凶事
アレクセイの唐突な申し出に部屋は静まりかえった。
やがてクローディアの喉の奥から笑いが込み上げる。
それは室内に響き渡り、彼女は首を仰け反らせて哄笑した。
「あぁ可笑しい!貴方、なかなか好ろしくてよ?良くも考えついたものだわ」
「私には後がありませんからね、兄が領地を継げばじきに追い出される身だ。ただ単に城塞を所有するより貴女という後ろ楯があった方が良い。貴女だって」
「そう…百年の時を越えて身の証しを立てるのは容易ではないわね」
「に、兄様……危険です!相手は人の枠から外れた」
「黙れマリア!これはまたと無い機会なのだ」
アレクセイは妹を一喝すると立ち上がった。クローディアとお互いの視線を絡み合わせる。
「……返事をお聞かせいただけますか?クローディア嬢」
「面白い。そなたの妻となるのも一興というものでしょうね」
二人の口許が笑みの形に歪む。端から見れば獣の様な微笑みだった。
二人の唇が触れる、その瞬間。
「ぐっ!?」
「ぎぃっ!?」
二人のその唇から朱い色が弾ける様に吐き出された。
アレクセイは呆然と胸元を見やる。
お互いの胸を鋼が貫いていた。
「死ね!滅びよ!邪悪どもが!」
アレクセイは声が聞こえた後ろに首を巡らせた。
自分が先程投げ捨てた剣帯に収められていた剣。
それを、シスターシャンナが握りしめている。彼女が死ね!死ね!と叫びながら二度三度と体重をかけて剣を自分達に押し込んでいる。
そこまで知覚した後、アレクセイの意識は途絶えた。
「お、おのれ!?下郎がぁ!」
クローディアがアレクセイの肩越しに手を伸ばし、シスターシャンナの顔面を掴んだ。
「『弾け』よ!!」
単文詠唱で発動した爆発はクローディアの掌ごとシャンナの頭を噴き飛ばした。
その勢いで串刺しになっていた二人は後ろの硝子壺にぶち当たり、そのままずるずると床に身体を沈めていく。
「は……はは……これだから…突発で起きる……事はきらい…」
クローディアの瞳から光が消えた。
百年を掛け、自らの肉体を再構築し、魂を入れ換えた。
自動詠唱機を、黒霧発生器を、その他幾つかの魔導具を入念に作製し用意して。
それから国境警護に就くべき騎士団を犠牲に動死体を山と生み出して護衛に当たらせた。
これ以上無いほど計画された目論見が、突発的な剣の一突きで終わってしまうのだから、なるほどクローディアがきらいだと言い残す気持ちは解る。
────────
アレクセイがクローディアごと串刺しになり。
クローディアがシスターシャンナの頭を噴き飛ばし。
床に崩折れたクローディアが最期の息を吐いた。
その時まで、マリアは指一つ動く事が出来なかった。
全てが終わり、室内に静寂が訪れてどれだけの時間が経ったのか。
マリアは停止した思考のまま、兄の倒れている前まで歩いた。
白変児の裸体に折り重なる兄は、糸の切れた人形じみて見える。
(…………兄様?)
停止した思考は現実を受け入れない。マリアに悲しみの感情が込み上げてこないのは思考が停止しているせいである。
気が付けばアレクセイの傍らに座り込んでいた。
(……何故私はこんなところに)
思えば歳の近いこの男に振り回されてばかりだった。
自分が妾腹という事もあり、この『兄』の言う事をきく様に育てられた。『兄』の薦めでさして得意でもない魔法を習いにも行った。
長兄が領地爵位を継ぐ事は最初から決まっていた事。
自分は政略の為に他家に嫁ぐ事も。
マリアにしてみれば悪い話では無い。妾腹の娘が貴族の本妻になれるなら、大出世である。気に入られたなら夫と仲睦まじく暮らす事も出来るだろう。
しかし、気が付けばこの『兄』と家を出る話になっていた。
(……家に戻ろう……あ…その前に…兄様を)
このまま兄の体を置いておく訳にはいかない。マリアの頭にやっとその事が浮かんだ。
のろのろと立ち上がる。
突き立っている剣の柄を握り引き抜こうとする。二人分の胴体を串刺しにした剣は傷口がまとわりついてなかなか抜けない。
冒険者の類いであれば死体に足をかけて引き抜いただろう。しかしマリアには兄の体を踏みつける真似は出来なかった。
悪戦苦闘するマリアには室内の奥にあった隠し扉が開いた事にも、そこから現れた人物が後ろに立った事にも気付かなかった。
────────
クローディアは室内に据えられたクローゼットからドレスを取り出し眉をしかめた。
さすがに百年を過ぎたドレスは虫が喰い、湿気って黴がはえている。着れるものでは無い。
次いでクローディアはアレクセイの上に倒れたマリアを見る。
マリアの首はおかしな方向に向いていた。
死体から剣を抜く事にのみ注意が向いていた彼女に、後ろから近付く事も首をねじる事も難しくはなかった。
クローディアは少し考えた後、マリアの身体から服を脱がせ始めた。
マリアの身体がアレクセイの上から転げ落ちると、その下に串刺しとなっているもう一人のクローディアが仰向けになっている。
クローディアは自分と同じ姿の死体を見て鼻を鳴らした。
「……やっぱり囮になっちゃったわね」
ここに肉体再生機を一台置いておいたのは、侵入者に対応する為だった。
敵対的な反応を示す者、真意を隠して近付く者などに対して矢面に立たせる為に…
取り合えず、役には立った。
お陰で更に奥にある隠し部屋の存在に気付かれずに済んだ。
マリアの服を着てクローゼット横にある鏡台で確かめたクローディアは、少し考える。
(自分の姿……一目で『クローディア・バルファス』を連想させるわね)
絶命している『一人目』が目覚めてからのわずかな記憶も自分には備わっている。アレクセイ達の態度を思い出せば、目立つ自分の容姿では不都合があると思われた。
今一度クローディアはマリアに近付き、折れたその首を掴む。
顎を持って左右に傾け、その形を確かめた。
(まぁ、血筋は近いと謂えば近いし…あまり顔を弄らなくてもよさそうね)
────────
夏の雨季が終わり、晩夏の暑さもおさまりつつある頃。
「…ではマリア・バルファス、そなたにバルファス城塞の管理を任せる。これは暫定的なものであるが、今後の働き如何によっては叙勲し一家をたてる機会もあろう。励むがよい」
「ははっ、陛下のお心遣いいたみいります」
首を折られ死んだはずのマリアは、王宮にてここしばらく姿が見られた。
各方面に精力的に働きかけ、本日ようやくバルファス城塞の現地管理者に任命される運びとなったのである。
「おや?マリアさんお久し振りです」
声をかけたのは調査団の一員であったトマス師である。
元々彼は財務を担当する役人の一人だ。今も書類の束を抱えていた。
「どうも…えぇと?済みませんお名前を…」
「あぁ、結構な人数でしたからね。調査団にいたトマスですよ、ずっとベースに居た」
「あぁ…トマス様」
「噂を聞きました。お兄様の事、残念です。お悔やみを」
「ありがとうございます…この度兄の代わりにバルファス城塞を管理する大任を授かりました」
「それは…おめでとうございます。ですが…大丈夫ですか?動死体なども」
「えぇ、使役する方法が解りましたから…無断で城門を越えなければ安全ですわ……それでは私は城塞に戻りますので」
トマス師と別れ、王宮を辞した『マリア』は馬車を城塞へと向けた。
自らの手で馬車を操りながら『マリア』は口許に笑みを浮かべた。
(顔見知り程度なら違和感は感じさせずに済むようね…)
────────




