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気を取り直して、宇佐森さんに空の牛乳パックを渡す。
「……ゴミ捨てに行ってくればいいのか?」
「違う違う。今から作るデザートは、こいつが重要になるんだよ」
「えー?」
疑いの声を上げながら、宇佐森さんは牛乳パックを覗き込む。
この人、俺を兄貴と慕う割には、あまり信じていないな?
「まずは、鍋に水を入れて、粉寒天を入れる」
「ふむふむ……」
俺が言う手順通りに、宇佐森さんが動く。
「そしたら牛乳を半分加えて、よく混ぜながら沸騰させる」
「はいはい」
しばらくすると、鍋の中がふつふつと沸騰し始めた。
この状態で、さらに数分待つ。
「よし、じゃあ火を止めて、練乳を入れてくれ」
「よしきた」
宇佐森さんが、鍋の中に練乳を絞り出す。
「あとは残った牛乳とメロンを入れて、さっきの牛乳パックに注ぐんだ」
「え、なんで?」
「まあまあ、やってみろって」
訝しげな顔をしながら、宇佐森さんは慎重に鍋から牛乳パックへ移していく。
何度か危なっかしい瞬間はあったものの、なんとかすべて移すことができた。
「よし。あとは冷蔵庫で冷やし固めれば、メロンミルク寒天の完成だ」
「あ、兄貴! アタシ、役に立ったか⁉」
「ああ、おかげで助かった」
宇佐森さんは、噛みしめるように拳を握った。
「お嬢たち、喜んでくれるかなぁ」
「絶対喜んでくれるさ」
「明日、楽しみだな!」
「ああ、そうだな」
俺たちは、顔を見合わせて笑った。
もし俺に妹がいたら、こんな感じだったのかもしれない。
――――そんな目で見ていることがバレたら、さすがに怒られるかもな。
◇◆◇
「……どうやら、警戒する必要はなさそうだね」
壁に耳を当てていたミアは、ようやくその場を離れた。
それに続いて、カノンと私も、壁から離れる。
凛太郎と葵ちゃんのことが気になって、私たちはずっと聞き耳を立てていた。
悪いとは思ったけど、好きな人が、異性と二人きりで過ごしていると思ったら、どうしても気になってしまった。
「でも、ずいぶん意気投合してるのね。葵ちゃん、素が出てるじゃない」
「ん、羨ましい」
葵ちゃんは、とても良い人だ。
ちょっと不器用でおっちょこちょいだけど、頑張り屋さんで、気遣いができて、一緒にいて元気が出る。
私たちも、葵ちゃんともっと仲良くなりたいって、ずっと思っていた。
でも、あくまで仕事で繋がった関係は、なかなか深まらない。葵ちゃんも、私たちには一線を引いているみたいだった。
その一線を、出会って間もないのに越えてしまった凛太郎には、やっぱり人を惹きつける力があるのだろう。
それが、羨ましくもあり、誇らしくもあった。
「……頑張らないとね、葵ちゃんのためにも」
ミアの言葉に、私とカノンは頷く。
自分の好きなものをバカにされて、とても悔しい思いをしただろう。
私たちがもっと頑張れば、葵ちゃんの仲間にも届くかもしれない。
葵ちゃんは仲間だ。仲間が目標に向かって頑張っているのなら、その助けになりたい。
「まずはこのツアー、絶対成功させる」
「うん」
「当然よ」
私たちは目を合わせ、手のひらを重ねた。
◇◆◇
翌日の朝。
スヤスヤと寝息を立てる宇佐森さんを起こさないように、朝の支度を済ませる。
そしてキッチンに立つと、昨日から楽しみにしていた弁当作りを始めた。
鍋でお湯を沸かし、タラバガニを茹でる。本当はこのまま食べたいところだが、今回は贅沢に炊き込みご飯を作るつもりだ。
茹で上がったタラバガニを、キッチンばさみで解体し、身をかき出す。
そして、米、水、醤油、かつお出汁、みりんを炊飯器にセットして、カニの身をすべて入れる。これで炊飯のスイッチを押せば、炊き込みご飯は準備完了。
続いて、ホタテのバター醤油ソテーを作っていく。
貝殻にナイフを入れて、ホタテの身と殻を切り離す。殻が開いたら、身を剥がし、ウロと呼ばれる内臓に当たる部分を取り除く。
このウロには、稀に貝毒が蓄積している可能性があるそうだ。市販のホタテは、しっかり検査が行き届いているため、ほとんど〝中たる〟ことはないようだが、念のため取り除いておいたほうが安心だ。
こうして処理したホタテを、バターと醤油で焼いていく。やはり、ホタテといえばこの味付け。食欲をそそる香りが、部屋を満たしていく。
炊き込みご飯が完成したら、すべて握っておにぎりに。そのまま弁当箱に詰めてもいいのだが、座ってゆっくり食べられるとも限らないし、ここは食べやすさ重視のおにぎりを選んだ。
カニをふんだんに使ったおかげで、どこを食べても身があるはずだ。こんな贅沢なおにぎりは、滅多に食べられないだろう。
朝の準備は、まだ終わらない。
俺は空いた炊飯器で、普通の白米を炊く。
その間に、ホッケの開きをグリルで焼き始めた。
途端に、バター醤油の香りに支配されていたキッチンは、焼き魚の芳ばしい香りに上書きされた。
焼けたら、ジュウジュウと音を立てるホッケの身を、骨が交ざらないよう丁寧に解していく。
炊き上がった米を広げ、その中心にどっさりとホッケの身を載せる。あとは、これをおにぎりにしていくだけだ。
大量のおにぎりと、ホタテのバター醤油ソテー。すべてが揃ったのを見て、俺は深く頷いた。
入念なリハーサルを行う中、あいつらも相当腹が減るはずだ。
だが、これだけあれば、足りないなんてことはないだろう。
「ん……いい匂いがする……」
アラームが鳴り響き、宇佐森さんが体を起こす。
時間通りに起きることができたようだが、どこか様子がおかしい。
プリン頭の髪を掻きながら、辺りをキョロキョロと見回す。そしてフラフラと立ち上がったかと思えば、あくびをしながら壁に激突した。
「いっだ⁉」
「おい、大丈夫か⁉」
「いちち……なんでこんなところに壁が――――って、そうだ! ここホテルだ!」
俺の顔を見て、宇佐森さんはハッとする。
「うー……悪い、寝起きはどーも頭が回らんくて……」
「危ねぇな。もしその状態で外に出たら、大変なことになるぞ」
頭を指差してやると、宇佐森さんは顔を青くして、何度も頷いた。
玲たちにバレたところで、特に困ったことにはならないと思うが、宇佐森さんは避けたいようだ。
「ツアーじゃこういうこともあんのか。なんとかしねぇと……ん?」
何かに気づいた様子で、宇佐森さんが顔を上げる。
「なあなあ、兄貴ぃ」
「なんだよ……」
宇佐森さんの猫撫で声に、顔をしかめる。
こういうとき、人はろくなことを言わないと相場が決まっているのだ。
「ツアー中、ずっと一緒の部屋にしていい?」
「ダメだ」
「ケチー!」
ケチもクソもあるか。




