第21話 お化け屋敷
二周目となる観覧車を降り、白土と日暮の元へ向か……日暮可愛い! ほぉう!
「あ、刄金君とフラヴィアが降りてきた~」
「そうですね」
観覧車に乗らず、待っていてくれた二人。こちらから見た限りだとごく自然に談笑している。
ポンコツはバレていないようだ。よくやった白土。
「ね~刄金君」
胸を撫で下ろしていると、日暮が小走りで駆け寄ってきた。
ん? 俺に何か用? もしかして、あたしとも二人で観覧車に乗ろ~、とか? 参っちゃうなあ。
「俺がどうかした~?」
「うん。刄金君……どうかした?」
「……えっと、何が?」
「もう大丈夫……?」
膝を曲げ、覗き込むようにして俺を見上げる日暮の困惑した表情。
……あ、思い出した。
日暮可愛いほぉうとか言っている場合? そんな暇ある? YouT○beのコメ欄で『明日期末テストなのに観ちゃった~』と書く中高生を含め、自分自身にも言いたい。
そうだ、俺はどうかしていた。俺はやらかした。俺は、コーヒーカップで奇人を演じて日暮にドン引きされたんだった……。
「だ、大丈夫。さっきのは調子に乗りすぎただけだ。あははー!」
急速に渇いていく喉を振り絞り、平常心を取り繕う。
その甲斐あってか、日暮の表情は明るくなる。
けれどもそれでも、まだ少し引きつっていた。
「本当? 良かった~。あれはちょっと……ヤバイよね」
ズガガガガッ、ドゴォ!
メンタルが土俵際まで押され、そして客席へ吹き飛ばされる。
し、死にたい。見て明らかな好感度の低下。死にたい!
悟空早く来いって。こんなに呼んでいるのになんで来ないんだよ。この際アイデンティティのあの人でもいいから来てくれ。オメェぶっ殺すぞって言ってくれよ俺に。
「そ、そんなことより次行こうぜ!」
落ち着け。のたうち回るのは全てが終わった後だ。
喉も気力も振り絞り、会話はぶった切り、俺は数々のアトラクションを次々と指差す。
「そだね~。どれに乗る~?」
「あれとかどう?」
差した指をとある場所で止める。
その先には、真っ黒なカーテンで覆い隠された入口と血塗られた看板。老朽化した建物はわざとらしくも異様な雰囲気がある。
どこからどう見ても典型的で見事なお化け屋敷だ。
「お化け屋敷か~。いいね」
ニッコリと微笑み、首をコテンと傾げる日暮いと可愛い。
水浪とは大違い。やはりこういう仕草は感情豊かな子がやるから可愛いんだよな。
日暮が超可愛い。気力が回復してきた。
サイリウムが手元にあれば激しく振ってモノノフよろしく「か~(↗)おりぃ~(↗)!」と叫ぶくらいテンションが上がり、でも任務のことは忘れず、俺はたった今思いついたかのように「そうだ」と言って提案する。
「そうだ、二人一組で分かれて入ろうぜ」
「また分かれるの~?」
「まあまあ、お化け屋敷は二人で行った方が楽しいだろ?」
「ん~、確かにそうかも~」
うんうんと頷く日暮イズ超きゃわいい。
さて、お化け屋敷をチョイスしたのにはちゃんと理由がある。
確かに観覧車を四人一緒でなく二人ずつ分かれて乗ったのは変だった。
ではお化け屋敷はどうだろう。お化け屋敷や肝だめしってなんかツーマンセルで行くのが定番な感じがあるでしょ?
これにより、日暮と白土を分断することが出来る。
次に周囲への警戒だが、お化け屋敷の中は暗く、そもそも知らない誰かと一緒に入場するわけじゃない。
つまりお淑やかモードを解除しても大丈夫。つまりお化け屋敷なら白土は存分に楽しめる。
うーん素晴らしい。この作戦を考えた俺を誰か褒めて。
「……刄金君」
ススッと白土が掠れ声で俺の名を呼び、傍らに寄ってきた。
俺の狙いを察してくれたのかな。呼ぶ前に来てくれて助かるよ。
「じゃあ俺は白土と一緒に行く」
この流れでメンバー分けを行おう。
さり気なくサラリと述べ、俺も白土の横に寄る。
「……また刄金君とユリのペア?」
それを見ていた日暮が眉をひそめ、指先を顎に添えた。物憂げな視線を向けて……っ。
「な、何か?」
「だって観覧車もユリと一緒に乗って、フラヴィアとも二人で乗ったよね。……刄金君は……」
な、ななな、何……?
「……ん~ん、なんでもない~。じゃああたしはフラヴィアとだね~」
目を閉じ、花が開く。日暮はいつも通りのんびりとした口調でそう言い、いときゃわいいスマイルを浮かべた。
危ねえ。バレたかと思った。お化け屋敷に入る前からヒヤヒヤである。まあ高校生にもなってお化け屋敷で怖がることはないけど。
俺も笑顔で応じ、入口前で立ち止まる。
「お先にどうぞ」
「分かった。フラヴィア、行こっか~」
日暮は水浪を連れてカーテンを潜り、中に入っていった。
よし、無事にメンバー分けが出来た。後は何も気にせず普通に楽しめばいい。
少し時間を置き、お化け屋敷に入場する。
「白土、待たせたな。解除していいぞ」
「……う、うぅ」
ん? どうした。観覧車の時と同じ表情だな。
それに、俺の服を掴んでいる。甘えてくる感じではなく、引き裂かんばかりに爪を立てて服を握ってきた。
「おいおい。高いところだけじゃなくお化けも怖いとか?」
「……」
「まさかな、あはは」
「うん……」
「そんなわけが、って……え?」
カーテンが閉ざされる。外の光が遮断される。
目の前に広がる暗闇と天井の消え入りそうな赤いランプ。
見事なお化け屋敷。ベタなレイアウトと演出。
そんな中、白土は再びバイブレーションを始めていた。
「あ、あのね凌君……わたし……お化け苦手……っ」
「……マジ?」
暗く、長く、冷えきった廊下。
壁には絵画が並べられている。リアルな骸骨、白装束を来た長い髪の女性、包丁でメッタ刺しされた人形、どれもこれも恐怖を煽る悍ましい画。
そのうちの一つ、古城の絵画が突如として破れた。
「ぐおおおぉ!」
絵画から飛び出してきたゾンビが雄叫びを上げ、血糊を飛ばし、こちらを引きずり込んでやろうと両手を前へ突き出す。
言ってしまえばありきたりな脅かし方。ベタすぎて怖くない。高校生なら一笑してスルーするー。
そのはずが……。
「ひゃうううぅぅうぅうぅぅぅううう!?」
……白土は大きく仰け反り、大きな悲鳴を上げた。
「だ、駄目……怖いぃ……ぐにゅへへぇ……ぐあおえあ……!」
いやお化け以上に悍ましい声を上げているんだけど。そんなに怖いの?
悲鳴を漏らし、床にへたれ込んだ白土。体は観覧車の時よりも震え、大粒の涙が零れ落ちていく。
「お、落ち着けよ。ほら立って」
「た、立てない。腰がぬけちゃって……ひうぅ……!」
「リアルで腰ぬける人を初めて見た」
高所恐怖症、お化けが苦手……とはね。
とことんポンコツだな。てか子供? 幼稚園児かな?
俺は立ち尽くし、天を仰ぐ。赤色のランプがチカチカして目に悪そう。
「ぐおお、おおおぉお!」
「ひゅうぅぅ!?」
ここまで怖がってもらえたらお化け役もさぞや嬉しいだろう。
脅かし方がさらに迫真さを増す血まみれゾンビ君。ノリノリである。
ご期待にお応えして白土が涙をドバドバ出す。せっかくの顔が台無しだ。
「えーと……大丈夫か?」
「怖くて漏らしちゃいそう……!」
「観覧車でも聞いたよそれ」
「凌君、手……手ぇ……!」
白土は座り込んだまま涙でぐちゃぐちゃの顔を俺に向けて両手を掲げてきた。
横髪が唇に貼りつき、やつれた表情は死人を彷彿させる。ゾンビよりお前の方が遥かにお化けっぽいぞ?
「分かったよ、ほら」
俺は手を掴み、白土の体を引っ張り上げる。
「っ、凌君……!」
白土は立ち上がった。
けれど力は未だ抜けており、顔は依然として青ざめている。
きっと残り僅かな気力を振り絞ったのだろう。俺の体にもたれかかってきた。
「はいはい、怖いよね」
「ふええぇえ……」
「聞いてる?」
またしても爪を立ててしがみつき、俺の胸元に顔を押しつける。涙と鼻水が服に染み込んでいくぅ。バスタオルが欲しい。
「ねぇ凌君、わたしを抱きしめてくれる……?」
バスタオルプリーズな俺を余所に白土はプリーズヘルプミー。
俺は白土の胴のあたりを引き寄せる。
「これでいいか?」
いっつも抱き合っているよね俺ら。欧州よりも抱擁していると思う。
「もっとぎゅってして。凌君に抱きしめられると落ち着くから」
「そうですか」
「もっと、もっと。うん……落ち着く。凌君の匂い、あたたたたかさ、安らいできた……っ」
「何よりです。じゃあそろそろ移動を」
「ま、待って。あとね、頭を撫でてほしい。めいっぱい優しく撫でて……?」
指示が多い。お前は新人バイトに一から十まで全ての仕事を教えようとするバイトの先輩かよ。何この例え?
とはいえ言われた通りにするか。
頭を撫でまくり、体を優しく且つ力をこめて抱く。
スキルの上昇を実感する。俺、抱き慣れてきたなあ。喜んでいいのか分からんけど。
「えへ……えへへ……」
ただでさえ涙と鼻水で濡れている胸元が温い吐息によって湿っていく。
我慢すると言ったくせに、成長したなと思ったのに、白土は何も変わっていない。隙だらけだし甘えモード全開だ。
……俺がいれば大丈夫ってか?
お前どんだけ俺のことを信用していて、俺のことどんだけ好きなんだよ。
「あっ、今少し力が緩んだ。手抜きは駄目だよ凌君っ!」
「厳しいな。はいはい、ぎゅっとしますよ」
「えへへぇ~」
「力が抜けているのはお前の方だよバーカ」
やれやれ、お化け屋敷も駄目だったか。
楽しめる時間を作ると約束したのに、今のところほとんど楽しませてられていない。それどころか怖がらせてばかり。ごめんな。
「うっひぃぃ~っ」
ま、これはこれで嬉しそうだし、良しとするか。
俺と白土は抱き合い、その場でいつまでも……。
「……あのー? すいません、そろそろ移動していただけますか」
横から声をかけられた。
見れば、ゾンビが茫然と突っ立っていた。
……めちゃくちゃ見られていた。
「あー……こちらこそすんません」
「いや、あの……早く行ってください。死にたくなるので」
先程まで蠢いていた目は虚ろになり、暴れさせていた両腕をダラリと下げるゾンビの男、もといバイトの男。
表情は死んでおり、ゾンビ時よりも目に生気がない。
そ、そうだよな。目の前でカップルらしき男女がいちゃついたらそうなるよね。
「す、すぐ行きますので。ほら白土」
「うん。じゃあ抱っこして。ぎゅって抱っこ」
俺が急かすと、白土が足を動かした。
前方向ではなく上へ。ジャンプして正面から俺に飛びかかってきた。
「何しやがるっ」
「これで移動しよ? 凌君あったかい……えへへ」
「あ、無理、ごほごほ、俺もうこのバイト辞め、ごほごほ」
男性は咳をするノリで吐血し、絵画の奥に引っ込んだ。
辺りはシーンと静まり返る。先程までなら恐怖を煽る演出なのだが、今はすごく気まずい雰囲気が漂っていた。
す、すいません。いやなんかホント……。
「えへえへ、これ最高っ」
腕を首に回し、胸をくっつけ、両足で腰をホールド。
お前は呑気かっ。お前と俺のせいで一人のバイトが辞めちゃったぞ!?
「つーか抱きつきすぎだ。お前はコアラか」
「むふうぅ」
「甘え声何種類あるんだよ……もうこれでいいから行くぞ」
「うんっ」
白土に抱きつかれた状態で俺は早足で駆け抜けていく。




