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86-2

 リハーサルが終わった日の夜。

 なんとなく散歩したくなり、俺はホテルを出た。

 やるべきことは、もうほとんどない。これまでと違って、名産品を集める必要はないし、弁当の準備も済んでいる。

 だからこそ、落ち着かない。皆がライブに向けた準備や、心構えを固めている中、役割のない俺がポツンと存在している状況が、申し訳ないのだ。これなら、慣れない仕事をしているほうが、何倍もマシだ。

 あてもなく歩いていると、ライブ会場の前まで来てしまった。

 明日、ミルスタはここでツアーファイナルを迎える。


「――――凛太郎?」


 突然名前を呼ばれ、肩が跳ねる。

 そこには、玲の姿があった。


「玲……お前、どうして」

「なんとなく落ち着かなくて、歩いてた」

「……なんだ、俺と一緒か」


 妙に気恥ずかしくなって、顔を逸らす。

 視線の先には、ミルスタのツアーファイナルを彩るのぼりが並んでいた。


「ツアーが終わる前は、いつもこうなる。期間が長いからこそ、色々思うことがある」

「……分かる気がするよ」


 ツアー中、俺たちがずっと一緒にいたのは間違いない。

 立場は違っても、抱く感情は近いはずだ。


「やっとって言うべきか、もうって言うべきか……終わるんだな」


 確認するようにつぶやく。

 これはきっと、達成感というやつだ。しかし、あくまで俺はミルスタについていっただけで、特別なことは何もしてない。だから、この気持ちを口に出すのは、失礼な気がした。


「――――凛太郎がしてくれたことは、誰にでもできることじゃないよ」


 そんな俺の気持ちは、お見通しだったようだ。

 彼女は俺の顔を覗き込み、優しく微笑む。


「凛太郎といると、元気や、勇気をもらえる。もっと輝ける。凛太郎が、私の支えなの」

「……よせよ、照れ臭い」

「何度でも言う。凛太郎に伝わるまで」


 俺は、諦めたようにため息をついた。


「大丈夫、伝わってるよ」


 俺は、そっと玲の手を握る。

 ハッとした玲は、恥ずかしそうに顔を伏せたあと、柔らかく手を握り返してきた。

 俺が、俺自身を信じられるようになるには、まだ時間がかかるだろう。

 だけど、俺を大事に想ってくれる玲のことは、信じられる。

 

◇◆◇


 東京公演、一日目。

 開演時間が迫っているということで、ステージ裏ではスタッフが慌ただしく走り回っていた。

 そんな中、ステージ衣装に着替えたミルスタの三人は、相変わらず落ち着いた様子を見せている。このツアーが始まるまでは、まさか開始前にこんなにもリラックスしているとは、想像もしていなかった。


「せんぱーい!」


 腕をブンブンと振りながら、キャンスプの衣装に身を包んだサナが駆け寄ってきた。

 彼女の衣装姿を間近で見るのは、これが初めてである。

 全体がサナのメンバーカラーであるピンクで統一されており、フリルがふんだんに使われている。言うなればロリータファッションのような、ガーリーなデザインだ。

 トップスはパフスリーブになっていて、胸の中心にはサテン生地の大きなリボンがついている。サテン生地は光沢があるため、照明の下で綺麗に輝くのだとか。そして、チュール素材のティアードスカートは、動くたびにひらりと可愛らしく揺れる。

 他のメンバーも基本は同じ形の衣装だが、骨格に合わせてデザインを調整したり、それぞれのメンバーカラーに合った生地で作られたりしているのだそう。

 まさに、サナの〝好き〟が最大限に詰め込まれた、素晴らしい衣装だ。


「あれれ、りんたろう先輩? もしかして私の衣装姿に見惚れちゃいました?」

「ああ、よく分かったな」

「ちょ、ちょっと……そんな素直になられると困るというか……! あ、そうやって女の子を弄んでるんでしょ! 私は屈しませんからね!」


 そう言って、サナは指を突きつけてきた。こっちは素直に言っただけなのに。


「って、りんたろう先輩とじゃれてる場合じゃないんでした! 皆さん、これを」


 サナが、玲たちに何かを渡す。


「これ、前に頼んでたイヤモニじゃない!」

「すごいね……間に合ったんだ」


 驚いている三人を前に、サナは思い切り胸を張る。

 ちなみにイヤモニとは、ステージ上で曲や仲間の声を聞き逃さないために装着する、イヤホンのことである。

 本来はシンプルな造りをしているのだが、サナが渡したイヤモニは、明らかに見た目が違っていた。

 表面にパールやストーンがあしらわれており、その色味は、ミルスタ各々のイメージカラーになっている。


「サナちゃん特製、デコイヤモニです! いやぁ、絶対今日渡したくて、なんとか間に合わせましたよ!」

「ん、ありがとうサナ。とっても可愛い」

「えへへ……恐縮です」


 玲に微笑まれると、サナはデレデレしながら鼻の下をこする。

 早速、彼女たちがイヤモニを装着すると、顔周りが一段と華やかになった。

 サナのデザインセンスが、間違いなく光っている証拠だ。


「サナさん! そろそろ!」

「はーい!」


 スタッフに呼ばれたサナが、仲間のもとへ駆けていく。


「あっ! 会場はしっかりと温めておきますから! 先輩たちも、最高のステージを見せてくださいね!」


 可愛らしくウインクを残し、サナは去っていった。


「もう、生意気な後輩を持つと大変ね!」

「でも、おかげで気合いが入った」


 玲が、胸の前でグッと拳を握る。

 そろそろ、開演の時間だ。


『こんにちはー! キャンディスプリンクルです!』


 センターにいるサナが、観客に向かって大きく手を振る。 

 彼女たちの登場に、超満員の会場は大盛り上がり。後輩たちが歓迎されている様子に、玲たちも満足げな顔をしている。


『外の熱気に負けないくらい、会場を盛り上げていこうと思います! みなさん! 今日は楽しみましょー!』


 サナの声掛けに、会場はさらなる盛り上がりを見せる。

 ただの生意気な後輩としての姿ばかり見ているが、彼女も間違いなくスターなのだ。

 全力で歌って踊る姿に、いつの間にか見入ってしまっていた。


「よし、ボクらも行こう」


 三人は立ち上がり、いつものように手を重ねる。


「ツアーファイナル、東京公演、全力で盛り上げていこう」

「「おー!」」


 今日はミアの号令と共に、彼女たちがステージへ向かっていく。


「頑張れ!」


 宇佐森さんがそう声をかけると、三人は振り向くことなく、腕を上げて応えた。


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