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81-6

「「「よろしくお願いします!」」」


 三人はステージの上に立ち、深々と頭を下げる。

 ライブを支えてくれるスタッフたちに向けた、大事な挨拶だ。

 音楽がかかり、三人が踊り出す。 

 ステージ上の三人は、圧巻のパフォーマンスを見せていた。これが本番と言われても、十分信じてしまいそうだ。

 こうしてステージ裏から、三人を見守ることは初めてだ。

 この状況に、優越感を覚える俺がいる。

 しかし、今はあくまで仕事中。心を無にするために、深呼吸をした。


「どうした兄貴、緊張してんのか?」


 宇佐森さんが、耳元で囁く。


「そんなんじゃねえよ。ただ、圧倒されちまってさ」

「ああ、分かるわ。お嬢たち、やっぱすげえよなぁ……」


 隣で、宇佐森さんがしみじみとつぶやく。

 宇佐森さんは新人とはいえ、三人を間近で観ることはこれが初めてではないはず。

 それなのに、見惚れるように、パフォーマンスを眺めている。

 きっとこの先、三人の輝きを見慣れることはないのだろうと、この人を見ていて思った。

 その後、三人は演出を確認しながら、リハーサルをやり切った。


「ふー……いい感じだったんじゃない?」


 汗を拭いながら、カノンが明るい顔で言う。


「ん、キレもよかった」

「コンディションがいい証拠だね。この調子でいこう」


 三人がこくりと頷く。

 このあと、お昼休憩を挟んで、もう一度演出のチェックが行われる。

 こんな忙しい一日を乗り切るためには、やはり腹ごしらえが必要だ。

 楽屋で保管してもらっていた弁当を、三人に渡す。


「お疲れ様。これ、今日の弁当な」

「ん、ずっと待ってた」


 三人が弁当箱を開けた途端、カニとバター醤油の香りが、周囲に広がった。


「嘘⁉ カニ⁉ 豪華すぎない⁉」


 カノンが目をかっぴらいて、弁当箱を凝視する。


「カニの炊き込みご飯おにぎり、ホッケおにぎり、ホタテのバター醤油ソテーだ。それから――――」


 俺の後ろから、宇佐森さんがメロンミルク寒天を持って現れた。

 その手は緊張で震えており、少し危なっかしい。


「デ、デザートもありますよ……!」

「メロンミルク寒天だ。こっちは、宇佐森さんが作ってくれた」

「え⁉」


 宇佐森さんが、驚いた顔で俺を見る。

 俺が手伝ったのは、メロンを切るところまで。それ以降の工程は、やり方を教えただけで、実際に作ったのは宇佐森さんだ。

 ミアはフッと笑うと、宇佐森さんからメロンミルク寒天を受け取った。


「ありがとう、葵ちゃん。大事にいただくね」

「う、うっす!」


 宇佐森さんは、嬉しそうに笑う。

 それを見て、三人も同じように笑った。

 妹を見守るような温かな視線に、俺も思わず笑みがこぼれた。


「すごいプルプルじゃない! もう食べていい?」

「は、はい! ぜひ!」


 カノンが、ミルク寒天を口に運ぶ。


「ん~っ! 甘くて濃厚で美味しい!」

「本当ですか⁉」

「うん、びっくりするくらい美味しい! 葵ちゃん、やるわね!」 


 カノンは左手でサムズアップしながら、右手で寒天を食べ続ける。まったく、忙しいやつだ。

 それを見て、宇佐森さんはホッと胸を撫で下ろした。


「メロンもすごいジューシーだね。葵ちゃんも味見した?」

「いえ、実はまだ……」

「ええっ、もったいない! ほら、あーん」


 ミアが、スプーンいっぱいに寒天をすくって、宇佐森さんの口に近づける。


「んぐ、ん、んまっ!」


 宇佐森さんは、寒天を頬張って、もぐもぐと口を動かす。

 その様子を見て、ミアがクスクスと笑っている。

 この構図、まるで餌付けである。


「葵ちゃん、すごい。また作ってくれる?」


 玲は、空の皿を名残惜しそうに見つめながら、そう言った。

 ここにも、餌付け待ちの犬が一匹。心なしか、尻尾が下がって見える。


「もちろん……! 頑張ります!」


 三人から一斉に褒められ、宇佐森さんはピンと姿勢を正す。

 今度、別のフルーツ寒天の作り方も伝授しよう。そのあとはプリンとかも教えてみようか。まずは、包丁を使わない料理から攻めていこう。


「そろそろ、メインもいただかないとね」


 ミアは、俺にウインクを送ってから、おにぎりに手を伸ばす。


「うん、やっぱりすっごくいい香り……こんな贅沢なおにぎり、初めてだよ」

「カニを一杯丸々使ってるからな。どこ食ってもうまいぞ」


 ミアは、おにぎりをひと口食べると、頬に手を当てながらうっとりする。


「すごく美味しい……! 何個でも食べられちゃうね」

「ホタテも最高よ! やっぱバター醤油よね!」


 カノンが、ホタテをパクパクと口に放り込んでいく。

 結構大きいはずなのだが、よく一口でいけるものだ。


「ん、しあわせ」


 玲は、片手にカニおにぎり、もう片手にホッケおにぎりを持ち、交互に食べていた。

 なんと贅沢な食べ方。少しやってみたくなってしまうのは、俺がまだまだガキだからだろうか。今度また作って、こっそりやってみようかな。

 そんなふうに考えているうちに、三人はあっという間に弁当を完食してしまった。


「んー! 全回復って感じ!」

「これで午後も、元気ハツラツ」


 力こぶを作る玲の姿に、思わず笑ってしまう。


「よし、じゃあ行こうか」

「それじゃ、また頑張ってくるわ!」


 三人は、そのまま午後の準備へ向かった。

 弁当を片付けながら、ふぅと息を吐く。


「お嬢たち、相変わらずすごい食べっぷりだったな」

「ああ、ほんと惚れ惚れするよ」


 あれだけ気持ちのいい食べっぷりを見せられたら、こっちも気分がいい。


「ありがとな。兄貴のおかげで、お嬢たちに喜んでもらえた」

「俺はちょっと手伝っただけだよ」

「ちょっとなんてもんじゃねぇよ。こんなに気分がいいのは、単車で高速ぶっ飛ばしてたとき以来だ」


 今の話は聞かなかったことにしよう。

 とにかく宇佐森さんも喜んでくれたようで良かった。


「よし! アタシらも頑張ろうぜ!」

「ああ、そうだな」


 ツアーは始まったばかり。こんなところで満足している場合じゃない。

 いよいよ明日は本番だ。俺にできることは少ないが、与えられた役目くらいは、絶対にやり切ってみせる。

 よし! と、俺も気合いを入れ直した。


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