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リハーサルが終わった日の夜。
なんとなく散歩したくなり、俺はホテルを出た。
やるべきことは、もうほとんどない。これまでと違って、名産品を集める必要はないし、弁当の準備も済んでいる。
だからこそ、落ち着かない。皆がライブに向けた準備や、心構えを固めている中、役割のない俺がポツンと存在している状況が、申し訳ないのだ。これなら、慣れない仕事をしているほうが、何倍もマシだ。
あてもなく歩いていると、ライブ会場の前まで来てしまった。
明日、ミルスタはここでツアーファイナルを迎える。
「――――凛太郎?」
突然名前を呼ばれ、肩が跳ねる。
そこには、玲の姿があった。
「玲……お前、どうして」
「なんとなく落ち着かなくて、歩いてた」
「……なんだ、俺と一緒か」
妙に気恥ずかしくなって、顔を逸らす。
視線の先には、ミルスタのツアーファイナルを彩るのぼりが並んでいた。
「ツアーが終わる前は、いつもこうなる。期間が長いからこそ、色々思うことがある」
「……分かる気がするよ」
ツアー中、俺たちがずっと一緒にいたのは間違いない。
立場は違っても、抱く感情は近いはずだ。
「やっとって言うべきか、もうって言うべきか……終わるんだな」
確認するようにつぶやく。
これはきっと、達成感というやつだ。しかし、あくまで俺はミルスタについていっただけで、特別なことは何もしてない。だから、この気持ちを口に出すのは、失礼な気がした。
「――――凛太郎がしてくれたことは、誰にでもできることじゃないよ」
そんな俺の気持ちは、お見通しだったようだ。
彼女は俺の顔を覗き込み、優しく微笑む。
「凛太郎といると、元気や、勇気をもらえる。もっと輝ける。凛太郎が、私の支えなの」
「……よせよ、照れ臭い」
「何度でも言う。凛太郎に伝わるまで」
俺は、諦めたようにため息をついた。
「大丈夫、伝わってるよ」
俺は、そっと玲の手を握る。
ハッとした玲は、恥ずかしそうに顔を伏せたあと、柔らかく手を握り返してきた。
俺が、俺自身を信じられるようになるには、まだ時間がかかるだろう。
だけど、俺を大事に想ってくれる玲のことは、信じられる。
◇◆◇
東京公演、一日目。
開演時間が迫っているということで、ステージ裏ではスタッフが慌ただしく走り回っていた。
そんな中、ステージ衣装に着替えたミルスタの三人は、相変わらず落ち着いた様子を見せている。このツアーが始まるまでは、まさか開始前にこんなにもリラックスしているとは、想像もしていなかった。
「せんぱーい!」
腕をブンブンと振りながら、キャンスプの衣装に身を包んだサナが駆け寄ってきた。
彼女の衣装姿を間近で見るのは、これが初めてである。
全体がサナのメンバーカラーであるピンクで統一されており、フリルがふんだんに使われている。言うなればロリータファッションのような、ガーリーなデザインだ。
トップスはパフスリーブになっていて、胸の中心にはサテン生地の大きなリボンがついている。サテン生地は光沢があるため、照明の下で綺麗に輝くのだとか。そして、チュール素材のティアードスカートは、動くたびにひらりと可愛らしく揺れる。
他のメンバーも基本は同じ形の衣装だが、骨格に合わせてデザインを調整したり、それぞれのメンバーカラーに合った生地で作られたりしているのだそう。
まさに、サナの〝好き〟が最大限に詰め込まれた、素晴らしい衣装だ。
「あれれ、りんたろう先輩? もしかして私の衣装姿に見惚れちゃいました?」
「ああ、よく分かったな」
「ちょ、ちょっと……そんな素直になられると困るというか……! あ、そうやって女の子を弄んでるんでしょ! 私は屈しませんからね!」
そう言って、サナは指を突きつけてきた。こっちは素直に言っただけなのに。
「って、りんたろう先輩とじゃれてる場合じゃないんでした! 皆さん、これを」
サナが、玲たちに何かを渡す。
「これ、前に頼んでたイヤモニじゃない!」
「すごいね……間に合ったんだ」
驚いている三人を前に、サナは思い切り胸を張る。
ちなみにイヤモニとは、ステージ上で曲や仲間の声を聞き逃さないために装着する、イヤホンのことである。
本来はシンプルな造りをしているのだが、サナが渡したイヤモニは、明らかに見た目が違っていた。
表面にパールやストーンがあしらわれており、その色味は、ミルスタ各々のイメージカラーになっている。
「サナちゃん特製、デコイヤモニです! いやぁ、絶対今日渡したくて、なんとか間に合わせましたよ!」
「ん、ありがとうサナ。とっても可愛い」
「えへへ……恐縮です」
玲に微笑まれると、サナはデレデレしながら鼻の下をこする。
早速、彼女たちがイヤモニを装着すると、顔周りが一段と華やかになった。
サナのデザインセンスが、間違いなく光っている証拠だ。
「サナさん! そろそろ!」
「はーい!」
スタッフに呼ばれたサナが、仲間のもとへ駆けていく。
「あっ! 会場はしっかりと温めておきますから! 先輩たちも、最高のステージを見せてくださいね!」
可愛らしくウインクを残し、サナは去っていった。
「もう、生意気な後輩を持つと大変ね!」
「でも、おかげで気合いが入った」
玲が、胸の前でグッと拳を握る。
そろそろ、開演の時間だ。
『こんにちはー! キャンディスプリンクルです!』
センターにいるサナが、観客に向かって大きく手を振る。
彼女たちの登場に、超満員の会場は大盛り上がり。後輩たちが歓迎されている様子に、玲たちも満足げな顔をしている。
『外の熱気に負けないくらい、会場を盛り上げていこうと思います! みなさん! 今日は楽しみましょー!』
サナの声掛けに、会場はさらなる盛り上がりを見せる。
ただの生意気な後輩としての姿ばかり見ているが、彼女も間違いなくスターなのだ。
全力で歌って踊る姿に、いつの間にか見入ってしまっていた。
「よし、ボクらも行こう」
三人は立ち上がり、いつものように手を重ねる。
「ツアーファイナル、東京公演、全力で盛り上げていこう」
「「おー!」」
今日はミアの号令と共に、彼女たちがステージへ向かっていく。
「頑張れ!」
宇佐森さんがそう声をかけると、三人は振り向くことなく、腕を上げて応えた。




