再訪
「どうお考えですか?シスターシャンナ」
宿屋の一室、二人のシスターに割り当てられた部屋で、シスターミーナはシスターシャンナに訊いた。
「どう、とは?」
「あの若者の言葉です。動死体に命令を出している魔導具があったとして、あの者が素直にそれを破壊するとは」
「えぇ、シスターミーナ。きっとアレクセイは秘匿するでしょうね」
「ならば!」
「静かになさいシスターミーナ。その様なもの破壊するのは簡単な事、いざとなればアレクセイごと」
言いながらシャンナの口許が笑みの形を作る。
「邪悪とは人の心から産まれるものです。動死体は謂わば哀れな犠牲者、クローディア・バルファスなる邪悪によるもの…アレクセイなど小物に過ぎません」
それよりも、とシャンナは続けた。
「没後百年を過ぎてなお新規に動死体を造り出すクローディアの魔法にこそ注目すべきですわ」
「……新規に?」
「えぇ、最初に現れた動死体は騎士団のものより新しい…十数年ほどしか経っていないものでしょう?」
言われてミーナはハッとする。
「…確か、調査員の死体が消えたとか」
シャンナはニコリと笑う。
「えぇ、考えている通りなら術者の死後も魔法を新規に発動させる方法がある、という事ですわ」
動死体を生成する魔法はその都度詠唱するものだ。
術者不在でも魔法の詠唱が出来るものならば、バルファス城塞は侵入者を血祭りにあげると同時に動死体を補充する事が出来るという訳である。
「その魔法は…本来行使する魔法に付属させるものでしょう…神聖魔法に応用が出来無いはずありませんわ」
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一方、マリアは思考の迷路にはまっていた。
魔法とは術者の魔力を詠唱に乗せる事で効果を発揮するものだ。
つまり魔法とは魔力と詠唱の二つが揃わなければ効果を発揮しない。
であるなら、術者不在のバルファス城塞で新しく動死体が生まれる理由が解らない。
(魔力は…そう、あの黒い霧で補える)
思い当たるのは火球を唱えた時の事。
マリアの唱えた詠唱とそれに乗せた魔力、更に黒い霧の魔力が上乗せされた事で予想外の威力を発揮した。
(新しく動死体を生成する魔力の源は黒い霧…だけど詠唱は?)
冷気に関しては継続という形で説明がつく。黒い霧という魔力源があるのだから難しくは無い。
(あんな寒さの中、百年の間、いったい誰が?)
仮にクローディアから動死体を造り出す事を引き継いだ者がいたとして、百年。
代替わりしながらそんな事を引き継ぐ者達が存在するとは思えなかった。
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準備は入念に進められた。
前回とは違い、人数が少ない。運び込める物に限度がある。
「薪は前回のものが残っていますから無理して運ぶ必要は無いでしょう」
今回は地下牢奥にあるクローディアの実験室にベースを作る。
前回、城塞内を調査した結果、あの広間以外に動死体が足を踏み入れた形跡は無いと判っている。
ならば実験室から出ない方が戦闘を回避出来るはずだ。
「大丈夫ですか?あそこは袋小路ですが」
前回実験室に足を踏み入れたシスターミーナが言った。
「恐らくですが、あの部屋はクローディアにとって貴重な物が多くあるはずです。そんな場所で暴れられては困るとクローディアも考えたはずですよ」
懐に潜り込む事で安全を確保しようという考えだ。
「期間は取り合えず一週間。そこまでかかるとは思いませんが、もしそれ以上かかりそうなら、いったんこの村に戻りましょう」
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雨季とは云え、夏の山道を防寒着を着込みながら進む姿は奇妙なものである。
四人の男女は防寒着の上に防水布の合羽をはおり、背中には一杯に膨らんだ背のうを背負っている。かなり奇妙だといえる。
四人の顔や首筋に流れるのは雨粒なのか汗なのか。
「一ヶ月ぶりの再訪ですね…さて、薪を持って地下に行きましょう」
薪は雨によって濡れていた。それでも必要なものだ、四人は抱えられるだけ運び込んだ。地下の実験室まで往復する。
「取り合えず、薪を乾かさないと…マリア?」
最初の薪に魔法で無理矢理火を点ける。その周りに薪の山を置き、少しでも乾くようにした。
実験室は独特の唸る様な音が絶え間無く聴こえている。恐らく稼動している魔導具の音だろう。
「アレクセイ様、こちらの肖像画は?これがクローディアですの?」
シスターシャンナが部屋に飾られた肖像画を見上げた。
肖像画におさめられたその姿は、少女から大人になる一歩手前といった風情だ。
漆黒のドレスに身を包んだ女性。
背景色も暗く、透ける様に白い肌と髪が見る者の目を引く。
瞳と唇は紅い。白変児である事を強調しているかの様だ。隈が浮いた瞳は鋭い。険のある神経質そうな美少女に見えた。
「……邪悪な性質の持ち主らしいですわね」
「まぁ、あまり温和な女性ではなかった様ですよ。伝わっている話では」
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ぱちぱちと薪のはぜる音が聴こえる。
濡れた薪は炎を上げながらほんの少しだけ周囲を暖めていた。高い天井まで煙が真っ直ぐに伸びている。
一同は実験室をくまなく調べる事から始めた。
いくつかの棚と机に乱雑に置かれた魔導具らしきもの。
稼動している黒霧発生器。
音の鳴らない自動演奏機。
稼動はしているものの効果の解らない魔導具のいくつか。
中でもマリアは自動演奏機から目を離せなかった。
(なんの為に置かれているのかしら?)
この部屋は実用主義的だ。
その中でクローディアの肖像画とこれだけが異彩を放っている。
肖像画は自己顕示欲の表れと捉える事も出来るが、これは何なのだろう?実験の最中に聴いていたとでもいうのだろうか?
マリアはまた硝子面に耳を押し当てた。
♪♪
♪♪♪
♪
♪♪
(何処かで…やっぱり何処かで聞いた気がする…)
「マリア…マリア!何をしている?油を売るな」
「兄様、ちょっと静かに…」
もう少しで解りそうなのだ。マリアは意識を集中して音を辿った。
(音階?……いえ!まさか!?)
マリアは自分の背のうから一冊の魔導書を出した。頁を勢いよくめくる。
「まさか……」
マリアは魔導書を広げたままでもう一度耳を押し当てた。
闇に
堕ちし
魂
甦り
(動死体製造の詠唱…!?音階が韻と同じになって……)
マリアは呆然とした。
ありえない。
魔導具は単に決められた事を行うだけのものだ。そこに意思は存在しない。
(繰り返し続ける…詠唱と同じ音階を…詠唱を言葉ではなく音と捉えて…霧で魔力を補って?)
マリアはクローディア・バルファスが成した事を完全に理解した。
(きっと…動死体に細かい命令が出来る魔法も組み込まれて……自動演奏機じゃなくて自動詠唱機?)
「…マリア?」
「あ…ごめんなさい兄様、ちょっと気になっただけ。勘違いだったわ」
とっさにアレクセイを誤魔化す言葉が口をついて出た。
何故そうしたのかはマリア本人にも解らなかった。
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