五日
「この管は下から上に向かって進んでいるわ」
「なぁ、こいつは何を通している管なんだ?管なんだから何か通してるんだよな?」
フロストが天井を見上げながら訊いた。
管の流れを指摘していたマリアは、その疑問にしばし固まった。
マリアは管の流れの源がクローディアの秘密の部屋へと続いていると、半ば確信していた。
そちらに思考が向いて何が通っているのかまで考えが及んでいなかったのである。
「確かにそれは確認しないといけませんわね?」
「そやな、仕事は手抜きしたらあかん」
フロストの尻馬に乗る形でシスターミーナとハンナが続く。
ブラスは思わず舌打ちをした。
当初の予定では自分とアレクセイで手柄を山分けするつもりだったのである。マリアはおまけだ。
他の面子はクローディアに関しての情報が足りていない。おいしいところを分け与えずとも済むと考えていたのだ。
ところが情報の足りない面子は結託して対抗してきた。なるほど管に何が流れているのかは盲点だった。
「しょうがねぇ、まずは管の先を調べるとしようぜ」
一行は本管から枝分かれした管の行き先へ向かう事にした。
その管は廊下の窓枠、その横から外へ壁を抜けている。ブラスは窓枠から外壁を確かめた。
「……こいつが通ってたのかよ」
外壁の、丁度管が通る位置に穴が空いている。
そしてそこから吐き出されているのは、あの黒い霧だ。
まるで煙の様に密度の高い霧が溢れだしていた。
地上から見上げても死角になる位置に穴がある。これは計算されたものだろう。だとしたら他にも幾つもの穴があり、同じ様に霧を産み出しているはずだ。
「まともな霧では無いと思っていましたが…」
アレクセイが呟いた。その言葉にマリアが疑問を投げ掛ける。
「でも兄様、そもそもこの黒い霧は何の用途があるのでしょう?」
「…魔法の勉強をしたお前に解らないものを私が解るとでも?ここで当たらない想像をするより大元の場所を調べた方が確実だぞ」
この兄妹、仲がいいのか悪いのか、いまいち判断に苦しむな。ブラスは思いながら窓枠から離れた。
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マリアは失点を減らすべく、本管の源を探っていた。
兄アレクセイから事前に余計な口を挟まない様に指示されていたのだが、つい疑問が口をついて出てしまったのだ。この黒い霧は何なのだろうか?と。
この台詞のせいで一行は黒い霧に注目してしまった。魔法を勉強したマリアが予想出来ない代物、つまり『お宝』だという事に。
きっと皆この黒い霧の正体を掴もうと行動するだろう、それは自分と兄が掴むべき事柄だ。これ以上他の者に情報を渡す訳にはいかない。
マリアは本管に流れる魔力をたどる。
本管はやがて地下への入り口に合流した。
本来、城塞の地下と謂えば戦の際に捕縛した捕虜を収容する牢があるものである。
その為、城塞に関する資料収集を目的とした探索では無視された場所だ。
地下牢が続く暗い廊下の中、本管をたどっていくと奥の方に大扉があった。
「なかなか雰囲気のある扉だな」
同行しているフロストが言いながら扉に手をかける。鍵はかかっていなかった。
室内は余裕のある空間だった。
多少雑然とした雰囲気ではある。私室の状態と併せて考えると、クローディアという人物はあまり整理整頓が得意ではなかったらしい。
部屋の中央部分は広く空けられていて、ここならば魔法実験も行えるだろう。
部屋の隅に、太い本管が魔導具とおぼしき巨大な機材に繋がっているのが見えた。もちろん稼動中だ。
他にも稼動している魔導具がそこかしこに存在していた。どの様な用途のものなのか、一目では予想もつかない。
「……マリア、この魔導具というものは何が動力源になっているんだ?」
マリアの耳許でアレクセイが小声で尋ねた。
他の者達は魔導具を物珍しそうに眺めている。この部屋に入る前、下手に触らないよう注意していたので一応気を付けている様だ。
マリアの付近にはアレクセイしかいない。
「…普通、魔導具は使用者の魔力を使って動くわ。ここのはちょっと変わっていて大地のエネルギーを利用しているみたい」
「だから誰がいなくても動く、と?」
「えぇ…でも、こういう魔導具で生み出せるのはごく簡単なものよ。あの黒い霧は魔力をのせたせいで着色された霧なのだと思う…ただ」
「ただ…なんだ?」
「何の為に撒き散らしているのか…理由が解らないわ」
元々地中に存在している魔力を汲み上げて水分──霧──と混ぜて散布する。ただそれだけの機材だとマリアは見極めた。
散布された魔力は結局地表から地下へ戻る。意味無く循環させている様にみえる。
何かに魔力は利用されているはずだ。マリアにはそれが何なのか見当がつかなかった。
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「この大きな箱も魔導具ってやつなん?」
ハンナが指差したのは天井まで届く巨大な箱…としか言い様が無いものだった。
前面が硝子張りになっていて、中には歯車などが詰まっている。大型の歯車がゆっくりと、小さなものはせわしく回っているのが硝子越しに見えた。
怪しげなその箱には他に幾つもの細かい棘が生えた円盤が見え、ゆっくりと回るごとに据え付けられた櫛の歯が棘に当たる。
当たるごとに異なる音が微かに聴こえてくる。
「自動演奏機ですわね。教会にも似た様なものがあります」
シスターミーナが円盤を見上げて言った。
「…音がサッパリ聴こえてこねぇぞ?壊れてんのか?」
「いえ、フロスト様。音響器具がここに無いからでしょう…何処かのお部屋に繋がっているのでしょうね」
シスターミーナが説明した。
「ふむ、これは趣味の為のものだろうね。クローディアの発明品ではあるけれど、私達の目当てのものとは違いそうだ」
「なんやハズレかいな」
マリアは自動演奏機に目を向け、魔力の流れを見た。これも大地のエネルギーを利用したものには違いない。一応の確認だった。
マリアは目を疑った。
確かに稼動させている魔力の量は微々たるものだ。
しかし一つ一つの歯車、円盤の棘や鳴らされる櫛の歯には魔力強化がなされている。
(これは磨耗を防ぐ為?魔力の流れの一部がこの魔導具の破損防止に使われているわ…でも)
マリアは疑問に思った。
先程の黒霧発生器は簡単な造りで、百年やそこらでは壊れる事が無いような代物だ。何らかの用途があるだろうから、稼動させたままなのは解る。
だが、こちらの自動演奏機が趣味の代物であるなら、稼動させたままにする必要があるのだろうか?
(音が聴こえないのは音響器具が近くに無いだけの事なのかしら?じゃあ、どこにいけば聴こえるの?)
マリアはそっと耳を硝子板に近づけた。
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(……どこかで聴いた事があるわ…でも何かしら?曲…音楽には聴こえない)
「マリア、こっちへ…何をしてるんだ?」
「ご、ごめんなさい兄様!」
マリアは慌ててアレクセイ達の許へ走った。
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