第3章 愛と復讐の暗黒邪神ザドレア! 5
5
戦闘とか侵略とか殲滅とか皆殺しとか、そういう物騒な行動をしていない時の暗黒邪神生活は、いたって地味で退屈だ。
せっかく異世界にやってきたんだから、散歩でもして町並みとか森の様子とか見てみたいとか思うんだけど、普段着で神殿の外へ出ようとすれば、
「ザドレア様!そのように無防備な姿でお出かけになるなど、どうかおやめください!万が一その尊い玉体が傷つきでもしたら、我ら一同、死んでわびねばなりませぬ!」
と、大神官以下一同がおいおい泣きながらひれ伏し、裾をつかんで止めやがるし、そうかっつって、鎧姿で出かけようとすれば、
「ザドレア様!どうかおやめくださいまし!そのようにものものしいお姿で出かけられますれば、臣民たちがなにごとかと怯え、パニックを起こしまする!民の平和と心の安寧のために、どうか思いとどまってくださいまし!」
と、大神官以下一同が、さめざめと泣きながら跪き、脚に取りすがって懇願しやがる。
結局、鎧ありでもなしでも、外には出らんないので、仕方なく神殿の中で1日過ごさなきゃならないんだけど、まあ、これがまた、なにひとつ暇つぶしのネタがないのだ。
なにしろこの世界ときたら、異世界モノにありがちな「中世ヨーロッパ設定(魔法あり)」で、全くといっていいほど文明が発達していない。台所での煮炊きは薪を使ったかまど(でなきゃ魔法)だし、暖房器具といえば暖炉(でなきゃ魔法)、明かりはたいまつかろうそく(でなきゃ魔法)、移動手段は基本自分の足か馬、せいぜい馬車(でなきゃ魔法)、掃除も洗濯も農作業も布を織るのも全部手作業(でなきゃ魔法)の、とっても自然に優しい――その分人間に厳しく、魔法を使えない人間にはもっと厳しい――世界なのだ。
インドアで毎日を過ごそうにも、電気がないから、テレビもラジオも電話もゲームも一切なし。印刷技術もそんなに発達してないから、マンガとか雑誌なんかを読んで時間をつぶすこともできない。一応、書物と呼べるものはあるんだけど、手書きの、それもわけの分からない文字で書かれたシロモノで、日本語オンリーのあたしにはまるで読めない。ハシカに朗読してもらったこともあるけど、書いてある内容がクッソつまんねえお祈りとか歴史とかそんなんばっかで、とてもとても暇つぶしになるようなものじゃない(「なんか、騎士物語みたいな、もうちょっと柔らかい書物はないのか」ってハシカに聞いてみたんだけど、「ザドレア教にかかわる本以外では、農作物の育て方とか、医学書とかがございます。紙自体が高価なものなのに、荒唐無稽なウソ話をわざわざ書き記すなんて、そんな酔狂なこと、一体誰がするのでしょうか?」という返事が返ってきた。ごもっともな話だよ、やれやれ)。
結局、日がな一日部屋で寝転んでボリボリ豆でも食ってるか――太る、太っちゃう!――昼寝するか、でなきゃハシカをつかまえておしゃべりでもするかぐらいしか、することがないのである。
……ということで、この日も、地下牢に入りっぱなしのイケメン様とのひそかな恋愛話を聞きだし、ニヨニヨしようかと思い、ハシカを呼び出したんだけど……。
「ねね、ハシカ。あれから、どうなったの、例のイケメン様とは?」
「いえ……その……」
「じらさないでよ!また目と目が合ったりした?それとも、ついに言葉を交わしたとか?」
「え、あ、いえ、そ、そんなことは全然……」
「指先が触れ合ったとか、と、と、吐息が髪にかかったとかは?」
「その、あの、本当にそういったこと、全然なくて……その……申し訳ありません!」
普段なら、恥ずかしがってしばらくクネクネするもの、そのうち頬を赤らめながら、うれしそうにいろいろ教えてくれるのに、どうしたことか今日のハシカは、真っ青な顔に思い詰めたような表情を浮かべ、ずっとうつむいたまま黙り込んでいる。
どうしたんだろ。イケメン様たちと何かあったのかな、はっ、ひょっとして、ハシカを間に挟んで、イケメン様二人が争うようになってしまったとか?もしそうなら、これ以上ないぐらいのおいしいお姫様シチュエーションじゃん!ぎゃあああああ、どうしよう、あたし、そうなったら誰を応援しよう……。
思わず喪女専用スペシャルスキル『妄想レベルMax』を炸裂させ、ショターニキ魔法師団のイケメン様一人一人を丁寧に思い浮かべつつ、ハシカとの恋愛推しを誰にしようか、ニタニタしながらじっくり吟味していた、そこへ。
「ザドレア様!いつもこんなによくしていただいて、ハシカは、ハシカは、これ以上黙っていられません!どうか、私の話を聞いていただけますでしょうか?」
突然、ハシカが跪き、あたしの足下にすがりつきながら、大声を上げた。
「え、ええ!?あ、うん、もちろん聞く、聞くよ!ハシカ、一体どうしたの?」
驚きながらも、彼女のいたって真剣な様子に、あたしもニヤニヤ笑いを引っ込め、優しくその肩を抱きしめる(うへへ、やわらけえなオイ、と一瞬オヤジ化してしまったことは内緒だ)。
と、彼女はみるみるその整った――けれど緑色の――顔をゆがませ、
「ありがとうございます、ザドレア様!」
言うが早いか、さめざめと泣き出したのだった。
彼女が時折しゃくり上げながらポツポツと語る話に耳を傾けていると、だんだん、なにがあったのかが分かってきた(ものすごく残念なことに、逆ハーレムシチュエーションではなかった)。
いつものように、ハシカは捕虜のイケメン様たちの朝食を手に、地下牢へと下りていった。
他の女官たちは神官たちは、「傲慢で我らを見下しているから」と言って、誰もイケメン様たちの世話をしたがらないので――まあ、イケメン様たちに家族を誘拐されたり、土地を奪われたりしたやつも多いんで、仕方ないっちゃ仕方ないかもしれないけど(あたしならもちろん、なにされようとイケメン様を嫌うなんてことあり得ないけど)――朝晩の食事を運んだりするのは、自然、ハシカ一人の役割になっていたのだ。
牢の鉄格子越しに、煮た豆の入ったどんぶりと、水の入った水差しを、中の人に手渡す。受け取ってくれるイケメン様も、ここんとこ毎回同じリューノ様。引き締まった眉に鋭いまなざし、すっと通った鼻筋と意志の強そうな、真一文字に結んだ唇をした、至って真面目そうな方で、いかにもハシカのような男慣れしていない女の子が憧れそうなイケメン様である。
とはいえ、やや引っ込み思案で控えめなハシカが、自分から笑いかけたり声をかけたりすることはないし、一方のリューノ様も、鋭い目でじっと彼女を見つめつつ、無言で食器類を受け取ったり手渡したりし、最後に「ありがとう」だの「いつもすまない」だの、一言二言ぼそっとつぶやくだけ。だから、二人の仲が進展するどころか、思いが通じ合っているかさえ確かめられず……でも、だからこそ、ほのかにひそかにひたむきに、ハシカは彼に好意を持ち続けていられるのだ(く~っ、純愛!)。
が、今朝は違った。
いつもなら、朝食を手渡し、空になった最後の器を受け取るその時、指と指、手と手がほんの一瞬わずかに触れ合い、その後にほんのわずか言葉を交わすだけ。なのに、今日に限ってリューノ様は、
「いつも、本当にありがとう。そなたには感謝している」
と言いながら、器を持ったハシカの片手を、両手でそっと、包み込んだのである。
突然の出来事に、ハシカは思わず、はっと手を引こうとした。
が、相手は両手でその手をつかんだまま、離そうとしない。
「ああ、その……すまない。だが、その……どうしても気持ちを伝えたくて」
「あ、あの……」
「そなたの優しき思いやりと、細やかな心遣い、いつもひしひしと感じていた。ずっと前から、なんとか感謝の念を伝えようと思っていたのだが、なかなか言葉にすることができず、すまない」
「いえ、そんな……」
「幾星霜もの間、そなたらの前に立ちはだかり、蹂躙してきた仇敵であるにもかかわらず、そなたは本当に心から我らを思いやり、礼儀正しく、細やかに我らを世話してくれている。どれだけ感謝してもしたりない。本当に、そなたが我らの世話係でよかった」
「い、いえ……それが、私の職務でございますから……」
ひそかに思いを寄せているイケメン様に、これだけ優しい言葉をかけまくられ――しかもその間、ずっとイケメン様に手を握られ続けて――ハシカは激しくドキドキしながら、ようやく、それだけの言葉を絞り出した。
すっかり顔が上気しているのが、自分でも分かる。もし、それを見とがめられたらどうしようと、ハシカは恥ずかしさのあまりうつむき、まともに彼の顔を見ることすらできない。
けれど、その手を通じて、心ひそかに寄せている方の確かな鼓動や、暖かく力強いその思いまでもが、自分の中に流れ込んでくるのが分かる(くうううう~っ、超純愛!!)。
と、イケメン様は、手を握りしめられたままうつむき、肩をすぼめてひたすら立ちすくむばかりのハシカを、鉄格子越しにそっと引き寄せると、はっと顔を上げた彼女の目の中を、じっとのぞき込んだ。
「実は……そなたを見込んで、頼みがある」
怖いほど真剣な、深い瞳に見つめられ……ハシカは無意識のうちに、
「はい。私にできることでしたら、なんなりと……」
という言葉を口にしており、そして、口にした途端、その言葉は彼女の本心そのものとなった。
なにがなんでも、彼の願いを叶えてあげたい、たとえ自分のこの身がどうなろうとも、彼の願いを叶えてみせる、という熱い決心を込め、ハシカは、ひたむきに、彼――リューノの瞳を見つめた。
その思いをくみ取ってくれたのか、リューノはうなずくと、ゆっくり口を開いたのである。
「実は……」
「あの方が……リューノ様が口になさった言葉は、私が思っていた以上におそろしいものでございました。ザドレア様が常日頃身につけていらっしゃる鎧……敵の攻撃をなんであれはじき返す、まさに神の手で作られたあの素晴らしい鎧の一部を何とかして手に入れ、持ってきてほしいというのです。それも、誰にも内緒で……」
「あ~……」
それは確かにハードルが高いかも。なにせあの鎧――というか、鎧を着たあたしは……。
「あの鎧は、神聖にして峻厳なるザドレア様の所有物にしてその一部。劣弱にして蒙昧なる我らウォマイラにとって、決して侵すべからざる至高の御方の象徴であり、手を触れるのさえためらわれる至宝。なのに、こともあろうにその一部を持ち去れなどと……」
てか、その前に、なにされても傷つかない、響かないあの鎧から、どーやってカケラをもぎ取れっていうのか、そこが問題なんじゃね?
「それに、ザドレア様は、素晴らしい方です!賤しきウォマイラの中でもひときわ卑しきこの私にも、嫌悪や軽侮の目を向けることなく、皆と対等に扱ってくださったばかりでなく、あろうことか、お目をかけてまでいただいて……どれほどの感謝を捧げればよいか、どれほどの敬愛を注げばよいか、分からぬほどでございます!そりゃあ、怠け者でゴロゴロしてばかりだとか、一日中食べてばかりだとか、寝間着から着替えもせず超絶だらしないとか、部屋が片付けられないとか、ものすごくおならが臭いとか、並べ立てればきりがない程、欠点をお持ちではございます!でも、それでも……たとえ女子力0のオッサン女子だとしても、私にとってはこの世の誰よりも素晴らしい、光り輝くような存在なのです!」
……なんかあたし、途中からかなりディスられてない?いや、まあ、そりゃあ、きれい好きのきちんとした性格じゃないかもだけどさ……。
ひたりきって独白を続けるハシカを、あたしは微妙な表情で眺めていた。けど、当のハシカは、よっぽど混乱して追い詰められてるのか、そんなあたしのリアクションにも一切気がつかず、ずっとあさっての方を見つめている。
「ええ、そう……我らウォマイラの救い主にして、私の心を常に照らしてくださる光。暗黒邪神を名乗りながら、その心根は誰よりも暖かい、慈悲にあふれた方。その素晴らしい方を裏切り、憎き仇敵であったショターニキ魔法師団に与するなど、まっとうなウォマイラであれば、決してあり得ぬはずのこと。でも……でも……私は、私にはどうしても、リューノ様のすがるような目つきを忘れることができない。頼りにできるのはそなただけだというお言葉が、耳にこびりついて離れないのです……」
そこまで言うと、押し寄せる激情の波にとうとう耐えきれなくなったのか、ハシカは床に崩れ落ち、ヒイヒイとすすり泣きはじめた。
ああ……尊敬し、敬愛するあたしへの思いと、一途に思い詰めた恋心との間で引き裂かれる乙女心!これよ、これこそが純愛!く~~~~~~~~~っ!
あまりに理想的、王道少女マンガ的な展開に、あたしは身もだえするほど興奮し、ふんがふんがと激しく鼻から息を吐き出していた(この辺のリアクションの違いが、美少女と喪女との分かれ目なんだよな、きっと)。
「主人公を応援する親友ポジション」のあたしとしては、ここはぜひともハシカを応援し、影ながら力にならなきゃいけないところだ。
おお!今までモブ的な立ち位置にしかなれなかったあたしが、準主役?マジ?これマジッすか!うひょ~~~っ!
心の中では思い切りうきうきしながらも、あえてそれを押し隠し、あたしは、「物わかりのいい、優しい相談役」にふさわしい微笑をその顔に浮かべると――誰だ、今、「なにその気持ち悪いニタニタ笑い」とかツッコミ入れたヤツは!――ゆっくりとハシカに近づいた。
「ハシカ。そんなに悩まなくてもいいって。大丈夫だから」
いまだ床にうずくまって泣き続けるその肩にそっと手を触れると、一瞬びくりと体を振るわせ……それから彼女は、おそるおそる、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた(これだけ号泣してても、美少女が流すのは涙だけ、決して鼻水は流さない。喪女とはきっと、体のつくりからして違うんだろうなと、あたしは素直に感心した)。
「どんなことがあっても、あたしはハシカの味方だよ。だから、安心して」
「ザ……ザドレア様!」
ハシカの顔に喜びが満ちあふれ、その目から、美しい真珠のような水滴が、つうっと流れ落ちた(うっひょ~~~~~~~!この美少女ぶりったら!)。
「ハシカは、幸せになることだけ考えていたらいい。そのためだったら、あたしはどんな協力だってしてあげる。だってあたしたち、親友じゃん!」
「ザドレア様!私のような者を親友だなんて、なんておそれおおく、なんてもったいない!ですが、ですが……ありがとうございます……」
あたしの胸に顔をうずめて――いや、うずめるほどふくらんでないけど――さめざめと涙を流す彼女を、しばらくの間じっと抱きしめ、慰めてから、あたしは、そっとその体を離した。
「鎧のカケラがいるんだよね?待ってて。今、ちょっとやってみる」
優しくそう言うと、あたしは、きっと空をにらみ、
「鎧よ、来い!」
と、小声で命じる。
次の瞬間、あたしの周囲は真っ暗な壁で覆われ……いつの間にか、なにやらいろいろな数値が現れては消える四角い画面越しに、ハシカの顔を見ていることに気がついた。
鎧に入ったのだ。
「装着完了。お呼びでございますか、使用者様」
頭の中に、澄んで乾いた声がいきなり響き、あたしはちょっとビビりながら「あ、うん。えっと、ちょっとききたいことがあってさ」と切り出す。
「あのさあ、 この鎧って、傷ついたり壊れたりすることってないのかな?」
「お答えします。この防御装甲は宇宙で最も硬く強いとされている「ダクマタイト」という物質でできております。よって、傷をつけようと思えば、同じダクマタイト製の武器が必要となります。現在このケメンの地には、当防御装甲以外にダクマタイトは存在しておりません。以上の事実から、当防御装甲が物理的損傷を負う可能性は、限りなくゼロに近いということができるかと思われます」
「あ~、そうなんだ。すごいね、そんな丈夫にできてるんだ。へえ~……。それじゃあ、一部分を壊して取り外すとか、そういうことってできないんだ」
「はい。 たとえ一部分といえど、当防御装甲を破壊することは不可能でございます。 ただし……」
「ただし?」
「破壊することは不可能でも、部品を取り外したり、新たに装着したりすることは可能です」
「取り外す?」
「はい。そもそも当防御装甲は現在、着用者の身体能力を全般的に引き上げる基本形態を取っておりますが、必要に応じて装飾部分を取り外し、そこに増強パーツを装着することによって、より強大な力を発揮することが可能になっております」
「へえー。なんか合体メカ的な感じなんだね。例えばどんなことができるの?」
「例えば、この基本形態に陸戦型増強パーツを装着いたしますと、使用者様の腕力はさらに増強され、地面にパンチを打ち込むことによって地球を真っ二つに割ることもできる「地球割り」を繰り出すことが可能に……」
「いやいやいやいや、なんだよその、再放送してたアニメで見たことあるような必殺技は!てか、そんな極端な力、いらないから!」
「そうですか。残念です。ちょっと面白いと思うのですが」
「いや、全然面白くねえし!てか、増強パーツとかなしで、今着てる鎧からほんのちょっとかけらを取り外せればそれでいいんだって!」
「了解です。それでしたら、制御弁を解放するというのはいかがでしょうか」
「制御弁?」
「当鎧には、使用者様の安全を最大限に確保するため、いくつかの能力に制限を設けております。頭部保護部分から棘のように突き出しているいくつかの突起が制御弁となっており、それらを取り外すことで、当防具の秘められた力を解放することが可能になります」
「秘められた力を解放? どんな力よ?」
「はい。様々なものがありますが、例えば、第一制御弁を取り外すと、ステルス化が可能になります」
「すてるすか?何それ?台湾か韓国発の新しいスイーツの名前?」
聞き慣れない単語を耳にして、あたしはいたって真面目に質問したつもりだったけれど……鎧の声が、やれやれと言わんばかりに、小さくため息をついたような気がした。
「 いえ、そういったものではございません。当防具を構成する分子をピコメートル単位で振動させ、量子存在として認知させにくくすると同時に、表面に生成した反射機構により 背面の映像を表面に投影することで敵対者による認知確率を極限まで低く……」
「あーもう、だからさ、そんなこと言われたってわかるわけないっしょ!あたし、JKで文系だよ?数学や科学は赤点なんだよ?もっとざっくりわかりやすく……」
鎧の声が再び、今度ははっきりとため息をつき、
「あー、はいはい、ざっくりわかりやすくね」
と、やや投げやりな調子でつぶやく。
「なに、なんか文句でもあんの?」
「いえ、失礼しました。ざっくりわかりやすく申しますと、ステルス化とは透明になれる能力です」
「え、透明に!?なにそれ、すごいじゃん!それじゃ 早速取り外してくれる?」
「え?しかしまだ詳しい説明が……」
「いいからいいから!透明になれて、しかもカケラが手に入るんでしょ?そんなら、いいことずくめじゃん!さっさとやっちゃって!」
「……了解いたしました」
またしても、はあ、と大きなため息をついた後で、鎧はしぶしぶといった感じでそう言った( 鎧の精がしぶい顔で頭をガリガリとかいている様子が――いや 鎧の精に実体があるとしてだけど――ありありと 目に浮かんだ)。
「それでは、これより制御弁を取り外し、新たな能力を解放いたします」
と、鎧の中に機械の作動音がギュンギュンと響き、 目の前のディスプレイになにやら新たな文字が浮かんだかと思うと、 それが目まぐるしく動き出し……やがて「 チーン」という音とともに停止する(昔の電子レンジかよ!)。
「準備完了。この後、使用者様本人が制御弁を取り外すことにより、新形態への同意を得られたと判断し、ステルス化可能となります」
「え、なに?あたし、なんかしなきゃいけないの?え、なに、どうしたらいいの?」
わたわたしながら聞き返すと、いきなりモニターに鎧の全身像が映し出され、鎧のてっぺんについているトゲの1本が、ぴこぴこと点滅し始めた。
「あ、これ?これ引っこ抜けばいいの?」
「はい。それにより、使用者様の同意が得られたことになります」
「はーい、おっけー」
さっそくあたしは頭のてっぺんに手を伸ばし、モニター内で点滅してたトゲを指先でつまみ、ぐっと力を込める。と、思いのほか簡単にスポンと引っこ抜ける。
指先を目の前に持ってくると、そこには、ちょっと長めで真っ黒なサボテンのとげのようなものが、いかにも禍々しい感じにヌラヌラ光っている。
やった、とれた!これで、ハシカの願いを叶えてあげられる!
そう思って目をやると、ハシカは、胸の前で固く両手を握りしめたまま、じっとあたしの一挙手一投足を見つめていた(なんていたいけでかわいらしいのかしら!)。
あたしはほくほくしながら、早速手にしたトゲを彼女に渡そうとしたのだが……そこで、ふとその動きを止めた。
「そういえばさ、あたし、透明になれるようになったんだよね?」
「はい、可能になりました。当防御装甲を装着した状態で「ステルス」とご命令いただければ、不可視モードに移行いたします」
「へえ~、そうなんだ。……ステルス」
とりあえず1回試してみようかと、あたしはその呪文を口にした。
そのとたん、あたしの周囲を重苦しく取り囲んでいる漆黒の鎧が、何も着ていないかのように 透明になった……りはしなかった。
相変わらず、外界を映し出す目の前のモニター以外は真っ黒なまま。むしろ、若干モニターの明るさが下がり、真っ暗な中に閉じ込められてる重苦しさがより増したような気がする。
なんだよ、これ! 全然透明になんかなってないじゃん!なに、不良品?
ショーヒシャセンターとかカスタマーセンターとか、とにかくどっかに文句言ってやらなきゃと口を開きかけた、その時だった。
「 ザドレア様! どこへ行かれたのです!? ザドレア様!」
ハシカの驚き慌てふためいた声が、耳に入ってきた。
驚いてモニタに見入ると、追い詰められたような表情となったハシカが、何かを必死で探し求めるように、きょろきょろと周囲を見回している。
「ザドレア様!どうなさったのですか!お願いです、もう一度、姿を現してくださいませ!」
あれ?ひょっとしてあたし、見えなくなってる?
先ほどからずっと変わらず、彼女の目の前に立っているというのに、どうやらあたしの姿は、彼女の目に一切映っていないらしい。
「ザドレア様!過分なお願いをいたしましたハシカが悪うございました!ですから、どうかその尊いお姿を、再びお見せくださいまし!」
もはや半泣き状態であたしを呼びまくるハシカを完無視しつつ、
透明じゃない時と なんにも変わったように思えないのに、へえ~、こりゃ本当にすごいわ!
あたしはつくづく感心しながら、一人でうんうんと頷いていたんだけど……。
「ザドレア様……ザドレア様……」
その間にも、ハシカの声はどんどん小さく、切羽詰まった感じになってきている。
このまま放っておいたら、程なく泣き出してしまうに違いない。
「ねえ、鎧? 透明じゃなくなるのって、どうしたらいいの?」
「ステルス状態をリセットするには、「ステルス解除」とご命令ください。直ちに可視化状態に戻ります」
うむ、とうなずき、あたしはおもむろに「ステルス解除」 と唱えた。
その途端、モニターに映るハシカの顔が、この上なくうれしそうな泣き笑いへと変わる。
「ザドレア様! どこにいらっしゃっていたのですか! 急にお姿が見えなくなりましたから、私、何か失礼なことを申し上げてしまったのかと、心が潰れそうな思いを……」
「あー、ごめんごめーん。ちょっと、あの、元いた国?神がいっぱい住んでるところに戻って、鎧を改造してて……」
その場で考えた適当なでまかせを口にする。が、それでも、素直でいい子なハシカは 納得したようで、「まあ、そうでございましたか!」と大きくうなずいてくれる。
「それで……。ハシカ、手を開いてくれる?」
「……はい?……」
そっと右手を開いて差し出した彼女のカワイイ手のひらの上に、あたしは、指先でつまんでいた漆黒のトゲを、そっと落とした。
「ザドレア様!まさか、これは!」
「鎧のカケラだよ。あんたにあげる」
「ザドレア様!ああ、なんという……!本当に、本当に、ありがとうございます!この感謝の気持ちを、どう言いあらわしたらいいか……」
ハシカの目から再び、涙が――先ほどまでの悲しみと不満の結晶ではなく、清らかで美しく、見ている者の――もっと具体的にいうと、あたしの――心を和ませる、感動の涙だ。
「いいからいいから!さ、早くリューノ様に持っていってやりなよ!」
「はい!はい!そういたします!」
喜び勇んであたしに背を向け、いっさんに駆け出そうとしたのだが、そこで、ハシカははっと思い出したかのように足を止めると、くるりとこちらを振り向き、背筋を伸ばした。
「ザドレア様!本当に、本当に、ありがとうございました!」
長く伸ばしてお下げにした髪先が床につくほど深々と頭を下げてお辞儀をし…… それから彼女は、この上なくいい顔でにぱあっと笑うと、今度こそ、後ろを振り返りもせずに駆け出した。
かーっ!いい!恋と自らの使命との板挟みになった美少女の悲しみの涙!そして、願いが叶った喜びの涙!たまんねえな、おい!いやー、いいもん見たわ!
またしてもおっさんのような感想を抱きつつ、小さくなっていくハシカの後ろ姿を見送った後で、あたしはおもむろに腕を組んだ。
さて……親友としては、このまま放っておくわけにゃいかないよね!せっかく透明になれるようになったんだし、この純愛物語、最後までしっかり見届けて、この目に焼き付けないと!
退屈な神殿暮らしに飽き飽きしていたところに降ってわいた最高の暇つぶしに心躍らせながら、あたしは再び透明になると、二人を、そしてその他のイケメン様たちをどこで待ち伏せしたらいいか考えつつ、ゆっくり神殿を後にしたのだった。




