クローディア
シスターシャンナはあの肖像画の前に立った。
巨大な肖像画は、しかし部屋の隅に飾られている。
普通、肖像画というものは居間に飾られるべきものだ。当主のものでは無いにせよ、魔法の実験室に飾られるべきものでは無い。
「おかしいとは思いませんこと?シスターミーナ」
「そうですわね、魔法の余波を受けて傷む可能性を考えればここに飾るのは奇妙ですわ」
二人は肖像画を調べ始めた。壁から外そうとする。
「どうしました?」
「アレクセイ様、申し訳ありませんが手伝っていただけますこと?」
「これを外すのですか?マリア!お前も来い」
四人がかりで壁からなんとか外すと、肖像画の裏には扉らしきものがあった。
ドアノブが付いていない。丁度ドアノブがあるべき場所には穴があった。外されているらしい。
「ふ~む。指を引っかけても開きませんね。何処かにドアノブが置いていないかな?」
アレクセイは机や棚の辺りを探してみた。
(そういえば…)
マリアは自動詠唱機の硝子面を開けた。中にハンドルの様なものが入っていたのを思い出したのだ。
ハンドルを拾い、穴に差し込む。
力を入れて回すと鍵が外れる音がして、少しだけ扉が開いた。その隙間に指を差し入れ全員で力を込める。
「くそっ、重いな」
百年動かなかった扉だ。ぎちぎちと音を立てゆっくりと開いていく。
やがて開き切るとそこには更に下への階段があらわれた。
「どうやら、秘密の部屋がありそうですわね」
「マリア、松明だ」
松明に火を点し、一列に狭い階段を下りていく。
長い、長い階段の先に扉が待っていた。
「こちらはすぐに開きそうだ」
アレクセイが手をかけると滑らかに扉が開く。
「…な?なんだこれは?」
さほど広くない部屋の中央、大きな硝子壺の様なものに透明な液体がたたえられている。
その中に、白い肌と白い髪の娘が全裸で沈んでいた。
「クローディア・バルファス?」
それは肖像画にそっくりの容姿をした娘だ。百年の月日が流れたとは思えない若々しい肢体。硝子の壺の中に体を丸めておさまっている。
「この壺の中で…生き続けたとでもいうのか!?」
驚愕するアレクセイの声に反応したとでもいうのか。
閉じられた両のまぶたがゆっくりと開いた。紅い瞳が四人に向けられた。
呆然と立ち尽くす四人を眺め“クローディア”らしき娘は艶然と笑う。
次いで硝子壺の中にあるハンドルらしきものをひねった。
硝子壺を支える土台部分から勢いよく透明な液体が噴き出した。
水ではない。粘性を持つ液体が床一面を濡らしていき、硝子壺の水位が徐々に下がっていく。
「ぃやあああぁぁぁ!」
「かああぁぁぁ!」
二人のシスターが得物を振りかざして硝子壺へ突進する。
勢いよく降り下ろした関節鎚が硝子の曲面にヒビを入れた。更に二人は叩き付け、遂にヒビから液体が溢れてくる。
分厚い硝子の破片と液体が一気にほとばしり、二人を巻き込んで押し流す。
「……ゴポッ!ゲポッ!ふうぅ……」
硝子壺の娘が口から液体を吐き出し、息をついた。
「……何も急ぐ事は無いのに…ふふ…可哀想に」
アレクセイが娘の視線を追うと、床に倒れ痙攣するシスターミーナの姿があった。
硝子の破片が喉を突き破り首がちぎれかけていた。一目で絶命している事が判る。
よろよろとシスターシャンナが立ち上がった。こちらも硝子によってあちこちに傷を負っていたが、それでも武器を構え突撃する姿勢だ。
“クローディア”はそんな彼女を無視してアレクセイとマリアに目を向ける。
「……貴方がたは?見たところ『山向こうのバルファス』の血筋かしら?面影が似ているわね」
アレクセイは慎重に言葉を発した。
「いかにも、私はアレクセイ・バルファス。こちらは妹のマリアです。貴女はクローディア・バルファス嬢でよろしいですか?」
「初代では無いけれど…名乗れと云われれば確かにそう…クローディア・バルファスですわ」
「……初代?いったいどういう意味ですか?」
とまどうアレクセイに妖しげに微笑み返すクローディア。
「まさか人の身で百年を超える年月を過ごせると思って?…あぁ、肉体を若く維持したままで、って意味よ」
「まさか!?」
彼女の言葉にマリアは驚愕の叫びをあげた。
「……マリア?」
「あ、貴女は、新しく肉体を造り直して…蘇生したと云うの!?」
「……まぁ、少し時間がかかり過ぎではあるけれど…概ね上手くいったみたいね…もう少し眠っているつもりだったけど、貴方がたが来たでしょ?眠っている間にこの肉体を変に弄られても困るし」
くすくすと笑いながらクローディアは壊れた硝子壺から床に足をおろす。
「それで…?貴方がたの御用は何かしら?まぁ…友好的なものでは無いのでしょうけれど」
言いつつクローディアはシスターミーナの死体をちらりと見た。痙攣は既に止まり、傷口から溢れる朱は勢いをなくしている。
「シスター達がいきなり襲った事の非礼はお詫びします…まさか城塞の関係者が存在したとは思いもよりませんでしたので」
「よく回る口だこと。おおかた所有者不在の城塞を手に入れる為に来た、そんなところでしょ?」
クローディアが鼻で笑うのを見て、アレクセイは口許をひきつらせた。
マリアが後を引き継ぐ。
「ク、クローディア様、何故騎士団を動死体などに?」
「…何故?肉体を再構築するにも、その肉体に魂を固定するにも時間が…結構かかるからよ。忠節を尽くす者でも心が折れるくらいの時間が、ね」
「ですが、生きた人間をわざわざ殺して動死体にするなんて」
「年老いて死んだ者では動死体に処理しても…たかが知れてるわ、そう思わない?護衛の役には立たないわ」
「邪悪な!やはり貴女は邪悪ですわ!」
それまで口を閉じていたシスターシャンナが関節鎚を振りかざし、クローディアへ向かって駆け出そうとした。
が、足を取られてもんどりうつ。
「シ、シスターミーナ!?」
シャンナの足に死んだはずのシスターミーナが絡み付いていた。その瞳は宙を眺め焦点が定まっていない。
「…少し考えれば判るでしょうに」
クローディアが呆れた声でつぶやいた。
「それで?アレクセイと云ったわね、貴方はどうするの?すごすご帰る?それともそこの女僧侶の様に…私をここで殺しても誰も気付かないわよ?」
アレクセイは少しの間、考えていた様だったが、ベルトから剣帯を外すと放り出してクローディアに近寄った。
「…どうでしょう、クローディア?三番目の道を模索するというのは?」
「三番目…城塞を諦めず?私を亡き者にせず?何かしら?」
アレクセイは更にクローディアに近寄り、その手を取った。
「つまり……貴女は既にいない人物、城塞の所有権は主張出来ない。今のままでは」
「……続けて」
「一方私は主張出来る位置にいるが、実質上の所有者にはなれない。貴女が存在するから」
アレクセイはクローディアの前に跪いた。
「…ならば私が貴女に求婚するというのはどうでしょう?どちらの利にも叶うと思いませんか?」
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