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魔人兄妹の隠遁生活  作者: 月見夜メル
3章:暗躍の王都
176/178

魔人兄妹は共有する




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




 王都メダリアの南東にある歓楽街……と呼ぶには少々治安の悪いエリア。必要以上に色を振り撒く魔力灯の光や女たちの嬌声から少し離れた運河沿いの下水用メンテナンスハッチに、蒼い長衣を纏う虚竜(ドラゴニット)が佇んでいた。その顔はまっすぐ北西の空に向けられ、何かを探すように視線だけをしきりに動かしている。


 周囲には人目を忍ぶようにしている者が他にも数人いるが、明らかに人間でない存在のはずの彼女を見咎めることはなかった。


「あ、来たわね……」


 やがて、夜の闇に溶けるような色合いのコウモリをその視界に捉え、魔将レラジェーンはまるで待ち焦がれた恋人を受け止めるかのように両手を前に伸ばした。


 ところが、


 飛来したコウモリはレラジェーンに近づくにつれて徐々にその身体を崩壊させていき、彼女が受け止めることが出来たのは、咥えられていた暗緑色の塊根のような物体のみだった。


「そう……逝ったのね……」


 ガンプの身に何が起きたのかを察し、レラジェーンは塊根を握り込んだ左手を胸に当てて暫し瞑目した。


「……後は、任せなさい」


 戦友への黙祷をその言葉で打ち切り、レラジェーンは素早く身を翻すとメンテナンスハッチを脚で跳ね上げてその中に身を投じた。




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




「イロハ?」


「にぃ様!」


 シスターグラディスの教会の前で、図らずも兄妹は合流を果たした。


「……そうか、やり遂げたんだな」


「うん。にぃ様もお疲れ様。でも……」


 クロに頭を撫でられつつ、イロハは心配そうに教会を見やる。オリヴィアたちが来ているであろうそこは、不気味な静けさに包まれていた。


「何だか、こっちの教会が大変なことになってるって聞いて……」


「やはりか……カイセル副団長たちが無事だといいが……」


 門の前を固めていたはずの兵士の姿もない。戦闘の痕跡は見受けられないことから中に引っ込んでいるのだろうかとクロは考えた。


 マリーベルを追って教会を飛び出す直前で、クロは階下からシスターの悲鳴を聴いている。何か良からぬことが起きたのは間違いなかった。


 恐る恐るクロが礼拝堂の扉を押し開けると、


「おお、クロ殿、ご無事でしたか!イロハ殿も!」


 丁度横合いの扉から出てきたカイセルに声をかけられた。特に負傷をしたり消耗した様子もない――どころか戦闘をした痕跡その物がなかった。


「探しに行こうかと思っていたところだったのですよ。こちらへ来て下され……おそらく、説明するよりは見て頂いた方が早いので」


 2人が通されたのは、カイセルが出てきた扉の先にある『幼子の宿舎』1階の、子どもたちの寝室だった。並べられた小さな囲い付きベッドを見るに、乳児に近い年齢の子どもたちの部屋であるらしい。


 ――ところが、それらは悉く空っぽになっていた。主を欠いたベッドの間で、年若いシスターが膝をついて泣き崩れている。その背中を傍らのオリヴィアが優しい手つきでさすっていた。


「これはいったい……」


「拐われて、しまいました……」


 クロが声のした方を見ると、シスターグラディスが、部屋の隅で椅子に腰掛けていた。憔悴しきったような表情で顔色もかなり悪い。


「ここにいた12名だけではありません……当時食堂にいた年長組8名も、隣室の子どもたちも拐われています……」


「―― 48人だ」


 クロたちの後ろから部屋に入って来たゼシカが、重々しく告げた。


「今しがた確認作業を終えた。被害児童は48人……行方不明者の数が、一気に倍近くになってしまったことになる……」


 クロとイロハは言葉を失った。重苦しい沈黙に支配された部屋の中に、シスターの慟哭だけが響く。


「私が……!私が付いていながら……!!ああ……ああああああ――ッ!!」


「シスターネリネ、シスターネリネ落ち着いて……あなたのせいじゃないわよ……」


 正視することが出来ず、クロは視線を近くのベッドに落とす。オリヴィアの言う通り、あのシスターが悪い訳では決してない。どちらかと言えばシスターマリーベルに巣食っていたものを突き止められなかった自分の失態だろうと、クロは慚愧の念を抱いていた。


「ここにも、悪魔が来たってこと?」


「違うの……違うのよ……」


 唯一、完全な状況を共有されていないイロハがここで口を開いた。それに呼応して、泣き崩れていたシスター――シスターネリネが顔を向けて、しゃくり上げながらも状況を説明し始める。


 シスターネリネ他夜番のシスターたちは、いつものように眠気を抑えるための抗睡眠ポーションを飲み、子供たちの部屋で待機したり、食堂で夕食を摂ったりしていた。


 ――謎の波動が教会中を駆け巡ったのは、その時だった。シスターネリネは一瞬強烈な眠気に襲われたものの、ポーションのおかげで何とか状態を回復することが出来た。だがその時には既に、シスターマリーベルの部屋から伸びて来た無数の根が目の前に迫っていたのだった。


「根は次々に子供たちに巻き付いて……私は丁度交代で駆け付けてくれた騎士の皆さんと一緒に、なんとか根を切ろうとしたんです……でも!まるでそこに根なんてないみたいに、ナイフがすり抜けてしまって……!対霊魔法を使っても、全然効かなくて……!!そうしている内に、子供たちが……透けて……消えてしまってっ……!!」


 窓際に並んで立っている、シスターネリネを手伝っていたらしい2人の女性騎士が、沈痛な面持ちで俯く。それだけで、痛い程無念が伝わって来た。


「シスターマリーベルは……彼女は、いったい何に憑かれてしまったんですか?大丈夫なんですか?無事なんですか……!?」


 今度はクロが状況を共有するべく話し始める。シスターマリーベルが致命傷を負ったくだりでどよめきが起きたものの、ミラのおかげで事なきを得たと聞くと一転、部屋は安堵の空気で満ちた。


「――という訳で、シスターマリーベルは無事だ。今は向こうの教会で保護されている」


「そうですか……良かった……」


 シスターネリネが胸を撫で下ろす。シスターグラディスやカイセルも脱力したように息を吐いた。


「だが、例の根……子供たちを拐ったというそれは悪魔に持ち去られてしまった……力及ばず、申し訳ない」


「大丈夫、クロくんは十分すぎるくらい活躍してくれたよ。少なくともクロくんがいなかったらミラが間に合わなくてシスターマリーベルは確実に命を落としてただろうし……え、というか、話にちょろっと出てきたけど“縛られた男たち”って何……?」


「それについては私から……」


 オリヴィアの疑問を受け、今度はイロハがミラの教会で起きた事件を共有する。聞いた全員が、信じられないというような、呆れ返ったような、何とも言えない表情をしていた。


「――ということがあったの。すぐに合図に応えられなくて、ごめんなさい」


 頭を下げるイロハに、オリヴィアが頭を抱えながら応える。


「いやいや、謝らなくていいよ。むしろ子供たちを守ってくれてありがとう、だよ。……何かあったのかなとは思ってたけどまさかミラのいる教会を襲おうなんて考えるバカがいたなんて」


「……そもそも、そいつらが闇夜の悪鬼団(ミッドナイトオーガ)を名乗ったなら我々第2騎士団の手落ちでもあるな……不覚」


「よもや残党……いや、後継がいようとは……まったく、とんでもないタイミングで襲撃を仕掛けてくれたものですな……」


「タイミング……?」


 そこで、イロハが思案顔になる。


「どうした?」


「そう言えばあいつら、“依頼を受けた”って言ってたわ」


「依頼……?ちょっと待って、誰から……?」


「誰かまでは言わなかったけど……“自分たちが襲撃する頃にはみんな寝てるはずだから楽勝”……みたいなことは言ってたわ。これって、シスターマリーベルが操られて、あちこちで人を眠らせて回ってることを知ってたってことよね……?」


「ならば、依頼人というのは魔将の誰かか……だが何故わざわざそのようなことを……?シスターマリーベルをシスターミラの教会に近付けるなら、ここで子供たちにしたように根を伸ばして直接捕まえさせた方が楽だったはずだが」


「……もしかしてなんだけど、ミラを教会に釘付けにするためだったって可能性は考えられない?塊根を回収する時にシスターマリーベルに致命傷を負わせたってことは明らかに殺意があったってことだし――万が一ミラが間に合って回復されたら困るんでしょ」


「それでシスターミラに、半ば捨て駒として連中をけしかけたということか……」


 もし、この推測が正しければ……と、クロはオリヴィアたちの会話を聴きながら考えを巡らせる。マリーベルの口を確実に封じるため、ミラを足留めするべくけしかけられた男たち……ミラとの実力差を鑑みるに彼らが子供たちを拐うことに成功するとは想定されていなかったことだろう。


 また、マリーベルに取り憑いていた例の塊根はこの教会にいる全ての子供たちを拐った訳ではない。48人という半端な数の子供だけを拐い、その後はクロが見た限り、新たな誘拐はしていなかった。


 この48人を加え、行方不明になった子供は全部で99人。キリの良い100人に、ギリギリ届かない数。状況から魔将たちは意図的にこの数で誘拐をストップしたと考えられる。


「……」


 クロはこの99という数字に、言い知れぬ不気味な何かを感じずにはいられなかった……

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