第5章 さらば暗黒邪神ザドレア! 2
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同日同時刻、聖トゥーハ王国首都、城塞都市ニンマイムの城門前に広がる、広大な平原。
そこに、聖トゥーハ国王ケント・ムザを中心に、右に聖トゥーハ騎士団団長リオ・シザー以下、騎士団員全員が、そして左には聖トゥーハ近衛兵団団長ショー・ヒル以下、近衛兵全員が――つまりは、現在の聖トゥーハ王国の主力をなす人員、総勢40名あまりが――横一列に整列した。
全員が足首近くまである白いマントに身を包み、裸足で地面に立つ姿は、意外なことに、野蛮さよりも高貴な威厳を醸し出している(やはり、長身のイケメンはどんな格好をしてもイケメンオーラが漂うのだ)。
「……ケント様。今日もやるのですか?」
わずかに眉をひそめつつ、騎士団長リオは多分にためらいを含んだ口調で、国王にそう尋ねた。
が、ケント王の顔には、どこにも躊躇の色は見られない。
「ああ、もちろんやるとも。ザドレア打倒のために、もうこれ以外に打つ手はないのだからな」
「それにしても、今日で7日。一体いつまで……」
近衛団長ショーが、ややうんざりした声を出す。
が、それでもケント王はたじろがない。
「ザドレアを倒すためならばなんでもすると誓ったではないか。あの言葉は嘘であったのか?」
「いえ、そういうわけでは……申し訳ありませぬ」
「いや、分かってくれればよい。では、はじめようか!」
ケント王はおもむろに襟元の止め紐をほどくと、マントを空高く放り投げ、下帯いっちょのあられもない姿となった。
これより半月ほど前。
ニンマイム城壁内の小高い丘にそびえ立つ王城、そのふところ深くに位置する「閣議の間」では、いつものように王国の重鎮が揃って大テーブルを囲み、難しい顔をつきあわせていた。
「すると、なんですかな。王城における晩餐会は中止するべきだと、このようにおっしゃりたいのですかな」
王国宰相ターク・サイートが、突き出したあごをゆっくりとなでつつ、静かに言う。
と、向かいの席に座る近衛団長ショー・ヒルが椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がり、ぐっと上体を乗り出した。
「だから、そうは言っておらぬと、何度も申し上げているではないか!ただ、財政が逼迫している現在、連日晩餐会を開くのはいかがなものかと言っているのだ!せめて隔日、いや週に1回の開催ということにすれば……」
「そんなこと、できるわけがなかろう!どれほど財政が逼迫しようと、いや財政が逼迫しておる今こそ、豪勢な晩餐会を連日開くことに意味があるのだ!」
宰相の側に腰かけた王室担当枢密顧問官マキ・ロッシが負けじと立ち上がり、ショーのすぐ目前にまで顔を近づける。
「何度も言ったであろうが!敗戦に次ぐ敗戦で、民衆は絶望し、王室に、そして政府に対する信頼を失いかけている!ここで晩餐会開催の間隔延長など行えば、ますます民心が離れること必定!ここはなんとしてでも連日晩餐会を開き、平民どもを順に招待することでその気持ちを懐柔、厳しい情勢を皆で乗り切ろうという決心を新たにさせていくことこそ必要なのだ!」
「しかし、その開催のため、民衆に新たに重税を課せば、ますます彼らの生活は苦しくなる!今でさえ困窮してる民をさらに追いつめれば、やがて間違いなく、怨嗟の声が巻き起こる!それでは意味がないではないか!」
互いに激しい言葉を叩きつけるたび、二人はますますいきりたち、目をつり上げて相手をにらみつける。激昂のあまりか、厳しい表情を浮かべたその顔同士の距離も徐々に近づきていき、今や額を突き合わせんばかり。この分では間もなく本気のつかみ合いが始まる、というところまで緊張が高まったところで、宰相タークはおもむろに口を開いた。
「お二方とも、王の御前であるぞ。もう少し落ち着かれよ」
その言葉に、二人ともはっと我に返ったのか、不承不承ながらも再び腰を下ろした。
王国の地図と国旗、軍団旗が麗々しく掲げられた壁を中心に、大テーブルの右長辺には宰相派、左長辺には国王派と、連日の御前会議の内に自然と別れて座るようになってしまった二派の中央、地図と国旗を背に負う形で腰かけた国王は、先ほどから組んだ両手の上にあごを乗せたまま、なにも言わず、ただじっと考えこんでいる。
二派の仲間内でのささやきがざわめきにまで高まっていく頃合いを見計らったかのように、宰相は再び口を開いた。
「ショー・ヒル殿。貴殿は先ほど、連日の晩餐会は王国の命運を先細りにさせるのみ、と断じられましたな」
「ええ。実際そうではありませぬか。一晩に晩餐会にどれほどの物資、財貨が必要なのかは、宰相殿の方がよくご存じのはず。それを連日催すとなれば、いかに豊かな我が国と言えど、国庫は早晩、空っぽになり果ててしまうはずです!違いますか!」
「ふむ。確かにそうかもしれませぬな」
「だったら!」
「では、どうしろとおっしゃるのか?」
「ですから、晩餐会の開催を取りやめて……」
「取りやめたら、民心は離れるばかりですぞ。ますます国の崩壊を早めるばかりとなりますが、それでもよろしいか?」
「だからといって国民に重税を課せば……」
「他に、どこに財源があるというのですかな?」
「ならば、進言申し上げる。国の非常時につき、貴族の免税特権を一時停止し、財産税の徴収を……」
「お断り申し上げる!」
「なぜです!国家の危急存亡のおり、全身全霊をもってその屋台骨を支えることこそ、貴族たる者の務めであると、国法には明記してあるはずです!その誓約ゆえに、貴族は国内に広大な領地を当てられ、要職を任せられているのではないのですか!」
「確かにその通りですな」
「なのに、なぜ今回は断るというのですか!誓約を違えるおつもりか!」
「それも違う!洪水や日照り、地震などといった、天より与えられし防ぎようのない災厄が原因での窮地であるならば、我らとしても、私財をなげうち、身を粉にして国ために尽くしましょうぞ。だが、今回はそれとは違い、明らかに若き王の失政が原因。あれほどお止め申し上げたのに、その反対を押し切り、ウォマイラ帝国への侵攻を挙行なさったのは、一体どなたであったか!そのあげく、前代未聞の大敗を喫し、今回の惨事を招いたその責任を、王は一体どのように考えておられるのか!」
「王は、連日そのことについて頭を痛めていらっしゃる!今もこうして……」
ショーが必死で王を弁護しかけたところを、宰相タークは一喝した。
「だまらっしゃい!私は王ご本人にお聞きしているのだ!王よ、あなたはどうお考えなのか?あなたご自身の不明が招いたこの惨事について、どのようにお考えなのか!」
列席した一同の目が一斉に若き王、ケント・ムザに注がれる。
その中で、ケントは握りしめた両手をあごにつけたまま、決然とした目で前を見つめ続けている。
「王よ、ご返答を!」
落ち着き払った王の態度に業を煮やしたのか、タークがさらにかさにかかって言いつのったところで、王はゆっくりと口を開いた。
「今回の窮状を招いたその全責任はこの私にある。いずれことが収まった暁には、私は自ら玉座を下りる所存だ」
おお、と一同がざわめいたところで、すかさずタークがさらに鋭く追求する。
「王よ!退位なさればよいというものではございませぬぞ!」
「宰相の申すとおりだ。ただ退位したところで、国家崩壊の危機を逃れることなどできぬ。たとえそれがわずかな可能性であっても、この窮地を脱する希望があるならば、それに賭けて必死の努力をせねばならない。私は、そのためならばどのような恥辱にも耐えるつもりだ」
「そのお覚悟がおありならば、やるべきことはただ一つでありましょう」
さらにタークが言いつのったところで、王の表情が微妙に変化し、その頬に皮肉な笑みが浮かんだ。
「ではタークよ、問おう。国家のため、一体どのような策があるのか」
「決まっております。腰を低くし、頭を下げて、ウォマイラに休戦を申し入れるのです」
隣席者たちのざわめきが一段と高くなった。
宿敵であると同時に憎みさげすむべきウォマイラに慈悲を乞うなど、ケメンの者として最大の恥辱。死よりも辛い行動である。
こわばった顔で皆が見つめる中、王はやや険しい目を、タークに注いだ。
「ほう。国家の――いや、ケメンの地に住まう者全ての仇敵であり、世にも汚らわしいあのウォマイラどもに、伏して命乞いをせよと、貴公はそう申すのか」
「それ以外に国の延命を図る手段はございますまい。敗戦の責を取る、とおっしゃるのならば、王にはケメンの者として最大の禁忌を犯していただき、ヤツらへの敗北を認め、慈悲を乞うていただく。その上で、全責任を負うてご退位いただき、その身一つで国を出ていただく。敬愛するご本人にそのことを告げるのはいささか辛うございますが、それが、今回のこの惨状を招いた責任を取る、唯一の方策ではございましょう」
いささか辛い、などという言葉とは裏腹に、タークの言葉はいかにも得意げだ。
その不遜な態度に王国派の面々は色めき立つが、基本武断派ばかりで、このような席で妙手を献策できるほどの優秀さは、あいにく持ち合わせていない。険しい目でタークの顔を見つめるのがせいぜいである。
「王よ、そのお覚悟のほどやいかに!」
返答を迫るターク。その圧にたえきれず、王が屈しようとした、まさにその時。
「くくくく……。ケメンの者最大の恥辱を負わせた上、王を追放。傀儡の新王を立てて国の命脈をつなぎ、自らは「救国の功臣」として、この先もうまい汁を吸い続けるか。なるほど、貪婪で恥知らずな者が立てそうな計画だな」
と、部屋中に低い声が響き渡った。
「だ、誰だ!」
タークが目を怒らせて立ち上がる。と、大テーブルのど真ん中がすうっと薄闇に沈み、忽然と灰色の男が現れた。
「いやあ、相変わらずくせえな、この部屋は。王の側近がボンクラ揃いなのをいいことに、思うさま私腹を肥やし、あまつさえ国そのものまで私しようとする、腐り果てた魂の臭いがぷんぷんしてやがるぜ」
「貴様、何者だ!神聖なる御前会議の席に闖入したばかりか、誹謗中傷を述べ立てるとは!」
「そうだ!王をお支え申し上げる我らに向かい、こともあろうにボンクラとはなんだ!撤回しろ!」
宰相派はもちろん、国王派の面々までもがいきり立ち、今にも剣を抜き放ちそうに殺気立っているというのに、男は一向に動じない。それどころか、悠揚迫らぬ態度で国王派に近づくと、フードの奥から剣呑極まりない目で、じっと彼らをねめつけたのである。
「ボンクラといわれたのが不満か?だが、それ以外にいいようがないな。なにしろ、ここまでおおっぴらに王国の財産を横領してる輩がいるってのに、そろいも揃ってまるっきり気づかぬマヌケ揃いなのだからな」
「な……!」
「横領……だと……!?」
国王派が絶句したところで、男は再び声を張り上げた。
「おいおい、マジかよ。誰も気がつかなかったのか?晩餐会は確かに金がかかる。だが、それにしても国庫の金の減り具合が急すぎるとは思わなかったのか?。民心を繋ぎ止めるためと言いながら、平民の招待客はほんのわずかに押さえ、代わりに毎夜かかさず出席し、大いに飲み食いしているのは一体誰なのかと疑いもしなかったのか?」
国王派の目が一斉に宰相らに注がれる。その鋭さにたじろいだのか、タークは思わず一歩、後じさる。
「それは……主催者としてやむを得ず……」
「おいおい、笑わせるな!アンタはただの代理、晩餐会の主催者はあくまで国王だろ?それにもかかわらず、国王が遠征で不在の時ですら主催者ヅラで、来客を迎えていたよな?それも、ほとんど自分の取り巻きばかりを招いて!一体この連日の晩餐会で、どれだけの平民を招いたんだ?総数を言ってみろ!」
「そ、そんなもの……すぐには……」
「へえ。国庫を預かる宰相として、晩餐会主催者代理として、招待客の人数すら把握していないのかい。じゃあ、言ってやろうか。5人だ。これだけ晩餐会を開催したにもかかわらず、アンタが晩餐会に招待した平民は、たったの5人。それも、自分の息のかかった商人や役人ばかり。本当の意味での平民は一人もいない。なんのことはない、国庫の金を湯水のように使い、自派の足固めを行っていたのさ、アンタはな!」
「貴様、黙って聞いておれば、先ほどから根拠のない憶測ばかり並べおって!証拠はあるのか、証拠は!」
顔を真っ赤にしていきり立つ宰相に向かい、男は冷笑を浴びせた。
「証拠か。そんなもの、いくらでもある」
「ならば、見せてみよ!」
「いいのかい、見せてしまって?」
「ごまかすな!さては貴様、ろくに証拠をないままにほざいていたな!だからそうやって思わせぶりなことを述べ立て、どうにかごまかそうとしておるのだろう!そうはさせぬぞ、確たる証拠もなしに我を愚弄したのであれば、きっと厳罰に……」
とうとうと男を論駁していたターク。が、男が薄笑いを浮かべつつ、懐からゆっくりと一冊の書物を取り出した途端、その声が途切れる。
「それは……まさか……なぜ……」
それまでとは打って変わった、困惑と恐怖のにじむか細い声。そんな様子を目にして、男はせせら笑った。
「どうした?待望の証拠とやらだ。アンタの書斎の隠し戸棚の中に、大事に隠してあったぜ」
「なぜだ!?なぜそれを……!」
慌てふためく宰相を尻目に、男はゆっくりと本を開き、ページをめくる。
「ここに書き付けられた数字によるとだ。晩餐会が開かれるたび、どういうわけか、アンタの家に大金が転がり込んでいるよな。それだけじゃない。今まさにそちらへご列席の皆々様の懐にも、かなりの金が入ってる。その名目が笑わせてくれる。なんだよ、「協力金」って。はっきり書けよ、横領の分け前って」
「ね、ね、ねつ造だ!わ、私はこんなもの知らぬ!だ、第一、こんな、不逞なる男に我が屋敷へ出入りを許した覚えなど……」
「不逞なる男ね。この顔を見ても、そんなことが言えるのか?」
と、男は目深にかぶっていたフードをゆっくり後ろへずらし、険しい輪郭が印象的な素顔を、ひたりとタークへ向けた。
「き、貴様は……ヤーノ・ゴア!」
「そうだ。アンタの陰謀でこの宮廷から追われたヤーノ・ゴアだよ。久しぶりだな」
「な、なぜ貴様がここに!」
「アンタの悪事を暴きに来たのさ。ついでに、あの時の汚名をすすぎにな」
「汚名だと?なにを言うか、汚らわしい血を引くウジ虫が!」
「あの時もアンタは、俺をそう言ってののしったよな。そして、この場にいるほとんどのものが、俺を疑惑の目で見ていた。元子爵にして、王の側近を務めていたこの俺をな!」
「黙れ!貴様にこの場で口を利く権利など……」
「国王派の重鎮だった我が父、ゴア公爵は長年アンタの政敵だった。あの当時宰相の座を巡り激しく父と争っていたものの、旗色は劣勢。おまけに息子は輪をかけたボンクラで、俊英と名高かった俺とは比べものにならない。アンタはあせっていた。このままでは、間もなく自分は失脚し、必死で築き上げてきた地位も財産も何もかも失われてしまう、とな。そこで、アンタは一計を案じた。手のものを使い、朝廷にうわさを流したんだ。父が下働きのウォマイラの女を凌辱し、不義の子を産ませるという、王国貴族としてあり得ない罪を犯した、とな」
「なんだ!?き、貴様はなにを言っている?私にはそんな覚えなど……」
ふてぶてしい態度でゴアの発言を遮ろうとするターク。だが、ゴアは構わず先を続ける。
「そうだ。その不義の子こそ俺だと、まことしやかな噂を流した。俺は父と下劣なウォマイラの不倫の果てに生まれた不義の子であり、汚らわしき血を引く混血であり、唾棄すべき「フィンキ・ケメン」だと、そうアンタは広めたんだ!」
「な、なにを……」」
「降って湧いたように流布しはじめたそのうわさに、俺も父も怒り、困惑し、必死で打ち消そうとした。だが、一度生まれた疑惑はそうそう打ち消すことはできない。いや、王の信任厚い父や、幼いころから王の学友で、側近として早くに抜擢されていた俺に対するやっかみからか、むしろ皆、積極的にうわさを広めさえしていた!なにより俺は、どういう運命のいたずらか、ケメンに似つかわしくない、こんなご面相に生まれついていたからな。退屈な宮廷生活の暇つぶしとしては、格好のネタだったんだろうさ。だが、おかげで我が一族はとんでもないことになった。しばらく経つうち、うわさはもはや事実であるかのように語られはじめ……祖父は心労のあまり心を病み、寝たきりとなった。みるみる痩せ衰えながら、それでも必死で父の無実を訴えつつ、死んでいったよ」
その場に居合わせたものは皆――宰相派ばかりか、国王派のものまで――気まずげに下を向いたまま、しわぶきさえ発しない。そんな中、ただ一人ケント王だけが、険しい顔で二人を見つめている。
「しかしアンタは、それでもまだ手をゆるめようとしなかった。敬愛する祖父に死なれ、心弱くなった父を尻目に、まんまと宰相の座を手に入れ、その直後には「父に多大なる心労をかける者など信用に値しない」などと、またもやひねこびた理屈を述べ立て、まずは父を宮廷から追い出した。そして、疑惑の当人たる俺は、見るも汚らわしき存在であるからと、全ての身分、財産を剥奪した上、国外追放の憂き目にあわせた。今でも思い出すよ。着の身着のまま、国境を越えた先の荒野に放り出された、あの時のことを。全てを奪われ、頼るものとてなく、うつろな絶望だけを胸に当てもなく荒野をさまよった、苦難の日々を。あの時運良くアベーロ師に拾われなければ、俺はあえなく命を落とし、荒野に無残な屍をさらす羽目になっていた。だが……俺は戻ってきた。こうして、アンタの有罪の証拠をたんまりと握ってな」
そう言うと、底知れぬ暗さをたたえた目で、ゴアはタークをじっと見つめた。
海千山千の老獪な政治家、陰謀家であるタークも、その目のあまりの怖ろしさにたじろいだのか、額にびっしりと脂汗を浮かべながら、それでもなお叫ぶ。
「し、証拠だと!?そんなもの、あるはずがない!私は無実だ!貴様こそ、私を逆恨みして、あらぬ疑いをかけているだけであろうが!」
その声が終わると同時に、ゴアは真横に差し上げた右手の指を、高く鳴らした。
途端に、宰相派の席に座っていた数人が、びくりと背筋を伸ばし、目を見開いて、うつろな声を発しはじめる。
「うわさを流したのは私です……ええ、そうです……ターク殿からひそかに頼まれました……」
「証拠をねつ造したのは私です……自分で書いた手紙を公爵のものだと言って、皆の前で披露しました……ええ、宰相殿にそうせよと命じられたのです……」
「恥をかかせたのは私です……公爵が領民にご挨拶なさる時、恥知らず!と声を浴びせました……ええ、もちろん宰相様のご命令です……」
タークは驚愕のあまりか、ぽかんと口を開けたまま、なにも言えず立ち尽くしている。
「これはな。うちの教団の魔術の一つで、相手の心にわだかまっている秘密を告白させる術だ。なかなかおもしろいだろ。これを、この場に居合わせた皆にかけたらどうなるだろうな?ちょっとやってみようか……」
ニヤニヤしながら、ゴアが右手を高く差し上げた、その時。
「ゴヤーノ、いい加減にしないか」
しぶい声が響き、アベーロ師がゆっくりと部屋に入ってきた。
険しい顔の師に見つめられ、ゴヤーノは右手をゆっくり下ろすと、肩をすくめる。
それを見届けたところで、アベーロ師はケント王に向かい、跪いて頭を下げた。
「王よ。久しぶりです。長らくお留守にいたしまして、申し訳ありません」
「アベーロ師!帝都ブサでの戦いからいきなり姿をくらまされ、心配いたしました。ご無事でなによりです」
「ザドレア再臨にあたり、ひそかにかの邪神を打ち倒す秘策を練っておりました」
「おお、では!」
「ええ、ようやく「これならば」といえるものが完成いたしました。もちろん、貴国の全面的な協力あればこそですが」
おお、と居合わせた者たちがざわめく。
「さすがはアベーロ師です!もちろん、我が国を挙げて、協力させていただきます!」
と、力強く約束するケント王。他の重臣たちも満面の笑みを浮かべ、では早速、まずは新たな税金を、などとうれしげにはしゃいでいる。が……アベーロ師は2、3度軽くうなずいただけで、険しい表情のまま、ひたりとケント王に視線を合わせる。
「王よ。私は「全面的な協力」と申しました。その意味を、おわかりいただけてますかな?」
「ええ……もちろんです」
王は決然とした表情となると、なおも取り巻きたちとああだこうだと大騒ぎしている宰相ターク・サイートの元へ、静かに歩み寄った。
「ターク。タークよ」
「は?ああ、閣下。ただいま少々取り込んでおりまして……」
それだけ告げると、タークはまたしても打ち合わせを続けようとする。
が、それでもなお、王はおだやかに、ただ、やや語気のみ強めてもう一度呼びかけた。
「タークよ」
「なんでございましょうか、閣下。私はこれから裁可しなければならぬことが山ほど……」
「王の慈悲をもって、そなたに二つの選択肢を与える。どちらか選ぶがよい」
「え?ああ、それでしたら、私の心はもう決まっております。閣下に従い、必ずやザドレア打倒を成し遂げるためのを体制を整えてご覧に……」
「そうではない。余が与える選択肢はこうだ。そなた自ら罪を認め、地下牢につながれるか、それとも、ゴヤーノ殿にお願いして民衆の前に立つそなたに先ほどの術をかけていただき、怒り狂った人々に石もて打ち殺されるか。どちらでも、そなたの好きな方を選ぶがよい」
閣議の間は、一瞬にして静まりかえった。
不安と緊張、そして恐怖に満ちた目が、一斉に国王と宰相に降りそそぐ。
タークは、なにが起こったのかまるで信じられないといわんばかりに、口を半開きにし、押し黙ったまま立ち尽くしている。
そこへ、王が再び口を開いた。
「どうした?なぜなにも言わぬ?どちらでもよいというのなら、余が決めてやろう。衛兵よ、今すぐこの者を縛り上げて王宮広場の真ん中に……」
「いえ!あの……閣下」
「ん?どうした?」
「その……どうか私を牢につないで……」
「余の言葉を勘違いしていないか、ターク。余は、自ら牢につながれるか、それとも石もて打ち殺されるか選べと申したのだ」
「は、ですから、その……地下牢に入りたく存じます」
「うむ。では、地下へと疾く向かうがよい。衛兵、タークに供をしてやれ。もっとも、逃げ出そうものなら、一族郎党、そしてもちろん、わずかでも逃亡を手助けした者も全て、一人も余すことなく打ち殺すよう、国中にふれを出すがな」
その言葉に、タークはまるで背中をむち打たれたかのようにびくりと背を伸ばし……肩をすぼめる。が、それも一瞬のこと。すぐにまた背を丸め視線を床に落とし、とぼとぼと出口へ歩き始めた。
その姿が戸口の向こうへと去ったのを見送ったところで、ケント王は再び、謁見の間を見渡した。
「どうした?皆、それほどまでに石もて打ち殺されたいのか?」
慌てて宰相派の全員、そして多くの国王派の者までが席を立つと、連れ立って退出していく。
部屋に残ったのは――国王と騎士団長と近衛隊長、そしてアベーロ師とゴヤーノをのぞき――わずか数人であった。
「よくご決断なさいましたな。これでようやく、我が策をお話しすることができます」
アベーロ師がいかめしい表情のままそうねぎらうと、ケント王は首を左右に振った。
「いえ。全ては民のため、この国のため、憎きザドレアを打ち倒すためです。しかし、まさかこれほどまでに国の中が腐っていたとは……」
「遠征ばかりで内政をおろそかにしていたツケだな。これに懲りたら、少しは国内にも目を向けるこった」
ゴヤーノが薄笑いを浮かべてそういうと、アベーロ師が厳しい顔をさらに厳しく引きしめ、ふり返る。
「ゴヤーノ!いいかげんにしろと言ったはずだ!少しは閣下の難しいお立場も……」
「いえ!……アベーロ師、よいのです」
アベーロ師の言葉を遮るように声を張り上げると、ケント王はゆっくりとゴヤーノに近寄り、その前にひざまずいた。
「ゴヤーノ殿。いや、ヤーノ・ゴア。今まで本当にすまなかった。おかしいとは思っていたのだ、そなたたち一家が揃って出仕できなくなったこと。廷臣に尋ねても病気のせいというばかりで、それ以上は誰も、なにも言わぬ。あの時、余自らそなたたちを訪ねるなりなんなりしておればよかったのだ。それを、遠征で頭が一杯だったばかりに、つい失念してしまった。まことに、なんとわびればいいか……」
真情のこもったその言葉に、さすがのゴヤーノも戸惑いを隠しきれず、
「あ、ああ……まあ、過ぎたことだしな、今さらそんな、いいって」
「しかし!」
「過去のことをいくら悔いたって、取り返しはつかねえよ、お互いにな。それより大事なのは、これから先のことだろ?」
にやりと笑いながらゴヤーノがそう言うと、ようやくケント王の頬にも、弱々しい笑みが浮かぶ。
「まこと、ゴヤーノの言うとおり、肝要なのはこれより先。ザドレアさえ討ち取ることができれば、全ては再び元のようにうまく回りはじめるはずです」
と、アベーロ師が深くうなずく。ケント王は、その深遠たる知恵の持ち主に、まっすぐな目を向けた。
「師よ。どうか、私にお教えください。あなたが練りに練った、ザドレアの討ち果たす秘策を」
「分かりました。それではお話しいたしましょう。まずはじめに申し上げますが、これは奇策です。かの暗黒邪神とて一撃で葬り去る必殺の方法ではありますが、そこに至るまでの布陣は、およそ考えられぬほどに奇妙でたわけたことに思われるやもしれませぬ。それでもなお、この私を信じて、なにも言わず従っていただきたいのです……」
ゆっくりとした、しかし、この上ない熱意を感じさせる声で、アベーロ師が話し始める。 その場に居合わせた、真に国を愛する者たちは皆、一心にその肥えに耳を傾けはじめた……。
そして、現在。
「閣下。こんなことをして、本当に効果があるのでしょうか?」
ケント王に倣い、マントを外してふんどし一つの姿になったリオ・シザーが、世にも情けない声でささやいた。
「疑うな、リオ。これはかの「万能の叡智」アベーロ師の策なるぞ。一見愚かに見えたとしても、深い意図が隠されているのだ。師の予測では、遅くとも後7日で、ザドレアは罠にかかるはず。それまで、どれほど恥辱にまみれようと、辛抱するのだ」
「……は。そうでした。全ては国家のため、民のため。そのためであれば、どれほど恥さらしなことであろうとも、耐え忍んでみせます。それこそが、騎士の務めなれば!」
と、リオが改めて決然とした声を出す。
「うむ、その意気だ」
ケント王は小さくうなずくと、大きく胸をふくらませた。
「はじめるぞ!皆の者、用意はいいか!」
「はッ!」
40名余の精悍な男たちが、引き締まった肉体も露わに、声を揃えて頼もしい返事を返す。
そこへ、どん、と大太鼓の音が響き、一同は揃って足を開き、腰を落とした。
「そいや!」
王が腹の底から絞り出したような声で叫ぶ。すると、
「そいや!」
他の者たちが声を揃え、唱和する。
それを合図にどんどん、どどん、どんどんどこどこと、乱れ打ちの太鼓が響きわたり、その調子に合わせて、男たちはかけ声も勇ましく踊り出したのである。
「そいや、そいや、そいや、そいや!」
「そいや、そいや、そいや、そいやあ……!」




