第2章 暗黒邪神ザドレア、危機一髪! 1-4
1
イナーチャから聞いた話だと、あたしが(いやいやながら仕方なく)暮らしているウォマイラ帝国っていうのは、ケメンの地の北のはて、険しい山脈に囲われた盆地みたいなところにあるらしい。
でもって、ここから他の国へ抜けるには、南に下って関所を抜けるか、西の深い森と山脈を越えるしかないらしく……ということで、あたしはこの「ケメン」とかいう地に召喚されてから十日ほどたったその日、帝都からかなり西に位置する「ヒンソーの森」の中の細道を抜け、さらにそこからうねうねと山肌を縫って続く峠道を、ぶうぶう文句を言いつつ上がっていた。
「ねえ、ちょっと!これっておかしくない?あたし、神様だよね、あんた方の?普通さあ、そういう、とてつもなくえらい人って、籠みたいな乗り物に乗っかって、皆に運んでもらえたりするもんなんじゃないの?なのにさあ、なんだってこんなしんどい思いして、自力で山道歩かなくちゃいけないの?てか、さっきから何時間歩いてると思ってんの?いい加減疲れたって……!」
「ザドレア様。御身に多大なるご負担を強いておりますこと、まことに心苦しゅうございますが、今しばらくご辛抱願えませんでしょうか?もうしばらく歩きますと、開けた場所がございますので、そこで休憩を……」
「あんた、さっきもそう言ったけど、全然じゃん!いつまでたっても広場につかないし、襲ってくる奴らは、みんなあたしに任せて逃げ出すし!この山道に入ってから、あたしが一体どんだけモブ敵をやっつけたと思ってんのよ!」
「誠に申し訳ありません、私たちウォマイラは、戦闘は基本的に苦手でして……」
「本ッ当に使えない!ブサイクなんだから、せめて肉の壁として、敵の前に立ちはだかるぐらいのことをしたらどうなのよ!あたしのしもべなんでしょ!」
「確かに我らウォマイラは、ザドレア様にお仕えすることをなによりの喜びとする、しもべでございます。あなた様のためでしたら、この命など、喜んで捧げます!……が、敵の手にかかって無駄に命を落としなどすれば、それ以降あなた様にお仕えすることがかなわなくなってしまいますから……」
「うっわ、ありがちな言い訳!いいから捨てろよ、あたしのために命を!」
「いえいえいえいえ、長くあなた様にお仕えすることこそ、我らウォマイラの使命でございますので……」
なんか、こうやって思い出してみると、しょーもないイチャモンつけて、オッサンからかって遊んでるすっげーイヤなオンナみたいだけど――まあ、確かに性格はそんなによくないかもだけど――実のところ、これはただ単に、オッサン達がおろおろするのがおもしろくて不機嫌なフリしてただけだ。
いやまあ、あのブサイクジジイどもときたら、口では「あなた様こそ至宝」「魂の救い主」とか、調子いいこといってるくせに、敵に出会うたび、あたしを置いてさっさと逃げ出したり、あたしを盾にしたり、ひどい時には「お願いします!」とかいいながら、あたしを敵の方に押しやったりする。しかも、出会う敵出会う敵、モブ面かせいぜいフツメン程度のしょーもないやつばっかりで、ちっともイケメン様にお会いできず、ちょっといらついてたってのはある。
けど、実際のところ、どんな敵が襲ってきても、例の鎧さえそばにあれば、鎧が勝手に身体に装着され、勝手にものすごい早さで動いて――相手が馬に乗っていようが、どんな分厚い鎧を着ていようが、なんなら10人ぐらいで襲いかかってこようが、一切関係なく――瞬殺する。それに、なんならはじめから鎧を着込んでさえいれば、勝手に脚を動かして、とっとこ道を歩いてくれるので、全然疲れることもない(その代わり、脱いだ後、なんだかものすごく腹が減ってるけど)。
その上、天気は上々、ほどよく光が差し込んで明るい森に、小鳥の鳴き声が、ちち、と響いたりしてたし――内緒だけど、内心は希望と期待にあふれかえっていたしで――あたしはこの遠征を、ハイキング気分で楽しんでいたのである。
後からついてくるウォマイラのブサメンどもは、空腹で、それどころじゃなかったかもだけど……。
2
で、なんだってあたしがわざわざ遠征に出かけなきゃいけなくなったかというと……お察しのように、それにはあたしの食欲が、深く深く関係していた。
召喚されたあの日以来、あたしは三度三度のメシのたびに必ず、ピザ丸々二枚とコーラ水差し2杯をかっ喰らっていたのだ。
そんな「エブリディ大食いチャレンジ」とか「短期間でどこまで太れるかに挑戦」とかみたいな、SNSの大食いみたいなことをしてたかというと、一つにはもちろん、純粋にピザがうまかったからだ。
ウチャーマは「帝国一の料理人」とその名も高いだけあって、どのピザもどのピザも、生地、ソース、具材、チーズを完璧にマッチさせた素晴らしい作品であるだけでなく、1枚目と2枚目の味の組み合わせまで考え抜かれた、まさに「食のシンフォニーやあ~!」といった感じのものだったから、ので、7日目ぐらいまではそんなにげんなりもせず、出されたものを最後まで残さず、おいしく食べることができていたのである。
とはいえ、それでもやっぱり、ピザはピザだった。
いくら手の込んだ、素晴らしい、バリエーションに富んだ味わいとはいえ、さすがにこうも連続でピザピザピザピザピザピザピザピザピザとなると、さすがにちょっと飽きてしまってくる(すっげーぜいたくだと自分でも思うけど)。
で、遠征に出かける前日の夜、
「ザドレア様……お待たせいたしました。本日の昼餐に供します『プ・イーザ』は、薄手の生地にワイトリームソース、ブロツコリにサルモン、クオーンにタマネーを配し、味の濃いグオーダーで仕上げたものでございます……」
と、後ろに大皿を捧げ持った侍女を引き連れ、あたしがただ一人座る食堂へ、暗黒司祭長ヤムザと、料理番の――とてつもないデブで、豚そっくりの顔にいつも汗をかいている――ウチャーマが入ってきたときも、なんだかちょっと、スンとした表情を顔に浮かべていたのである。
「ああ、なる。薄手のピザ生地にホワイトクリームソース、ブロッコリにサーモン、コーンにタマネギをあしらい、ゴーダチーズをかけた北海道風ピザだね。はーい」
と――この頃には、あたしもウォマイラの言葉が大体理解できるようになっていたので――素っ気ない返事をし、無言でピザを一切れひっつかむ。
と、その時、ちょっとした異変が起こった。
それまでは、あたしがどんなに気乗り薄な態度を見せても、
「さあ、どうかお召し上がりください!」
と、ヤムザはいそいそと皿をあたしの正面におき、満面の笑顔で、コーラの入った水差しを差し出してくれていた。
ところがこの時は、
「ああ……食べられますか。ですよね、はい」
と、なんだかあたしがピザを食べるのが残念だ、といわんばかりの態度で、のろのろとコーラを注ぐのである。
どうしたんだコイツ、ブサイクのくせに、生意気にも悩み事?……なんて思いながら、あたしは、手に持ったピザの先端だけ食いちぎると、もごもご咀嚼し、飲み込んだ。
「うん、うまいね」
と、やはり表情も変えないまま、素っ気なくそう言うと――普段ならその一言で狂喜乱舞するはずなのに――ヤムザはへらっと力なく笑い、「ああ、そうですか。それは結構でございましたね」と、やや捨て鉢な様子でそう吐き捨て、あらぬ方に視線を向け、ふてくされたような表情を浮かべたのである。
その、あまりにも不敬な態度に、あたしは手にしていたピザを、思わず皿にたたきつけた。
「ちょっと、ヤムザ!アンタ、どういうつもり!」
が、ヤムザはなにも言わず、目を見開いて、ひたすらあたしの手元を見つめている。
「ちょっと、聞いてんの、ヤムザ!」
あまりに不敬な態度にぶち切れたあたしは、力任せに食卓をぶったたいた。
力を入れすぎたせいか、皿と水差しががちゃがちゃと揺れ、倒れそうになったところで、
「ああっ!」
ヤムザは大慌てて食卓にかけより、倒れる寸前で水差しを支える。
そっと水差しを元に戻したところで、ヤムザは、きっとあたしをにらみつけた。
「なんてことをなさるんです!」
「なんてことって、あのねえ、そもそもアンタが生意気な態度を……」
「私たちがどのような思いでこのプ・イーザとク・オーラを用意しているか、おわかりになっていますか?この人さらにどれほどの汗と涙がしみこんでいるのか、分かっているのですか!」
「いや、あんた、たかがピザとコーラで、なにいって……」
「たかが、だと!神々への貢ぎ物であるからと、決死の思いで用意をした聖餐を、たかがプ・イーザだと!」
あたしをにらみ据えるヤムザの顔がみるみるゆがみ、赤いメガネの奥の細い目から、つうっと涙が流れ出した。
少々ひがみっぽいところはあるものの、どちらかというと脳天気で、あたしがなにを言おうと明るく朗らかな答えをよこしていたヤムザの、思ってもみなかったマジで深刻な様子に、あたしは思わずあせってしまい、
「え、や、その、だって……」
言い訳にもならない言葉をただ羅列する。
そこへ、
「ザドレア様、今のはちょっとひどすぎますよ~」
料理番のウチャーマまでが情けない声を上げて泣き出し、その場に居合わせた全員が、あたしにじっとりとした非難の視線を投げかけてくる。
「なによ……なんだって言うのよ……」
あたしはほとほと困り果て、異変を耳にしたズィーロたちが駆けつけてくるまで、冷たい目線の中、しょんぼり立ち尽くしていたのだった。
3
「え、なに!?それじゃアンタたち、ここ二日間、なにも食べてないわけ!?」
ズィーロが困り果てた表情でおそるおそる口にした事情を聞いて、あたしは思わず、素っ頓狂な大声を上げていた。
「はい、さようでございます、ザドレア様……」
「なんでそんなことになってんのよ!」
「なんでって、それはその、この神殿の食料備蓄が尽きてしまったからでして……」
「だから!周り中敵だらけで、すげーヤバい状態だって分かってたんでしょ?なのに、どうして全然食料を貯めておかなかったのかって、聞いてんの!」
「いえ、ですから、食料は大量に備蓄しておりました!国内に残るウォマイラ二万人が、優に一年間は生き延びられるほどの食べ物を、この神殿の地下に!」
「そんなにあったの!?それが、どーして10日ぐらいでなくなっちゃうのよ!」
「それは、その……」
「なに、はっきり言えよ!」
イライラして怒鳴りつけてやったっていうのに、ズィーロのヤツときたら、滝のように流れる汗をしきりにぬぐいつつ、ややうつむいて、もごもごと口を濁すばかり。
と、そこへ、暗黒大神官の後ろに隠れるように控えていた暗黒司祭長、ヤムザが、決然とした表情で、いきなり立ち上がった。
「しょうがないでしょう?どっかから突然現れた味方面したいけ好かないヤツが、バクバクバクバク、胃袋底なしかよって勢いで、バクバクバクバク、備蓄のほとんどを食べちゃったんだから!」
「ヤムザ!神の御前でなにを言う!不敬であるぞ!」
ズィーロが振り向き、ささやき声でたしなめる。
けど、それでもあたしはまだ、状況が分かっていなかった。
「なに、そのいけ好かないヤツって?そんなにバカみたいに食べるの?二万人分の食料備蓄全部食べようとするなんて、相当食い意地のはった、ものすごいデブ野郎?」
と、なんだってそんな話を自分が聞かされているのか考えもせず、真剣な顔で尋ねてしまったのである。
言われたヤムザは、相当まごついてはいたものの、
「えーと、まあ、その、なんというか、見た感じ「やせている」のカテゴリーには、ちょっと入れにくい印象があるかと……」
おそるおそる、そう口にする。
「なにそれ、結局デブってことじゃん!しかも、アンタたちが困ってるってのに全然気がつかない、ものすごい鈍感なヤツなんでしょ!」
「えーと、まあ、その、気が回るとは申し上げにくい点が多々見受けられまして」
「自分だけはたらふく食ってえらそうな顔してる、しょーもないヤツってことだね?ったく、しょーがないな、そいつ、ここへ連れてこいよ!あたし自ら、こってり絞ってやるから!」
「え?あ……はい、いえ、え?」
思い切りキョドるだけで、いっそ体を動かそうしないヤムザにいらっとして、
「なんだよ、なに戸惑ってんだよ!いいから、さっさと連れてこいよ、説教してやるから!」
あたしはさらに、追い打ちをかけた。
が、まずますヤムザはキョドるばかり。
と、そこへ、それまでずっと黙ってかしこまっていたイナーチャがおもむろに立ち上がると、あたしをきっと見据えた。
「分かりました、ザドレア様。ただいま、寝室より等身大の姿見をお持ちいたします!どうか、鏡の向こうに見える「その方」に向かって、「この食い意地の張ったデブの無神経ヤロー!」とたっぷり言い聞かせてやってください!」
そう言うとイナーチャは、ほおらボク、今いいこと言った、これで万事解決、満足ですよね?といわんばかりに、にんまりと笑い、オマケにぐっと親指まで立ててみせた。
それを見て、あたしはようやく眉根に皺を寄せ、困惑した表情になる。
「え……姿見……に説教?」
しばらく考えたところで、ようやくヤムザの決死の態度やズィーロの慌てぶり、どこからともなく現れた、胃袋底なし……なんて数々がようやく一つにまとまり、頭の中で一つの意味を形作った。
「え?なに?……ひょっとして、その、食い意地のはったデブヤローって、あたし?」
おそるおそるそう尋ねると、
「いえ、ザドレア様、食い意地の張ったデブの無神経ヤローでございます」
伏せていた顔を上げ、至極真面目な調子でヤムザが訂正する。
その言葉を聞いたズィーロがあわてて、
「これ!よさないか!」
とたしなめた後、そうっとこちらを見上げた。
「そのー、ザドレア様が、今日まで毎日毎日、毎食毎食、二枚ずつお召し上がりになっていた『プ・イーザ』でございますが……あの『神の食事』1枚には、我らウォマイラ5万人分の食材から抽出したエキスが詰まっているのです」
「え!5万人分!うそ!」
「いえ、残念ながら、真実でございます。ちなみに『ク・オーラ』一瓶には、食事2万人分のエキスが」
「マジで!そんなに食べたら、太っちゃうじゃん!」
「……心配するところ、そこ?」
思わず本音が声に出てしまったのだけど、イナーチャの小声のツッコミで我に返り、あたしは、咳払いをしてその場をごまかすと、気を取り直し、真剣な表情をしてみせた。
「どうしてもっと早く言わないのよ!そしたら、あたしだって少しは我慢したのに!」
「何回もそれとなく申し上げたじゃないですか!『このところやや不作が続いておりまして』とか『この夏は嵐の来襲が多く、民も難儀しておりまして』とか!そうやって申し上げるたび、『へー、そうなんだ。大変なんだね。ところで、おかわりはまだ?』っておっしゃってたじゃないですか!」
コントかなにかみたくあたしの真似をしてみせるイナーチャ。確かにそういった覚えがあるあたしは、ぐ、とつかの間言葉に詰まり、それから逆ギレした。
「仕方ないじゃん!あたし、JKだよ?政治になんか、興味あるわけないじゃん!」
「JK」ってものがなにか、相変わらずはっきりとは分からないままだったけど、なんだかとりあえず、政治とかそういったものには一切興味がなく、ぼんやりヘラヘラ過ごしているっていうイメージだけは頭の中に残っていた。なので、そう開き直ったんだけど……。
「政治もなにも、『不作』に『嵐の来襲』とくれば、普通は『食糧不足』と結びつけますって!」
「JKには、そういう脳内機能は装備されてないの!」
「ええ~……」
目の前の暗黒司祭たちが、皆そろいも揃って世にも情けない顔になったところで、あたしは、大きくため息をついた。
「とにかく!このままじゃ、みんな揃って飢え死にしちゃうってこと?ああ、もう、分かったって!なんとかしてやんよ。どこにいきゃ食料があんの?」
「それがその……我が帝国には、どこを探しても、もう一粒のコ・ムーギすらない状態でございまして」
「え、神殿だけじゃなく、国にも食べ物がないの?」
「ケメンの奴ら……国境を接するショターニキやスタットンの奴らがたびたび侵入しては、我々の食料庫を襲い、備蓄した穀物などを、根こそぎ強奪していくのです」
ヤムザが悔しげに肩をふるわせ、さも憎らしそうにそうつぶやく。が……ケメンの方々と聞いて、あの広場でご尊顔を拝した、神としかいいようがないイケメンの方々を思い出したあたしは、いかにも疑わしげな声を出さずにはいられない。
「あんなパーフェクトなイケメン様たちが、そんな悪逆非道なこと、する?なんかの間違いじゃない?倉庫番の誰かが火遊びでもして、それが倉庫に燃え移っちゃったとか」
「いえ、本当なのでございます!奴ら、食料を奪うばかりか、我らが手塩にかけた畑にまで塩をまき、不作の呪いをかけて、二度と作物が取れないように……」
「ええ~?あのイケメン様たち、絶対そんなことしないって!アンタ方の誰かが寝ぼけてたちションして、ついでに寝言で変な呪いをかけちゃったとか、そういうことでしょ?」
「それじゃ、我らウォマイラはまるっきりアホみたいじゃないですか!」
「え、違うの?だって、見るからにアホっぽいし」
「ザドレア様!それは、いくらなんでもひどすぎますって!見かけで中身まで判断しないでください!」
「え、だって、頭脳明晰で判断力抜群、天才的な洞察力を誇るキャラっていえば、イケメン様と相場が決まってんじゃん!でもって、ブサイクは決まって愚かでマヌケで鈍くてそのくせ小ずるくて卑怯者で……」
「差別です!作り事とリアルな現実を一緒くたにしないでくださいよ!」
もはや泣き声交じりで訴えかけるヤムザをまあまあとなだめ、代わってズィーロが一歩前に出ると、
「ザドレア様。ケメンの奴ばらは身分の上下を問わず、皆『シキタカーイ』教典に記されている教えを固く守っておりましてな。選ばれた民である自分たちは、泥にまみれて農作業をするなどあり得ない、その手に持つことを許されるのは剣と手綱のみ、それらを用いて下々の者たちを統べることこそ、天から与えられし責務であると、そう考えておるのです。ですから、農作業は奴隷――すなわち、我が国よりかどわかした我らウォマイラ任せ、自らはできる限り農作業に従事しないようにし、どうしても働かなければならぬ時もしぶしぶ、この上なくだるそうに鍬を持つのでございます。当然、そのような労働体制ではろくに収穫も上がらぬのでございますが、なんともけしからんことに、奴ら、足りなければ、奪い取ればよい、とばかり、収穫期になるたびに我らの土地へと侵入し、手塩にかけた作物を、収穫を奪い取っていくのでございます。力弱き我らはなすすべなく、幾百年もの間、ずっと標的にされて参ったのです……」
沈みきったその声に、神殿に居合わせた皆が、袖口を目に当てたり、天を仰いだりしつつ、忍びやかにすすり泣きの声をもらした。
けれど、あたしの脳内に再生されたのは、イケメンが白銀の鎧に身を包み、勇ましく馬を狩る雄姿だったから、つい、
「まあ!なんてお上品でお優雅なお考え!やっぱりイケメンの方々は、思想まで高邁であらせられるのだわ!」
うっとりした声でそうつぶやいてしまい……またもや皆から冷たい目線を浴びせられることになった。
「ま、まあ、そういうわけでございまして。残念ながら、我が国にはもはや、全く食糧の蓄えがございません。その代わりと言ってはなんでございますが、隣国のショターニキやスタットンには、おそらく、我らから奪い取った食糧が山のように……」
「あ、それじゃ、どっちかに使者でも送って、分けてもらえばいいじゃん!」
「それが、ケメンの奴ばらは、我らウォマイラを劣等民族――いや、下等生物と見なしておりまして。あのような者たちと大陸を分け合うとはもってのほか、種族を根絶し、この世から抹殺せねばならないと、そのように思い込んでおるのでございます。ですから、使者を送ったところで、食糧を分けてもらえるどころか、高笑いして『いいぞいいぞ、そのまま皆滅びてしまうがよい!』などと言い放たれるのが関の山で」
ふーん、それじゃ仕方ないね、そのまま滅びちゃいなよ、仕方ないよね、ブサイクなんだし……と口に出しそうになるのを危うくこらえ(さすがにそこまで言ってはいけない気がしたのだ)、あたしは口をへの字に曲げて、腕を組んだ。
「そっか。じゃあ、どうすんのさ」
「ですから、その……」
意味ありげな、期待に満ちた、すがるような目で、ズィーロがあたしを見つめた。
いや、ズィーロだけじゃない。
気がつくと、神殿にいる全員が、神様に祈る時そのままの目つきで――中にはご丁寧にも、両手を胸の前でかたく組み合わせて――じっとあたしを見つめている。
え、なに、アンタたち、あたしに隣の国に攻め込んで、食糧奪ってほしいとかって思ってんの!?ふざけんな、そんなことするわけないじゃん!なんだってこのあたしが、イケメン様に嫌われ、憎まれるようなことしなきゃいけ、な……
頭に思い浮かんだそんな言葉を目の前に立ち並ぶブサイクどもに思い切り叩きつけてやろうとしたその時、ふと、頭にある考えがぽっと浮かんだ。
そうか!これってひょっとして、チャンスじゃね?
そこであたしは、まさに喉元まで――前歯のすぐ後ろまで出かかっていた罵詈雑言を引っ込め、神そのものであるような――いや、神なんだけどさ――慈愛の微笑みを頬に浮かべると、ゆっくりうなずいた。
「分かりました。皆が困っているのも、元はといえばあたしのせい。責任を持って隣国に攻め入り、食糧を手に入れましょう」
「おお!」
「まことでございますか!」
「なんとありがたい!さすがはザドレア様!」
「我らが救い主様!」
皆が歓声をあげ、大騒ぎしている中、あたしは一人、にまにまと笑い続けていたのだった。
4
ということで、あたしたちは急いで「ショターニキ攻略部隊」を組織し、転移魔法で西のヒンソーの森へと赴き、シューカイ山脈を越える峠道を登って、国境にあるハムンザの砦を急襲することになったのだけれど……もちろんあたしは、その砦を守っているはずのイケメン様たちと戦うつもりなど、毛頭なかった。
じゃあ、なんでわざわざ砦まで出かけることにしたかといえば、理由はただ一つ。それにいけば、イケメン成分を補給することができるんじゃね?と気がついたからだ。
そもそもあたしがピザとコーラをバカスカむさぼり食っていた一番大きな理由は、ただ単に食い意地が張っていたからじゃなくて――もちろん、それも多少は、多少はあるかもしれないけれど――食欲を抑えるための歯止めである、イケメン様がいなかったからなのだ。
目の前にイケメン様の美しいご尊顔さえあれば、あら不思議、あたしはうっとりとその芸術的な造作を眺めるだけでお腹いっぱいになる。
マジな話、イケメン様はあたしの生きる糧であり、それさえあれば他になんもなくても――なんなら一週間ぐらい飲まず食わず、睡眠さえ取らず、1日1回トイレに行くだけで――生きていける。逆に、イケメン成分が足りなくなると、即座に禁断症状が起こり、食欲やなまけ欲、ゴロ寝欲やブサイク迫害欲が爆発し、日がな一日寝転がってむしゃむしゃなにかを食いながら、常にイライラとブサイクなバケモノたちを怒鳴りつけないと、生きていけなくなってしまうのだ。
ウォマイラどもに食糧不足を訴えられたその時、あたしは「イケメン禁断症状」が10日間も続いていたせいで、もはや爆発寸前、一刻も早くイケメン成分を補充し、心身の平安を取り戻さないと、いつ暴れ出してもおかしくない状況に陥っていた。このままブッサイクなクリーチャーどもに囲まれて生活するなんて耐えられない、我にイケメンを、カモンイケメン、我に光を!と切羽詰まっていたところに「イケメン様のおそばにいくことができる」遠征をと頼まれ、これは絶好の機会、砦にこっそり近寄って、存分にイケメン様を鑑賞させていただき、なんならそのかぐわしい香りや美しい挙措動作なども存分に吸い取らせてもらおうと、ただそれだけを考えていたのである。
ウォマイラたちが飢えに苦しんでいることなど、もはやあたしの脳内からはほぼほぼ抜け落ちていた。
食糧?大丈夫大丈夫、人間一週間ぐらいなにも食べなくても、イケメンさえ観てりゃ生きていける!まして、普通の人間より生命力だけはあるのがブサイクなんだから、ひと月ぐらい食わなくったって、なんとかなるっしょ!いざとなったらあたしが鎧を脱いで、イケメン様たちに「お願いです、食べ物を恵んでください!」って涙目で訴えれば、大丈夫!イケメン様はきっと、哀れでいたいけなJKのお願いをかなえてくださるはず、だってイケメンだもの!さあ、急がないと!ああ、イケメン様、ただいま参ります!レッツゴーイケメン、イッケメン、イッケメン♪
などと、もうすぐイケメン様との邂逅が待っているという期待だけを胸に、疲れ切ったウォマイラたちの中、ただ一人元気に――時折、偵察隊らしき敵兵を殴り倒しながら――うきうきと山道を登っていたのだった。




