第19話 上の上が三人、中の上が一人
白土を大いに楽しませ、且つその姿を誰にも見られないようにする。
それは例えるなら、すぐに脱ぎたがる露出狂を抑えながらも隙をついてスクランブル交差点で全裸にさせてあげるようなものだ。
いつどのタイミングでお淑やかモードを解除させるべきか、このアトラクションに乗っても大丈夫なのかどうか、そういった僅かな好機を見逃さない状況判断と高レベルの処理能力が問われる。一手でも間違えれば即ゲームオーバー。
あんなに大変だったデパートでの一件よりも危険を伴う。難易度は絶望的に高い。
だというのに、事態はさらに悪化した。
「いつ来てもワクワクだ~。ユリ、何から乗ろっか?」
「そうですね」
「刄金凌、私は今日こそポップコーンが食べたいです」
「……」
遊園地に入場する、俺を含めた四人の生徒。
愛くるしい笑みをこぼす日暮。お淑やかに微笑みを返す白土。その後ろでポップコーンをせがむ水浪。そして無言の俺。
以上のメンバーで回ることになったのだが……これは、色々と、非常に、マズイ。
俺と白土と水浪の三人で行動する。俺と水浪で白土をサポートする。そう思っていた。
だがそこへ日暮が加わった。白土の秘密を知らない、日暮が。
即ちポンコツがバレるリスクが爆上がり。周囲だけでなく同じ班の日暮にも用心しなければならない。ただでさえ桁違いの難易度はさらに桁が増えたと言えよう。
てゆーか……無理じゃね? この状況でどうやって先程述べた無理難題を遂行しろと? 余計なことしやがってあんの三十路教師め。
……しかもマズイことがもう一つある。俺の個人的な問題なのだが。
「男子一人だけで浮いてるかもね~、刄金君」
「へ? あ、俺? そ、そうかもな、あっはっは」
「なんか最近の刄金君おかしいよ~?」
「そんなことねーよ、あっはっは! ……はあ~」
振り向いてきた日暮に笑顔で応え、彼女が再び白土とのお喋りに戻ったのを見届けてから俺は思いきり落胆する。
日暮香織。クラスメイトであり、それなりに仲が良く、そして俺が淡い恋心を抱く相手。
その日暮と一緒に遊園地を回れる。
願ってもない展開だ。任務を忘れていいのなら手を叩いて喜びたい。日暮と遊園地ぃ! 楽しい思い出を作るぅ! あわよくば良い雰囲気になりたいっへへぇ! うほほぉ~!
そりゃ大喜びしたいよ……でもなあ。
残念ながら任務が最優先。ならば日暮と良いムードになれる暇がどこにあろうか。いいえございません。
つまり何も出来ない。好きな子が目の前にいるのに、この想いは押し込めるしかないってこと。
……生殺しだな。いっそのこと殺してくれよ。早く来てくれ悟空ー! ナッパの前にオラを殺してくれー!
「みんなが見てくる~」
「そうですね」
「チュロスも食べたいです」
……嘆いても意味ねーし悟空も来ねー。さっさと切り替えましょ。
感情に蓋をし、辺りを見回す。
「うおっ、すげぇメンバーだ……」
「あ、あのグループ、レベルが高い、高すぎる!」
「やあ! ボクはこの遊園地のマスコッ……何だと……!?」
足を止める同校の生徒。口をパクパクさせる他校の生徒。風船を手放して硬直するマスコットキャラクター。ほとんどの人が何かしらのリアクションを取る。
理由は即答出来る。メンツが豪華だから。
昨年のミスコンのワンツーが並び、ハーフ女子もいる。我が校の『上の上』に属する三人が揃えば誰だって見るよね。うんうん。
「あともう一人は、って刄金じゃん!?」
「クソ……何者だよあいつ」
「くたばれよ学生風情が」
うんうん、そんなメンバーとスクワッドを組む俺にも注目が集まるよね。
彼らの「あいつ体の内側から爆発しねーかな」という視線が突き刺さってくる。マスコットキャラに至っては、おっさんが頭部を脱ぎ捨てて睨みつけてくる始末。仕事しろよ。
ま、気にしても仕方ないのでスルーだ。まずは隣の人物に耳打ちする。
「水浪、ポップコーン買ってやるから作戦を立ててくれ」
「やれやれ、刄金凌はだらしないです」
「だらしないのはお前の涎だ。ダラダラ出てるぞ」
美少女に囲まれて他の男子から睨まれる、というハーレム系ラブコメのベタベタな状況を前にして「わしゃラノベの主人公か! ズコー!」とズッコケてる時間はない。
今は落ち着いている白土がいつ暴走するか分からん。早急に水浪と今後の方針を決めなくては。
「ん~っ、美味しいー!」
ポップコーンを買い与え、水浪が幸せそうに頬張る。
「どうする? 事態は最悪中の最悪だぞ」
「幸せぇぇ……!」
「チュロスも買ってやるから早くしてくれよ」
「モグモグ……んぐ、では観覧車に乗りましょう」
「いきなり観覧車?」
「今なら待ち時間なしで乗れますし、観覧車の中で策を練ります」
「なるほど。良い案だ」
「チュロスも買うって本当ですか? 約束ですよ? 二本買ってください。一本は明日の朝ご飯にん~ポップコーン美味しい~!」
ホント幸せそうだな。別にいいけど。
ポップコーンを両頬いっぱいに詰め込む水浪から目を背け、前を歩く二人に声をかける。
「お二人さん、観覧車に乗ろうぜ」
「最初に観覧車? あらら~、刄金君はセンスがないね~」
日暮にディスられた。ディスイズ吐血! ぐはっ!?
メンタルが土俵際まで吹き飛ばされるも、なんとか踏ん張って説得を試みる。
「ま、まあまあ、敢えて一発目に観覧車だ。寧ろセンスがある。センス0ではなくセンス○だ! なあいいだろ?」
「そこまで言うならあたしはいいけど」
不満げだったのは最初だけ。しょうがないな~、と付け加えながらも屈託のない笑みで了承してくれた。可愛い。惚れちゃう。もう惚れてるけどっ。
「ユリはどう? 観覧車でいい?」
「そうですね」
「分かった。じゃあレッツゴ~」
片手を掲げ、日暮は観覧車の方へ歩を進める。白土がそれに続き、トリップしかける水浪を引っ張って俺も後を追う。
「よぉ兄ちゃん、風船はいるかい? 特別に千個プレゼントしよう。空を飛べるかもなぁ……!」
道中、着ぐるみのおっさんに絡まれた。
カールじいさんかな? 空どころかあの世へ飛び立つよねそれ? あとあなたは早く頭部を被って通常業務に戻ってください。
胴体に風船を巻きつけようとしてくるおっさんを躱し、その他の野郎の視線もスルーするー。
観覧車はすぐに見えてきた。さすが遊園地のザ・象徴。下から見上げると圧巻だな。
水浪が言った通り、列はなく、待ち時間ゼロで乗れるっぽい。では乗りましょ。
と言いたいところだが一つ問題が発生。
俺は水浪を小突き、小声で問いかける。
「分け方はどうするんだ?」
「分ける? このポップコーンは私の物です。分け与えません」
「お前も大概ポンコツだよな。そうじゃなくて観覧車に乗るメンバーの分け方だよ」
四人なら一つのゴンドラに乗れる。全員一緒に乗れてしまう。
しかしそれでは日暮の前で作戦会議をすることになる。狭い空間で内緒話が出来るかよ。よって乗るメンバーを分ける必要がある。
かといって俺と水浪、日暮と白土という分け方もNGだ。日暮と白土を二人にさせるのはどう考えても危険だし、俺と水浪がフォロー出来ない。
さてどうしたものか。うーん……。
「安心しやがれです。私と日暮香織、あなたと白土優里佳で分かれましょう」
悩んでいると、水浪が肩を叩いてきた。
「それだと俺とお前が一緒に乗れねーぞ」
「私と一緒に乗りたいのですか? やれやれ、刄金凌には困ったものです」
「ふざけてる場合? お前こそ俺を困らせるな」
「冗談です。とりあえずその組み合わせで大丈夫です。作戦は私が考えておきます。あなたは白土優里佳と観覧車を楽しみやがれです」
「あ、おい待」
水浪は俺を無視し、日暮の元へ。
「……刄金君」
それと入れ替わりで白土がこちらに来た。
服の端をクイクイと引っ張り、何か物欲しげそうに俺を見つめてくる。大きな瞳は瞬きの度に潤みを増していく。
「どうした?」
「……」
……?
「二人ずつ分かれて乗るの? あはは、変なの~。じゃあ刄金君とユリ、また地上で会おうね~」
白土と目を合わせている間に日暮と水浪は観覧車に乗り込、あっ、待っ……行ってしまわれた……。
……どうせなら日暮と乗りたかったです。その組み合わせでも問題なかったよね? おのれ水浪、話を最後まで聞けよ。
「あーあー……」
先に旅立ったゴンドラを見上げ、ふて腐れて地面を蹴る。
好きな人と二人きりで観覧車。その千載一遇のチャンスを逃したショックはデカイ。超大型巨人よりデカイ。リードシクティス・プロブレマティカスよりデカイ。
ため息も大きくなりますよ当然さ。立ち尽くしますよ茫然さ。なんでラップ口調?
「刄金君?」
「なんでもねー。俺らも乗るぞ」
「そ、そうですね」
次のゴンドラの扉が開かれた。気持ちを切り替えて乗り込み、扉が閉められる。
おおよそ十五分の、空の旅とやらの始まりだ。
「ま、休憩と捉えてのんびりするか。なあ白土」
「そ、そうですね」
両足を放り投げて寛ぐ俺に対し、なぜか白土は縮こまっていた。
乗った途端に目を合わせなくなり、と思いきやバチッと目が合う。すると即座に逸らす。忙しなく顔を動かすから二つ結びの髪がでんでん太鼓みたいに揺れてなんとなく面白い。
そうこうしてるとゴンドラはかなり高い位置に達していた。観覧車って遠目では動いていないように見えるのに乗ると意外と速いよなー。
「今更だけど高いところは平気か?」
「そうですね……」
「お、見てみろよ。さっきのおっさんが別のおっさんに怒られている。あーあ可哀想に」
「そうですね」
「さっきから何?」
高いところは平気と言った割には様子がおかしい。いやまあ普段も十分におかしいけど。
リラックスすればいいのに。さっさといつも通りになれば? いつまでお淑やか、って、あ、もしかして……。
「そ、そうですね」
「あー、白土? 今はお淑やかモードを解除していいぞ?」
「そうで……そうなの?」
「そうです。だって俺とお前しかいないんだし」
促すと、白土は目を太陽にさせる。リアルガチで太陽だ。それくらい目を燦々と輝かせた。
飛び跳ねるようにして立ち上がり、二つの太陽が俺をロックオンする。
「ホント? いいの!?」
「お、おう」
「……わ」
わ?
「わーいっ!!!!」
「……ああ、ごめん、声帯のリミッターは解除しないでくれ。俺の鼓膜とゴンドラが激しく揺れた」
なんつー声量と衝撃だ。ギャグ漫画だったらガラスが割れてるぞ。こち亀の一ページ目かよ。
白土が目を見開き、声帯も開く。その後、興奮気味に俺の横へピッタリとくっついてきた。
「あのねあのねっ、ずっと我慢してたのっ。危うく発狂するところだった」
「いやもれなくガッツリ発狂してたけど?」
「観覧車……凌君と……でぇっへへぇ、ここなら誰にも邪魔されないねっ」
「え、やだ、怖い」
埃を取る時や先程の袖クイとは違って白土は遠慮なく密着してくる。映画館のカップルシートを思い出す勢いだ。そして今回は密室。
まあ、うん、そっか。そうだよな。
観覧車で二人きり。願ってもない展開だよな。手を叩いて大喜びするよね。その気持ちはよく分かる。
「えへへ~、まず早速だけど……」
緩みきった笑顔を浮かべる。
かと思えば……ん? 体が震えているような……?
「白土?」
「え、えへへ……あ、あのね? 実はわたし、高いところが苦手なの……」
「……はい?」
ガタガタと震え、汗は滲み、顔が青ざめていく。
お、おいおい? もれなくガッツリ震えあがっているぞ!?
「浮遊感が……ひうぅ……!」
「高いところは平気って言っただろ」
「お、お淑やかモード状態なら耐えられるの」
「だったらお淑やかモードになれば?」
「凌君はお馬鹿なの?」
「お前にだけは言われたくねえよ!?」
「お淑やかモードは嫌っ! せっかく凌君と二人きりになれたもん。しかも観覧車だもん! だからいっぱい甘え……ひゃううぅ……!?」
「め、めんどくせえ」
白土の振動によってゴンドラは激しく揺れ、それによって白土はさらにビビる。
「また揺れた!? この乗り物すっごく不安定だよぉ……っ」
「不安定なのはお前だよ。揺れているのはお前のせいだよ」
「降ろしてぇ……でも降りたくない……!」
「どっちだよ」
ゴンドラが上昇する毎に白土の震えは増す。抱きつかれているせいで俺の体もバイブレーション。何これ? 全然休めないんだけど?
あー……帰りたい。




