第4章 逆襲の暗黒邪神ザドレア! 3
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同日同時刻。
はあ……知性あふれるイケメン様の苦悩する横顔、たまんない……うひひひひ……。
だらだらとよだれを垂らし、鼻の下を伸ばしながら、あたしはじいっとなめるようにガース様のご尊顔に見入っていた。
執務室で元帥閣下が憂い顔で思考を巡らせていたちょうどその時、あたしも同じ部屋の中にいて――それも、ガース様の正面にある執務机に頬杖をついて、至近距離からそのお姿をじっくりと鑑賞していたのである。
ガース様は真剣にこの先の戦況について、国の行く先について思い悩んでいらっしゃるのに、その手には紙切れをお持ちになり、折り曲げたりたたんだり、退屈した子どものような手いたずらをしていらっしゃる。
そのお姿は、この上なく頼りがいがありそげなのにどこか子どもっぽくて――厳しさだけ、あるいは若さや幼さだけが際立っていたショターニキの(元)イケメンたちとはまた違った、母性本能をずっきゅんずっきゅんくすぐる魅力を発している。
あざといといえばあざといのだが、そのあざとさが、なんとも言えず尊いのだ。
はああああ……ガース様の足もとの敷物になって、おみ足でぐりぐりと踏みつけられたい……。
興奮のあまり、誰かに聞かれたら通報間違いなしのヤバい妄想をそのまま口に出しそうになり、あたしはあわてて――ジュルッとよだれをすくってから――口をつぐんだ。
「ん?なんだ?なにか聞こえたような……」
よだれを吸い込む音を聞きつけたのか、ガース様がいぶかしげな目をこちらに向ける。
いかんいかん、落ち着け、あたし!
いくら鎧のステルス機能を発動しているとはいえ、音声は筒抜けだし、じっと誰かに注視されている時に激しく動いたりすれば、違和感を与えてしまうようだ。そうなってしまえば、全ては水の泡。いやまあ、ばれてしまったところで、ちょっと鎧に命令すれば、襲い来る兵士をやすやすと撃退し、悠々と逃げ出せるのは間違いないだろうけど、せっかく手に入れた「間近でイケメン様の一挙手一投足を、その息づかい一つ一つを観察し放題」というパラダイス環境は、未来永劫失われてしまう。それだけはなんとしても避けなければならない。
あたしはただの壁、この部屋の壁、たまたまここに立っているだけの壁……。
そう言い聞かせながら、今も変な顔でこちらを見つめているガース様に気取られないよう、そうっとそうっとその視線の範囲内から移動し、部屋の隅に身を落ち着けると、あたしはまた、ガース様の横顔をじっと注視し始めたのである。
あたしがこうして市庁舎の奥深くにちゃっかり入り込んでいることから分かると思うけど、城塞都市イン・ナセをすっぽり覆いつくした光の壁――防御結界は、全くのこけおどしだった。
侵入を厳しく阻むかのようなフリをしているが、その実、そばに近づいた途端くるっと態度を変え、うやうやしく一礼しながら「どうぞどうぞ」と中へと導いてくれる、小ずるい裏切り者のようなシロモノだったのである(おかげで助かってはいるんだけどさ)。
とはいえ、はじめてその壁を通り抜けようとした時には、かなりドキドキした。
なにしろこのイン・ナセを包む分厚い「光の壁」ときたら、ハムンザの砦攻略の際にひどい目に遭ったあのぶよんぶよんの光のシートによく似た、ただしそれより数百倍は凶悪そうな様相をみせる、この上なく峻厳な門番のように見えていたのだから。
あまりにものすごいエネルギーが猛り狂っているためか、赤、青、緑、黄色、茶色、紫といったあらゆる色が壁の中に現れては消え、のたくり流れ去る。それはまさに、あらゆる邪悪なものを焼き尽くそうと心に決めた、神の怒りそのものを体現したという感じで、うっかりその壁に触れれば、ウォマイラはもちろん、あたしでさえ、ただではすまないように思われたのだ。
どうしよう……やっぱり、入るのやめとこうかな……。でも、せっかくイケメン様たちが集団で暮らしてる街が目の前にあるっていうのに……。
その時あたしは、ショターニキ魔法師団の元イケメンに期待を裏切られたせいで、ひと月近くもイケメン様を拝見申し上げることができないでいた。
来る日も来る日も周囲に居並ぶツラといえば、ユーレイも裸足で逃げ出すレベルの――あれ、ユーレイって足あったっけ?――モンスターか、さもなければ、イカれたアーティストが酔っ払って描いた壁画かよ、ってぐらいの「失敗作」ばかり。一目見るだけでMPをごそっと削られるヤツらばかりがたむろする中でずっと過ごしていたせいで、イケメン禁断症状はもはや爆発寸前まで高まり、すぐにでも心の栄養を摂取しなければ、無差別大量虐殺を始めかねないと思い詰め、自分から率先してショターニキ共和国との国境付近にまで出張ってきたところだったのである。
こんだけキョーレツな光の壁だし、いくら鎧が守ってくれるっても、通り抜けたら真っ黒焦げ、一握りの灰になって消滅してしまうかもしれないけど……それでもいい?
あたしはそう、自分に問いかける。
が、返事は明確だった。
――え、迷うことなんてなんてなんもないじゃん。さっさと通り抜けよ?
……普通に考えれば、たかがイケメンウォッチングのために命の危険を冒すなんて、ものすごく馬鹿馬鹿しい。けれど、イケメンに命をかけた乙女心より強いものなど、どこにも存在しない。
たとえ目の前にレッドドラゴンやアビスの化身、○ーミネーターやプ○デターが立ちはだかろうとも、乙女の恋心は全てを打ち砕く。イケメンを一目見るという情熱の炎は、飢えたヒグマすら涙を流して逃げ出すほどの迫力を乙女に付与し、イケメン禁断症状は、イケメンを一目見るためなら他のなにを犠牲にしようと全く構わないという「スーパー乙女心」にまで気持ちを高め、乙女を衝き動かすのである(あ、一応補足しておくと、ここでいう「乙女」って、もちろんあたしのことだからね?分かってるよね?)。
ということで、あたしはイケメン欲の命ずるまま、決然と光の壁に向かって一歩踏み出した。
と、その時。
「あ、大丈夫ですよ。そのまま進んでください」
普段の無機質な感じとは違った、素っ気ないぐらいに普通な調子の「鎧の声」が響いた。
「え、いや、大丈夫ってどういうこと!?こんなヤバそうなのに……」
「いいからいいから。はい、進んで進んで」
声に促されるまま足を進め、ついに光の壁の真ん前にまでたどり着く。
その距離まで近づくと、光の壁がブーンと音を立てて振動しているのがわかる。金属が灼ける時のような臭いもわずかに漂い、目を開けていられないほどにまぶしい。
これ……本当に大丈夫なの?
さすがにそのまま足を踏み入れることはできず、あたしはおそるおそる右手を差し上げると、エネルギー沸き立つ障壁の中に一瞬、指先を突き入れた。
「じゅっ」という音と共にものすごい熱さと痛みに襲われ、爪がたちまち黒焦げになるんじゃないかと思っていたのだが……なんともない。
あれ?
今度はそうっと、もう少しゆっくり、指先を差し入れる。
が……やっぱり全然なんともない。少しは指先がしびれたり、熱くなったりしてもよさそうなものなのに、一切なんともならないのである。
よく見ると、猛り狂うエネルギーの奔流は、指先のぎりぎりのところでくいっとその方向がねじ曲がり、ぶつかるのをよけて流れ下っている。透明化しているのでよく分からないけれど、鎧の外側にもう1枚、透明なマントでもかぶっているかのような感じだ。
「ね、だから言ったじゃないですか。さ、進む進む」
再び響く鎧の声に促されるまま、そろそろと前に進むと、カーテンが開くように光の壁が次々と道を空け、すんなり先へと通してくれる。
気がつくと、あたしは傷一つ、やけど一つ負わないまま壁を通り抜け、石畳で舗装されたイン・ナセの大通りへと入り込んでいた。
え、なんで?ウォライラどもは「あの光の壁に触れたら最後、全身が消し炭になってしまうのです」って恐れおののいていたっていうのに。あ、そうか!ヤツらは邪悪でブッサイクでこの世から抹殺されるべき害虫だから、触れると焼け死んじゃうんだ!そこへいくと、あたしは可憐でかわいく清楚で清純な乙女だから……。
「いえ、違います。使用者様が可憐でかわいく清楚で清純な乙女だから、とかいうことではなく、あの光の壁は、エネルギー属性が当防御装甲と同じなのです。従って、こちらを損壊する危険性はないというだけのことです」
と、なんだかややあきれた感じに聞こえる調子で鎧の声が響き、あたしは、
「あ、そう」
ぶすくれた表情になった。
ともあれ、焼きすぎた豚の丸焼きみたいな姿に――誰が豚だよ、火あぶりの刑に処される悲劇の乙女だろ――ならずに済んだことにホッとため息をついたところで、あたしはようやく気がついた。
え、じゃあ、光の壁が全く無害ってことは……あたし、通り抜け放題?それじゃあ、いつでもイケメン様眺め放題ってことじゃん!
こみ上げてくるうれしさのあまり、いつの間にか頬にとろっとろの笑みが浮かび、口の端からよだれが垂れそうになる。
ぐへへ、天国やあ、いよいよパラダイスにたどりついたんやあ……。
これから訪れるはずのめくるめく日々に胸をいっぱいにふくらませながら、あたしは市街地をうろうろと探索しはじめたのである。
ところが……ここでもあたしはまた、裏切られることになった。
イケメン様が、全くというほど見つからないのだ。
あ、いや、街ゆく人々のお顔立ちが整っていらっしゃらない、ということではない。街路を楽しげに走っていく学生らしき少年も、そこらの雑貨屋で働くお兄さんも、なんなら酒場のオヤジさんだって、輪郭は整っているしホリは深いし眉毛はキリッとしてるし目は大きいし鼻筋は通っているし、相当いい感じの――ウォマイラなんかに比べれば、それこそ月とすっぽん、提灯に釣り鐘、天上の妙なる音楽と地獄の魔物のうめき声ぐらいの違いがある。
けれど、皆おしなべて「華」がないのだ。
なんというか、アニメとかマンガとかで、悪役以外の住人皆がそこそこ普通に整った顔してる感じ?というか、薄っぺらい人物像に整った顔のお面をはり付けただけの人間がぞろぞろいる感じ?というか……とにかく、街の人々全てにどうしようもない「モブキャラ感」がつきまとっているのである。
お顔立ちが整っているからといって、皆がイケメン様になるわけではない。あ、いや、この世界にくる前とか、来たばかりの頃だったら、顔だちさえ整っていらっしゃれば、イケメン様だと思っていたかもしれない。けど、この世界で数多くのイケメン様と対峙し、多くの方々を愛でてきた結果、あたしの「イケメン基準」はどんどんハードルが上がってしまい、顔だちの良さはイケメン様の最低基準に過ぎない、と思うようになってしまっていたのである。
イケメン様に必要なのは、そのご尊顔の背後に見えかくれする「物語」だ。
暗い過去でもいいし、将来への野望でもいい。それどころか、他人をとことんいじめ尽くしたいという昏い欲望でも、お金のためならなんだってやってやるという残忍なまでの強欲さでもいい。とにかく、その人を他の人と違ってみせるだけの過去を背負い、そこから現在の行動を選び取っているのだという、どうしようもなくリアルな行動基準があってはじめて、イケメン様はイケメン様となる。
生活は苦しいけど、そこそこ幸福ですう、このまま生きていければそれでいいですう、他はなんにもいりませえん、がんばるつもりもあまりありませえん、という現状に対する脳天気な満足感ばかりを感じさせるキャラは、たとえどれほどカオがよくても、所詮「その他大勢」にしかなれない。
貴族と平民とでは、圧倒的に貴族の方がイケメン様が多いのも、きっとそのためだ。
貴族のような上流階級の方が要職に就き、財産があり、知識豊富で贅沢な暮らしをしている分だけ、もっと、もっと、もっとといろいろな欲望をさらに膨れ上がらせて、あれこれ行動する。それが、その方の人生に生きがいやハリを生み、その方を輝かせるのだと思う。
一方庶民は、どれほどがんばったところで所詮庶民、大してえらくはなれない。それなら、現状が多少不満であったとしてもそれを我慢し、無難に、そこそこの幸福だけを手放さないように毎日を送る方がよい、と思いがちだ。
その「欲望の濃さの違い」が、そのままイケメン度の違いになっているに違いない。
そして、このスタットン共和国は、よせばいいのに民衆が革命を起こした結果、王の一族は皆死に絶え、めぼしい貴族も散り散りに逃げ出し、平民ばかりが住む国となった(と、イナーチャから教わった)。
その結果、今日と同じ明日が送れればそれでいいですう、それ以上はなにも望みませえんという、引退後のオッサンみたいな夢しか持たない人たちばかりとなってしまい……イケメン様も今や絶滅寸前となってしまったようなのだ。
なんだよ、この街!見る人見る人、皆ふわっとした弱々しい笑顔を浮かべてばかりで、ちっとも刺さらない!どっかにいないの、もうっとこう、ズギューンて感じであたしの胸を撃ち抜いてくださるようなイケメン様は!
大通りから小道へと入り、そこからさらに路地へと分け入って、立ち並ぶ家々を1軒1軒のぞいていく勢いで探してみたけど、どこにもめぼしいイケメン様はいらっしゃらない。
市庁舎にも入ってみたけど、茶色やねずみ色の服を着た無表情なモブが大勢机に向かい、何やら書類を書いているだけで、ちっともおもしろくない(まさか、そんな「つまらないオトコ」しかいない建物の一番奥に、ガース様のようなとびきりのイケメン様がいらっしゃるとは思ってもみず、ロビーや二階をちょちょっと見ただけですぐにあきらめ、外に出ていたのだ)。
再び市街をふらふらしたが、どこにっても出会うのは二束三文、十把ひとからげの、どうでもいいようなヤツらばかり。
それでもひょっとしたら、とイケメン様を求めて三千里――は大げさだけど――町中をずっとさまよい歩いているうちに、やがて日も傾き、赤みがかった光が斜めに差し込む頃となった。
ああ、こんだけ探してもイケメン様に出会えないなんて。やっぱりこの街にイケメン様はいないんだわ……ち、つまんね。ちゃっちゃと滅ぼしちゃお。
疲れ切った体を引きずり、探索が無駄に終わったことに向かっ腹を立てるあまり、物騒なことを考えていた、そんな時だった。
不意に、路地の向こう……大通りから、まぶしい光が差したような気がした。
うおっ!な、なんだ、今の衝撃は一体……。
目をすがめつつ、どたどたと路地を駆け抜け、ぞろぞろとぼとぼ歩いている制服姿の人波をかき分けるように押しのけて、先頭へと向かう。
と、そこにいたのだ。
加工の後が全く見当たらない、天然物間違いなしの日に焼けた精悍な顔。野性味に満ちた、活きのいい瞳。そしてよく引き締まってピチピチとした体。上流階級では決して見られない、庶民の荒海で育てられた逸品(なんか、魚屋か海鮮居酒屋の宣伝文句っぽくなっちゃったけど、イケメン様の話だからね?)。
そして、自らも疲れているだろうに、足を引きずっている同僚に肩を貸し、精一杯声を張り上げ、
「皆、どうした!もうすぐ市庁舎だぞ!しっかり胸をはれ!今回はダメだったが、また次回がある!次回こそ、宿敵ウォマイラの奴らにほえ面かかしてやろうぜ!」
と、皆を励ます健気な姿(ところで、「ほえ面」ってどんな顔なんだろう?)。
それが、あたしと「スタットンのもう一人のイケメン様」メーグル様との、運命の出会いだった。
「ニーロン名誉伯爵・レイン・ガース閣下、メーグル大尉がご報告に参っております!」
「通せ!」
衛兵の報告に対し、ガース様が先ほどと同じく、書類から目も離さずにそう答えると、間もなくカツカツと足音高く床を踏みしめ、軍服の上に無造作にマントをはおった長身のイケメン様が入り口をくぐり、机のすぐ前で直立不動の姿勢になった。
「元帥、任務完了いたしました」
「ご苦労。今回も首尾よくいったようだな」
「は!食糧倉庫の焼き討ちに成功いたしました!」
「相変わらず、敵の抵抗はなしか?」
「は。抵抗どころか、奇襲をかけているにもかかわらず、兵士の姿すら見当たりません。食糧倉庫の中も、ほぼ空です」
ええ、そりゃそうですわ、メーグル様の襲撃に合わせて食料を移動し、守備兵を空にするよう、ブッサイクどもに言いつけてますし。
「うむ、そうか。やはり、こちらの動きは逐一敵に知られているようだな。誰かスパイが紛れ込んでいるのか、それとも厳重な監視網が張り巡らされているのか」
「スパイはあり得ないかと思われます。一目見るも汚らわしいウォマイラども我らの中に入り込めば、凄まじく目立ちますし」
あ、サーセン。ここにこうしてスパイが紛れ込んで、ねっとりと鑑賞……監視させていただいておりますです……。
「うむ。だが、分からぬぞ。我らの同胞の誰かが買収され、情報を売っているやもしれぬ」
ガース様がそういうと、メーグル様は目を見開き、整ったかんばせに険しい表情をお浮かべになった。
「なんということを!我らの同胞に限って、そのような恥知らずなことをする輩がいるはずありません!」
強い調子で断言するメーグル様にむかって、ガース様は愛おしげな笑みを浮かべた(そしてあたしは、お二方の絵面の尊さに、もう少しで恍惚の声を上げそうになった)。
「そういきり立つな。国軍を率いる身ともなれば、そのようなことまで考えねばならぬということだ」
「そうかもしれませんが、俺は絶対に仲間を……」
「メーグル。そなたのその仲間に絶対の信頼を置く美しい心持ち、うれしく思うぞ。だが、ゆくゆくは私の後継者になろうというものが、いつまでもそれでは困るのだよ」
「元帥!前にも行ったではありませんか!もともと平民の、それも辺境の貧民窟の孤児だった俺に指導者なんて……」
「出自は関係ない。能力があるものこそが上に立つべきなのだよ。そしてそなたには、十分にその能力がある。だから私は、そなたを将軍に、そして次期元帥へと推挙したのだ」
「元帥のお計らいには感謝しています。でも、俺は剣を振るしか能のない人間です!その俺に将軍なんて、到底務まるはず……」
途方に暮れたようにうなだれるメーグル様に、ガース様は同情の念のこもった、しかし同時にこの上なく厳しい視線を注いだ。
「メーグル。そなたも、今我が国が――このケメンの地がどのような状態か、分かっているな?」
「それは……」
「宿敵ウォマイラと邪神ザドレアの手によりいくつもの国が侵され、滅ぼされ、我が国も防戦一方。籠城とゲリラ的な焼き討ちで、かろうじて敵の侵攻を防いではいるが、それとていつ破られるやもしれぬと、皆が暗闇の中、不安を胸に抱き震えている。このままでは、いずれ我が国とて滅亡の憂き目を……」
「そんなこと、絶対にさせません!俺がこの国を守り抜いて見せます!」
「ああ、もちろんそうだ。その事を、暗い気持ちを抱えたまま毎日を送っている国民皆に、確信させる必要があるのだ。今こそ、国民に希望を与える英雄が必要なのだ!」
「けど、俺は……」
「迫り来る敵に押し込まれ、皆が息を殺して城に、砦にこもる中、ただ一人、赫々とした戦果を上げ続ける戦闘の天才。危険を冒して敵地へと侵入し、神出鬼没に姿を現しては敵をきりきり舞いさせる鮮やかな手腕。そなた以外に英雄にふさわしいものなどいないのだよ、メーグル」
「……はい」
諦めたようにつぶやくメーグル様の方に、ガース様はそっと手を乗せた。
「なに、大丈夫だ。数年も英雄を務めれば、その立場にも慣れる。私もそうだったからな。それまでの辛抱だと思ってくれ」
「……分かりました」
「就任式は三日後と決まった。国を挙げての盛大な祭りになる。今のうちから覚悟を決めておいてくれ。全ては共和国のためだ」
「でも、俺は……」
「レイン・メーグル。奇しくも同じ名を持つ者として、今まで私はできる限りお前を引き立ててきたつもりだ。その恩を返すと思ってはくれまいか。どうか、頼む!」
「……はい」
再びがっくりとうなだれるメーグル様。その肩をぐっと引き寄せ、きつく抱きしめると、優しく背中を叩くガース様。お美しいお二人のお姿は、まるでホモゲのワンシーンのようで、その尊さのあまり、あたしは思わずオシッコ漏らしそうになりながら、この場の全てを胸に焼き付けようと、目を皿のように見開き、食い入るようにお二人に見入る。
やがて見つめ合うお二方の顔と顔がゆっくりと近づき、目を閉じて……。
ああ、できるなら、この瞬間が永遠に続きますように……。
そう願っていたのだが、残念ながら、そうもいかなくなった。あ、いや、お二方のエロい――この上なく尊いお姿は継続中だったのだけれど、あたしの我慢の方がそろそろ限界に達していたのだ。
そろそろトイレ行かないと、本気でもらす……。
いくら透明化で姿が見えなくなっているからって、あたしも一応花も恥じらうお年頃の喪女、イケメン様お二人の目の前でジャージャーとオシッコもらせるほど、その根性は座って――腐って?――いない。
ということで、あたしはぐいぐいととてつもない力で後ろ髪を引かれながらも、しぶしぶ――やや内股でそそくさと、その場を後にしたのだった。




