第3章 愛と復讐の暗黒邪神ザドレア! 10
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数日後。
疑問が解けないままになってしまったことにちょっとモヤモヤしてはいたものの、まあ、そんなに深く考えることでもないか、それよりどうにかして新たなイケメン様との邂逅を果たさないとな、などと、いかにも自分らしい思いを巡らせつつ、あたしはいつものように神殿の自室で寝っ転がったまま、皿に盛られた豆をポリポリと食べていた。
そこへ。
「ザドレア様。今、よろしいでしょうか?」
と、聞き慣れた小汚いダミ声が響く。
同時に扉が開き、「いい」とも「入れ」とも言ってないのに、ズィーロを先頭にいつもの三人組がしずしずと入ってきた。
「なんだよ、勝手に入って来んなよ……」
ごろんと寝っ転がったままだるそうな声をかけると、三人は深々と頭を下げる。
「おくつろぎのところ、お邪魔して申し訳ありません、ザドレア様。今日は、どうしても報告いたしたいことがございまして」
重々しくはあるけどどこかうれしそうな声を出すズィーロに、あたしは「ふん」と鼻息で答えた。
「聞いたよ。なんかあれだろ?あのショターニキの南にあったちっさい国みたいなとこ……オジ教団領だっけ?そこ、占領できたんだろ?だったらもう聞いたよ。よかったね、おめでとー」
「おお、既にお聞き及びでしたか。おっしゃる通りでございまして、そもそもオジ教団の者どもは防衛をショターニキに頼りっきりでございましてな。魔法師団がザドレア様の手により再度壊滅させられたとの噂を聞き、算を乱して我先に逃げ出しまして、結果、ザドレア様のお手を煩わせることなく、無血占領を……」
「いや、だからそれもう聞いたって!あんたらの顔見てると消化に悪いから、はよ出てけって!」
「いえ、ですがザドレア様、今日私どもが参りましたのは、それとは別の話でして……」
「なんだよ、まだなんか話あんの?だったらさっさと言えよ!」
せっかくくつろいでたところに粗雑な顔を見せられたせいで、いい加減イライラしていたあたしは、つい言葉を荒げてししまう。
ズィーロは、あわててぺこぺこし始めた。
「ザドレア様!どうか、どうかもう少しだけお時間を!これ、何をしている、はいりなさい!」
ズィーロが扉の奥に向かって呼びかけると、おそるおそる、一人の女の子が部屋の中に入ってくる。
そのコの顔を見た途端、あたしはぱっと満開の笑顔を浮かべた。
「あ、なんだハシカじゃん!しばらく見なかったけどどうしてたの?でも、ちょうどよかった、今退屈しててさあ……」
そう弾んだ声をかけると、
「なんだか、私どもと扱いがえらく違いませんか?」
と、イナーチャがものすごく不満そうな声を出す。
「え、そりゃ、顔面害虫レベルのオッサンとかわいくていやし成分ぶんぶん振りまいてる女の子じゃ、扱い違って当然でしょ」
「えー、それって差別じゃないですかあ……」
イナーチャが不満そうな顔になったところで、あたしはちらりとハシカの顔を確認した。
……あれ?
今までのハシカなら、こういったやりとりを目にすれば、楽しそうにくすくすと笑ってくれたのに、今日はどういうわけか、思い詰めたような心境な顔のままだ。
思わずあたしは真顔になって、ハシカの顔を正面から見据えた。
「ハシカ?本当にどうしたの?今日はなんか、すごく真面目っぽいけど……」
と、そこでハシカは、ようやく決心を固めたと言わんばかりに、あたしの顔をきっと見つめた。
「ザドレア様。今日はお別れのご挨拶に参りました。私、本日付でザドレア様付きの女官をやめさせてていただくことになりまして。今まで、本当にお世話になりました」
思ってもみなかったその言葉に、あたしは大きく目を見開く。
「え、どうして!?ちょっと、やめないでよ、この神殿で趣味が合って、目の保養にもなる人っていえば、あんたしかいないのに!」
「申し訳ありません。ですが、私は目覚めたのです。今までの私はどうかしていました。いくら私自身と姿形が似通っているからといって、容姿も心も醜いケメンなどに焦がれるとは、なんて未熟で恥ずかしい真似をしていたのでしょう!」
「いやいや、恥ずかしくないって!若い女子ならイケメンにひかれるのがふ・つ・う!全然おかしくないから!」
「いいえ、真実の愛に目覚めた私には分かります。真に価値があるのは、誠実さと優しさ。心の美しさ、正しさなのです!あの日、ヤムザ様が身をもって、私にその事を教えてくださいました……」
頬に手を当て、うっとりと夢見るような顔で、ちらりとズィーロの横に並ぶヤムザに目をやるハシカ。
で、その当の本人は、その彼女の視線をしっかりと受け止めたばかりか、「僕も愛しているよ」とでも言わんばかりに、にっと笑ってこくりと頷く。
おいおいおいおい、ジト目赤メガネホームベース面が、イケメンも真っ青のそのリアクション!?おええええ、なんだよそれ、おえええええ……。
「ハ、ハシカ、気を確かに……」
こみ上げる吐き気をこらえながら、あたしはようやくそれだけを口にしたが、もはや完全にトチ狂ったハシカは、ただゆっくりと首を振るだけだった。
「今ほど気持ちが確かであったことはございません。ええ、そう。私は、ヤムザ様を心の底から愛しています!そして、決めたのです!この方の妻となり、今まで支えていただいていた分、今度は私があの方を支えていこうと!」
「ええええええ……!やだこの子、本当におかしくなった!ちょっと医者に診てもらお、ね?」
「私は完全に正気です。今までの私がおかしかったのです。その証拠に、私の決心をズィーロ様にお伝え申し上げたところ、大変お喜びになってくださり、生まれ変わったつもりで新たな人生を歩むようにと、新しい名前まで授けてくださいました」
「いや、だから、ズィーロももともと十分おかしいヤツだから!アンタ絶対だまされてるよ、ハシカ!」
「いいえ、ザドレア様。愚かで未熟だったハシカは死にました。これからはどうか、オーユとお呼びください」
「ええええ……まあそう呼んでほしいなら呼ぶし、アンタの幸せを邪魔するつもりもないけど、でも……」
「ザドレア様、今まで本当にありがとうございました。今までとは立場は変わりますか、これからもオーユは変わることなく、いいえ、今まで以上にザドレア様の忠実な僕として、お仕えして参ります」
「あー、はいはい」
「それでは失礼いたします」
「恋する乙女は自分と相手のことしか見えない、他人のことなど知ったこっちゃない」の法則どおり、自分の言いたいことだけいうと、ハシカはヤムザと連れ立ち、夢でも見ているかのような顔で、さっさと部屋を出て行ってしまったのである。
あー、変なもの見た。今日の夜は絶対イヤな夢見るわ……。
そんなことを思いつつげんなりしていると、いまだ部屋に残ったズィーロが、しんみりとした口調で口を開いた。
「彼女、オーユは、ずっと自らの出自と容姿にコンプレックスを抱いておりましてな。ヤムザはそんな彼女にずっと心配し、どうにか力づけようとしてきたのです。ザドレア様付きの女官に彼女を推挙したのもヤムザでしてな、「絶世の美女揃いの中に自分のような者が混じっては、きっとザドレア様の機嫌を損ねるから」と固辞するハシカを、半ば強引に採用いたしまして。ふたを開けてみれば、思いもよらずザドレア様の一番のお気に入りとなり、彼女自身、それが大きな自信となって、今回のうれしい結末になったようなのです。思えば、なにかにつけてあの哀れなハシカをカワイイカワイイと褒めていらっしゃったのも、ザドレア様の深き御心よりのお言葉だったのでございますな。そうとも知らず、ザドレア様をお諫め申し上げてしまうとは、我ながら、なんたる不明。伏してお詫び申し上げまする。誠に申し訳ございませんでした……」
「……なにがなんだかよく分からないけど、まあ、彼女が幸せそうだからいいことにするわ。ああ、でもこれで、あたしの唯一の癒やしが……」
「ああ、そのことでございますが、ハシカの抜けた分、新たに女官を補充しようと思うのですが……」
「ああ、うん。できれば、あのハシカみたいな子がいいな。あんなかわいい子はめったにいないだろうけど、とりあえず今の女官たちは、申し訳ないけどちょっとあまりに目に厳しくて……」
「おお、さすがはザドレア様!絶世の美女ばかりをおそばに侍らせるより、心の美しさは人一倍なれど容姿に恵まれず、自らを落としめてばかりいる哀れな娘らを側近くに置き、励まし、力づけてやりたいとお考えなのですな?なんと寛大にして慈愛に満ちたお考えでありましょうや。このズィーロ、ますますザドレア様への尊崇の念を深めずには……」
ここまで言われて、ようやく事情が飲み込めてきたあたしは、深いタテ皺を刻んだ額にがしっとこぶしを当てると、もう片手をズィーロに向かって突き出し、
「……ちょっと待て」
と、話を遮った。
「ザドレア様?どうかなさいましたか?」
「……あたし付きの女官たちを、どうやって選んだって?」
「それはもう、ザドレア様のお世話をするというおそれおおいお役目を果たす者たちでございますから、我らウォマイラの中でも、信仰心、心ばえ、深い教養、そして容姿にも恵まれた、とびきりの若い女性を選りすぐりまして……」
「……その中に、ハシカが紛れこんだって言ってたよな?あの子は、ひょっとして、ウォマイラ基準ではそんなにかわいくないのか?」
「ええ、それは……申し上げにくいことではございますが、他全ての要素でハシカは他の女官たちにひけはとらぬものの、こと容姿という面では残念ながら……」
「……その、絶世の美女たちだけど、どうして絶世の美女なんだ?というか、なんだってあれが絶世の美女ってことになるんだ?」
「なんで、と言われましても、美女は美しいから美女だとしか申し上げようがないのですが……ただ一つ、思い当たることがあるとすれば……」
「なんだよ、言ってみろ」
「我らウォマイラは、美の化身たるザドレア様をそれはそれは深く敬愛しております。ですから、世の女性を見るときにも、どうしてもそのザドレア様を基準に見てしまうところがあるのではないかと。すなわち、ザドレア様に似ていれば似ているほど、ああ、この方は美しいと思う傾向が……」
「いや待て!おかしいだろ!あたしに似てりゃ美人だってのがまずおかしいし、それよりなにより、なんであたしに似てる「美人」が、あのウルトラ人外ばかりになるんだよ!あたしがあれに似てるって言いたいのかよ!」
「え、それはザドレア様、ハシカよりはずっと、バルヤ殿の方が似ているかと……」
そこへ、
「ズィーロ様!私はボルジュ様の方が似てらっしゃると思います!聡明なまなざしがザドレア様と瓜二つじゃないですか!」
イナーチャがうれしそうにそう言うと、
「うむ、だが、それをいうなら立ち居振る舞いとプロポーションがそっくりなユニバ殿など、ザドレア様と見まごうほど」
「それでしたら、聖ジノヒ殿などまさに生き写し!」
「おお、たしかに!」
そこまで聞いたところで、とうとうあたしの頭の中で何かがプツンと切れた。
「お前ら、そこに直れ」
「は?ザドレア様、いったいなにを……」
「いいからそこに直れ。お前ら、百発ずつ殴る」
「はあ!?な、なにをそんなにお怒りなのです!?」
「そうです、理不尽ですよ!」
「うるせえ!覚悟しやがれ!」
鎧の中に入って一緒に動くことでいつの間にか身についた「理想的ファイティングポーズ」を取ると、
「ご無体な!」
「お許しくださいまし!」
ズィーロとイナーチャは、頭を抱え、一目散に寝下出した。
「待てこら、てめえら!」
すぐさまその後をあたしも追いかけ……それから数時間にわたり、壮絶な追いかけっこを演じるあたしたちの足音が神殿に高く響き続けたのだった。




