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81-5

 気を取り直して、宇佐森さんに空の牛乳パックを渡す。


「……ゴミ捨てに行ってくればいいのか?」

「違う違う。今から作るデザートは、こいつが重要になるんだよ」

「えー?」


 疑いの声を上げながら、宇佐森さんは牛乳パックを覗き込む。

 この人、俺を兄貴と慕う割には、あまり信じていないな?


「まずは、鍋に水を入れて、粉寒天を入れる」

「ふむふむ……」


 俺が言う手順通りに、宇佐森さんが動く。


「そしたら牛乳を半分加えて、よく混ぜながら沸騰させる」

「はいはい」


 しばらくすると、鍋の中がふつふつと沸騰し始めた。

 この状態で、さらに数分待つ。


「よし、じゃあ火を止めて、練乳を入れてくれ」

「よしきた」


 宇佐森さんが、鍋の中に練乳を絞り出す。


「あとは残った牛乳とメロンを入れて、さっきの牛乳パックに注ぐんだ」

「え、なんで?」

「まあまあ、やってみろって」


 訝しげな顔をしながら、宇佐森さんは慎重に鍋から牛乳パックへ移していく。

 何度か危なっかしい瞬間はあったものの、なんとかすべて移すことができた。


「よし。あとは冷蔵庫で冷やし固めれば、メロンミルク寒天の完成だ」

「あ、兄貴! アタシ、役に立ったか⁉」

「ああ、おかげで助かった」


 宇佐森さんは、噛みしめるように拳を握った。


「お嬢たち、喜んでくれるかなぁ」

「絶対喜んでくれるさ」

「明日、楽しみだな!」

「ああ、そうだな」


 俺たちは、顔を見合わせて笑った。

 もし俺に妹がいたら、こんな感じだったのかもしれない。


――――そんな目で見ていることがバレたら、さすがに怒られるかもな。


◇◆◇


「……どうやら、警戒する必要はなさそうだね」


 壁に耳を当てていたミアは、ようやくその場を離れた。

 それに続いて、カノンと私も、壁から離れる。

 凛太郎と葵ちゃんのことが気になって、私たちはずっと聞き耳を立てていた。

 悪いとは思ったけど、好きな人が、異性と二人きりで過ごしていると思ったら、どうしても気になってしまった。


「でも、ずいぶん意気投合してるのね。葵ちゃん、素が出てるじゃない」

「ん、羨ましい」


 葵ちゃんは、とても良い人だ。

 ちょっと不器用でおっちょこちょいだけど、頑張り屋さんで、気遣いができて、一緒にいて元気が出る。

 私たちも、葵ちゃんともっと仲良くなりたいって、ずっと思っていた。

 でも、あくまで仕事で繋がった関係は、なかなか深まらない。葵ちゃんも、私たちには一線を引いているみたいだった。

 その一線を、出会って間もないのに越えてしまった凛太郎には、やっぱり人を惹きつける力があるのだろう。

 それが、羨ましくもあり、誇らしくもあった。


「……頑張らないとね、葵ちゃんのためにも」


 ミアの言葉に、私とカノンは頷く。

 自分の好きなものをバカにされて、とても悔しい思いをしただろう。

 私たちがもっと頑張れば、葵ちゃんの仲間にも届くかもしれない。

 葵ちゃんは仲間だ。仲間が目標に向かって頑張っているのなら、その助けになりたい。


「まずはこのツアー、絶対成功させる」

「うん」

「当然よ」


 私たちは目を合わせ、手のひらを重ねた。


◇◆◇


 翌日の朝。

 スヤスヤと寝息を立てる宇佐森さんを起こさないように、朝の支度を済ませる。

 そしてキッチンに立つと、昨日から楽しみにしていた弁当作りを始めた。

 鍋でお湯を沸かし、タラバガニを茹でる。本当はこのまま食べたいところだが、今回は贅沢に炊き込みご飯を作るつもりだ。

 茹で上がったタラバガニを、キッチンばさみで解体し、身をかき出す。

 そして、米、水、醤油、かつお出汁、みりんを炊飯器にセットして、カニの身をすべて入れる。これで炊飯のスイッチを押せば、炊き込みご飯は準備完了。

 続いて、ホタテのバター醤油ソテーを作っていく。

 貝殻にナイフを入れて、ホタテの身と殻を切り離す。殻が開いたら、身を剥がし、ウロと呼ばれる内臓に当たる部分を取り除く。

 このウロには、稀に貝毒が蓄積している可能性があるそうだ。市販のホタテは、しっかり検査が行き届いているため、ほとんど〝()たる〟ことはないようだが、念のため取り除いておいたほうが安心だ。

 こうして処理したホタテを、バターと醤油で焼いていく。やはり、ホタテといえばこの味付け。食欲をそそる香りが、部屋を満たしていく。

 炊き込みご飯が完成したら、すべて握っておにぎりに。そのまま弁当箱に詰めてもいいのだが、座ってゆっくり食べられるとも限らないし、ここは食べやすさ重視のおにぎりを選んだ。

 カニをふんだんに使ったおかげで、どこを食べても身があるはずだ。こんな贅沢なおにぎりは、滅多に食べられないだろう。

 朝の準備は、まだ終わらない。

 俺は空いた炊飯器で、普通の白米を炊く。

 その間に、ホッケの開きをグリルで焼き始めた。

 途端に、バター醤油の香りに支配されていたキッチンは、焼き魚の芳ばしい香りに上書きされた。

 焼けたら、ジュウジュウと音を立てるホッケの身を、骨が交ざらないよう丁寧に解していく。

 炊き上がった米を広げ、その中心にどっさりとホッケの身を載せる。あとは、これをおにぎりにしていくだけだ。

 大量のおにぎりと、ホタテのバター醤油ソテー。すべてが揃ったのを見て、俺は深く頷いた。

 入念なリハーサルを行う中、あいつらも相当腹が減るはずだ。

 だが、これだけあれば、足りないなんてことはないだろう。


「ん……いい匂いがする……」


 アラームが鳴り響き、宇佐森さんが体を起こす。

 時間通りに起きることができたようだが、どこか様子がおかしい。

 プリン頭の髪を掻きながら、辺りをキョロキョロと見回す。そしてフラフラと立ち上がったかと思えば、あくびをしながら壁に激突した。


「いっだ⁉」

「おい、大丈夫か⁉」

「いちち……なんでこんなところに壁が――――って、そうだ! ここホテルだ!」


 俺の顔を見て、宇佐森さんはハッとする。


「うー……悪い、寝起きはどーも頭が回らんくて……」

「危ねぇな。もしその状態で外に出たら、大変なことになるぞ」


 頭を指差してやると、宇佐森さんは顔を青くして、何度も頷いた。

 玲たちにバレたところで、特に困ったことにはならないと思うが、宇佐森さんは避けたいようだ。


「ツアーじゃこういうこともあんのか。なんとかしねぇと……ん?」


 何かに気づいた様子で、宇佐森さんが顔を上げる。


「なあなあ、兄貴ぃ」

「なんだよ……」


 宇佐森さんの猫撫で声に、顔をしかめる。

 こういうとき、人はろくなことを言わないと相場が決まっているのだ。


「ツアー中、ずっと一緒の部屋にしていい?」

「ダメだ」

「ケチー!」


 ケチもクソもあるか。


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