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86-3

 ライブは順調に進み、あっという間に後半戦。

 ここから、東京公演ならではの演出が始まる。

 ミルスタの三人が気球に乗り、会場内を巡回しながら歌うのだ。

 その間、ステージには再びキャンスプが立ち、ミルスタの関連グッズをばら撒くという流れになっている。ちなみに、その関連グッズは玲たちをモチーフにした、小さなぬいぐるみなのだが、すべてサナがデザインしたらしい。

 あいつ、ほんと万能だな……。そんなふうに考えた途端、脳裏にサナのドヤ顔が浮かび、なんだかムカついた。

 ステージ裏では、気球を動かすために、スタッフが準備を進めていた。

 人口密度が上がってきたため、宇佐森さんと一旦退散しようとしたそのとき――――。


「何ボサッとしてんの!」

「え?」


 突然、スタッフのひとりに手を引かれ、俺はずるずると引きずられていく。


「あ、兄貴――――わぷっ⁉」


 人の波に飲み込まれ、小柄な宇佐森さんが流されていくのが見えた。

 呆気に取られている間に、俺は気球のそばに立っていた。

 手には、気球を引っ張るためのロープがある。

 玲たちを飛ばす気球は、ただその場で浮かぶことしかできないため、こうして地上から引っ張って誘導する必要があるのだ。

 当然、この役割を担当するスタッフは、前もって決まっていたはず。一体、今どこで何をしているのだろう……。

 俺の担当ではないことを伝えようにも、周りのスタッフは真剣な様子で各々作業しており、とても今更声をかけられる状況じゃない。


「あれ?」


 気球に乗っていた玲が、俺の存在に気づく。

 しかし、時すでに遅し。気球は地上を離れ、高く浮かび上がってしまった。


「行きます!」


 スタッフの号令と共に、気球が進み出す。

 幸い、気球ひとつあたり、四人で引っ張ることになっている。

 巡回するコースは頭に入っているし、彼らについていけば、少なくとも足を引っ張ることはないだろう。

 観客の上空を飛ぶように気球を動かす都合上、それを引っ張る者は、観客のそばを歩くことになる。

 気球を見上げ、精一杯手を振るファンの姿が、すぐそこにある。

 誰もが目を輝かせ、懸命にその興奮を伝えようとしていた。

 この場にいる幸せを噛みしめている彼らを見て、気づいたときには、俺も笑みを浮かべていた。


 

 一日目が終わると、気球のスタッフから平謝りされた。

 無事に終わった今となっては、笑い話である。それに、こんな貴重な体験は滅多にできないことだ。

 そして、二日目も無事に終わり、ミルスタの全国ツアーは、晴れて全日程を終えた。

 最後のアンコールが終わったときは、ツアー中の思い出が怒涛のように溢れ出し、達成感と寂しさで、思いがけず涙が滲んだ。

 自分にもこんな感情が残っていたのかと、少し恥ずかしくなった。

 長いようで、あっという間だった。

 この夏のことは、きっとこの先も、忘れることはないだろう。


「気持ちよさそうに寝てんなぁ」


 バックミラーには、安らかな寝息を立てる三人の姿が映っていた。

 最後の公演が終わり、安心と疲れからか、車に乗った途端にこの状態である。

 心の底から、お疲れ様と声をかけたい。家についたら、いち早く言おう。


「兄貴、ありがとな」


 前を向いたまま、宇佐森さんがしみじみと言う。


「兄貴がいたから、アタシは最後までお嬢たちを支えられたんだ」

「そうかな?」

「そうだよ」


 宇佐森さんは、ケラケラと笑った。

 ただ、やはり俺は特別なことは何もしていないと思う。

 聞いていた以上に、宇佐森さんは優秀な人だった。俺のサポートなんて、ほとんど必要なかったはずだ。

 まあ、忘れ物や、ちょっとした失敗はあったけど。しかし、その程度のミスはいくらでも取り返しがつくものだろう。


「先輩から聞いたんだけどさ、以前のツアーじゃ、お嬢たちもピリピリする瞬間があったんだって。まあ、ずーっと忙しくて気が休まらないわけだから、そりゃストレスも溜まるよな」


 正直、意外だった。

 玲たちなら、どんなときでもプロ意識を持って、常に前向きで、おおらかに過ごしていると思っていた。


「先輩のときは、そんなお嬢たちを宥めたり、息抜きさせたり、色々気を遣ってたみたいなんだ。だから……アタシに同じことができるのかって、結構不安だったんだよ」


 でも――――。

 宇佐森さんは、言葉を続けた。


「今回のツアーじゃ、アタシが気を遣う必要なんてないくらい、お嬢たちはずっと楽しそうだった。その様子を見て、全部兄貴のおかげなんだって分かったよ」

「……そうか」


 気恥ずかしくなって、上手く言葉を返せなかった。


「アタシが言うのも変だけどさ……お嬢たちのこと、これからも大事にしてやってくれよ」

「ああ、もちろんだ」


 もう一度、バックミラー越しに三人を見る。

 これからも、彼女たちを支えていこう。

 力の限り、生きている限り――――。


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