撤退
「諸君、由々しき事態と言わざるを得ん」
焚き火を囲んだ一同を見渡し、ミゲル師が言った。
「当初、儂は調査員にも護衛にも命懸けの仕事であると念をおした。しかし、それだけでは足りん様じゃ…ここは謂わば敵地のど真ん中じゃな、このまま調査を続行すれば誰一人生還は難しかろう」
「ミゲル師、それでは…?」
アレクセイが訊いた。心無しか顔色が悪い。彼にしてみれば野望が遠退くのだから当然だろう。
「明朝撤退する。ある程度の成果はあったからの、今回の調査を教訓とすれば、次回は大掛かりなものとなろう」
「おい爺さん、次回があっても俺達には声かけるなよ?護衛には軍が必要だぜ」
ミゲル師はランドの言葉に頷きながらも溜め息をついた。
「まったくのう、儂はこれでも大袈裟ではないかと思っとったんじゃが…全然足りんかったわい」
(…くそ、次回だって?いつになるんだそれは!?こんな国境付近に軍を動かしたらそれだけで戦の火種じゃないか!)
アレクセイの顔色が更に悪くなる。
どう考えても次の調査などありはしないのだ。
ものが国境警護の城塞、その再利用に関わる話である。戦の準備のつもりかと隣国が強く抗議するに決まっているのだ。
「爺さん、ここを引き払うんならもう城門から出ようぜ?城門を出ちまえば襲ってこねぇ、俺はそうみた」
ブラスの提案を受けて皆が荷物を片付ける。
周囲に気を配りながら全員が城門を抜けた。
「あったけぇ……てか、あちぃな」
「今まで氷室に入ってた様なもんだからな」
「ほんとにヤツら城門から出て来ないだろうか?」
「ちょっとでも坂を下りよう」
皆の口から出る言葉に安堵の響きがある。
「……ミゲル老」
「アレクセイか…お主らはどうする?」
アレクセイは無言だった。ミゲル師に声をかけたものの、どうするかと問われれば答えようが無い。
「儂らは準備が足りんかった。仕方の無い事ではあるがの。何の予備知識も無しで動かねばならんかったのじゃから」
「振り出しに戻った、という事ですか…」
「振り出しでは無いぞアレクセイよ。多少ではあるが予備知識は手に入ったのじゃからの」
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翌日、城塞の外で夜を明かした一同は麓の村に下りてきた。
昨夜不寝番に割り当てられた者の話では、城門の向こうにゆらゆらと歩く人影が黒い霧の合間に見え隠れしていたというが、城門を越えて来る動死体はいなかった。
村の宿屋にて一息つく。誰もがくたびれた様な安らいだ様な顔をして席に座っていた。
「……ここで解散、て事でいいんだな?」
「そうさの。王都までの道中、護衛をする気はあるかランド?」
「しゃあねぇな、その分は上乗せしろよ爺さん」
ランドとミゲル師が帰還の旅に対する交渉を行っていると、ハンナが別れの言葉を言いに来た。
「爺さん悪いんやけどうちらはここでお暇するで」
「うむ、済まんかったの。助かったわい」
「いややな、大した事出来へんかったやん…ほなな」
ハンナを見送ったミゲル師は次いで二人のシスターが座る席に向かうと声をかけた。
「シスターエレインには悪い事をした。申し訳無い」
「ミゲル様、シスターエレインは邪悪に立ち向かい死力を尽くしたのでございます。彼女にしてみれば本望でしたでしょう」
「全くその通りですわ」
シスターシャンナもシスターミーナも共ににこやかに答えた。
「…左様か、シスター達はこれから?」
「一度教会の本院に戻ります。許しが出ましたら今一度バルファス城塞へ参りたいと思います」
やはり狂信者の類いである。一体でも多くの邪悪を打ち倒す事以外、彼女達の頭には思い浮かばないらしい。
「……左様か」
きっと教会は許しを出すだろう、彼女達の様な者は教会にとって邪魔な存在だ。勝手に野垂れ死んでくれるなら大助かりなのだから。
続いてミゲル師はアレクセイとマリアの許に向かった。
「お主らは……また行くつもりなのであろうな」
「えぇ、ですが今すぐに、とはいきません。今回の調査で解った事を踏まえて準備をするつもりです」
「止めとけ止めとけ、お前さんがなんとか出来る代物じゃねぇぞ?」
すぐ側に座っていたブラスが口を挟んだ。
「お前さんがあの城塞を手に入れたい気持ちは解るがよ、まずあの動死体をなんとかしなけりゃ話にならねぇだろ?何千いるのか見当もつかねぇってのに」
「ですが国は……軍は動かせませんよ」
「そりゃあな。小人数じゃ多勢に無勢だ、だがな?俺達冒険者の感覚じゃあ、二十人は大勢だ。それでもあそこじゃまるっきり足りねぇんだぞ?」
じゃあな、俺達はあの城塞には二度と関わらねぇ、とブラスは手を振って宿屋を出て行った。
「……お主らはそれでもか?」
「えぇ、ミゲル老。私達は諦めません」
その答えにミゲル師は溜め息しか出なかった。
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一ヶ月が過ぎた。
バルファス城塞の麓、さほど広くも無い村の宿屋に四人の男女が集まっていた。
夏の雨季が始まり、宿屋の窓から見える景色はしとしとと降り続ける雨で灰色に染まっている。
「戦いは最小限に留めようと思います」
アレクセイが二人のシスターに告げた。
「邪悪を前に背を向けろと仰りますの?承服しかねますわ」
硝子の様な瞳をアレクセイに向けながらシスターシャンナが言う。
(この連中とは合流したくなかったが仕方が無い。ただで使えるのだからな)
「シスター、あの城塞の邪悪を打ち滅ぼすのにいちいち戦っていてはらちがあきません。私は大元を絶とうと考えています」
アレクセイは隣に座るマリアを促し話をさせた。
「一ヶ月前、私達は地下にあるクローディアの部屋を探索しました。シスターミーナはご覧になりましたね?あの時は調査員が同行していなくて片手間の調査しか出来ませんでしたが、私はまだ何かあると思っています」
「…恐らくあの部屋には動死体達に命令する何らかの魔導具が存在すると考えています」
「つまり、それを破壊すれば?」
「えぇ、動死体達は眠りにつくでしょう、永遠に」
(もちろんそんな真似はさせないがね。私が使役出来る様に魔導具を改竄すればいいのだ)
バルファス城塞をそっくり手に入れるならば動死体を無駄になど出来無い。アレクセイはシスター達に微笑みながら続けた。
「…ですので、シスター達には出来るだけ戦いを避けていただきたいのです。よろしいですね?」
「なるほど解りました。極力アレクセイ様の御意向に沿うように致しますわ」
シスター達にしてみれば、数千体にのぼるであろう動死体を根こそぎ滅ぼす機会である。否は無かった。
マリアが口を開く。
「あの黒い霧、あれは大地のエネルギーを空中に散布する為のものでした。あれからその用途を考えていましたが、恐らくは動死体を造り出す魔力ではないかと…」
「マリア!……憶測でものを語るな」
(まったく、少し手綱を緩めるとこれだ!あの部屋のものをコイツらに壊されたら元も子も無いというのに)
その後、四人は来るべき探索行の予定と準備に対して話し合いを続けた。
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