第4章 逆襲の暗黒邪神ザドレア! 10-11
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雨か……どっかで雨宿りしていこうか。それとも、これぐらいの雨だし、このまま濡れていこうか……。
完全防水機能付きの鎧を着込んでいるのだから、雨に濡れようが隕石に降られようがどってことないのだけど、大都市一つを意図せず完全に滅ぼしてしまったうつろな罪悪感で、柄にもなく感傷的になっていたあたしは、オシャレソングの歌詞みたいなことを一人思いながら、そぞろ街を歩いていた。
と。
「ザドレア様あああああ~!ご無事でございますかあああ~」
哀愁とは縁もゆかりもない脳天気な声が、遙か彼方から響いてくる。
間もなく、ズィーロたち「ヘチャムクレ三人衆」が、暑苦しい笑みを浮かべて坂を駆け上がってきた。
「おお、これはザドレア様、よくぞご無事で!」
「街を覆っていた防御結界がいきなり変化したと聞き、急いでやって参りました!」
「おそるおそる城門から中をうかがいますと、なんと市民が皆、のどを押さえて苦しがっているではありませんか。それを見て、我ら、全てを悟ったのです!」
「いやあ、まさか立てこもる街の者どもを、屁一発で一人残らず片付けるとは!さすがザドレア様、情け容赦ありませんな!」
「しかも、ヤツらの希望の星であった軍人が将軍へと昇進する、その日に実行なさるとは!まさに暗黒邪神ならではの邪悪で酷薄極まりないやり口!私、背筋が凍りそうでございます!」
「これでスタットン共和国は滅亡、ヤツらの貯め込んでいた穀物と、これから手に入るはずの広い農地とで、ようやく我らも一息つけそうです!いやあ、それにしても、邪神の名に恥じぬ、この上なく下品でえげつない手口でございました!」
いつものように、ほめてんだかけなしてんだか分からないことを口にしながら、腰を低くし、揉み手をする三人。
いつもなら「お前ら、ふざけてんのかよ!」などと怒鳴りながら追いかけ回すところだが……この日のあたしは違っていた。
鎧の装着を解除し、ふわっと髪をかき上げると、
「でも……そのためにあたしは、こんなにたくさんの人々の命を奪って……」
憂いを帯びた視線を地面に落とし、悲劇のヒロインを気取る。
が、もちろんイナーチャはそんなあたしの乙女心など、完全に無視しやがったのである。
「あ、大丈夫ッすよ、誰も死んでないし」
「……え?」
「みんな気絶してるだけっすね。ま、でも、もうあと数日は目を覚まさないと思います。なんちゅうか、よっぽどすごかったんでしょうね、臭いが」
「臭い?臭いなの?なんか、毒の成分のせいで倒れたとか、そういうんじゃなくて?」
「いや、臭いッすね」
真顔で断言するイナーチャのヤローに、もう少しでつかみかかるところをかろうじて我慢し、あたしはこわばった笑みを浮かべる。
「そ、そう……誰も死ななかったのなら、よかった」
「後始末は我々にお任せください。ちょうどこの街には、我らウォマイラ用の地下牢が数多く作られております。そこに、片端から放り込んでやります」
「分かったわ。お願いね」
と、ここでようやく、ヤムザがいぶかしげな表情を浮かべ、じっとあたしを見つめた。
「あの、ザドレア様。大丈夫ですか?」
「なにが?あたしは、いつもどおりだけど?」
そういうと、三人は一斉に右手を激しく左右に振る。
「いやいやいやいや、おかしいですって!」
「ですですですです!いつもなら、もう絶対額に血管浮かべて、私たちを追いかけ回してる頃ですのに!」
「そうそうそうそう!いかにも破壊神らしく、そこら中の建物や女神像をぶち壊しまくってるころですぞ!本当に、どうかされました?拾い食いしたら何か悪いものに当たってしまわれたとか?」
あたしの変化にようやく気づいた三人組の様子にひそかにほくそ笑みながら――あたしを食欲のカタマリ扱いしてる、最後の一言は気に入らなかったけど――すうっと視線をあらぬ方に向け、あたしはそっとつぶやく。
「少しだけ、大人になったのかも。いつまでもバカ騒ぎばかりしてる子どもじゃいられないのよ、女はね」
「は?」
「ザドレア様?お気を確かに!」
「腐ったお供えものとか屋根瓦とかキング○ドラとか、やっぱり悪いものお食べになったでしょう!」
と、口々にド失礼なことを述べくさるズイーロたちに、ややこわばった慈悲の笑みを向けつつ、あたしはそっと指を左右に振る。
「違うのよ。一つの恋が終わったの……」
決まった。完全無欠な状況でのヒロインセリフ。今まさにあたしは少女アニメの、深夜ドラマのヒロインなんだわ……と思った、その次の瞬間。
「どわははははははは!」
「うっひゃひゃひゃひゃ!」
「ぐひひひひひひひひ!」
三人組は、一斉にけたたましい笑い声を上げやがったのである。
「どはははは、どはどはははは!恋、恋だって!」
「うひゃひゃひゃひゃ、じょうだ、冗談は顔だけにして、うひひひひ……」
「ぐひひひひ、こんないかついヒロインって、いくらなんでも!ぐっひひひひ……」
「ああ腹痛い、助けて、どははは……」
腹を押さえて地面を転がり回りつつ大笑いを続ける三人。
その三人を見つめるうち、あたしの顔からはいつの間にか微笑が消え、能面のような表情となっていた。
「……そんなにおかしいか?」
「おかしいか、ってこれがおかしくないわけないでしょ、うひゃひゃひゃひゃ……」
「人の失恋がそんなにおかしいか?」
「失恋って!そもそもあんだけ派手に屁ぶっ放すヒトが、一体どんなバケモノ相手に、ぐひひひひ……」
「そんなにおかしいかよ!」
そう怒鳴りつけると、三人はぴたりと笑いやみ、すっと立ち上がったかと思うと、真顔でじっとあたしを見つめた。
「はい、とっても!」
ひるんだあたしに向かって、声を揃えてそう叫ぶと、三人は再び笑い転げはじめる。
「……よおし。いい度胸だ。鎧よ、来い!」
にやりと笑ってそう叫ぶと、揃ってそう叫んだ瞬間、おなじみの暗闇があたしを包み、慌てて逃げ出そうとする三人組の姿が、モニター越しに目の前に映し出される。
その背に向かって、あたしは必殺の跳び蹴りをかました。
が、残念なことに間一髪で足先はイナーチャの後頭部をそれ、道沿いの人家の壁を粉々に打ち砕く。
その本気ッぷりをみて、三人は「ひゃああああ……」と情けない悲鳴を上げながら、全速力で走り始める。
「待てこら!今日こそは思い知らせてやる!」
壁の残骸をまき散らしながら立ち上がると、あたしは鎧全開で三人組の後を追いかけはじめる。
こうしてあたしの「初恋」は、三人組の心ない笑い声と、街を崩壊させた毒ガスのかすかな残り香と主に空に吸い込まれ、はかなく消えていったのだった。
11
高位神官三人組の後を追ってザドレアがいずこともなく走り去った後のイン・ナセ市街。
後始末に精を出すウォマイラたちの間を縫って、ひそかに歩く者があった。
頭からすっぽりと灰色のフードにかぶり、身をかがめたその姿は、さながら陰に溶け込む闇そのもの。作業に集中しているウォマイラたちは誰一人として、その闇の存在に目をとめることすらない。
彼らの意識の外にいることが分かっているのか、薄闇をまとったその男は、ゆったりとした歩調のまま、奥へ奥へとひたすら市街を進んでいく。
やがて男は、イン・ナセ最奥にそびえ立つ市庁舎へとたどり着いた。
ここでもウォマイラが群れをなし、倒れ伏した市民兵や役人を次々外へと運び出している。その群れを逆行するように、男はひたすら、市庁舎の奥へと足を運ぶ。
やがて、市庁舎最奥にある市長執務室へ――かのレイン・ガースが借り受け、防衛戦のための作戦執務室としていた、あの部屋である――たどり着いた。
「さて……あるとすればここのはずだが……」
ぼそりとつぶやきながら、巨大な執務机のあちこちをのぞき込んだり、引き出しを開け閉めしたり、床や天井に手を這わせたりする。
と、執務机背後の巨大な飾り棚の奥へと指先をすべらせたその瞬間、かちり、と音がしたかと思うと、床の一部がいきなり音もなく跳ね上がり、地下へと向かう階段が姿を現した。
「思ったとおりだったな」
男はにやりと頬に笑みを浮かべると、闇に沈む階段を下り、姿を消す。
やがて、再び姿を現した男は、その右腕に一冊の書物を大事そうに抱えていた。
「やれやれ。まさかここまで深く地下を掘り進めた、その先にしつらえてあるとはな。おかげで足がガクガクだ。でもまあ……」
と、ここで男は再び、不敵な笑みをその頬に浮かべる。
「これで、ほぼ揃ったも同然だな。早いとこ、師に報告せねば」
そういうが早いか、男は床にうずくまる。
と、灰色のマントはそのまま床に沈み込むかのように厚みを失っていき、やがて、染みのようになったかと思うと、跡形もなく消える。
後には、窓からほのかに差し込む光に照らされた無人の部屋と、その光さえ届かぬ闇をたたえた地下への入り口だけが残されたのであった。




