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イケメンパラダイスへ召喚されたけど、あたしは暗黒邪神でした  作者: 柴野独楽


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第3章 愛と復讐の暗黒邪神ザドレア! 9

     9

 「ご無事でございますか、ザドレア様!」

「お怪我はございませんか、ザドレア様!」

 横手からかすかに聞き慣れたダミ声が重なって響いてきたのは、ちょうどあたしがその「勝利した女性格闘家」のポーズを取っている時だった。

 その姿を見たイナーチャが、

「ザドレア様、どうなさったんです?立ったままいきんだりして」

と、いきなり失礼な発言をかましてくる。

「ち、ちげーよ!これはいきんでんじゃなくて!」

 そう言いかけたところで、ズィーロがあわてて割って入った。

「これ、我らが尊崇するザドレア様にむかって「いきんでいるのか」とは、なんと罰当たりなことを言うのだ!」

「そうだよ、これは!」

「そういうときは、見て見ぬふりをするのだ!ザドレア様とてプライベートというものがおありなのでぞ!」

「そうそう……え?いや、だから……」

 私は即座に打ち消そうとしたのだが……時既に遅かった。

 イナーチャは雷に打たれたような表情となり、

「はっ!それが敬虔な信者としての正しい態度なのでございますね!私、新たに悟りを開いた気分でございます!」

「だから、ちげーっていってんじゃん!聞けよ!」

「ザドレア様、知らぬこととはいえ、大変失礼いたしました……」

「ザドレア様、神殿より尊いお姿が見えなくなったと聞き、私もこの者も、このように駆けつけて参りました。その厚い信仰心に免じて、どうか寛大なご裁可を……」

 深々と頭を下げたいつもの三人を見て、遅れて駆けつけた他のウォマイラたちはひそひそささやき合い、はっとした顔でこちらを見た後、あわてて深々と頭を下げ……とうとう「いきんでた」どころか「我慢してたなにかを出そうとしてた」ことが「間違いのない事実」としてヤツらの頭に刷り込まれてしまったところで、あたしは深々とあきらめのため息をついた。

「ああ、もう!じゃあいいって、それで!」

「おお!なんと御心の広い!ザドレア様の海のように広い情けに、私、涙が出そうで……」

「いや、待て。それはもういいけど、それはそれとして、お前ら、なんかタイミングよすぎじゃね?」

「……は?」

「そうだろ?あたしが奴らを全員倒し終わったところでノコノコやってくるって、ぜってーおかしいじゃん」

「えーと、それはその……」

「お前ら、あたしが敵を全員倒し終わるまで、どっかに隠れてただろ」

そう言うと、たちまちウォマイラどもはギクッと肩をすくめ、冷や汗を浮かべてぎくしゃくと変な動きをし始めた。

「いいいや、いいい一体なにをおっしゃっているのか、わわわ私めにはさっぱり……」

「え、ええ、そ、そうですとも!ど、どっかに隠れて、戦闘が終わるまでじっと見てたなんて、そ、そんなこと……」

「なんとかザドレア様をおだててヤツらをやっつけさせようと思ってたところ、勝手に後をつけて勝手にぶっとばしてくれたんでラッキーとか、そんなことは全然ございませんし!」

「そ、そそ、そうですよ!ぶっ飛ばしてくれるかどうか、背後からザドレア様を見張ってたとか、そんなこと全くありません!私たちは、たまたま、本当にたまたま、ここへたどり着いたところでして……」

 はーん、なるほど、そういうことね。

 思い切り狼狽し、こわばった愛想笑いを浮かべて口々に言い訳を述べ立てるヤツらをひとしきりじっとりと眺めた後、あたしはふっとため息をついた。

「あー、うるさい、もういい!とりあえず、この転がってるブサイクども、さっさと運んじゃって!」

そう命令すると、ほっとしたのか、全員がいい笑顔を浮かべ、

「喜んで!」

 声を揃えて応える。

 居酒屋かよ、とあきれているあたしの前で、ヤツらはどこかから取り出した縄で手早く師団員たちを縛り上げると、意外なほどの力で軽々と担ぎ上げ、運んでいく。

 さ、終わり終わり。あーあ、久々にイケメンとかわいい子のエモい純愛ストーリーをに浸(ひた)れるかと思ってたのに、全くの無駄骨だったわ。あーあつまんね。帰って寝よっかな……。

 と思ったところで、背後からすすり泣くかすかな声が耳に入り……あたしはようやく、絶大な力をふるう快感に酔うあまり、すっかり忘れ去っていた悲劇のヒロインの存在を思い出した。

 ハシカ、ひどい目に遭ったね、もう大丈夫だよ、安心して!

 そう声をかけるつもりでゆっくり彼女の方へと向き直った、その瞬間。

 ハシカは大声を上げて泣き始めた。

「申し訳ありません、ザドレア様!今回の事件は全て私の責任です!あのような非道な男に血迷い、あなた様を裏切った罪、何をしても償えるものではありません!本当に、本当に申し訳ありませんでした……!」

「あー、いや、そのね……」

 あんたの気持ちはよく分かってるって、イケメン様になんか頼まれたら、断れるはずないもの。だから、大丈夫、べつにあたし、怒ってないよ。そんなに泣かなくてもいいから……とかなんとか、そんな風なことをいってやりたかったんだけど、それを口にする前に、ハシカは泥だらけになりながら地べたを這いずり、魔法師団の誰かが落としたらしい短剣を拾い上げていた。

「こうなった上は、もはや私の命で罪を償うより他ありません!もとより価値のない命ではございますが、どうか、どうかそれで、家族親族に罪が及ぶのだけはお許しください!」

 いや、そんなつもり、はなから全然ないから!

「それではザドレア様、どうかお元気で……!」

 泥だらけ、涙まみれの顔をくしゃりとゆがめ、はかない笑顔を浮かべると、ハシカは目をつぶって顔を上げ、手に持った短剣で、露わになった白い喉笛を一気に突こうとした。

「ちょちょちょちょっと!危ないって!」

 あわてて止めに走ろうとしたが、あいにく鎧は解除したまま、あたしの動きもちょい太めのJKにふさわしい、もっさりしたものにしか――誰がもっさりだよ!――ならない。

 ああいけない、これじゃ間に合わない……と目を見開いたところへ、緑色のカタマリが神速で私の目の前に現れると、横殴りにハシカの手を叩いていた。

 握りしめていた短剣が吹っ飛び、はっとした顔になったハシカの頬に、「バカな真似はやめるんだ!」の声と同時に、復路のビンタが炸裂する。

 バシン、と頬がなると同時にハシカは地面にくずおれ、そのままわあっと泣き崩れた。

 同時に、あたしとハシカの間に入った緑色のカタマリ――ヤムザがくるりとこちらを向き、がばっと両手を地についたかと思うと、両目から滝のように涙を流しながら、あたしを見上げた。

「ザドレア様!お怒りはごもっともでございます!この者の犯した罪は、決して許されるものではございません!ですが、どうかお聞きください!この者の本質は、素直で優しく、信心深いザドレア様のしもべ!ただ、あまりにも素直すぎて人を疑うことを知らず、今回の事件はそこを悪魔につけ込まれてしまっただけなのでございます!」

 あ、うん、知ってるよ、ずっと見てたし。

「この者は、私と同じ村の出身。昔からこの者は、皆と違うこの哀れな容姿を気にして、うまく周囲に溶け込めず、生きて参りました。それでも病気がちな母親を健気に支え、その母親を早くに亡くした後は、皆からの好奇の視線に一人耐えながら、精一杯努力し、明るく振る舞って生きてきたのでございます。その姿があまりに痛ましく、せめて偏見の少ないところでのびのび暮らさせてやりたいと、皆の反対を押し切り、この者を女官に推薦し、神殿へと連れてきたのは、この私です。ですから、この者の不始末は私の不始末。どうかどうか、この者を罰するとおっしゃるならば、その代わりにこの私、ヤムザに死をもって償わせてください!」

 その場に居合わせたウォマイラたちは、ヤムザのこの潔いことばに「おお!」とどよめいた。

 確かに感動的なことばだった。もし、このことばを口にしたのがヤムザでなければ、きっとあたしの心も強く揺さぶられたと思う。

 けど、なにせ目の前に立ちふさがっているのはヤムザ――ウォマイラでも1、2を争うブサイクだ。

「へえ、いい覚悟じゃん、ヤムザ。いいよいいよ、全然オッケー。なんもなしでハシカを許すつもりだったんだけど、ハシカを助けるためにアンタが死ぬってんなら大歓迎!神殿からゴミクズが一匹減りゃ、多少はあたしの目も休まるし、じゃ、早速処刑しちゃおっか」

「へ?……あのまさか、本気じゃ……?」

 ヤムザは、ボーゼンとした顔をこちらに向けた。

 が、もちろんあたしはそんな反応など完全に無視。きょろきょろと辺りを見回し、魔法師団の誰かが落としていったらしい長剣を見つけると、いそいそとそれを拾い上げ、鞘を払う。

「じゃヤムザ、さよなら。せえの!」

とその長剣を頭の上に振りかぶると、ヤムザは「うわああああ……!」と汚い悲鳴を上げながら、ものすごい速度で後ずさった。

 その後を追いかけながら、あたしはわざとらしく眉根にシワを寄せる。

「ちょっとヤムザ!動くんじゃねえよ!あんだけかっこいいこといったんだから、覚悟を見せろよな!」

その言葉と同時に、あたしはヤムザの頭頂部めがけ、思い切り剣を振り下ろそうとした。

 と、その時。ヤムザと私の間に割って入ったハシカが、がばっとそのグリーンモンスターに覆い被さった(うええ、気持ち悪くないのかな、ハシカ、よくあんな無気味なもんににぴったりくっつけるよな、と私は眉間に深いシワを寄せた)。

「いけません、ヤムザ様!あなたは村でも神殿でも、影になりひなたになり、さりげなく私をかばい、守ってくださいました!その上、この私の罪を背負って死を賜るなど!」

「よいのだよ、ハシカ。そなたのように前途有望な者を教え導き、その礎(いしずえ)となるのが、我ら上に立つ者の使命。この私の命でそなたの命があがなえるのならば、本望だとも。ただ、できうることなら、悔い改め、立派な信徒となったそなたの姿を、この目で見たかった!」

 後半部分を、こちらをちらちら見ながらやたら大声でヤムザが叫ぶと、それに呼応するように、

「ヤムザ様、私などのために、あなたの尊いお命を失わせるわけには参りません!慈悲深く、お優しいザドレア様なら、きっとご理解してくださり、私の命で罪をあがなわせてくださるはず!」

「いいや、前途有望なそなたの命を奪うなど、とんでもない!心広く、寛大なザドレア様にお願いして、私の命で全ての罪を洗い流していただけるようにお願いしよう!」

「ヤムザ様……!」

「ハシカ!」

 慈悲深いとか、優しいとか、心広いとか、寛大だとか、そこんとこだけやたら力を入れて叫び、ちらちらとこちらに目線を送ってきたかと思うと、二人はひしと固く抱き合い、うっとりと互いの目と目を見交わし、どっぷり「二人だけの世界」に入りこんだ。

 うわ、なんだよ、それ!「いくら暴虐な邪神様でも、私たちのこの姿を目にしたら、きっと許してくれるはずですよね?いや、許してくれなくてもいいんです、その時は二人揃ってあの世へ旅立ちます、でもそんなことにはなりませんよね、きっと、きっと許してくれますよね、ね?」とか言いたいわけ!?

 二人のあまりにわざとらしい演技に目を丸くすると、そこへ、

「おお!なんと素晴らしい!これぞ信徒の鏡!まことの愛の姿!これほど美しい二人を引き離し、無残に死を賜るなど、一体誰にできようか!皆、そう思うであろう?」

 滂沱の涙を流しながらズィーロが、まさにあたしが考えた筋書き通りのことを叫ぶ。

 そしてさらに、居合わせたウォマイラどもが一斉にあたしに向かって跪いたかと思うと、

「大神官様のおっしゃる通りでございます!一体誰が、この二人を引き離せましょうか!」

一斉にそう唱和したのである。

 うわあ……なんてわかりやすいサル芝居……!

 あまりのクソ展開に、あたしが顔をしかめたまま固まっていると、ズィーロが再び口を開いた。   

「ザドレア様!確かにかの者が犯した罪は赦しがたきものでありましょう!しかしながら、それは、持って生まれた自らの醜さを恥じ、同じ醜い者たちに偽りの安らぎを求めた、心の弱さからくるもの!今回の一件で、その心弱きハシカは死にました!新たな神の愛、本物の愛に目覚め、生まれ変わったのでございます!真の愛に心通わせる二人に免じて、どうか、どうか愛する二人の罪をお許し願えませんでしょうか!」

 アイアイアイアイとメガネザルの歌でも歌うんかと思ってしまうようなクッサイセリフを臆面もなく口にしたかと思うと、ズィーロは――そしてイナーチャも、他のウォマイラどもも――跪いたまま両手を胸の前で組み、捨てられたハダカデバネズミのように――ハダカデバネズミを知らない人はググってみてね、ただし自己責任で――つぶらな瞳をうるませ、一斉にこちらに視線を向けてきた。

 えー、なにこれ?これでもし「許さない」とかいったら、あたし一人悪者になるヤツ?最初から許すつもりだったのに、なんなのこれ……てか、こいつら、ハシカが醜いとかなんとか、かなり気になること言ってたんだけど……。

 美男美女の純愛は企画倒れ、見たくもない三文芝居に無理矢理巻き込まれたあげく、いつの間にか血も涙もない暴君に仕立て上げられと、あたしの期待してた展開は全て裏切られ、いい加減うんざりし、興味を失っていたところへ、大きな謎が投げかけられたせいで、あたしの頭の中は飛び交うフシギマークでいっぱいになった。

「あー、はいはい。わかったわかった。許す。許すから」

 ものすごいおざなりにそう言い捨てる。と、そのおざなりさにも一切めげず、

「おお、ザドレア様!その深き慈悲に、心か感謝いたします!」

すかさずズィーロが深々と頭を下げた。

 が、もちろんあたしは、そのわかりきった返答やリアクションには一切反応せず、

「その代わり、ちょっと聞きたいんだけど。アンタたち、さっきからなんか変なこと言ってなかった?ハシカが哀れとか醜いとか……」

と問いかけたのである。

 すると、その瞬間、皆が水を打ったように静まり、驚愕に打たれた表情でじっとあたしを見つめた。

 そこへ。

「ザドレア様。我らウォマイラは誰一人余すところなくあなた様を崇拝し、心よりお慕い申し上げております。しかしながら、これだけは申し上げなければなりますまい。いかなザドレア様とて、みだりに他人の、それもうら若き娘子の容姿をあげつらうのは、コンプライアンス違反ではありますまいか」

「は!?なにそれ!」

「いえ、ですから、ハシカについて先ほどおっしゃったアレは、セクハラでパワハラでモラハラでスメハラではないかと……」

「なんだよ、最後のスメハラって!あたしがくさいってのかよ!」

「それは、私の口からはなんとも……」

 そう言いながら、ズィーロはあからさまに顔をしかめ、片手で鼻と口のあたりを覆い、あたしから顔をそらす。

「てめ、口で言わなくても思いっきり行動で示してるじゃねえか!てか、お前のその態度の方がパワハラだろ!いや、確かにここんとこラブストーリーに夢中で、一週間ほど風呂入ってねえけど……」

 そういったとたん、

「うわ、きたね」

 イナーチャが、ぼそっとつぶやく。

 次の瞬間、

「ザドレア様、それでは私たちは後始末がございますので、これで」

 ズィーロがそそくさと頭を下げ、くるりときびすを返すと、他の皆もそれに習って、くもの子を散らすように目の前からいなくなっていく。

「あ、おい!ちょ待てよ!まだ話は終わって……」

 あわてて声をかけたが後の祭り。気がつけば、あたしの周囲5メートル以内に、誰もいなくなっている。

 いや、まあ、ちょっと、ちょっとね、自分でも「なんかあたし犬くさい?」って思わないではなかった。でも、まさか皆、こんなに気にしてたなんて……。

 皆が自分に割り当てられた作業に没頭するフリをし、誰一人あたしと目を合わそうとしない中、

 ……今日は風呂入るか。

 そう思いながら、あたしは神殿へと向かい、とぼとぼと歩き出したのだった。




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