第3章 愛と復讐の暗黒邪神ザドレア! 7-8
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神殿脱出から数時間後。
険しい山道を下り、麓の町を一瞬で駆け抜け、ひたすらキンモー街道を南へ向かっていたショターニキ魔法師団一行は、しかし、思ったほどの距離を駆け抜けられず、いまだ帝都ブサへと向かう道のりの半ばあたりを走破しただけに留まっていた。
計画がずさんだったわけではない。
シャチークの丈夫さはむしろ思っていた以上であり、朝早い時刻から太陽が中天を過ぎた今まで駆け通してきたというのに、わずかに息を弾ませるだけ。まだまだ走り続けられそうな雰囲気である。
ところが、その中でただ一頭、足を引っ張る存在がいた。
言わずとしれた、副長リューノの駆るシャチークだ。
無理もない。百キロ近くにもなろうかという長距離、騎手だけではなく、もう一人、同程度の重さのある余計な荷物をその背に乗せ、他のシャチークとほぼ同じ速度で疾駆し続けてきたのだ。その分限界が早くやってくるのは、むしろ当然である。
足取りは重く、口からは泡を吹き……このままでは、とりあえずの目的地である帝都ブサにたどり着くより前に倒れ伏すのは火を見るより明らかである。
本来ならばこういう場合、替え馬を用意するか、でなければ順次馬を交代し、一頭だけに過大な負担をかけぬようにする。が、彼らショターニキ魔法師団をはじめとした「ケメンの上流階級の人間」は、そうは考えない。彼らは自分たちを「他のあらゆる存在から奉仕され優遇される」べき人間であると、頭から思い込んでいる。そのため、たとえそれが全体の利益になると分かっていても、自らの利益を損なってまで他人を助けることなどもってのほか、それは自分の品位を穢す行動に他ならないと考えるのだ。
この上なく傲慢で尊大な思想だが、数百年もの間、自分たちを美しく高貴な存在であると見なし、それ以外のものを「穢れて劣った存在である」とさげすみ続けてきたために、かくもゆがんだ考えが彼らの常識と化してしまっているのである。
だから、副長のシャチークがどれほど弱ろうと、そして、それによってどれほど自分たちの予定に遅れが生じようとも、誰一人交換を申し出るものはいない。ただただ、リューノたちを自分たちの足を引っ張る厄介な存在と見なし、あからさまにイライラしてみせるだけである。
予定では、陽の高いうちにブサへとたどり着き、そこで舟を奪ってキンモー街道に沿って流れる大河ヘチャムを下り、国境までそのままいくつもりだったのだが……たびたび遅れるリューノを待つたび、そして、そのシャチークの回復を待つための小休止を入れるたび、団長のリョウ・ヘイズやジューン・シースまでも含む魔法師団員たちに不満がつのり、あからさまにうんざりした表情を見せるようになっていく。
もちろん、リューノ自身もそのことには気づいており、
(まずいな……このままでは、まったくまずい)
と、小休止を願い出るたび、焦燥をつのらせている。
(これ以上、団員達の不満を看過すれば、そのうち間違いなく、俺は見捨てられる。脱走計画を立て、皆を導いた立役者であるにもかかわらずだ!)
なんとしても、それは避けなければならない。わざわざ自分の品位を貶めてまで脱走を図ったのは、生きて再び暗黒邪神と対峙し、今度こそその息の根を止め、地にまでおちた名誉を再び取り戻すため。そのためには、なんとしてでもこの敵地から脱しなければならない。
そう。なんとしてでも、である……。
「少し、休むとしよう」
ひそかに心を決めたリューノは、何度目かの小休止を取る際、初めてハシカにそう声をかけた。
それまで後ろに座る自分の存在を完全に忘れ去ったかのような態度を貫いていたリューノが、ようやく自分に声をかけてくれたことにほっとし、
「分かりました!」
ハシカは明るい返事を返すと、早速シャチークの背から下り、いそいそと轡をとる。そして、ぜいぜいと荒い息をつくシャチークに、
「大丈夫?ごめんなさいね、無理させてしまって」
と、優しく声をかけながら、街道と並び流れている大河ヘチャムのほとりへ、そっと導いていく。
その後ろ姿を見送ったところで、リューノは素早く他の団員たち――皆倦みきった顔でこちらを不機嫌そうに眺めている――に目をむけた。
(お待たせしました。ここで、ケリをつけます。)
その思いを込め、重々しくうなずいてみせると、皆、ほっとしたようにうなずき返す。
それを見届けたところで、リューノはゆっくりと、ハシカの後を追った。
水辺に生える柔らかい草を無心で食べ続けるシャチークの背を優しくなでたり、桶にくんだ水をかけてマッサージしてやったりと、かいがいしくその世話をし続けていたところへ、ふと背後に気配を感じ、振り向いたハシカは、そこにリューノが立っているのを見て、満開の笑みを咲かせた。
「リューノ様、もうしわけありませんが、もう少しだけお待ちいただけますか?後ひとつかみかふたつかみ草をお腹に収めましたら、この子もきっと、元気を取り戻してくれると思いま……はぁうっ!」
思いますから、と最後まで言葉を発するよりも前に、ハシカは吹っ飛んでいた。
リューノが、この上なくうれしげに語りかけてくるハシカを完全に黙殺したまま拳を固め、いきなり彼女の頬を殴りつけたのだ。
欠片も情け容赦のない、渾身の力のこもったその一撃で、ハシカは体ごと真横に数メートル飛ばされ、力ない人形のごとく地面に倒れ込んだ。
「リューノ様……なにを、なにをなさるのです……」
ようやくの思いで上体を持ち上げ、潤んだ瞳でハシカはリューノを見上げる。が、困惑はすぐに驚愕に、そして、絶望へと変化した。
つかつかと近づいてきたリューノが、この世でもっともいやらしい毒虫を見るような目つきで自分を見つつ、高く持ち上げた右足で、顔面を踏みつけたのである。
「はぶっ!」
ぬかるみに顔を押しつけられ、長くきれいな髪を、額を、頬を、鼻を、口を泥まみれにしながら、なおもハシカは叫んだ。
「リューノ様!どうか、どうか!」
だが、愛しい男は無情にも、さげすむような目つきでいたいけな少女を見下ろした。
「気安く私の名を呼ぶな!この汚らわしき混血の小娘が!」
その言葉に、ハシカはむち打たれたかのように体をピクリと震わせ、泥まみれの顔をきっとリューノに向けた。
その目にみるみる涙が盛り上がり、次々と流れ落ちはじめる。
が、そんなハシカの様子などまるで気にとめる様子もなく、リューノはますますいきり立つ。
「一目見て分かったぞ。貴様、我らケメンを父に持つな!全く、見下げ果てた奴がいたものだ、邪悪にして愚劣この上ない、卑しきウォマイラと交わり、あまつさえ子をなすとは!まさにケメンの恥さらしだ!」
「なにをおっしゃるのです!私はどう言われようと構いませんが、両親を愚弄するだけはどうかおやめください!」
「なにをいう!我らケメンはともがら同士の清らかで祝福されし愛で子をなすことのできる、シキタカイの神々に愛でられし者!その特権を忘れ、卑しきウォマイラの、しかもこの上なく下劣な「女」などいう生物と交わり、罪の子をなすとは!まさに、ケメンの面汚しそのものではないか!」
「父は、そのような人ではなかったと聞いております!優しくて、細やかな愛情を持った方であったと……」
「『聞いております』だと!?さては貴様、父を知らぬな?ははん、読めたぞ。さては貴様、捕らえられ、兵卒によってたかって慰み者にされたウォマイラの女に産み落とされたな?通常、そのようにして生まれ落ちた罪の子は、その場でくびり殺してしまうはずだが、そうなる前に貴様の母はどうにか逃げだし、貴様を産み落としたのだな?愚かな女だ、わざわざ罪の印を背負った子どもを生きながらえさせ、あまつさえ、我らの前に堂々とその醜い姿を露わにさせるとは!」
あまりの暴言に止めとなく涙を流しつつ、ハシカはそれでも歯を食いしばった。
「そのようなことはありません!私の父は確かにケメンで、母はウォマイラです!ですが、確かに愛し合っていたと……」
「そう聞かされて育ったか。ふん、愚かな女だ。まあよいわ、貴様の父母など、今はどうでもよい!それより目下の問題は貴様だ、女!この私、誇り高きショターニキ魔法師団副長であるこのリューノ・カームが、貴様のような卑しき存在に情けをかけた、などといううわさを立てられでもすれば、一生の名折れ!そのようなこと、決して許されぬ!たとえそれが、牢から脱出するための策略であったとしてもな!」
「策略!?では、ではあなたは!」
「なにをわかりきったことを!策略以外に私が貴様のような者に関わるはずがなかろう!」
非情きわまりない言葉を耳にして、ハシカはとうとう、顔をぐしゃぐしゃにして嗚咽しはじめた。
「ひどい!ひどすぎます!私はあなた様のために全てを捨てて尽くしたというのに!」
「下等生物が我らに仕えるのは当然のことだ!そして、用済みになれば廃棄することもな!」
吐き捨てるようにそう言うと、リューノは地面にうずくまったままのハシカにのしかかり、その細い首に両手をかける。
「我が手にかかって死ねることを光栄と思え、この雌豚があっ!」
リューノの腕がぐうっと太くなり、さらに力がこもる。
たちまち薄れゆく意識の中、ハシカは思わず、つぶやいていた。
「助けて……助けてください、ザドレア様……」
囁くようなか細い声がかすかに耳朶を打ち、あわやハシカの命も風前の灯火となった、その刹那。
満身の力を込めて締め上げていたにもかかわらず、リューノの両手は見えない何者かによって、やすやすとハシカの首から外されていた。
「ぬうっ!?」
副長は驚愕のあまり目を見開き、自由を奪われた両手をなんとか振りほどこうとする。が、まるで万力に固定されたかのように、びくとも動かない。
「おのれ、何者!離せ、離さぬか!」
怒りに任せてそう叫ぶと、思い切り地面を踏みしめ、さらに強く両腕を引く。が、やはり自由は取り戻せず、それどころか、逆に体ごと地面から引き抜くように持ち上げられ……リューノはそのまま宙を飛び、がしん、とものすごい勢いで板塀に叩きつけられていた。
凄まじい衝撃が背中に走り、ぐっと息が詰まる。が、苦痛よりも屈辱と怒りの念が激しく燃え上がり、リューノはすぐに起き上がると、いまだうずくまったままのハシカに向かい、全速で突進しようとした。が、あろうことか、駆けよる途中、何かにふわりと受け止められたかのような感覚を覚えるやいなや、以後、どれほど強く地面を蹴りつけても、一向に前へ進めなくなる。
「むぬう!私の邪魔をするか!何者だ!おのれ、姿を現せ!」
悔し紛れにそう叫ぶ。
と。目の前の風景がいきなりぼやけ、すぐ目の前に闇よりまだ黒い漆黒の鎧が、いきなり出現した。
「貴様は!ザドレア!」
邪悪をそのまま具現化したかのような姿を目の当たりにし、リューノは現出した不倶戴天の敵をぎっとにらみつけたのだった。
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あーあ……恋する方の、それもこんなイケメン様の手にかかって死ねるなんて、あたしらの業界ではご褒美そのものなんだけど。しかも、こんなに卑劣に、こんなに華麗に裏切られたあげく無情に殺されるって、ヒロイン要素満載じゃん!惜しいなあ、ハシカ、あのまま死んでたら、悲劇のヒロインそのものだったのに……。
助けに入ったことにかなりの後悔を抱きながら、それでもあたしは、やみくもにこちらへ向かってこようとするリューノ様のご尊顔を――いや、押さえてたのは顔よりも少し上だったから、ご尊頭?――柔らかく押さえつけ続けていた。
まあ、でも、仕方ないか。いまわの際に名指しで助けを求められちゃ、助けないわけにはいかないし。ああ、イケメン愛と友情の板挟み。つらいわあ……あ、そういえば、さっき思わずぶん投げちゃったけど、リューノ様、お怪我などなさってなければいいのだけれど。
ふと心配になってモニターをのぞき込むが、そこには目をつり上げた覆面姿のリューノ様が、子どものような必死さで手足をぶんぶん振り回していている姿が映るばかり。
あれ?なんかさっきよりもっとお怒りになっておられるように見えるのだけれど……お怪我などさせないよう、優しくとりおさえ申し上げているだけなのに、いったいなぜ?
全身全霊の力を振り絞っているというのに、赤子をひねるようにあしらわれていることこそが悔しさを倍増させ、怒りに火を注いでいたんじゃないかと後になって気がついたけど、その時のあたしはイケメン様と第2次接近遭遇を果たしたことがうれしすぎて、まあったくそんなことには思い及ばず、ひたすらうっとりするばかり。
とうとう悔しさのあまり泣き出してしまったリューノ様、暴れるのを諦めたかと思うや、「おのれ、姿を現せ!」なんて絶叫する。
ああ、あたし今、イケメン様から激しい怒りの感情をぶつけられている!
そう思った途端、頭がぼうっとし、下半身がじゅんとなって、思わずあたしは
「ステルス解除」
とつぶやき、姿を現していた。
「貴様は!ザドレア!」
イケメン様から激しい感情を込めて名前を呼ばれる快感にゾクゾクし、もっともっと責めて、きつい言葉をかけてえええええ、などと心の中で絶叫しながら、なおもあたしは無言で彼の前に立ちはだかる。
「なぜザドレアがここに!さては女、初めから我らを逃がすつもりなどなかったのだな!」
リューノ様に厳しい視線を向けられ、ハシカはゲホゲホと咳き込みながら必死で首を左右に振る。
ああ、たった今、当の本人の手で殺されかけたばかりだというのに、それでも最愛の方から向けられた誤解をなんとか解こうとするなんて、ハシカったら、なんて健気ないい子なの!でもって、そのハシカを虫けら同然に扱うリューノ様ったら、なんて健気な鬼畜ぶりなのかしら……!
ドSキャラのイケメン様をホレボレと眺めていると、いきなりリューノ様はそっくり返るように胸をはり、大声で笑い出した。
「ふ、ふはは、ふはははははは!そうか、はじめからこの計画は、貴様に筒抜けだったということか!」
え、はあ、そうですが、それがなにか?
「我らは、貴様の手のひらの上で踊らされる、憐れな人形に過ぎなかったということだな!」
そう言われて、あたしはあわてて首を左右に振る。
いえいえ人形だなんてとんでもない、ドSキャラのイケメン様として、心からお慕い申し上げておりますう!……という気持ちを込めたつもりだったのだけれど、どうやら相手はこの首振りを「やれやれ、ようやく気づいたのか、遅いわ、この愚か者め」とでも言ってると解釈なさってしまったらしく……リューノ様はきりきりと目をつり上げ、額に太い血管をお浮き上がらせになった。
そして、
「ああ、ああ、思うさま、私をバカに知るがよい!だがこれは、千載一遇の好機!今ここで私の前に姿を現したことを、心の底から後悔するがいい!」
いかにも恐ろしげな声音でそう叫ぶやいなや、たもとに隠し持っていた鎧のかけらをいきなり取り出すと、雄叫びと共に神速の突きを繰り出してきたのである。
あ、刺される!
そう思った次の瞬間、リオ様の叫び声がいきなり低くなったかと思うと、その動きもがくんと遅くなる。
そこへ、いつもの声が響いた。
「危険を察知いたしました。これより自動防御モードに入ります。当防御装甲を損壊、もしくは使用者様を殺傷する目的での攻撃は全て回避し、同時に自動報復措置を実行、攻撃者を無力化します。よろしいですか?」
「うーい、りょうか……あ、ちょっと待って!」
いつものように自動的に了解しそうになったが、ふとあることを思いつき、あたしは途中で許可を中断した。
「なにか問題でも?」
思い通りに了承が得られなかったせいか、鎧の声が少々素っ気ない感じになる。
だが、そんな相手の態度など気にもせず、勢い込んであたしは尋ねた。
「あのさ、それっていつもみたく、相手の攻撃を避けた後でぶっとばす、ってことだよね?それならさ、ぶっとばすのなしで、避けるだけってできないの?」
「自動報復措置の発動を解除するのですね?可能ですが、しかし……」
「んじゃ、なしにするってことでよろしく」
いくら自分の身を守るためとはいえ、イケメン様を殴ったり蹴ったりするなど、あたしには到底ムリ。それならいっそ、自分が殴られる方がましだ(本当は殺されてもいいんだけど、それだと長く楽しめないしね)。
「しかし、報復なしでは攻撃者の敵対行動は長時間続くと思われますが、それでもよろしいのでしょうか?」
「あ、おっけーおっけー。ていうか、その方がいいし!」
リューノ様が攻撃し、あたしがそれを避ける。そしてまたリューノ様が攻撃、あたしが避ける。その優雅なダンスを延々続けていられると思っただけで子宮の奥がジンジンしてきて、思わず「ぐふふ」とイヤな笑い声をもらす。
と、どこからか「うわ、きも」とあきれかえった声がかすかに聞こえたような気がして、あたしはあからさまに顔をしかめ、
「あ゛?」
と不機嫌な声をもらした。
「分かりました。では使用者様の意志に従い、自動報復措置は発動停止、回避行動のみに専念いたします」
しれっといつもと変わらぬ調子に戻った声が、そう告げると同時に、モニターに映し出される「外界の速度」がいきなり元に戻り……リューノ様の神速の突きが、うなりを上げてあたしに襲いかかった。
けれどあたしは、すい、と半歩片足を後ろに引いただけで、いともやすやすとその攻撃を回避する。
「貴様、この突きを避けるか!」
いきり立ったリューノ様は、突いた右腕を引かず、そのまま真横になぎ払い、心臓を切り裂こうとする。だが、その攻撃も、上体をわずかにそらすだけで、見事な空振りとなる。
「バカめ!今のは誘いだ!」
にやりと笑ったリューノ様、空振りした勢いそのまま、両腕を大上段に振りかぶり、両手で握りしめた鎧のかけらを、あたしの脳天めがけてものすごい勢いで振り下ろしてきた。
が、その虚を突いた必殺の攻撃さえ、鎧は右足を軸に体を回転させつつ、左足をわずかに後ろに引くだけであっさり受け流し、同時にややバランスを崩した体勢を、元の安定した姿勢へと立て直す。
そして、今の三連続攻撃で息を切らし、がっくりと肩を落としたリューノ様の真正面に、なにごともなかったかのように再び対峙したのである。
はえええ、すげーな。この鎧さえ着てりゃ、ダンス選手権とかインターハイとか、ひょっとしたらオリンピックでも優勝できんじゃね?
そんなことを思った次の瞬間、脳裏に、トゲトゲだらけの禍々しい鎧の上にボディコンワンピを着込んだあたしがバブリーなディスコダンスを踊り狂う姿や、鉄棒で大車輪を決めた後で高々と舞い上がり、六回転六ひねりをキメたところでずだーんと着地、ぶおおおお、と熱い息を吐き出す鎧が大写しに思い浮かび、思わず「あははは……」と声を立てて笑ってしまう。
その笑い声は鎧の内部に反響し、増幅され、「ぐはははは……」という、どう聞いても相手を嘲っているとしか思えないものとなって、外界に響き渡った。
必殺の三連攻撃を苦もなく躱され、呆然としていたリューノ様だったが、この笑い声を耳にするやいなや、つり上がった眉の間に険しい皺を刻み、目を見るだけで激怒していると分かる表情となった。
「おのれ、ザドレア!またしてもこの私を愚弄するか!次は本気でいくぞ!」
あ、今のはちょっとなあ~。本気の攻撃を躱された後で次は本気だぞって、それザコ敵キャラの定番セリフじゃん。イケメン様が口にしていいセリフじゃないんだけど。でもまあいっか、イケメン様はなにを言っても、どんなに恥ずかしい行動しても許される、尊い存在だし……。
そんなことを考えて再びうっとりしていると、リューノ様、息が耐えがたいほどに苦しくなってきたのか、砦を出たときから砂塵よけにつけていた、顔の下半分を覆う布きれを片手でむしり取った。
おうっ!久々にリューノ様のご尊顔を間近で鑑賞させていただける!
ごくりとツバを飲み込み、胸の鼓動が高まるのを意識しながら、一目たりとも見逃すまいと目を凝らして眼前のイケメン様の顔に目をむけたのだが……。
……はあ!?どういうことだよ!
あたしの熱い胸のトキメキは、いきなり怒りの大噴炎へと姿を変え、今にもヨダレをダラダラ流しそうにとろけていた顔も、憎悪そのものを彫刻した、鎧と瓜二つの表情へと寸時に変化。そして、
「ざけんじゃねえぞ!んだテメそのツラは!」
あたしは思わずそう叫んでいたのである。
あたしはイケメンが好きだ。
イケメン様のためなら、たとえ火の中水の中。犬になれと言われれば喜んで四つんばいでそこらを駆け回るし、猿になれと言われれば、がに股でウホウホ言いながら、片手で窓枠からぶら下がることだっていとわない。
将来の夢はイケメン様の私室の敷物になり、毎日イケメン様に踏みつけられながら、朝起きてから夜眠るまでのイケメン様をただただずっと眺め続けること。その夢が叶うなら、どんな代償を払ってもいいと――この先一生、大好物のタピオカミルクティーを飲めなくなってもいいとさえ思っている。
それくらい イケメン様が好きだ。
だが、それはあくまで「現時点でのイケメン」に限った話だ。
たとえ、昔どれほどものすごいイケメン様であったとしても、今はでっぷり太ったオッサンだったり、くちゃくちゃの爺さんだったりしてるヤツには、全く興味がない。(あ、もちろんイケオジ様は別だ)。
以前どんなに素晴らしいイケメン様であったとしても、食いすぎて豚になったり、イケナイお薬の打ち過ぎで目だけがギラギラ光るヤバげなヤツになったりしたら、その瞬間、そいつはどうでもいい存在と化す。
「ただいまこの時、どれほどイケメンか」だけが、あたしのイケメン様の評価基準であり、その基準を満たしてない奴は単なるモブキャラ、そして、もし大幅に基準を下回るブサイクになり果ててしまったとしたら、たとえ元がどれほどイケメンであったとしても、そいつはもはや地球になにひとつ寄与しない、滅び去るべき存在だ、というのが、あたしの哲学なのである。
ここまで言えばもう分かっちゃったかもしれないけど……。
リューノは、あたしの「イケメン期待値」を大いに裏切っていたのだ。
ハムンザの砦で対峙したリューノ様は、確かにとろけそうになるほどのイケメンだった。が、今、目の前であたしをにらみつけているリューノは、半月にも及ぶ地下牢での幽閉生活で、すっかり精悍さを失っていた上、寝台に巣食う数多くの毒虫に刺されまくったせいか、あちこちに大きく赤黒いできものが腫れ満ちて、正視できないほどの――ウォマイラと大して変わらないレベルの男ドブスになり果てていたのである。
「ザ・ケンジャ・ネゾー!ンダテ・メ・ソノツ・ラハー!」
思わずもらしたあたしの叫び声は鎧のよって増幅され、怖ろしい雄叫びとなって辺り一面に響き渡った。
が、それでもリューノは全く怯む様子を見せず、むしろ好機とみたのか、雄叫びを上げつつ思い切り地を蹴って跳躍し、一気に距離を詰めて躍りかかってきた。
と、さすがにその予想外の行動に鎧も「通常速度」で対処するのが難しかったのか、外界の速度が再び遅くなる。
そこを狙って、あたしは片手をぶんと振り抜き、リューノの突きをハエかなんかのように払いのけると、
「あー、鎧?もういいんで、目の前の汚物、片付けちゃって」
と、まさに邪神そのもの、といった冷徹な声で命じたのである。。
途端に鎧は、無防備に宙を舞っているリューノのみぞおちに、深々と左拳をめり込ませた。
「ぐぶ!」
相手が凝然と目を見開いたところで、神速の――邪神でも、「神速」っていうのかな?――右アッパーを下顎に食らわせる。
がちん、とリューノの下顎が上顎にぶつかる盛大な音が響いた直後、大の字になった体が高々と宙を舞い……そして、どさりと無様に着地。
「相手は――つまりあたしは――自分の攻撃を避けるのに精一杯で、反撃の余裕すらない」とでも思いこんでいたのか、全く防御の姿勢を取っていなかったところへ、この痛烈な打撃である。これでおしまい、ジ・エンド決定と思っていたのだが……。
「……くそ……貴様……!」
脚はがくがく震え、今にも倒れそうなよろよろした様子ながら、それでもリューノはむっくりと起き上がった。
へえ、アレでもまた立ち上がるんだ。なかなかタフじゃん。
そこは素直に感心したけど、ブッサイクに長々つきあってやるほど、あたしはヒマでも物好きでもない。
さっさとファイティングポーズを取るやいなや、ゾンビのような様子でただ立っているだけのリューノの顔面めがけ、情け容赦のない右ストレートを繰り出したのである。
ぐしゃりと鼻がつぶれ、前歯数本が一気にへし折れる、この上なく気持ちよい感覚が拳越しに伝わり……リューノはぐるりと白目をむいたかと思うと、今度こそくたくたと地面にくずおれた。
大の字に伸びて気絶している男に向かい、あたしは、
「偉そうな口叩いてんじゃねえよ、このブサイクが!」
と、イケメン様への期待と興奮をものの見事に裏切ってくれやがった怒りと悔しさを込めて――かなり八つ当たり味が強いなって自分でも思ったけど――思い切り罵声を浴びせかける(鎧で口が覆われてなかったら、多分ツバまで吐きかけていたと思う)。
と、そこへ。
「リューノ、たかがウジ虫一匹殺すのに、どれほどかかっている!」
「そろそろ出立するぞ!急げ!」
などといった声が、背後から響いた。
副長の帰りが遅いことを心配した魔法師団の残りが、連れだって様子を見にきたのである。
油断しきった足どりでどやどやと歩いてくる連中を冷たい目で一瞥すると、あたしは、
「鎧。奴らの顔を覆っている布きれを、全部はぎ取って」
とそっけなく命じた。
その途端、あたしの体は漆黒の風と化し、魔法師団員十数人が歩いてくるすき間をくぐり抜け、あっという間に全員のほこりよけの布を全てはぎ取ってしまった。
突然の攻撃?に驚いたのか、立ち尽くし、呆然とした表情を浮かべている連中の顔面に、鑑定家の冷徹な視線を這わせ、誰か一人ぐらい、イケメン様のままでいてくださった方はいらっしゃらないのか、素早く確認していく。
が……だめだった。
超残念なことに、皆例外なく――あくまでいかつく、厳しいご尊顔の中にかすかな優しさを瞳に宿していらっしゃった団長のリョウ・ヘイズ様も、抜けるように白い肌に青色の髪、きらきらと輝くエメラルドグリーンの瞳が印象的な、まるで妖精のようであらせられたジューン・シース様も――不健康に青くむくみ、大きな赤黒い腫れ物をいくつも宿した、二目と見られないブサメンと化してしまっていたのである。
あたしは、深く大きな絶望のため息をついた後、昭和のなつかしアニメに登場する悪玉三人組のリーダーそっくりの口調で、一言つぶやいた。
「鎧。やっておしまい」
「了解しました」
返事が聞こえてくるやいなや、あたしの体は闇の雷光に姿を変え、いまだ立ち尽くしているトンマな連中に向かい、猛然と襲いかかっていた。
ああ、残念。「やっておしまい」にはやっぱり「アラホラサッサ!」と返してくれないと。鎧には、昔懐かしアニメのデータ、インストールされてないの?作った人、そういうのには興味ない人だった?
いや、そもそもここは異世界で、アニメなんてものは影も形もないのが当然なんだけど、イケメン様ウォッチングがもろくも空振りに終わったショックが大きすぎてそんなことにすら気づかず、ぼんやりしているうちに、いつの間にか突きやら蹴りやら肘打ちやらアッパーカットやら百烈張り手やらが相手に決まっており――いや、ハムンザの砦攻略の時もちょっと思ったけど、なぜ百烈脚じゃなくて百烈張り手?なぜ女性格闘家の技じゃなくて相撲取りの技?ひょっとして鎧、アンタもあたしになんか悪意でもある?――魔法師団員は全員宙を舞っていた。
最後に、百烈張り手を喰らった男が――元は超絶イケメンだったリョウ・ヘイズとかいうヤツだ――どさりと地面に落下し、びくびくけいれんしながら意識を失ったところで、
「敵掃討完了いたしました」
無機質な声が告げ、ばしゅう、と音を立てて鎧はあたしの身体から離脱する。
それを耳にしたあたしは、せめて最後ぐらいは例の女性格闘家になってやろうと、腰だめにした両手をぐっと握りしめ、ふーっと息を吐いたのだった。




