第5章 さらば暗黒邪神ザドレア! 3-4
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6日後。
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
ふんどし姿のイケメン様たちの勇壮なかけ声に合わせて、心の中で「そいや、そいや、そいや、そいや!」と――うっかり「そう言やあ、前に言ってたあの話、どうなったの?」とか言うときの「そう言やあ」と同じアクセントにならないように気をつけながら――叫びながら、あたしはりりしい半裸体にうっとりと見入っていた。
ズィーロたちから「聖トゥーハ王国イケメンハダカ祭り」の話を聞いた直後、あたしは邪神自ら先頭に立ち、聖トゥーハ王国討伐に向かうことを厳かに宣言した。
「えー、わざわざ聖トゥーハ王国まで遠征するんですかあ?」
「また討伐軍とか組織しなきゃだし、天幕神殿も運ばなくちゃだし、その他諸々準備しなくちゃいけなくなるし、めっちゃ面倒なんですけど?」
「どうせしばらくしたら降伏してくるんだから、それまで待ちましょうよ」
と声を揃えて押しとどめようとするブサイク三人組に対し、
「あっそ、そんなこと言うんだ。まあいいけど。残念だな、明日の朝にはこの神殿がただのがれきの山になってるかもしれないし、明後日の朝には帝都全体が崩壊してるかもしんないけど、それでもいいんだ。へえ~」
と、この上なく平和的に説得することで、快く同意を得、あたしは早速その日の夕刻、大勢のブサイクどもを引きつれ、本部神殿を進発したのである。
その次の日からあたしはずっと「公演会場」である聖トゥーハ王国王都ニンマイムの正門前に通い続けた。
ズィーロたち三人組を中心とする討伐軍本隊は、シャチークの牽く荷車に移動神殿ほか、野営に必要な天幕やら用具やらを一切合切乗せ、イン・ナセからニンマイムに続く街道をえっちらおっちら進む。
その行軍速度に合わせていたら、毎朝10時から行われている「公演」を見逃すことになってしまうので、あたしは例によって、朝まだ夜が明けきらぬうちから起き出し、天幕を抜け出して鎧の出せる最大速度で街道を疾走。広い穀倉地帯を3時間ほどで駆け抜け、遅くとも午前9時には「いつもの位置」――コンサートのアリーナ最前列並みの特等席にでんと腰をすえていた。そして、開始直前のセッティングから終了後の撤収まで、全てをなめ尽くすように味わう至福の時を、あたしは6日間、送っていたのである。
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
天空に響きわたる太鼓の音に合わせ、全ての動きをリードなさるのは、イケメン様の中央にいらっしゃる、「キングオブイケメン」ケント・ムザ国王陛下だ。
序盤の、両こぶしを腰だめにしたまま、不動でかけ声だけを合わせるパートが終了すると、陛下はりりしくも整ったご尊顔から発せられるかけ声と共に、お握りしめられている両こぶしを交互に前方へお突き出しになる。
と、それに合わせて、
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
横一列にお並びになった、40余名のいずれ劣らぬイケメン様が、陛下の動きをそっくりそのままなぞり、一糸乱れず両こぶしをお突き出しになる。
それから皆様揃って、
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
右足を踏み出し、細身ながら見事に引き締まった玉体をねじり、左足を蹴り上げ、肘打ちを繰り出されと、伸びやかに、激しく、いきいきと踊り続けるうち、やがて体がうっすらと上気し、汗が浮かび、ゆらゆらと湯気が立ちのぼりはじめる。
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
それでもなお、ケント王は動きをゆるめることなく、それどころかいや増しにこぶしを突き出す速度をお上げになる。
そこへ「今度は俺たちの番!」と言わんばかりに、それまで陛下の両脇を固めていらっしゃった聖トゥーハ騎士団団長リオ・シザー様と、近衛兵団団長ショー・ヒル様が前へ飛びだし、いつの間にかお手にされている得意の得物――シザー様は長柄の槍、ショー様は身の丈ほどもある大剣――を手に、本気の撃ち合いか、と思われるほどの激しい演武を披露なされる。
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
一直線だった隊列は、徐々にお二方を取り囲むようなくつわ型となり、かけ声は、いつの間にかお二方を応援する激励の声となる。そんな中で、お二方は無心に、そしてより激しく刃を交え……そして、互いに必殺の、最後の一撃をお繰り出しになる(演出だと分かっているのに、いつもこの場面では心配でドキドキしてしまう)。
ガキン、と火花が散るほどに激しくお互いの武器がぶつかり合い、転倒しそうなほどの勢いで後ろに弾き飛ばされたお二人を他のメンバーが支え、しっかり地面に立たせたところで、二人の間に割って入るようにケント様が登場。三人揃って正面を向き、
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
と正拳を突き出し、前蹴りを繰り出すと、
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
他のメンバー様も声を合わせ、同じ動きをくり返す。
あたしはその勇姿を拝見しながら、
ああああ、リオ様の引き締まったお腹筋に汗がにじんでおられる!それにあの、痩せ型の玉体にそぐわないほどの上腕二頭筋ときたら!ショー様の長いおみ足!なによりもたくましい大腿二頭筋!ああ、でもやはりケント王様だわ!全身くまなく鍛え上げられた絶妙なバランス!そして、そして、あの大臀筋が躍動する美しすぎるお尻!ああ、尊い!尊すぎる!……生きててよかった……!
などと思いながら人知れず涙を流してフィナーレを堪能する、というのがいつものパターンだった。
けれど、昨日からは、演出が少しが変わっていた。
フィナーレはケント様ら三人を前列に、そして残りの方々が後列に、それぞれ横並びになるフォーメーションだったのだが、そこからさらに、後列左右の方々が前方へと走り出て、やや丸みを帯びたコの字型になると、あたかも「さあ、こちらへおいで」と言わんばかり、前方につきだした両手を一斉にひらひらさせるようになったのである。
そして。
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
と、他の方々が咆える中、合いの手のように、
「来い、ザドレア!」
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
「かかってこいやあ!」
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
「来るなら来てみろ!」
などと、中心の御三人様がたが叫ぶのだ!
その誘惑はあまりにも強力で、あたしは思わず、いつもの特等席からステージに向かい、ふらふらと歩き出してしまうようになった。
これがコンサートなら、頭に血がのぼりすぎた女性ファンがついにトチ狂ったと思われ、たちまち警備員に捕獲される(今まで何度か経験済みだ)。昨日はその時の記憶がはっと甦り、危ういところで足を止め、すごすごと元いた位置まで――もちろん、皆様方から一瞬でも目を離すことのないよう、後ろ歩きで――戻った。
けれど、よく考えてみたら、この「イケメン様顔見世公演」には、当然ながら、警備員など一人もいない。しかも、皆様方がおよびくださっているのだから……その気になれば、幾多のファンの中から特別に選ばれた人間として――あたし以外誰もファンはいねえけど――ステージの中に、用意された特等席に入っていけるのである!
昨日公演が終わった後でそう気づいたあたしは、「その時」がくるのをドキドキしながら待ち受けていた。
そして、その瞬間がやってくると、おもむろに腰を上げ、
すげえ……すげえよ、聖トゥーハの皆様方のファンサービスぱねえって!
と、ゆるみまくった笑みを浮かべ、よだれをだらだらこぼしながら一歩、また一歩イケメン様たちに近づいていったのである。
ところが。
もう後二歩、あと一歩でパラダイスに到着する、というところまで近づいたところで、いきなりあたしを制止する声が響いたのだ。
「おわかりでしょうけど、罠ですよ?危険ですよ?」
「関係ねえし」
「死んでも知りませんよ?」
「あそこで死ねるって、喪女的理想の死に方じゃん」
「後悔しませんね?」
「しねえよ!するわけないじゃん!」
「なら、これ以上は止めませんけど、きっとつまらないですよ?」
「なんでだよ!そんなことあるはず……」
「臭いも感触も伝わってきませんから」
鎧の声にそう告げられ、あっとあたしは立ちすくんだ。
言われてみれば、その通りだ。
鎧の性能はそりゃもうものすごくて、あらゆる攻撃をはじき返すのはもちろん、熱にも寒さにも水にも臭いにも強い。しかも冷暖房完備だ。おかげで、どんなに暑い砂漠でも、寒風吹きすさぶ高山でも、お高いクルマの中にでもいるみたいに快適だ。
けれどその代わり、外の様子はモニターで確認できるだけ。音は一応スピーカー越しに聞こえてくるけど、あまり音質はよくないし、それ以外の感触――風のそよぎや木々のざわめき、夕立が降り始めた時の雨の匂いや早朝の木々の香り、なんて繊細なものは――たとえ鎧をステルス化していたとしても――一切伝わってこない。
今まではそれで全然構わなかった。なにしろあたしの趣味はイケメンウォッチングだし、ただ見るだけなら高精細モニターさえあればそれで十分、いやむしろ、食べ物の匂いや壁の冷たい感触なんかをいちいち感じ取っていたら、画面に集中できないから、逆にありがたいぐらいだった。
けれど、あの「イケメン特等席」では、話が違う。
せっかくあそこに行くのだから、激しい踊りでじっとり汗ばんだイケメン様たちから立ちのぼる、ムンムンとした男臭い汗の香りややけどしそうな熱気、そして、あたしを捕まえようと待ちかまえる手の、柔らかいのに力強く温かい感触を、心ゆくまでこの体で感じ取りたい。
その希望がかなう代わりにあたしの命を差し出せというのなら、今すぐ「はいどうぞ」と箱に入れて――ついでにかわいくラッピングまで施して――ホイホイ渡すつもりだ。いや、それどころか、むしろ、「あたしの命」なんてつまらないもので、そこまでの天国体験させてもらっちゃって、本当にいいんですか?ぐへへ、と思わず下品な笑い声まで出しちゃうに違いない。
けど、せっかくあそこまでいったのに「見るだけ」じゃあ、楽しみは半減どころか、8割減だ。期待していた気持ちが大きい分、がっかり感と歯がゆさはただならないものに――鎧の言うとおり、つまらないと思ってしまうほどに――なってしまうかもしれない。
せっかくのイケメン天国状態を、そんなふうに堪能できずに過ごしてしまうのは、どっからどう考えたって資源の無駄遣い、せっかくのチャンスを棒に振るに等しい。
そっかあ……困った、一体どうしたらいいんだ……。
イケメン様たちの指先まで後数十センチ、というところで立ち止まったあたしは、難しい顔で考えこんだ。
と、間もなく、イケメン様たちの「こっちへおいでよ愛しい人」コールは終わり……イケメン様たちは皆一斉に立ち上がると、ぐっと背筋を伸ばし、腕を胸の前でバッテンにした。
一拍おいて、その腕を振り下ろすと同時に、皆一斉に軽く頭を下げ、「押忍!」と叫ぶ。
悩んでいるうちに、公演が終わってしまったのだ。
イケメン様たちの緊張が一挙にほどけ、皆ガヤガヤとざわめきながら投げ捨てたマントを拾い、太鼓やその台座などを手分けして担いで、ばらばらと城門めざし、帰っていく。
しまった、やらかした、考え事に夢中で、フィナーレを集中してみられなかった、チクショー、などと激しく後悔しながら、最後のお一人のお背中が城門の向こうに消えて見えなくなるまで、じっとお見送りさせていただく。
その後再び、あたしはじっと考えこんだ。
大勢のイケメン様たちに囲まれ、もみくちゃにされながら過ごす、至福のひととき。喪女にとって、それは夢のまた夢、どんなことをしてでも手に入れたい最高のぜいたくだ。きっとこの先、100年150年生きたところで、イケメン様独り占めの機会なんて、まずやってこないに違いない。それなら……。
これが罠で、どんな危険があるにしても、やってみない手はない、よね?うん、そうだよ。やんなきゃ……やんないと、あたし絶対後悔する!「やらない後悔よりやる後悔」だよ!――てか、やったら死んじゃうだろうし、そしたら後悔もなにもないけど!
あっという間に心は決まり、あたしは鎧にそっと問いかけた。
「ねえ、どうしたらいいと思う?」
「へ?えーっと、なにがでしょう?」
あまりに突然の質問だったためか、さすがの鎧も少し戸惑い気味に質問返ししてくる(こんだけいろいろできるんだがら、あたしの考えてること感じ取ってすぐさま答えるぐらいの機能がついてたっていいのに、気が利かねえなと、ちょっとあたしはイラついた)。
「なにがって、決まってんじゃん。イケメンハダカ祭りを心底タンノーする方法だよ!」
「ああ、それね。はいはい」
なんか、鎧の口調がかなりめんどくさそうな感じに聞こえたけど、そんなことは完無視して先を続ける。
「鎧着たままじゃ匂いも食感も味もわかんないからつまんねえし、かといって鎧脱いでたら、皆様こんないたいけな美少女が暗黒邪神だなんて絶対に思わないから、相手にされないだろうし」
「いたいけな美少女……?」
「なに、なんか文句あんの?」
「いえ、特には。ただ、美的感覚は個人によって著しい差異があるものだなと」
「バカにしてる?」
「いえ、とんでもない」
「ならいいけど。とにかくさ、鎧を着たまま、イケメン様の匂いやお肌の質感や味を感じたいんだよ、あたしは!」
「味って……なめるかかじるかするんですか?踊り狂ってる男の体を?」
「ま、もう、やだ、鎧さんったら!そんなこと……もちろんできるからしたいけど」
「あー、なるほど。病んでますねえ」
「そういうのいいから!できるかできないかだけ教えろよ!」
「可能ですよ」
「そうか、やっぱりできないか……って、できるの!?」
「できます」
「味も?」
「やろうと思えば。ただし、外から見ると、いきなり空中に舌だけが現れてべろべろと体をなめ回すという、かなり無気味な状況になりますが」
「大丈夫!そこは、ドサクサに紛れてやりゃいいし!」
「……そうですか。それと、かなり危険です。場合によっては、生命活動の喪失も……」
「いいっていいって、そんなの余裕!イケメンにもみくちゃにされるって、年末ジャンボ宝くじ連続10回大当たりとか、たまたま宇宙人ニラ治されて銀家系を救う羽目になったとかよりもレアで貴重なたいけんだよ!?それができるんなら、この先のクソみたいな人生なんて、もうどうでもいい!」
「……分かりました。では、使用者様のお望みのままに」
「うんうん!で、どうすりゃいいの?あ、できるだけわかりやすくね!」
「ええ、分かっております。要は、当防御装甲の設定を変えればいいんです。今現在装甲圧、硬度、粘度はそれぞれ……」
「だ・か・ら!もっと簡単に、やり方だけ教えてくれりゃいいから!」
「はぁーい、分かりましたあ。ではあ、まずは鎧を着たまま、時計を見る感じで左腕を目の前に突き出してみて?はい、それでいいですよお、次に、「詳細設定変更」って声出してね。あ、ほら、前腕部装甲のフタが開いて、つまみがいっぱい出てきたでしょ?そのつまみの右から二番目の……あ、ううん、それは左から二番目だね、そっちと逆の……そうそう……それをつまんで……」
明日への期待に胸躍らせながら、あたしは鎧の指示に従い、嬉々としてつまみをあれこれ回し、設定変更にいそしんだのだった。
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同時刻、城壁を隔てたニンマイムの王城「閣議の間」において、ケント王をはじめとする「新首脳部」――新たな閣僚たちと側近たちは、本日の公演についての反省会を行っていた。
「……ということで、振り付けを変えてからわずか二日しか経っていないにもかかわらず、間違える者もおらず、スムースに最終隊形にまで移行できていました」
「表情も真剣で、演技の間中、ほどよい緊張感が漂っていました」
「太鼓の音も皆揃って力強く美しく、打ち損ないや打ち間違いもありませんでした」
演出担当の者たちからの好意的な評価に、ケント王は満足げに小さくうなずく。
「そうか。ようやく満足のいく出来にまで高められたようだな」
「はい。はじめのころはどうなることかと思いましたが、今はもう、安心して見ていられます」
「実に喜ばしい。皆、あれだけ嫌がっていたのに、本当によくやってくれた」
ケント王のお褒めの言葉ではあったが、騎士団長リオ・シザーと近衛兵団長ショー・ヒルの顔に喜びの色はない。むしろ逆に、その精悍な顔を険しいものにする。
「閣下。恐れながら申し上げます。我々は……我々は、いつまでこのような馬鹿げた真似をしなければならぬのでしょうか?閣下の剣となり敵を打ち砕くのが本来の使命であるはずの、我々聖トゥーハ騎士団が!」
「リオ殿のおっしゃる通りです、閣下。本来我ら近衛兵団は、これまで磨いてきた武技により、閣下を、民衆を、王国を守り抜くのが務め。なのに、なにが悲しくてあのような恥ずかしい格好をしなければならないのですか!」
「打倒ザドレアを果たすにはこれ以外に方法がない」とアベーロ師に強く言われ、二人は仕方なく、半月もの間、自ら率先してふんどしいっちょで練習に励み、裸体を晒すのを嫌がる部下を叱咤激励して公演に臨んできた。が、それは誇り高い戦士としてのプライドをどんどん削り取る行為に他ならず、たまりにたまったフラストレーションは、そろそろ限界を迎えようとしていたのである。
二人の必死の訴えに、ケント王の――そして列席者全員のもの問いたげな視線が、アベーロ師に集中する。
が、師は、列席者たちの密やかな疑念や反感などどこ吹く風、といわんばかりに目をつぶったまま、おもむろに口を開いた。
「ゴヤーノよ。標的の反応はどうであった?」
「は。振り付けを変えて、あからさまにヤツを呼び込むようにしたのがよかったのか、今日はいいところまでいってましたね。もう後数メートル――いや、数十センチで、罠にすっぽりはまるところでした」
その報告に、閣議の間全体がざわめく。
「後数十センチ!?本当なのか?」
「ちっとも気づかなかった」
「なぜ立ち止まったんだ?」
「罠になにか不備が?」
ざわめきがどんどん高まり、収拾がつかなくなりそうになる直前、
「皆、静まれ!」
と、凜とした声が響いた。
瞬時に訪れる静寂。その静けさを貫いて、ケント王の声が再び響く。
「ゴヤーノ殿。標的が……ザドレアが目の前に迫っていたというのは、まことなのか?余は、全く気づかなかったが……」
「私も!」
「私もです!」
すかさずリオとショーも同意し、明らかな疑念のこもった目でゴヤーノを見つめる。
が、ゴヤーノは一切怯んだところを見せず、ただふんと鼻を鳴らす。
「あんた方は、振り付けをなぞり、台詞を言うだけで精一杯だったじゃねえか。周囲の様子なんざ、全く目を配ろうともせずにな。それに、他人の気配を探るってのは、それなりの修練を必要とするんだ。風の流れや草の並びの違和感を感じ取り、騒音の中でも密やかなささやきを聞き取る。それができてようやく、身を隠した何者かの気配が感じ取れるようになる。とはいえ……」
と、ゴヤーノはここで、にやりと笑みを浮かべた。
「ヤツの気配を探るのは楽な仕事だった。姿が見えないからと安心しきってるのか、そこそこの大きさの声でなにやらごしょごしょつぶやいてやがったからな。アンタら、本当に気づかなかったのか?太鼓の音やかけ声の合間に響いていた、ゴウゴウいううなり声が、本当に耳に入らなかったのかい?」
ケント王をはじめとする「実働部隊」は、それを聞いてはっとした顔にある。
それを見て、ゴヤーノは再び鼻を鳴らした。
「全く、アホなんじゃねえか?」
「なんだと!」
「我らを愚弄する気か!」
こういった悪口はよく耳に刺さるのか、リオとショーが怒りの表情も露わに立ち上がったところで、
「おーっと、誤解しないでください。私がアホといったのは、ザドレアのことですよ」
ニヤニヤと笑いながら、ゴヤーノが弁明する。
「なっ!」
「貴様、そのような言い逃れが通用すると……」
さらにいきり立ち、今にも剣を抜きそうな素振りを見せたところで、
「二人とも、やめよ!」
「いい加減にせぬか、ゴヤーノ!」
ケント王とアベーロ師が同時に叫んだ。
「みだりに敵を作るような言動は慎むようにと、あれほど言い聞かせたではないか!なのにそなたは、なぜ他人を愚弄せねば気が済まぬのだ?」
「リオ、ショー、そなたたちも短気が過ぎる!我らがザドレアの気配を感知できなかったのはれっきとした事実。揶揄されたところで、仕方があるまい」
厳しく叱責され、三人は不承不承、相手に頭を下げる。
「耳障りな言葉を口にし、申し訳ありませんでした」
「こちらこそ、申し訳ございませぬ」
「私も、些細なことで激昂してしまい、すみません」
多少のしこりはありながらもなんとか小競り合いを収めたところで、アベーロ師は再び口を開いた。
「預言書に記してあったとおり、どうやら我らの『肉弾邪神縛鎖陣』は、順調に効果を発揮しているようだ。さすがは我が師、ここまで見通しておられたとは、本当に偉大なる御方だ……」
目を閉じ、しばし思いを巡らせた後、再びゆっくりと目を開くと、アベーロ師はゆっくりと口を開いた。
「あす、決行いたしましょう」
その言葉に、閣議の間の空気は一挙に引き締まり、固い緊張に包まれた。
「決行、というと……」
「ええ。縛鎖陣の最終形態を発動し、いよいよザドレアを捕らえ、滅するのです!」
アベーロ師のその言葉に、部屋はどよめいた。
「おお、ついに!」
「我らの念願が叶うのだな!」
「今まで苦労が報われるときがくる!」
などなど、皆が笑顔を浮かべ、口々に喜びを述べる中、
「こうしてはいられぬ。皆、練習場へ赴き、最終形態とやらのフォーメーションを確認しようではないか!」
と、立ち上がったケント王が叫ぶ。すると、これまでの不満げな表情はどこへやら、皆、
「ははっ!」
一斉に立ち上がったのであった。
翌日、朝。
ケント王をはじめとする「実働部隊」は、いつものようにおのおの太鼓やその土台、演武で使うリオとショーの武具などを担ぎ、セッティングにいそしんでいた。
これまでとさして変わらぬ、淡々とした雰囲気なのは、アベーロ師から「いつも通り、気負わずに」という厳命が出ていたからである。
だが、それでもやはり、違っているところはある。
「……もう来てるのかな?」
「見てみろよ、あのアベーロ師の腰巾着を」
隊員の一人があごで指し示した先に目をやると、草むらの中に伏して身を隠したゴヤーノが、険しい目でじっと一点を見つめている。
「……どうやら、来てるようだな」
「ああ。あいつの話じゃ、今までもずっと、俺たちより早く来て、こうしてセッティングするのを見つめてたって話だ」
「うえ。薄気味悪いことしやがる」
「まあ、それも今日までだ。いっちょ、やってやろうぜ」
などといったささやきがそこここで交わされていたことが一つ。
そしてもう一つは、実働部隊が演技する「舞台」の右斜め後方――専門用語でいうと「上手奥」――の目立たない草むらの中に、祭壇が一つ設置されたことだ。
開始1時間前。舞台のすぐ後方に集合した演者たちは、リーダーの声かけに従い、入念に体をほぐし始める。少々汗ばむほどに暖まったところで、使用する小道具類をもう一度入念にチェック。同時に、開始時における自分の立ち位置やポーズ等も確認し、万が一にも「とちり」がないようにする。
開始10分前。皆揃って足首まである長いマントを身にまとい、その中に身を隠すようにして、身につけていた衣服を脱ぎ捨て、代わりに舞台衣装である下帯――フン・ドゥシーを身につける。脱ぎ捨てた衣服はそれぞれが「舞台」脇にある目立たないくぼ地――「ガ・クヤ」と呼ばれている――に隠す。
5分前。もう一度自分の立ち位置を確認し、隣に位置する者との距離を測り、肩を揺すったり、軽くジャンプしたりと、ウォーミングアップに努める。
1分前。「1分前です!よろしくお願いします!」と裏方を束ねる「ブ・カーン」から声がかかり、皆一斉に「よろしくお願いします!」と返事。幕開けの立ち位置にそれぞれ陣取り、軽く腰を落として両こぶしを脇に構えた姿勢で、じっと頭を垂れる。
そこへ。
「本番行きます!五秒前!四、三……」2秒、1秒は声を出さず、ハンドサインだけで示される。
そして、手を「どうぞ」という形にしたところで、ブ・カーンは身を伏せ、そのまま静かに舞台袖へ退場。代わって、舞台中央にたたずんでいたケント王がいきなり顔を上げ、かっと正面をにらみ据えて、一言叫ぶ。
「そいや!」
その声を合図に演者全員が顔を上げ、声を合わせる。
「そいや!!」
全員が揃ってマントを高々と宙へ放り投げ、下帯だけの姿になったところで、どん、と太鼓の音が、草原一帯に鳴り響く。
こうして最後の公演は始まったのである。




