第20話 気づいていた
誰にも邪魔されない二人だけの世界。
景色よりも相手を見てしまい、目が合ってお互いに照れてしまう。それでも目を合わせ、言葉を交わし、頂上では唇を重ねる。
ドキドキ、ソワソワ、そしてイチャイチャと。
女の子と二人で観覧車。おお、なんと素敵で甘美なひと時だろう。
「凌うぅ君んん……怖くて漏れちゃいそうだよぉ……」
……ああ、現実はなんと残酷なのだろうか。
肩を落とし、近づいてきたスタート兼ゴールの地上に視線を落とす。
「安心しろ。地面はすぐそこだ」
そう伝えると、プルプル震える白土はくぐもった声で「ホント?」と返して恐る恐る窓を覗き込む。俺の腕を掴んだまま。
「あ、ホントだ。我らの大地っ」
「何その宇宙飛行士みたいなセリフ」
「はうぅ、やっと落ち着ける」
乗った後に発覚した白土の高所恐怖症。
俺にしがみつき、震えた。ゴンドラが上昇する度にブルブルと。下降を始めてからはプルプルと。そして今ようやく止まった。
ただ抱きつくだけじゃなく震えやがって。振動のせいで酔ってしまった。女子と観覧車というシチュエーションでこんなことある?
あー、抱きつかれマジ疲れ。韻を踏みつつ地面を踏みしめる。
「分かっていると思うが、お淑やかモードな」
一足先に降りて後ろを振り返り、白土へ釘をさす。
キツイことを言った自覚はある。俺としてもまた我慢させるのは酷だと思うが、こればかりは現状どうしようも……まあ頑張ってくれよ。
「了解っ」
「……やけに素直だな」
「だって凌君は必ずわたしが楽しめる時間を作ってくれるでしょ? じゃあ信じて待つよっ」
俺に続いて観覧車を降りる白土。期待の眼差しをスッと閉ざし、落ち着きある表情で俺を追い抜いていった。
「……驚いたな」
以前なら「嫌だっ」とか「でも……」と言って駄々をこねた。その後、俺が宥めてようやく元気になる。
そういった悲喜交々のリアクションをせず、お淑やかモードになるのを嫌がらなくなった。
「刄金君? 早く行こう」
「……そうだな」
どうやら頑張らなくちゃいけないのは俺の方だな。抱きつかれマジ疲れとかほざいていた自分が恥ずかしくなる。
さて、期待されたからには俺も大変だ。
気を引き締め、白土と並び歩く。先に降りて待っていた日暮水浪ペアの元へ。
「ユリと刄金君、こっちこっち~」
こちらに気づいた日暮が手を振っ、日暮可愛い! 和むぅ。気が緩むぅ! 白土のことなんざ知るかー!
ゴホン……馬鹿なことは言わず真面目にやりましょ。
「作戦は思いついたか?」
「バッチリです」
声を落として問いかけると、水浪が手をチョキにして首をコテンと傾けた。
お前のそういうあざとい仕草、無表情だとまるで意味ねーよ? たぶんわざとやっているのだろうけど。
要するに俺を煽っているのだ。良い度胸してるよ。
「観覧車楽しかったね~」
「そうですね」
それはともかく、日暮と白土がキャッキャと話している。この間に作戦を聞こう。周囲の人や日暮に気づかれずにどうやって白土を満喫させるかを。
水浪はピースサインを浮かべたまま今度は反対側へ首を捻った。
「考えましたが、ポンコツを隠すのは至難です。園内はどこにも一般生徒がいやがります」
「じゃあどうするんだ」
「バッチリですよ。あなたがいれば」
コテンコテンと首を動かす様はまるで機械。
水浪はチョキを解き、俺を指差してきた。
「俺?」
「どこに行っても一般生徒に見られる。ならいっそのこと見られてしまえばいいです」
「堂々とするってか? いや開き直ってどうする。頭おかしいぞ」
「そうです。刄金凌、頭がおかしくなりやがれです」
「……どゆこと?」
軽快な音楽が流れ、コーヒーカップが動く。
コーヒーカップは床面を氷上のように滑らかに移動し、コーヒーカップ自体もクルクルと回る。
緩やかな回転。穏やかな乗り心地。子供達の無邪気な声と共に場は和気藹々とした雰囲気に包まれていく。
その中で俺は一人、息を吸い込む。
吸い込み、溜め込み、声帯のリミッターを解除する。
「ぎえっへへえぇ! うひょひょおぉうぃ!」
全力で叫ぶ。出来る限り気持ち悪い声で。舌を出し、目を見開く。
それだけじゃない。中央のハンドルを思いきり回す。
コーヒーカップはさらに回転速度が増し、それに合わせて俺もさらに絶叫する。
「ぎゃへぎゃへぎゃへ、ぬっほほおぉ!」
コーヒーカップが暴走。体が吹き飛ばれそうになる。それでも叫びまくる。
子供が悲鳴を上げる。ありとあらゆる人が指を差す。それでも暴れまくる。
叫びまくり、暴れまくり、俺はひたすら狂い続けた。
「今の通り、奇天烈な行為によって注目は刄金凌に集中します。白土優里佳のポンコツを隠すのではなく、それより頭がおかしい人を用意する。私の作戦は完璧です」
「よーしもう一回観覧車に乗ろうぜ」
水浪をゴンドラに押し込む。
「乱暴です。訴えます。訴えられたくなければ」
いやそれいいから。黙れよ。なあおい黙れって。
俺も乗り込み、従業員がするよりも先に扉を閉める。息を吸い込んで吸い込んで、吸い込む。
叫んでやるよ。さっき以上の絶叫でキレてやるよオラァ!
「お前ホンット頭悪いなあ!? なんでいつも俺を犠牲にするの!?」
白土が迷子になった時もそうだった。このクソハーフのやり方はいつもこうだ!
周りの視線は俺に集中した。その間に白土は「わーいっ」とか言ってコーヒーカップを楽しめた。
で、俺は? 俺のダメージは!? また変なあだ名つけられてしまうだろうがあぁ!
「何? 俺に恨みがあるの? キレていい? いや既にキレてるよ? もっとキレてもいいかなあ!?」
「でもおかげで白土優里佳は楽しめました」
知っている。見ていたよ。高速でスクロールされる視野でもちゃんと白土が嬉しそうにハンドルを回す姿を捉えた。
ついでに見たくないものも見たけどなぁ。日暮が「こいつマジか」って顔で唖然とする姿をなぁ! ドン引きされていたよ俺!?
……終わった。またしても日暮に幻滅された。
死にたい。今までで一番死にたい。早く来いよ悟空、瞬間移動しろよ、自爆寸前のセルを俺の元に転送してくれ。
「まさかあの奇行を次からもやれと?」
「チュロスもすっごく美味しいですーっ」
「ロクな死に方しねーぞお前」
「人はいつか死にます。大切なのは死に際ではなくそれまでの道のりです」
「エッセイやめろ」
「ん~!」
チュロスを口に運び、アイアムハッピーな綻びを頬に浮かべるクソハーフ。この野郎……。
「……つーかたまらず観覧車に乗ってしまった」
しかも水浪と乗ってしまった。
てことは今、日暮と白土は二人きり。……大丈夫かな。
「心配ですか? 大丈夫です」
「なんで断言出来るんだよ。頭おかしいのか」
「頭おかしかったのは刄金凌です」
「お前のせいでな!」
「モグモグ」
「この野郎ぉ……!」
「ところで、二人きりですね。男の人と観覧車に乗ったことがないのでドキドキです。きゃー」
水浪は食べ終えたチュロスの袋をクシャクシャに丸めた後、両手を頬に添えて首をコテン。それやめろ。イラッとするぅ!
「世界一感情がこもってない『きゃー』だな」
「言っておきますが、密室だからといって変なことは考えないでください」
「するかよ」
「私ではドキドキしないと? 刄金凌は女の子を傷つけました。最低です。駄目男です」
「それ以上煽るな。腹いせに襲いかかってやろうか」
「身の危険を感じます。きゃー」
ホント良い度胸してるよお前は。服を引き裂いてその白い肌を触りまくってやろうか。ああ?
まあそんな勇気ないけど。そんな勇気があったら俺は今頃グリフィンドール寮にいる。いやスリザリンか?
「ったく……ああ、疲れた……」
水浪にキレても仕方ないし、終わったことはどうしようもない。はいはい、気持ちを切り替えますよ。
一周目の時と同様、ガックリと肩を落として視線を窓へ移す。
「ところで、二人きりです」
「それさっきも言った」
「……一つ、聞きたいことがあります」
淡々とした口調。抑揚のない声音。その水浪の声が今、どこかおかしい。
それが何を意味するのか、水浪が何を聞こうとしているのか。
狭い密室の中、逃げ場はなく、察するに……。
「白土って俺のことが好きだよな、と……あなたは言いましたよね」
あー……やっぱそれについて聞いてくるよな……。
「急に何だよ」
「急だったのは刄金凌です。あの日、言いました」
横へ移したばかりの視線を再び前方に向けると、水浪がこちらをまっすぐと見つめていた。
瞳の中の無機質な光には感情が宿らず、けれど微かに揺れ動く。
俺はその機微たる変化を見逃さなかった。
「えー……言わなくちゃ駄目?」
「……」
「分かったよ、話すよ。急に問いかけたのは俺の方だったしな」
どの道、水浪には話すつもりだった。せっかく二人きりになれたことですし、話しておこう。
……分かったよ。ああ、ほとんどな。
なぜ俺が彼氏教師に選ばれたのか。その本当の理由と意味を。
「最初は俺の勘違いと思った。だからあの日、お前にカマかけた」
あの日、白土と二回目のデート、デパートの非常階段。
迷子になった白土を見つけ、先生に迎えに来てもらうまでの間、俺は水浪に問いかけた。
そしたらお前は瞳を揺らした。今のように、動揺したよな。
確定的だったよ。
白土は俺のことが好きなのだ、と。
「……よく気づきやがりましたね」
「気づくも何も、見れば分かる。あいつ露骨じゃん」
「……」
「白土は俺のことが好き。そう仮定すれば全てが納得いく。なぜ俺が指導係に選ばれたのか、なぜ指導係だけじゃなく恋人役にも任命されたのか。だろ?」
「……」
「今はカマをかけてねえよ。お前は無表情だけど無口じゃない。黙るってことは肯定ってことだな」
「……まぁ、そうです、ね」
「白土程じゃないがお前も分かりやすいね」
俺はせせら笑ってシートに背をつける。
合点がいったよ。全てが繋がった。
白土のアホを治す為に敢えてアホに指導係を頼むというアホな発想。
んなアホなことがあるかよ。俺を選んだ本当の理由がある。
白土が俺のことを好きだから。だから俺は指導係に指名された。白土が俺を指名したのだろう。
おまけに恋人役にも選ばれた。
男と付き合ったことがない白土に恋人っぽいことを教える、だっけ? それにしては白土がグイグイくる。やたらとボディタッチしてくる。甘えてくるんだよなあ。
逆に聞くが、好きでもない男にそんなことする? つまりそういうこと。
考察すればすぐ分かる。
すぐ分かったし、何より、好意が伝わってきた。
白土はポンコツだ。ポンコツだから隠せていない。ありのままの想いをぶつけてくる。
あいつの言動には……溢れんばかりの好意が詰め込まれていたよ……。
確定だ。間違いない。
白土は俺のことが好きだ。
「刄金凌は……」
「ん?」
「普段はアホなのに、中々鋭いです」
「中々じゃない。中の上だ」
つーか鈍感じゃない限り普通に気づくっての。あんなことされて気づかないとか、わしゃラノベの主人公か。ズコー。
まあ俺のどこが好きなのかまでは知らんけど。俺の何が良いのだろうね。
「……そこまで分かっているのなら、どうしやがるのですか?」
「どうするって何が?」
「白土優里佳の想いにどう応えるのですか」
「どうもこうも、別に?」
俺の返答に対し、水浪が顔をしかめた。お、珍しく表情が崩れた。
「好意に気づいておきながら何もしない、と?」
「だって俺は白土のこと好きじゃねえから」
あいつは抜群に可愛い。ボディタッチや笑顔でドキッとしたことはある。役得だと思ったこともあるよ。
それは認める。決して嫌いではない。
だが……うん、付き合いとは思わない。いやまあ今現在付き合っているんだけど。
「……そうですか」
またしても珍しい表情。水浪が視線を足元に向け、口をすぼめる。
「腑に落ちないのは俺の方だよ。お前は白土の玉の輿を狙っているんだろ? なら俺が白土のこと好きじゃないってことは喜ぶべきだろ」
「本心はそうですけど、でも友人としては……なのです」
「何だそれ?」
「分からなくていいです。もういいです。ツーン」
「世界一感情がこもっていない『ツーン』だな」
そっぽを向く水浪。俺も視線を外し、窓を見る。
観覧車は地上へと戻ってきた。この景色さっきも見たな。我らの大地~。
下には二人の女子がいた。
俺は何もしねーよ。
女の子と二人で観覧車。白土と一緒に乗っても、水浪と一緒に乗っても、俺はドキドキもソワソワもしないのだから。
「だって俺が……」
白土と並び、こちらを見上げる、お日様ぽかぽかな笑顔の女の子。
だって俺がドキドキするのは、俺が好きなのは……。
出かけた言葉を喉元で抑え込み、俺は下に向けて弱々しく手を振ってみせた。




