしばらく首をひねっていた。が、
「王よ!何をしておられる!」
リオの叫び声にはっと気を取りなおすと、手にしたかなりの長さのある剣を一度、二度と力強く振り下ろすと、ゆっくり肩口に構えた。
「ザドレア……覚悟!」
ささやくように吐き出し、剣の切っ先を地面と水平になる位置まで下げる。そして、大股に右足を一歩踏み出すと同時に、その勢いと体重全て、そして、体中のバネを一気に開放した力を乗せて、今だその姿は見えぬが、仲間たちの手のひらによってはっきりとその位置が分かるザドレアの心臓めがけ、一直線に突き出したのである。
リオ様、ショー様を土台とした、この上なく尊くもったいない人間椅子にあたしが腰を下ろすと、次の瞬間、あたしはお二方の力強い腕に抱きすくめられていた。
こ、こここここれはハグ!?背後からそっと抱きすくめられる、ラブ度全開のハグ!?しししししししかも、一度にイケメンお二方から抱きすくめられる、ラブ度200%ダブルハグ!!!!
体中の血が全て頭に集まり、毛の一本一本からブシュッと音を立てて噴き出したかのような興奮。
と、知らず知らずのうちに震えだしていた身体を「大丈夫、安心して」となだめるかのように、あたり地面から伸びてきた、大きいけれどしなやかで、限りない優しさのこもった温かい手が、手が、手が、そっと体中を覆いつくしていく。
うわ、うわ、うわ、うわ!身体が身体が身体が身体がからだがカラダが……ふひっ!
あり得ないぐらいの至福体験に、あたしは昇天した。
体中の皮膚が伝えてくる「あたし、今とっても幸せ!」感覚を夢中で貪り尽くしているうちに、いつしか体中の力が抜け、顔はとろけて液体となる。体毛の一本一本が――満員電車のチカンみたいな、いやらしい気持ち悪いさわり方なんか、まるでされてないのに――ものすごく敏感になり、さわさわと手が動くたび、脳細胞の全てがどっぴゅんどっぴゅん幸せ物質を吐き出す。
世の中全てがピンク色のベールに包まれたかとさえ思われる光景の向こう側で、
「王よぉぉぉぉぉ……今こそその時ですぅぅぅぅ……」
「王よぉぉぉぉぉ、どうかぁぁぁぁ……」
「王よぉぉぉぉぉ、何をしておられるぅぅぅぅ……」
などと、やたらおうおう言ってるエコーのかかったアシカのような声が、どこかからぼんやり響いていたなと思ったら、次の瞬間、
「ざあどおれえあぁぁぁぁ……かあくうごぉぉぉぉx……」
愛しのケント王様が、真っ黒くて鋭くとがった剣の切っ先を、あたしの胸めがけて突き出してくるのが目に映った。
ああ、ヤバい、このままじゃ、あの剣に貫かれてあたし死んじゃうって……今すぐ身を振りほどいて逃げなきゃ……。
そう思う反面、
逃げる?ふざけてんの?この至福の瞬間を水の泡にするっての?この先絶対こんなことないんだから、とことん味あわなくてどうすんのよ!
そういう声も頭の中に響く。
でも、だって逃げないとヤバいって!死んじゃうよ?
そう反論しかかったところで、あたしはふと、狼狽が蒸発するのを感じ取った。
今、あたしって幸福の絶頂、金輪際訪れない至福の天上世界にいるよね?その瞬間に、その天上の記憶だけはっきり保ったまま死んじゃうって、やばくね?
うん……やばいかも。
だよね、やばいよね、喪女の最上級の理想の死に方じゃん!
しかも、殺してくれる相手が超イケメンなんだよ、ぜったいやばいって!
やばいやばい!超イケメン様があたしにこの上なく強い思いを向けて殺してくれるんだよ!
うわっ!よけるとか、なに考えてたんだ、あたし!めっちゃやばいじゃん!
このまま天使のような笑顔を向けて、心臓に剣が刺さった瞬間、ケント様をそっと抱き寄せて……。
やばいいいっ!メッチャクチャ、とてつもなくやばいいっ!
頭の中で自分会議を開いていたはずが、いつの間にか満場一致で「このまま殺される」と決まり、あたしは、いつの間にかすぐ目前に迫っていたケント様のご尊顔を、とろけるような微笑をたたえ、じっと見つめた。
さあ、ケント様!きて!その手にお持ちになった剣で、あたしを、あたしの心臓を思い切り貫いてくださ……
ふわりと開いた両手で彼の全てを受け入れようと身構えたその時、剣の切っ先がずぶりとあたしの胸の奥深くにまでめり込んだ。
いっってえええええええええええええええっっっっっっっっっっっっ!
天国も快感も至福も笑顔もなにもかも時空の彼方に吹っ飛ばすぐらいの痛みに、思わずあたしは般若の顔になった。
なんじゃこりゃあ!痛えってもんじゃねえぞ!死ぬ!死ぬ死ぬ死ぬ!なんとかしろよ、死んじゃうってぇぇぇぇ!
慌てふためきもだえつつ、そんな思いが頭をよぎったところで、唐突に痛みが治まった。
あ、あれ?痛く、ない?なんで?
あわてて周囲を見回すと、一体どうなっているのか、目の前にいたはずのケント様も、後ろで身体を支えていてくださっていたはずのリオ様もショー様も、他のイケメン様がたも全てかき消え、辺り一面が白い霧のようなものに包まれている。
呆然としたところで、頭の中に声が響いた。
「うわあ……こりゃひどいっすね。間違いなく死ぬっすね」
見ると、目の前にあたしよりやや若い――中学生くらいの妙に小生意気な感じを漂わせる女の子が宙にふわふわと浮きながら、あたしの傷をしげしげと眺めている。
「誰よ、あんた!?」
「誰って、やだな。この声に聞き覚えないっすか?」
聞き覚えがないこともない。けれど、あっちはもっと冷たくて無個性で、とりつくシマのない感じで……
「えー、ちょっと冷たいですって!「リミッターを外せば可能です」とかいって、ずっと使用者のあなたを助けてきたんすよ?」
「え、じゃあやっぱり、あんた鎧の声の人?」
「そうっすそうっす!正確にいうと、降誕者防御装甲ユーティリティー疑似人格っすね」
「え、なに?もうちょっと易しく言ってくんないと……」
「あー、そうしたそうした!ま、簡単に言うと、自分は鎧に宿る精霊みたいなもんっす。でもって、使用者であるあなたにいろいろためになるアドバイスをするっすよ」
「そうなんだ。でも、今までは声だけで、しかもすっげー冷たい感じだったのに、いきなり姿を見せたのはなんでよ?」
「エマージェンシーが発動されたんすよ。使用者さんの生命が危機に陥るなどして、意識レベルが低下し、正常な判断ができなくなったと判断されると、代わりに管理人たるあたしが疑似人格を全面開放し、運用を受け継ぐことになっているんす。そん時に肉体がないと不便すから、こうして実体も形成したんすよ」
「……は?」
困った顔をしてやると、鎧の精霊は「ええ、わかってるっすよ、簡単にっすね」といわんばかりににっこり笑い、
「アドバイスだけじゃどうしようもない感じになったんで、死にかけのあなたに代わり、あたしがどうにかしてあげるってことっす。もちろん、あなたにその意志があればっすけど」
「そうなんだ!それは助かる!」
「いえいえ。それで、どうするすか?」
「えーと、まずはこのまま痛みを止めて……」
「あー、ごめんなさいっす。今のままじゃ、それは無理っすね」
「どうしてよ!?それくらい、あんたの力を使えば簡単に……」
「自分、使用者さんの生命エネルギーで動いてるッすよ。そのエネルギーがなくなりかかってるんす。今はなんとか周囲の空間に干渉して時の流れを遅くしてるっすけど、それももうちょっとで不可能になるっす」
「それが不可能になったら、あたしはどうなんのよ?」
「あー、数分間、ものすごい痛みでもだえ苦しんだ後に死ぬっすね」
「やだなあ、それ。でもまあ、そろそろここにも飽きてきたし、最後の天国は味わったのに、そろそろゲームオーバーでもいいかな」
「え、いいんすか?そりゃあ、ずいぶん思い切りがいいっすね」
「だって、しょうがないじゃん。そろそろ元の世界にも帰りたいし」
「え?」
「え?帰れるんでしょ?」
鎧の精霊の驚いたような顔がちょっと気になって、あたしがそう聞くと、生意気な女子中学生はしぶい顔になった。
「まあ、帰れるっちゃ帰れますけど、意識はもうあの世に消えちゃってますし、帰ったことになるんすかね?」
「……え?あの、なに?この世界で死んだら、その瞬間、「GAMEOVER」とか「You died」とか表示されて、元の世界に戻るんじゃないの?」
「ですから、戻りますよ。死んだままですけど」
「いやいやいやいや、それじゃ意味ないじゃん!なに、この世界で死んだら、元の世界でも死にっぱなしなの!?」
「当たり前じゃないすか!ゲームじゃあるまいし、なに都合のいいこと考えてるんすか!」
「ゲームみたいなもんかと思うじゃん!こんなチート設定なんだし!」
「ここはあなたの元いた世界とはやや違った法則で動いてるすが、「現実」であることには変わりないんす。だから、こっちで死んだら、あっちのあなたも死ぬんすよ」
「えー……なんだよ、まだたったの17年しか生きてないのに、もう人生終了かよ……。あ、でもな、『死ぬまでにかなえたい100の目標』のうち、かなう可能性のほとんどない上位ベストテンのほとんどがかなっちゃったしな。どーせこの先生きてたってそんないいことないだろうし、このまま死んじゃってもいいかも……」
あたしがうっとりとこれまでにかなった目標の数々――イケメン様の部屋の壁になって日がな一日眺めていたいとか、壁ドンとかよろガンとか、イケメン椅子とかイケメン椅子とかイケメン椅子とかを反芻していると、鎧の精霊は半ばあきれた、半ば感心したような声を出した。
「さすが使用者さん、大した度胸っすね。感心するっす」
「そりゃあ、だてに長いこと喪女はやってないから。イケメン欲さえ満足するなら、死んじゃってもどうってこと……」
ふふん、どうよと言わんばかりにつんと上を向いて軽く胸をはると――胸をはるようなことじゃないような気もするけど――精霊は、ゆっくりと首を振った。
「あ、いや、そっちじゃないんすよ」
「え?じゃ、なによ」
「ちょっと考えてみてくださいよ。このまま使用者さんが死んじゃうとあっちの世界のあなたも、生命エネルギーの枯渇で――ってことは、傷もなにもない状態で死んじゃうわけっすよ」
「ああ、うん」
「使用者さん、こっちの世界に呼ばれる前、なにしてたか覚えてるっすか?」
「なにって、このみ――友達から借りたホモゲをクリアして……え、まさか!」
あたしが目を見開くと、精霊は深々とうなずく。
「そうなんすよ。クリアした直後、オトコとオトコがすっぽんぽんで抱き合う画像をニヤニヤしながら観てるとこで、呼ばれましたよね?あっちの世界じゃ使用者さん、今現在、あの表情のまま、意識不明になっちゃってるんす。そのまま、こっちの世界で死んじゃうと……」
「あのめっちゃえろい画像を観たせいで、ショック死したとか思われる?」
「ええ、それも、とろけそうな笑顔で」
「ヤバいじゃん!」
「ええ。しかも、自室での変死っすから、警察の捜査が入るっす。そうすっと、いろいろ見つかっちゃうわけっすよ。パソコンの中の極秘画像で一杯のフォルダとか、クローゼットの中の薄い本の山とか、引き出しの裏にはり付けてある『乙女のマル秘妄想ぐへへ日記』とか」
「やあああ!ちょっとそれ、マジヤバいって!そんなん見つかったら……」
「お葬式でなんて言われるでしょうね。「真面目そうに見えたのに、あんなゲームしてるなんて」「他にもいかがわしい画像とか本とか、山のように見つかったって」「お年頃だし、彼氏さんもいなかったみたいだし、そういうことに興味があるのは分かるけど、まさかそれ観て、興奮のあまり死んじゃうなんてねえ」なんてうわさの的になり、学校じゃ、緊急全校集会が開かれて、在学中に不慮の事故で亡くなった佐藤れいあさんに黙祷、とか校長が言った瞬間、あちこちからくすくす笑いがもれて……」
「やあああああああああ!超ヤバい!恥さらしもいいとこじゃん!」
耳の先まで真っ赤になったあたしがわたわたしてるところへ、
「だから言ったんすよ、いい度胸してるっすって」
「考えてなかった!無理無理無理無理!死ねない!とにかく今の状況のままじゃ、絶対死ねない!なにがなんでも助からねえとまずいって!ね、お願い、なんとかして!」
○ラえもんに泣きつくのび太さながらの必死さでかき口説くが、鎧の精はなんともつれない表情のままだ。
「え~、本気っすか?」
「もちろん!本気も本気、超本気!」
「本当に、本気の命令っすか?」
「命令でも指令でも申しつけでもお達しでもお願いでも号令でもなんでもいいから!とにかく無事にあっちの世界に返して!てか、返せ!」
そう叫ぶ。と、相手はこの上なく悪そうな顔で、にやりと笑った。
「かしこまりっす」
そう言ったかと思うと、それまでの親しげな様子はどこへやら、精霊はすうっとあらゆる表情をその顔から消去し、口調も冷静そのものといった「いつもの調子」に戻し、
「最優先指令『タシサエタ・スカリャ・ホカド・デモイーワ』受諾いたしました。これより、ありとあらゆる手段をつくし、使用者様の生命を救済いたします」
と宣言した。
途端に、とてつもない痛みと苦しみが戻り、
「うぐぐぐぐ……」
あたしは思わず前屈みになり、口からどばどば血を流しつつ、両手の指をカギにして胸のあたりをかきむしる。
が、鎧の精霊はそんなあたしに一切同情することなく、
「使用者様の生命現象終了予定までおよそ180秒。可及的速やかな対処の要あり。今しばらくご辛抱を」
すげなくそう言い残すと、いきなりふっと、どこかへ消えてしまったのである……。
さて、それより数分前。
今まさにザドレアが討ち取られんとしている聖トゥーハ王国首都ニンマイム城門前から遠く離れた、オジ教団本部神殿の地下深くに造られた秘密の小部屋に、ふっと出現した影があった。
ゴヤーノである。
アベーロ師が命をかけ「漆黒の魔剣」を精製し終わるやいなや、邪神の力の根源たる『原初の三冊』の中の一冊である『黒の書』をその腕に抱え、得意の空間移動術でこの場所に転移してきたのだ。
うずくまり、身をぎゅっと縮めた姿のまま、顔だけを持ち上げ、自分が今いる場所を確認したところで、ゴヤーノははじめて緊張をほどき、ゆっくりと立ち上がった。
「……成功だな。五年もの間、日夜移動術を修行した俺だけに可能な、超長距離空間移動。さしものザドレアも、ここまで追ってはこられまい。いや、それ以前に、ここを探知することすらできぬだろうしな……」
く、くくく、くくくくと抑えた声が聞こえはじめる。
ゴヤーノが笑っているのである。
「くくくくくく……やったぞ、ザドレアを倒した!過去の偉人でさえ太刀打ちできなかったかの魔神を、俺と師匠で倒したのだ!」
笑い声は高まり、うは、うははははと勝ち誇った大声となる。
「ざまをみろ、ケメンの者ども!俺にむかって「フィンキ・ケメン」といわれなき噂を立て、バカにし、侮り、さげすんだヤツらよ!お前らは、その見下していた俺の、この俺の功績により、勝利を手にしたのだ!師匠を、俺をたたえよ!屈辱の表情を浮かべ、俺たちに引け目を感じ、恥じ入りながら生きていくがよい!俺は『黒の書』の番人として、ここで一生を送ることになるだろう!だが、それとて、お前らの恥辱混じりの賞賛の声さえ聞ければ、何ほどのこともない!ああ、そうとも!お前たちはこれから一生、クソ虫扱いしていた俺の手により生かされたことに引け目を感じ、自らの非才を呪いながら生きていくのだ!」
うははははは……と、勝ち誇った心地よさげな高笑いを響かせていた、そこへ。
「あ、いたいた」
誰もいない、立ち入ることさえできぬはずの小部屋に、涼やかな声が響いた。
驚きのあまり、ゴヤーノの笑い声は「うはははは……は?」と瞬時に途切れる。ぎょっと目を見開いて声のした方を見ると、そこにはケメンともウォマイラとつかぬ顔だちをした――それこそ、フィンキ・ケメンではないかと思われる容貌をした少女が、微笑みを浮かべて立っていた。
呆然と立ち尽くすゴヤーノに向かい、少女はつかつかと近づくと、胸に抱えていた『黒の書』を、ひょいと抜き取る。
「これこれ。ごめん、ちょっと借りてくっすね」
「……へ?」
「てか、もともと自分の管理してたものすから、借りてくってより返してもらう、っていった方がいいっすね。じゃ、急ぐんで、これで」
「え、いや、それは、あの……」
動揺のあまり、おろおろとうわずった声しか出せないゴヤーノに向かい、「バイバイ」と言わんばかりに元気よく手を振ると、現れた時と同じく、少女は音もなく姿を消した。
少女に釣られて、ゴヤーノも思わずおかしな笑みをうかべ、持ち上げた右手を2、3度力なく横に振ったところで、ようやくなにが起こったのか、心の中にじわじわと染みこんでくる。
「え?あ?あ、ああああああああっ!」
誰のいない、地下深くの小部屋に、ゴヤーノの取り乱した絶叫が響いた。
し、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、死ぬ……。
額に青筋を幾本も浮かび上がらせつつ、胸から下を血まみれにしながら必死で傷口を両手で押さえ、とんでもない苦痛に耐えていたところへ、鎧の精霊は再びふっと目の前に出現した。
どこに行ってやがった、このクソガキ!
そう叫ぼうとしたのだけど、口を開けたとたん、大量の血がどばあっ噴出し、ふらっと意識が遠のいていく。
けれど、鎧の精霊ときたら、生死の境をさまようあたしに目すら向けようとすらしない。
その様子に、最後の希望まで断ち切られたような気がして、あたしの中のなにかがくだけた。
あ、あかん……死ぬ……。
瞳が勝手にぐるんと裏返り、身体がひくひくとけいれんし始める。
目の前が、そして意識が白くかすみ、ぼうっとなったところへ、あくまで冷静な声が、どこか遠くから響いてきた。
「緊急時対処プロトコルにより、使用者の代理人にして世界の管理者たる我が命ずる。『黒の書』『死の書』そして『歴の書』よりなる『原初の三冊』よ、その真なる姿を現せ」
はっと黒目を戻すと――てか、白目って意志の力で黒目に戻せるもんなんだね――祭壇の二冊と、鎧の精が手にした一冊がふわりと宙へ浮かび上がり、正三角形を形作ったまま、ものすごい勢いで回転しはじめる。
回転スピードはどんどん上がり、もはやドーナツ型の円盤にしか見えなくなったところで、そのドーナツが穴に向かって急に縮み、ぽん、と音を立てて、一冊のペラペラしたノートになった。
かすんだ目に映ったそのノートは、少女マンガ雑誌のフロクかなにかなのか、数年前に流行った変身魔法少女アニメのおめめキラキラ金髪ミニスカヒロインが表紙に描かれた上に、黒マジックででかでかと「黒歴死の書」とかかれている。
あ……あれは……。
モーローとした意識の奥底から、記憶がふわりと浮かび上がってきた。
……そうだ、あれはまだあたしたちが中学校に入学したばかりだったころ。親友の虹尾このみは、あたしより一足先にませ始めて、クラスメートに恋をした。そいつは確かにイケメンだったけど、性格はサイアクだった。このみがバレンタインデーに決死の思いで渡した手作りチョコを、クラス中が見てる中、メガネガリブスがいっちょ前にオレにホレやがって、気持ち悪いんだよ、バカじゃねえの?とかニヤニヤ笑いながら言って、ゴミ箱にダンクしやがったっんだ。
何時間もめそめそ泣き続けるこのみを、あたしは慰め続けた。自分の部屋のベッドに突っ伏して身体を震わせる彼女の背中をさすりながら、あたしも涙を流した。そして、ふと思いついたんだ。
「そうだ、このみ、二人で話作ろう!あいつみたいなイケメンヅラした性格ブサイクがものすごくひどい目に遭う……あいつらがバカにしてる、スクールカースト低めの女の子にギタギタにされる、そんな話考えよう!」
それで、このみが物置から引っ張り出してきたあのノートに、中2病まっただ中の女子らしく、マジックで「黒歴死の書」とでかでかと書き、二人で世界設定やあらすじを、夢中で考え、書き綴っていったんだった……。
このみのやつ、あんな恥ずいノート、まだもってやがったのかよ……しかもあいつ、いまだにいろいろ設定書き加えてやがったな……。
「最優先指令『タシサエタ・スカリャ・ホカド・デモイーワ』発動プロトコルにのっとり、世界設定の改変開始」
鎧の精霊が涼やかな声で命じると、「黒歴死の書」がバラバラとめくられ、後半部分の白紙のページが開く。
そこへ銀白色に輝くペンが――このみ愛用の「書きやすさ抜群ペン」だ――忽然と宙に現れ、ものすさまじい勢いで自動的に文字を書き込んでいく。
30秒もしないうちにペンは動きを止め、書き終えた文字を満足げに一瞥するかのようにふんふんうなずくと――いや、ウソだと思うかもしれないけど、本当にペンがうなずいたように見えたんだって――そのままふっと消失し、同時に「黒歴死の書」もパタリとそのページを閉じる。
「設定改変終了。最優先指令受諾より準備完了までの経過時間、106秒。なんだ、思ったより早めに終わったすね。もう少しぎりぎりの方が、いかにもクライマックスらしく盛り上がるのに残念す。あ、そうだ、なんか不具合が起こったことにして、生命反応が消失ぎりぎりまで粘ったら……」
そこまで言いかけたところで、鎧の精霊は、顔中血まみれでなおも血を吐きつつ、襲いかかる直前のゾンビのような表情でにらみつけているあたしに、ようやく気づいたようだった。
性悪中2女子の精霊は軽く咳払いすると「え、なにか聞こえました?あたしはなにも言ってませんよ」と言わんばかりのしれっとした表情となり、厳かに宣言する。
「『タシサエタ・スカリャ・ホカド・デモイーワ』発動」
刹那、あたしを包む鎧は元の漆黒の姿となり、腰からの下の部分から一斉に伸びた無数のトゲトゲが、ものすごい勢いで地面にめり込み、目にもとまらぬ速度で――いや、地面の下での出来事なので、どうせ目にはとまらないんだけど――地下深くにまで掘り進んでいく。
やがて、目当てのもの――この世界の地下を流れる竜脈に達すると、トゲトゲはその先端から一挙に必要なエネルギーを吸い上げつつ、竜脈をたどって世界全体に網の目のように広がりはじめた。
一方、鎧本体に送られたエネルギーは鋭いトゲトゲに姿を変え、全身からハリネズミのように突き出し、やがて、それらが一斉に、四方八方に撃ち出され……。
そして、殲滅が始まったのだった。




