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「「「よろしくお願いします!」」」
三人はステージの上に立ち、深々と頭を下げる。
ライブを支えてくれるスタッフたちに向けた、大事な挨拶だ。
音楽がかかり、三人が踊り出す。
ステージ上の三人は、圧巻のパフォーマンスを見せていた。これが本番と言われても、十分信じてしまいそうだ。
こうしてステージ裏から、三人を見守ることは初めてだ。
この状況に、優越感を覚える俺がいる。
しかし、今はあくまで仕事中。心を無にするために、深呼吸をした。
「どうした兄貴、緊張してんのか?」
宇佐森さんが、耳元で囁く。
「そんなんじゃねえよ。ただ、圧倒されちまってさ」
「ああ、分かるわ。お嬢たち、やっぱすげえよなぁ……」
隣で、宇佐森さんがしみじみとつぶやく。
宇佐森さんは新人とはいえ、三人を間近で観ることはこれが初めてではないはず。
それなのに、見惚れるように、パフォーマンスを眺めている。
きっとこの先、三人の輝きを見慣れることはないのだろうと、この人を見ていて思った。
その後、三人は演出を確認しながら、リハーサルをやり切った。
「ふー……いい感じだったんじゃない?」
汗を拭いながら、カノンが明るい顔で言う。
「ん、キレもよかった」
「コンディションがいい証拠だね。この調子でいこう」
三人がこくりと頷く。
このあと、お昼休憩を挟んで、もう一度演出のチェックが行われる。
こんな忙しい一日を乗り切るためには、やはり腹ごしらえが必要だ。
楽屋で保管してもらっていた弁当を、三人に渡す。
「お疲れ様。これ、今日の弁当な」
「ん、ずっと待ってた」
三人が弁当箱を開けた途端、カニとバター醤油の香りが、周囲に広がった。
「嘘⁉ カニ⁉ 豪華すぎない⁉」
カノンが目をかっぴらいて、弁当箱を凝視する。
「カニの炊き込みご飯おにぎり、ホッケおにぎり、ホタテのバター醤油ソテーだ。それから――――」
俺の後ろから、宇佐森さんがメロンミルク寒天を持って現れた。
その手は緊張で震えており、少し危なっかしい。
「デ、デザートもありますよ……!」
「メロンミルク寒天だ。こっちは、宇佐森さんが作ってくれた」
「え⁉」
宇佐森さんが、驚いた顔で俺を見る。
俺が手伝ったのは、メロンを切るところまで。それ以降の工程は、やり方を教えただけで、実際に作ったのは宇佐森さんだ。
ミアはフッと笑うと、宇佐森さんからメロンミルク寒天を受け取った。
「ありがとう、葵ちゃん。大事にいただくね」
「う、うっす!」
宇佐森さんは、嬉しそうに笑う。
それを見て、三人も同じように笑った。
妹を見守るような温かな視線に、俺も思わず笑みがこぼれた。
「すごいプルプルじゃない! もう食べていい?」
「は、はい! ぜひ!」
カノンが、ミルク寒天を口に運ぶ。
「ん~っ! 甘くて濃厚で美味しい!」
「本当ですか⁉」
「うん、びっくりするくらい美味しい! 葵ちゃん、やるわね!」
カノンは左手でサムズアップしながら、右手で寒天を食べ続ける。まったく、忙しいやつだ。
それを見て、宇佐森さんはホッと胸を撫で下ろした。
「メロンもすごいジューシーだね。葵ちゃんも味見した?」
「いえ、実はまだ……」
「ええっ、もったいない! ほら、あーん」
ミアが、スプーンいっぱいに寒天をすくって、宇佐森さんの口に近づける。
「んぐ、ん、んまっ!」
宇佐森さんは、寒天を頬張って、もぐもぐと口を動かす。
その様子を見て、ミアがクスクスと笑っている。
この構図、まるで餌付けである。
「葵ちゃん、すごい。また作ってくれる?」
玲は、空の皿を名残惜しそうに見つめながら、そう言った。
ここにも、餌付け待ちの犬が一匹。心なしか、尻尾が下がって見える。
「もちろん……! 頑張ります!」
三人から一斉に褒められ、宇佐森さんはピンと姿勢を正す。
今度、別のフルーツ寒天の作り方も伝授しよう。そのあとはプリンとかも教えてみようか。まずは、包丁を使わない料理から攻めていこう。
「そろそろ、メインもいただかないとね」
ミアは、俺にウインクを送ってから、おにぎりに手を伸ばす。
「うん、やっぱりすっごくいい香り……こんな贅沢なおにぎり、初めてだよ」
「カニを一杯丸々使ってるからな。どこ食ってもうまいぞ」
ミアは、おにぎりをひと口食べると、頬に手を当てながらうっとりする。
「すごく美味しい……! 何個でも食べられちゃうね」
「ホタテも最高よ! やっぱバター醤油よね!」
カノンが、ホタテをパクパクと口に放り込んでいく。
結構大きいはずなのだが、よく一口でいけるものだ。
「ん、しあわせ」
玲は、片手にカニおにぎり、もう片手にホッケおにぎりを持ち、交互に食べていた。
なんと贅沢な食べ方。少しやってみたくなってしまうのは、俺がまだまだガキだからだろうか。今度また作って、こっそりやってみようかな。
そんなふうに考えているうちに、三人はあっという間に弁当を完食してしまった。
「んー! 全回復って感じ!」
「これで午後も、元気ハツラツ」
力こぶを作る玲の姿に、思わず笑ってしまう。
「よし、じゃあ行こうか」
「それじゃ、また頑張ってくるわ!」
三人は、そのまま午後の準備へ向かった。
弁当を片付けながら、ふぅと息を吐く。
「お嬢たち、相変わらずすごい食べっぷりだったな」
「ああ、ほんと惚れ惚れするよ」
あれだけ気持ちのいい食べっぷりを見せられたら、こっちも気分がいい。
「ありがとな。兄貴のおかげで、お嬢たちに喜んでもらえた」
「俺はちょっと手伝っただけだよ」
「ちょっとなんてもんじゃねぇよ。こんなに気分がいいのは、単車で高速ぶっ飛ばしてたとき以来だ」
今の話は聞かなかったことにしよう。
とにかく宇佐森さんも喜んでくれたようで良かった。
「よし! アタシらも頑張ろうぜ!」
「ああ、そうだな」
ツアーは始まったばかり。こんなところで満足している場合じゃない。
いよいよ明日は本番だ。俺にできることは少ないが、与えられた役目くらいは、絶対にやり切ってみせる。
よし! と、俺も気合いを入れ直した。




