表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔人兄妹の隠遁生活  作者: 月見夜メル
3章:暗躍の王都
175/178

魔人妹は悪を討つ




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




 オリヴィアたちが最終フェーズに突入すると同時に、イロハもまた教会の中庭を駆け抜け、ひと跳びで鐘突き堂へと到達していた。


 広場の方面を風読みで探り、イロハは左手に持った仕込み杖の頭を親指で弾いて隙間を作った。


 深呼吸を1つ。感覚を研ぎ澄ます。


「『同調(リンク)』――完了(クリア)


 続いて前傾姿勢になりながら腰を落とし、右手で剣の柄を握る。それは島国で言うところの『居合い』の構えに似ていた。同時に、自分の感覚に同調させた空気でガンプの姿をしっかりと捉えた。


 深呼吸を重ねて1つ。感覚を更に研ぎ澄ます。


「『照準(ターゲット)』――固定(ロック)


 工程を進める度に、イロハは荒れ狂う激情が1つの方向に足並みを揃え、収束していくのを感じていた。即ち、全ての怒りを集約し“あの吸血鬼を絶対に許さない。故にこの一撃を以て確実に葬り去る”と。


虹割(にじわかち)、変型――『此れなるは、孤高の風精と共に研鑽せし最果ての刃』」


 この一撃を確実に成功させるにはタイミングが極めて重要となる。チャンスは1回。激情に駆られるまま、怒りに呑まれるまま闇雲に刃を振るっても決して届きはしない。


「『疾風よ、我が激情を運びて遥か彼方の悪を討て』」


 激しい吸気音と共に鞘の内側へと高速で空気が流入し、切っ先の付近で高密度に圧縮されていく。


 合わせて、瞑目したイロハは居合いの構えのまま深く、深く呼吸をする。極限まで研ぎ澄ました集中力を要するこの技のために、暴れ出そうとする激情を制御し、乗りこなしていく。


『決めて来い。イロハ』


 自分の背中を押した、兄の言葉を思い出す。午後に部屋で別れてからはずっと別行動だったため、クロとはこの作戦について何の情報共有も出来ていない。当然イロハがどのような役割を任されたのかについても。


 にもかかわらず、兄は“決めて来い”と言った。“行って来い”ではなく、“決めて来い”と。イロハが何かを任されたなら、それは『トドメ(フィニッシュ)』以外にあり得ないと確信を込めて。


(ありがとうにぃ様……にぃ様が応援してくれるなら私、何だって出来るわ……!)


 その瞬間にゼシカが矢を放ち、広場に巨大な火柱が上がった。これで倒せれば良し、倒せなかったのならば――その時こそイロハの出番だった。


 斯くして、ガンプはゼシカの狙撃を回避し、討伐部隊を大規模魔法で殲滅せんと魔力を練り上げる。


 絶好の瞬間が、訪れた。


「『第二秘奥、開帳』――


 鞘の内部で圧縮された空気が炸裂し、白刃を瞬間的に加速させる。




 ――【虚疾風(うつろはやて)】ッッッ!!」




 轟風一閃。


 放たれたのは、イロハの激情と怒りを表したかの如き、激烈な暴風を纏った神速の斬撃。しかしそれはただイロハの眼前を薙ぎ払うだけのものに非ず。


 それと全く同一のタイミングで、全く同一の軌跡、速度、威力の斬撃が()()()()()()()発生し、その頭部を高々と空中に斬り飛ばした。


「……………………は?」


 石畳に落下したガンプの首が呆然としたような声を漏らす中、周囲で血霧に満ちた空間が砕け散り、奇妙にねじくれたような摩天楼の群れが端から元の姿に戻っていく。大規模魔法を放つべくガンプが励起させていた魔力は霧散し、残った胴体が仰向けに倒れて末端部から塵状に崩壊を始める。


「ククク、そうかよ。やってくれたなあのクソガキ……最後の最後まで邪魔されっぱなしじゃねぇか……」


 自分を斬ったのが誰なのかを察したのか、ガンプは忌々しそうな――しかしどこか晴れやかにも見える笑みを浮かべた。


「私たちの勝ちね」


 オリヴィアがガンプの首を冷ややかに見下ろす。


「みてぇだな……あの狙撃すら囮とは恐れ入ったぜ。で、あのクソガキはどこから俺を斬ったんだ?まさか俺の目があるこの周辺じゃねぇんだろ?」


「そうね、確か3キロ先だったかしら?」


「んだよそりゃ化け物かよ……」


「あんたには言われたくないと思うけど?」


 その時点でガンプの首の崩壊も始まった。斬られて暫くは傷口が傷を塞ごうと蠢いていたのだが、それも停止している。


「話せる内に答えなさい、子どもたちはどこ?」


 オリヴィアは問いかける。まともな答えなど期待出来ないことは百も承知だが、問わずにはいられなかった。


 思いの外、ガンプは素直に口を開いた。


「クク……そいつはもう俺の口からは言う必要がねぇなぁ……どうせ居場所のアタリくらいは付けてんだろ?それで概ね正解だぜ」


 やはり子どもたちが誘拐されたのは下水道の中で間違い無いらしい。オリヴィアは更に問いを重ねる。既にガンプの頭部は目元から下しか残っていない。


「こんなことしていったい何が目的な訳?」


「それもすぐに分かるさ……わざわざ俺に尋ねるまでもねぇよ」


 そして、


「じゃあな下等生物共、なかなか楽しめた!俺は一足先に降りるが、てめぇらは祭りの日を震えて待つがいい!!クク……クハハハハハハハハハ!!」


 一帯に響き渡る哄笑と血のように赤い魔晶のみを残し、やがてガンプは塵と化して夜風に浚われて行った。


「ぐうぅ……満足したような顔で逝かれたのがどうにも腹立たしいわね」


 忌々しそうにガンプが消滅した地点を睨むオリヴィアの肩を、ドルガンが労うように叩いた。


「まあ、良いじゃねぇか。今はとにかく勝利の美酒に酔うべき時だぜ……なぁそうだろ、団長サマぁ!!」


「ああ……そうだな、皆よく戦ってくれた」


 ドルガンが呼び掛けると、ゼシカは前に進み出て討伐部隊の面々を見回した。前線組から後方支援役に至るまで無傷の者は1人もおらず、その激闘を物語っている。しかし皆、一様に晴れやかな表情を浮かべていた。


 そして、ゼシカは足元の地面を、手にした剛弓で音高く叩き鳴らした。


「第2騎士団長ゼシカ・エルサークがここに宣言する!魔王軍百魔将序列27位、『叫喚』のガンプは皆の奮戦により見事討ち果たされた!!我々の勝利だ!!!!」


 直後、広場中を爆発したような勝鬨の声が満たした。


 その様子を風読みで確認し、イロハはようやく戦闘体勢を解くことが出来た。気が緩むと一気に身体から力が抜け、イロハはそのまま鐘突き堂の床にぺたりと腰を落とす。


「はぁ……はぁ…………やった…………やったわ……!」


 震える手でなんとか刃を杖に納めながら深呼吸を2度、3度と繰り返し、昂りの残滓を鎮めていく。怒りは全て、刃に乗せて叩き込んだ。今はもうこれ以上必要ない。


 知覚不能な速度を誇るベアトリスの打撃を主軸としたプランA、特製の矢を使って狙撃するプランB、そして、プランBを凌いだ直後に襲い来る超遠隔斬撃のプランC、今回はこのような三段構えの作戦だった。


 きっかけはジルヴァンの魔晶世界で聞いた一言。


『ひとつ、妙案を思い付いたぞ……』


 ジルヴァンはイロハが昼の戦闘で飛び道具の類いを一切使っていなかったことから、イロハが狙撃役を担当するという奇策を考えたのだった。


『でも私……狙撃に使えるような技や魔法なんて何も……』


『何、無ければ今ここで創ればよいのだ。ベースは【虹割(にじわかち)】が適していよう。元々は【燕囲(つばめがこい)】……斬撃3つだったこの技を7つにまで増やしてのけたそなたなら……充分に可能だ』


 と、ジルヴァンに太鼓判を押されたイロハが魔晶世界で創り上げたのが、【裂空(れっくう)】に続く第二の秘奥技――【虚疾風(うつろはやて)】だった。


 ベースとしたのはイロハの得意技である【虹割(にじわかち)】。元々“刃が届く範囲内の空気を同期させて7つの斬撃を発生させる”という技だったが、その斬撃を1つに絞り、ひたすら距離と威力に特化させたのがこの新たなる秘奥技の正体だ。教会で悪漢たちを一斉に沈黙させた範囲拡大版の虹割はこの技の副産物のようなものだった。


 最大射程はイロハの知覚限界と同じ3キロ。それはつまり、空気を通じてイロハに存在を認識されたもの全てが対象になるということだった。“極限の集中を必要とするが故に連発が出来ない”というデメリットこそあるが、それを差し引いてもかなり強力な技であった。


 今回の作戦は、この秘奥技を確実に決めるためのものだったと言っても過言ではない。


『一度自分を殺し得る技を回避した直後には、多少なりとも心に間隙が生じるもの……そこを全く未知の技によって遠隔から奇襲されたのであれば、如何な高位の悪魔とて無事では済むまい』


「本当に……その通りになったわね……」


 剛にして静、自らの剣をそう称するジルヴァンは極めて隙を突くのが上手く、イロハもまた手合わせの間に何度その重い一撃を差し込まれそうになってヒヤリとしたかわからない。彼の予言めいたその言葉は、数々の敵を倒して来た経験に裏打ちされた物だったのかもしれない、とイロハは思った。


「とにかく……これで……」


 ひとまずは終わったかしら?と呟きかけたイロハの耳が、にわかに歓喜とは違う広場の声を捉えた。


「緊急!緊急ー!!」


 それは、血相を変えて広場に飛び込んで来た若い騎士の切羽詰まったような声だった。


「どうした、何があった!?」


 街の西側から全速力で駆けて来たらしいその騎士は、ゼシカから水を受け取ってひと息に呷ると、荒い呼吸も落ち着かないまま報告を始めた。


「やられ……ました…………教会、シスターグラディスの教会が…………子どもたちがっ……!!」


「なんだと……!?」


 今度はオリヴィアたちが血相を変える番だった。戦勝ムードもすぐさま吹き飛び、一気に緊張が戻って来る。


「こうしてはおれん……オリヴィア、すまないが私を送ってくれないか?」


「それが今ちょっと西側の座標が狂ってるみたいで……あれ?」


 先程ミラの教会にロイドを派遣しようとした時、街の西側の座標が何者かの手によって乱されてしまっていたためオリヴィアは転移魔法を使うことに難色を示したが……いつの間にか、座標が正常に戻っていることに気がついた。


「うん、大丈夫、これなら行けるよ!」


「おいオリヴィア、それなら俺たちも……」


「ダメよドルガンさん、前線組はしっかり休みなさい!ユウジ、あんたも!!」


 協力を申し出ようとした男2人を制し、オリヴィアは転移魔法の準備に入る。何でもないように装ってはいるが、最前線でガンプ本体とやり合っていた2人が最も疲労を貯め込んでいることを彼女は見抜いていた。


「【転移(テレポート)】!」


 部下にこの場の指揮権を預けたゼシカを連れ、オリヴィアは教会に向けて転移した。


「…………大変!」


 そして一部始終を観測していたイロハもまた、慌ただしく鐘突き堂から飛び降りて行った。

明けましておめでとうございます。

今年も兄妹をよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ