第3章 愛と復讐の暗黒邪神ザドレア! 4
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同日。
暗黒邪神ザドレアとハシカが神殿の邪神専用プライベートルームでキャーキャー言いながら恋バナに夢中になっていたのとほぼ同じ頃、同じドブース神殿の最下層――地上から数百段もの階段を下りた地下牢では、暗黒邪神の恐るべき魔力を前にあえなく敗北を喫し、一網打尽に捕らえられたショターニキ魔法師団の面々が、ひたすら虜囚の屈辱に耐えていた。
じめじめとして薄ら寒い牢獄の中、かろうじて寒さをしのげるかどうかという薄い毛布のみを与えられた団員たちは、一様にうなだれ、滅多に口を開くこともない。重苦しい雰囲気が支配する中、時折、団員のため息や、頬に止まった虫をつぶす「ぴしゃり」という音がする以外は、ただただ、水滴が床に落下するかすかな音ばかりが聞こえている。
と、団長であるリョウ・ヘイズが不意に、「……今日で何日目になるかな?」と、誰に問うでもなく口にした。
「……15日ほどになるかと思われます」
答えたのは、真面目で実直な副長、リューノ・カームである。
あのすさまじい音響爆弾に直撃されたせいで、しばらくの間はひどい耳鳴りと頭痛が続き、寝床に突っ伏し、ひたすら苦悶のうなり声を上げ続けるより他、なにもできなかった。それがようやく、ここ2、3日で症状が和らぎ、かろうじて会話を交わす程度のことはできるようになっていたのである(あれほどの大音量を喰らったにもかかわらず、この程度で済んだのは、不幸中の幸いだったと言うより他ない)。
が、その会話も、決して弾んだものにはならなかった。
勝利を確信した上で挑んだ必殺の魔法戦術をあっけなく破られ、おのれの力の矮小さに絶望した、ということに加えて、害虫のごときウォマイラどもの虜囚に甘んじている屈辱、それに、過酷な幽閉生活による疲労が積み重なり、皆――特に若い団員は――ひどく体と心を蝕まれていたのだ。
(無理もない。若い頃は戦場か、あるいは諸国放浪の際の野宿ばかりで日々を過ごしていたこの私でさえ、ここでの生活は辛いのだ。まして、これまで名門氏族の長子として、なに不自由ない生活を送ってきたリューノや、他の若者たちにすれば、過酷を通り越して、地獄の責め苦にさいなまれている思いであるに違いない……)。
戦場にも大勢の従者と召使いとを連れ、絹張りのテントで寝起きするのを当然と思っている者たちである。じめじめしたこの地下牢での生活は、言葉にできぬほど辛いに違いない。にもかかわらず皆、弱音の一つも吐かないのは、さすがはこの上なく真面目で職務熱心な魔法師である、といったところか。
とはいえ、そのやせ我慢も、そろそろ限界に近そうに見える。
(なんとか若い団員だけでも、解放してやりたいものだが……)
通常の戦であれば、武運つたなく捕虜となった者は、それなりの対価と交換に解放される。ために、良家の子女であり、多くの身代金が得られそうな者は、地下牢などではなく、居心地のいい王宮の一室があてがわれ、下にも置かぬもてなしを受ける。
ところが、今回の戦の目的は「汚物」であるウォマイラの殲滅。このケメンの地から穢れた存在を一人残らず抹殺するという、害虫退治に近い感覚の戦である。それゆえに、国のほとんどの者たちは、こちら側が勝利して当然だと思い込んでおり、まかり間違って敗北などしようものなら――たとえそれが「暗黒邪神」という計算外の災厄が猛威をふるった結果であったとしても――この上なく恥さらしな汚点を残した者として、皆から軽蔑の視線を投げかけられるようになってしまったのである。
さらに言えば、ショターニキ連合国には魔法師団以外にろくな戦力が存在せず、その魔法師団が壊滅してしまった現在、国民は、身分の上下を問わず、自分たちの命と財産とを守るため、一斉にオジ教団領へ、そしてスタットン共和国へと待避を始めており、それ以外のことに注意を払う余裕など全くない。
ということで、敗北を喫したショターニキ魔法師団員のために身代金を払おうという奇特な者など、誰一人として現れない状況となっているのである。。
下賤なウォマイラどもも、そのあたりの事情を十分に心得ているがゆえに、もてなしなどするはずもなく……その結果、国内で最も有力な氏族の息子である立場の人間でさえ、このじめじめした地下牢の中、害虫だらけの寝床に横になる生活を余儀なくされているのである。
(このままでは、我らはいずれ自滅してしまう。戦場に散るのならともかく、地下牢で屈辱と後悔にさいなまれつつ、一人、また一人と病に斃れていくなど、燦然たる栄光の歴史を持つショターニキ魔法師団にあってはならぬこと。なんとしてでもこの場から抜け出し、捲土重来を期さねば!それにはやはり……)
誇り高き魔法師団にあるまじき卑劣な、屈辱的な手段であっても使わざるを得ない……と、心中ひそかにため息をつく。
そして、改めてリューノに問いかけたのである。
「リューノよ。その……うまく進んでいるのかな、例の計略は」
と、その言葉を耳にするなり、ただでさえ憔悴している副長の顔に、懊悩と自己嫌悪の色までもが、くっきりと浮かび上がった。
「ええ……順調であると、言ってよろしいかと」
素っ気ない言葉の裏に、意に添わない行動に手を染めつつある自分への軽蔑が、ありありと聞き取れる。
リョウは深く胸をつかれた。
「すまぬな。だが、それも全ては魔法師団のためと思って、なんとか……」
「分かっております、団長。そもそもこれは、私が決断したこと。もし万が一、我らの戦術が打ち破られ、あえなく虜囚となるようなことがあれば、次なる布石のため、大いなる目的のためにこの身を屈辱の淵に沈めると宣言したのは、他ならぬこの私自身でございますから」
「私がふがいないばかりに、そなたには苦労をかけるな」
「なにをおっしゃいます!このような汚れ仕事は、我ら年若き者の領分。団長殿は、魔法師団そのもの。やがて再び世に出て敵と相まみえるその時まで、気高く、高潔なままでいてくださらないとなりません。そのために役に立つというのであれば、このリューノ・カーム、ええ、どのような汚辱にも耐えてごらんに入れます!」
こけた頬にうっすらと笑みを浮かべたその若者の手を、リョウは強く握りしめた。
「私は、よい部下を持った。その強い責任感といい、気高い自己犠牲の精神といい、まこと、真の魔法師とはそなたのことだ。胸にその思いが熱く燃えさかっている限り、たとえどれほど薄汚い計略にその手を染めようとも、そなたはまこと高潔にして栄光あふれる魔法師そのもの。そなたこそまさに、ワイカコイの申し子よ」
「団長……!私のような卑近なる者に過分なお褒めのお言葉、本当にありがとうございます。そのお言葉で、今の今まで心の中にくすぶっていた迷いが消えたように思います。ええ、ええ、どれほど手を汚そうとも、心の中に魔法師の魂ある限り、正義は、高潔さは私と共にある。その通りでございます!いざ、晴れ晴れとアベーロ師に託された策を実行に移し、再び我らに栄光を取り戻しましょうぞ!」
この上なく信頼する部下の目に、再び熱い意志が宿ったのを見て取り、リョウは顔をほころばせ、深くうなずいた。
いずれ我らの所業が広く知れ渡ったとしても、ああ、この純粋にして一途な若者に、その罪科を背負わせることなどできぬ。全ては私の指示であったとして、冷ややかな追及の目をこの身に全て引き受け、一人魔法師団を、ショターニキ連合国を、ケメンの地を去ることで、敗軍の将の責を全うしよう。リューノよ、そなたに決して汚辱の衣を消えたりはせぬぞ……!
心に固い誓いを刻んだ、百戦錬磨の男とその若き片腕。
彼らの手により、歴史の影に消えようとしていたショターニキ魔法師団は、再び地獄の邪神の前に姿を現すことになるのである……。




